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ブリッジ・ビヨンド

 

 

 

 

 

「そういえばそもそも、ギルティアっていうものそのものについて、よく知らないんだよね。僕」

 

 急にそわそわしだしたまどかに反して、ビヨンドはいつも通りの涼やかさを保っている。いぶかしげな眼を向ける彼女だが、彼はその意図を察してつづけた。 

 

「役割とか、そういうことじゃないよ? 基本的な設定部分は君の口から直接語られたけど、系統というかさ。デザインとか、変身方法とか、見分け方とか。そういうもっと物質的な情報を僕、持ち合わせていないんだよね。少し説明願えるかな?」

「あー、そっか。確かにそれは話してなかったわ、わたし」

 

 珍しくまともなことを言われたような錯覚に陥るが、まぁ相手がビヨンドだからそんな風に思っているだけだ。急いでハンバーガーを切り、口に運びながら、彼女は続ける。

 

「普段は人間と同じ姿だけど、能力を発動するときだけ体の一部に『種』が浮かび上がるわ。あなたたちみたいに体外の装置としてあるんじゃなくて、埋め込み式みたいなものね」

「埋め込み式ねぇ」

「もっとも量子的な座標固定だから、本当に体内に埋め込まれてるってわけじゃないんだけど」

「うん、僕の契約時のあの時出てきていた誰かもそうなんだけど、君らはほとほとまともに説明してくれるつもりがないみたいだね」

「え?」

「普通、量子的固定とかいって意味が通じるとは思わないことだ。

 ニュアンスだけでいてば、体内に物質的に存在しているわけじゃない。でも能力を発動すると体外に出てくる。仮に破壊されても人体そのものに影響はない。そんなところかな?」

「大体そんな感じね。……ただ、精神には影響が及ぶわ。『種』そのものは、人間の精神に根差した願望とか、欲望を学習して再現する装置だから。破壊されれば、それに付随する脳組織が強い負荷を受ける。最悪、該当する記憶が壊れたり、人格に影響が出るわ」

「んん? んー、まぁ、よくあるタイプの設定だからそれもわかったってことにしておこう」

 

 で外見は? とつづけるビヨンド。

 

「外見……?」

「あれ、よくありがちな話として、異形化というか、変化しないのかい? 怪人とか怪獣みたいに」

「あー、そうね。段階によっては発生するわね」

 

 ギルティアには三段階存在するの、とまどか。指を三つたて、一つずつ折っていく。

 

「一つは能力期。二つは立体期。最後は融合期。

 能力期のときは、腕とか、一部のパーツだけが立体化して超能力みたいなのを行使するわ。立体期になると体とは完全に分離した何かになって、使役される。融合期になると、宿主の精神を喰らいつくして暴走するだけ。

 通常、ギルドライバーに回収させるのは融合期の『種』よ」

「最後にいくに従って倒すのも難しくなってそうだね。ふ~ん」

 

 と、言われてビヨンドが周囲を見渡す。

 

「…………それで、いるのかい?」

「ここのショッピングモールの、どっかには」

 

 とはいわれてもわかりやすく暴れられでもしない限りわからないしねぇ、とビヨンド。まどかも「それは、そうなんだけど……」と何も続けることができない。

 

「言い方は悪いけど、何かしら特殊なことが起こらないと僕らがそれを探すのって、かなり難しいと思うのだよね。マルメガネに感知能力みたいなものはあるのだろうけど、誰が相手かなんてのは、目の前とかに来ないとわかりそうにないよね」

「だからって、その、放置しておくのも……」

「いやだ、っていうのは、ギルティアの基本的な情報でおおむね理解はできたよ。けど、そう都合よく何かおかしなイベントが起こるわけで――――――も?」

 

 と。ビヨンドが突然立ち上がり、走り出す。え? と、何事かとまどかがその背中を視線で追うよりも早く、ビヨンドは側転、バク転、ハンドスプリングを繰り返して飛び上がった。すなわち――――エスカレータが連なる吹き抜けへと大ジャンプである。

 

「呪われてでもいるのかな、僕」

 

 そう言いながら、彼は、なぜかその吹き抜けに落下する、制服姿の少女をキャッチする。お姫様抱っこだ。腕の中で中学生くらいの少女が目を見開くが、特に気にした様子もなく空中で横方向に回転。反対側、吹き抜け2階の壁というか床の側面というかを蹴り飛ばし、そのまま1階へと転がり込んだ。抱き方をすぐさま抱きしめるようにして、高速でローリングする二人。悲鳴と唖然とした声がほぼ直後にあがったあたり、何事か起きたのを見咎めた後のビヨンドの挙動が、いかに早かったか、いかに異常であったかを物語っている。

 

「――――」

 

 そしてその一瞬で、ビヨンドは見た。自分たちの足元に、半透明な、巨大な手のひらのようなものが出現していたのを。その上を転がったからこそ、物理的な衝撃のダメージが入らなかったことを理解していた。

 

 その状況すべてが見えなかったまでも、まどかは眼鏡の位置を調整して慌てて走る。エスカレータを早足で降りるが、乗っている人間はいない。かろうじて彼女が1階に到達する前にエスカレータが止まる。「ちょっと!」と叫びながら、彼女はビヨンドのもとまで駆け寄った。

 

「……何、リアルワイヤーアクション、してんのよ……!?」

 

 混乱してるまどかの言葉に答えず、ビヨンドは頭上を見上げる。そこには、こちらを唖然とした顔で見下ろす女性と男性が写っており―――その男性の背後には、うっすらと、何かの顔のようなものが浮かんでいるように見えた。

 もっとも、その輪郭すら数秒もたたずに消えてしまったのだが。

 

「いたね、ギルティア」

「へ?」

「とりあえず事情を聞きたいところだけど……。んー、いろいろ面倒だね、婦警呼ぼうか」

 

 さ、と当然のようにスマホからコールをかけるビヨンド。野次馬にしては人数が少ないが、それでも周囲の人々が駆け寄ってくるのに適当にお茶を濁しつつ、茫然とした顔の少女を抱き起す。

 

「と、いうわけで頼むね」

『…………あ゛ー、うん。まぁ、いいわよ。っていうかアンタの場合、もう顔見知りいるでしょ。そっちの署の方にも』

「それはそうだけど、細かい事情は婦警が知ってる側だからね。要はマルメガネ関係の話が少しあるってことだ」

『なんでまた? っていうか、テメェさてはそれを見込んで私いるときに、まどかちゃんから話させたでしょ』

「聞いたのは婦警だ。止めなかったのは僕だというのは認めるが」

『まぁー、うーん、いいわ。……えっと、夕方くらいになると思うから、そっちの管轄の連絡先を後で送って』

アイスィー(わかったよ)

 

 通話を切ると、ビヨンドは自分が助けた少女の顔を覗き込み。

 

「で、なんで君はあんなところから飛び降りようとしたのかな?」

 

 涼しげな笑顔を浮かべながら、当たり前のように聞き取り調査を開始していた。

 なお、その少女の顔がほんの少し照れたように赤らんでいたことに、気づいているかどうかは定かではない。

 

 

 

   ※

 

 

 

「……なんで探偵なのに、事件の情報が明かされなのよ! 謎解きとかできないじゃない!」

「そりゃ、刑事事件は日本の司法において、探偵不介入だからね。微罪処分となるかもしれないけど、本来、僕の出る幕はないのさ」

 

 米国とかだと事情が変わってくるけど、そんなに探偵は権力持ってないんだよ。

 不満たらたら絶叫をするまどかに、ビヨンドは涼しげな笑みで答えた。

 

 マルメガネが絶叫しているところは、つまるところ簡単な事情聴取のみで追い出されたからに他ならない。「飛び降り自殺しようとしてるところが見えたから、助けた」と涼しげに微笑み答えるビヨンド相手に、取り調べの警察官は「何言ってんだコイツ」という顔をした。が、婦警が到着したことで事態は一瞬で収束。監視カメラに映った、CGにあらずな超絶アクション映像を唖然と見る警察官たちと、余裕をもった表情で「味がしないねぇ」と有料のカツ丼をむさぼるビヨンド。軽く地獄絵図だわ、と婦警は頭を抱えた。

 なお買い物袋系統はすべて事務所に送ってもらうように注文してあったりするので、到着には一日ほど時間を置くことになっていた。

 まぁそんなこと気にしているまどかではない。彼女の中では、謎の怒りが感情の大半を占めていた。

 

「おかしーじゃない! 大体そんなこといったら、あなた、前に殺人事件を追ってたんじゃなかったのよ! 結果的にエセ宗教とか潰したんじゃなかったんかい!」

「婦警から聞いたのかい? それは、実際は正確な情報じゃないね。

 もともとは人探しの依頼がスタートで、最終的にはその探し人の持っていたあるものを見つけてくれ、というのが最終的な依頼になったから、継続調査してたんだよ」

 

 つまり殺人事件を追うことなんてできなんだこれが、と、やはりビヨンドの表情は涼しげかつ余裕があった。

 

「そこまで厳密に定められてるわけじゃないけど、ほら、刑事ドラマとか見ないかい? マルメガネは。

 遺留品その他もろもろは警察、検察で回収。被疑者容疑者取り調べ、拘束は基本的に探偵にはない上に、逮捕、起訴はこちらで不可能ときてる。

 元警察関係者が大量にいるーとか、そういう都合でもあれば警察側の対応も変わってくるのかもしれないけれど、前科一犯、素性あいまいな青二才一人にそんな御大層なことをさせないよ? 日本の警察権力は」

「だけど……、だけど……! っていうか、あんた、なんで生身なのに身体能力とか――――」

「どっちかっていうと、君の扱いが一番不自然だったかな? いつの間にか本当に『妹』というか、親戚の子供ってことにされてたし」

 

 病気で学校に通えないとかいう設定までされていたのはそら恐ろしいものがあったね、とビヨンドは涼しい顔でつづけた。対してまどかは渋い顔をする。

 

「……たぶん、裏で、組織が動いたんだと思う」

「例の、君たちを使って実験してるところかな?」

「うん。そっちの方が都合がいいからってことだと思う。

 …………で、あんた何を待ってるの?」

 

 と、そんな会話を交わしていると、警察署の方から二人、刑事が出てくる。一人は婦警だ。腕時計を確認しながら歩いていると、ビヨンドを見て嫌そうな顔をして、まどかを見て苦笑いを浮かべた。そんな彼女についてきているのは、こう、実直そうな刑事だ。容姿も整っている方である。ビヨンドが俳優とかアイドルのタイプだとすれば、彼はスポーツ選手系のイケメンね。そんな謎の感想を抱くマルメガネであったが、対する当の本人は、ビヨンドの顔を見た瞬間に左頬がひきつった。

 

「やぁ、お疲れ? 婦警に、佐村刑事」

 

 ビヨンドは当然のように涼やかに応対。婦警の前に一歩足を進める。が、それを遮るように佐村と呼ばれた刑事が手前に出てきた。

 

「あいにく、我々も仕事が忙しいのです。何の用でしょうか?」

「十分足らずかな? 車で来たか電車で来たかわからないけど、自殺しかかった子のことでちょっと気になったことがあって」

「だったら我々でなく担当刑事に――――」

「佐村、邪魔」

 

 あう、と彼の肩にチョップを食らわせ、婦警が彼をどける。

 

「一応、生活安全課管轄っぽいから話しておこうかなって思ってね。下手に担当刑事に話すより、婦警に相談した方が確実だと思って。うん」

「……! お、お前、新刑事をいつも婦警婦警と――――!」

「佐村、口調。

 あと、刑事っていっても迫力はないから。人名で呼べとは思うけど」

 

 ちょっと車回してきて、と彼をしっしと追い払う婦警。「なんであんなの……」「俺の方が……」とかぶつくさ声がマルメガネの耳には聞こえはしたが、ビヨンド、婦警ともども届かない声量ではあったので、その話はまた後に回そうと考えた。

 彼の姿が見えなくなったのを確認してから、婦警は「こっち」とビヨンドたちを手前のコンビニの方に誘う。

 

「で、まどかちゃん関連してそうだって話だったけど、何なワケ?」

「ギルティアっていってたかな? 今回、自殺未遂したあの子の関係者っぽかったひとの背後にいたね」

「ギル……? って、あー、なんかそんな名前言ってたわね……。

 で、どっち?」

「男性の方」

 

 あー、と婦警は唸る。それと同時にマルメガネから聞いたギルティアの概略をつまみ説明するビヨンド。半眼で黙って聞いた彼女は、深くため息をついた。

 

「なんだろうね。男性と女性が一人ずつ。ぱっと見て二人は元夫婦って感じだったけど」

「……見てって、どこで見たのよ」

「あの女の子、十川(そがわ)ちゃんだったかな? を助けたときに、三階の方から見下ろしていたよ。

 んー、まぁ服装の趣味が違うのと、旦那さんの服装が明らかに奥さんの服装の値段帯のグレードと異なるのと、あとは結婚指輪が旦那さんの方についていなかったことが原因かな? あと旦那さんの方が無精ひげはやしたりしてとても整えられた感じに見えなかったりして。

 そんな男女が中学生の子相手に、あそこまで心配したような顔を向けるんだからそりゃただ事じゃないとは思うよ。そこから関係を類推すると、元夫婦で、あの子は二人の娘だっていうことだね」

「…………」

「ま、いつも通り肯定と受け取っておくよ。そのリアクションは」

 

 まじか、とまどかは顎をあんぐりした。婦警が直接ビヨンドに情報を教えられないという風な感じだろうことはビヨンドの口振りから察していたのだが、なるほどこうして情報の成否を確認してるえのか。婦警に直接確認し、その時の反応をもとに成否をみているらしいビヨンド。はた目からは半眼でにらんでるようにしか見えない婦警。

 

「……で、何が知りたいの? ぶっちゃけると、あの元旦那さんに警戒しろとか言われたって、私たちできることなんてないわよ?」

「うん、当たり前だろうね。ストーカー犯罪でさえ実害が出てからじゃないと動けなかった身としては」

「…………ッ」

「おっと失言だった。ごめんね?

 でも、ましてや目の当たりにしたところでわけのわからない超能力というか、怪物というか、そんなものを相手にできるようなシステムを現実の警察機構は搭載していないだろうし、婦警のその反応は予想してしかるべきだったと思うし、実際、予想していたよ、だから気にしなくていい」

「長い。わかりにくい」

 

 まさか一文で返されると思ってなかったのか、婦警がビヨンドの台詞の意味をどう区切ったものか悩んでるようだった。が、意味合い自体は伝わったのか「で、実際のところどうするのよ」と返した。

 

「実はこんな依頼がさっき来てね」

 

 さ、とスマホを取り出すビヨンド。事務所のアドレスに対して送られてくるメールであるらしいそれを、マルメガネと婦警とが見て。

 

 

 ――――――私の、本当の父親を探してください! 十川美奈――――――――

 

 

 

「……あー、なるほど。確かに断られていたわね、あの子。

 っていうかいつ名刺渡したのよアンタ」

 

 助けたとき、と薄く微笑むビヨンドに、彼の肩にチョップを入れる婦警。

 いまいち状況が呑み込めていないマルメガネだけが、目を白黒させていた。 

 

 

 

 

 

次回、事件? についてはスピード解決

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