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ショッピング・ビヨンド

 

 

 

 

 

「確かに一人殺してるね。葛城葵は」

 

 翌朝。涼しげな表情のまま、ビヨンドは味噌汁をすすりながら答えた。服装は室内だというのにトレンチコート装備状態、下は半そでワイシャツと地味な色合いのチノパンという具合。いや、下の服装よりトレンチコートの方に意識がいきまくりのまどかである。「脱ぎなさいよ」と突っ込みを入れるも「アイデンティティ」とだけ返される。意味が分からない。

 

「で、それがどうしたんだい?」

「いや、どうしたんだいって……」

「ビヨンドは、葛城葵と連続している人格ではないからね。たいして気にする話ではないと思うのだけど」

「気にするわよ! っていうか、あんたまがりなりにもその本人から生まれた人格じゃないのよ! なんで何も知らないみたいな振舞いしてるわけ!?」

「知ったところでどうにもならないからだね。あと、食べ物は飲み込んでからしゃべることをオススメするよ」

 

 婦警に怒られるよ、と言われ、反射的に着席、焼き魚の咀嚼を継続するまどか。

 

「まぁ、最低限マナーだね」

「っていうかヒイロさん、まさか朝っぱらから和朝食とか作ってくるとは思わなかったわ……。なんていうか、よめぢから高すぎない?」

「何かなその新単語は、うん。

 まぁ婦警が料理にはうるさいのは当然かな? おそらく血が騒ぐんだろう」

「血が……?」

「彼女、実家が中華屋さんらしいし」

 

 なぜに中華で和朝食が出てくるのかのつながりはさっぱりだったが、料理にうるさいという一点にだけは多少妥当性を感じたまどかである。

 ちなみに当の婦警は、台所でいまだ調理中ときている。婦警なりのこだわりがあるのか、まだメインが一品足りていなかったりするにはするのだが、それにしたって昨日の今日で、しかも朝六時にさしかかった時点でできているレベルの準備でさえない。というか昨晩は温うどんだったのだが、ひょっとして彼女、ダシとかまで自前で準備していたりするのだろうか。

 

「まあ、味がしないんだけどね」

 

 もっともビヨンドにそれが届いているかは全く別の問題であるが。薄く涼しく微笑みながら、彼は機械的に食事をしていた。一口につき二十回ほど連続で噛み、飲み下すという挙動のみが続くその様は、味の感想もあいまって文字通り機械のようだった。

 

 

「って、そういう話じゃないの!」

 

 

 ばんばん、とちゃぶ台を叩きたい衝動にかられるマルメガネだが、しかし片手がお茶碗、片手がお箸でふさがっているのでどうしようもないと諦めていた。そういった感情の発露よりおいしいごはんである。平然と粒がたっている上に、おつけものの塩気があえて強めなのがなかなかにそそる。お味噌汁も煮干しやらアラやらが入っているものの灰汁やくさみはなく、魚も丁寧に骨が除かれ、しっとり火が通っている。やわらかい。

 少なくとも朝一番にでてくるような出来の食事ではないと確信できる。お店とかだと普通に四桁支払うのが妥当だろう。ただ、それでも全体的には家庭料理としてまとまっているあたりは、作り手の妙か。そんな分析を脳内で高速演算するあたり、この神幼女、舌が肥えていた。

 

 ともあれ。

 

「うん? 察するに、元殺人犯と一緒に暮らさざるを得ないのは落ち着かないと」

「……」

「うん、いい傾向なんじゃないかな?」

「は、はぁ!? なんでよ!」

「少なくとも君の感性が人間的だってわかるからね――――マルメガネ」

 

 ちなみにビヨンド、婦警が「まどか」とつけた後も継続的にマルメガネ呼ばわりを続けている。

 

「マギちゃんあたりだったら、神様なんだから人間のことなんて関係ないー、みたいなスタンスでいるだろうからね。彼女のギルドライバー、明らかに裏芸能界っぽい感じがしたけど」

「裏?」

「いわゆる表ざたにならないような、後ろ暗いエリアってことだね。で、そんな相手と契約しながらも何も気にしている様子がなかったってことは、彼女からすれば人間はやはり、どうでもいいってことなんだろう。

 そういう意味では、君が抱くその落ち着かないっていう感想は、相手を対等以上にみているからこそ発生する感想だからね。悪くない傾向といえるんじゃないかな? 人間としては」

「…………いっとくけど、私別に、あんたの妹になったつもりはないから」

「まぁ、対外的にはそういうことにしておいた方が、いろいろ楽だっていう程度の話でもいいよ? とりあえずは。

 正直、僕に喜怒哀楽をちゃんと理解しろっていうのも難しいからね。きっと君の理解と僕の理解は違う」

「自分で言ってるんじゃないわよ、自分で」

「アイデンティティ」

 

 朝食が終わった直後、どこからともなくシガレットチョコを取り出すビヨンド。本当にタバコでも吸うように加えながら呼吸をすると、しいて言えば、とつづけた。

 

「葛城葵は殺人を犯したものの、実刑は喰らってないよ。じゃなければ僕がいま探偵やってるってことはないろうし」

「な、なんで……?」

「執行猶予、精神鑑定、まぁいろいろついたけど、究極的には同情されたってことだろうね」

 

 なにせ妹を目の前で殺された上での殺人だったからさ、と。やはり薄く微笑む彼の言葉は、どこか他人事だった。

 

「そのあたりで僕を『作らざるを得なかった』くらいにはひどい状態だったらしいからね」

「……らしいって何よ、らしいって」

「僕からすると、別にどうということはない状態だからね。ああ、でも、その時担当してくれたお医者さんが、今の僕の身元引受人ってことになってる。あっちもかなり方々手を尽くしてくれたみたいだから、そういう意味では感謝かな? オヤっさんには」

 

 ああ、オヤっさんってそういうことか。婦警の言葉に出てきた人物と、ビヨンドからの説明で内容をきちんと把握したまどかだった。

 

「まぁ婦警の価値観では、人殺しはすべからくクズだそうなので、そこの部分については僕からいうことはないよ」

「…………なんで?」

「僕にはそういう機能はついてないしね」

 

 異性愛はもとから求めないような設計思想みたいだから、と。薄く微笑みながら、やはりどこまでも他人事のようなビヨンドだった。

 

「だから、そういう意味でも正しく、人格は連続していないからね。

 それでも不安だっていうのなら、婦警にきちんと懇願して、正式にこっちで寝泊まりしてくれるよう拝み倒すべくだろうねぇ。あっちも風評被害が酷くなるだろうけど」

「風評被害?」

 

 

「…………てめぇが無駄にいい容姿してるからだろっての」

 

 

 器片手にやってくる婦警をみて、ビヨンドとまどかはちゃぶ台の中央にスペースをとった。おかれたそれは、どう見てもとろろ芋であった。……だから朝っぱらの料理にかける手間が半端じゃないでしょ、と思わず内心で突っ込みを入れるマルメガネ。

 

 ただ、婦警の言葉には納得できるところがあった。

 実際問題、ビヨンドというか、葛城葵の見てくれは格好がよい。特徴がないということもなく、どちらかといえば女顔によったそれはあごが小さく、しかしかなり痩せている(一歩間違えればげっそりしている)。目元は柔和で二重瞼、ひげはなく、すっきりしている。それを普段から、雑誌の表紙でも飾っていそうな涼しげな微笑みに調整しているので、人物さえ知らなければコロリと来てしまうかもしれない。

 まどかも屈辱的なことに、容姿についてだけは認めざるをえないのだ。当然のごとく、婦警も似たような心境ではあるようだった。

 

 婦警の置いた芋をお茶碗に乗せて、音もなく食べるビヨンド。そんな彼に、婦警はため息をついた。

 

「幸せが逃げるという迷信がある」

「いまさら一つ二つ逃げたところで、どうにもなんないわよ。

 ……っていうか、なんでアンタは探偵なんてやってんのよ? それだけ良い容姿してるんだから、それこそ俳優とか目指せばよかったじゃん」

「婦警は物を知らないなぁ」

「あ゛?」

「いったい俳優をやるのにいくらお金が必要だと思ってるんだい? それにそもそも、葛城葵は人生を天秤にかけたギャンブルみたなことができるような環境にはなかったわけでだし、現在でも葛城葵をとりまく環境はそう違いはないわけだからね。ビヨンドとしては、せいぜい葛城葵『らしくない』方向で仕事をしていくしかないと思ってるよ。

 そんな中で婦警と巡り合ったのは、幸運だと思うけどね? うん」

 

 なにこいつ、くどいてんの? まどかの感想はともかく、婦警はうぇっ、というような声を上げた。

 

「止めろし、鳥肌立つわ。ま、ビヨンドが悪人じゃないっていうのはわかるけど、どっちにしろ前科一犯の時点で難しいか。まともに働こうってのも」

「そうだね」

「それにそもそも、あんたほかの仕事長続きしなかったっけ」

「そうだね」

 

 まぁこの性格してりゃそれはなぁ、と、まどかも納得である。

 一通り朝食が終わった後、婦警が一足先に出たのを見てから、ビヨンドはとろろにラップをかけた。冷蔵庫にしまい、他の食器を手早く洗っていく。手際、というかその機械的な作業の流れを見るに、事務作業に対して無駄にスペック高いように見えるビヨンドであった。

 しばらくテレビを見てくつろぐ二人。まったく会話がないことこの上なく、ザッピングするまどか。と、みたみシガレットチョコをほうばると、ビヨンドは洗面所で何やら身支度を整える。ここにおいてもトレンチコートを脱がないのは、いったいいかなる思想主張があるというのだろうか。

 

「何やってんの?」

「そりゃ、出かける準備だよ。マルメガネも準備しな?」

「は?」

 

 時刻は十時を回るか回らないかというあたり。だが彼が何をしたいのかわからないマルメガネ的には、ちんぷんかんぷんだ。 

 そんな彼女に、ビヨンドはやはり一切表情を崩さず。

 

「君の服を買いに行くんだよ。さすがに一着しかないのはまずいんじゃないかい?」

「……それもそうね。前は、ハルカのおさがり着てたりしたけど」

 

 ともあれ、そんな流れでまどかも立ち上がり、黒一色の装備に身を包んだ。

 どうでもいいことだが、二人そろってファッションセンスがずれているあたりは、ある意味で兄妹(きょうだい)じみているといえるかもしれない。

 

 

 

 

 

   ※

  

 

 

 

 

「これ、どうかしら?」

「黒いね」

「あとこれも、これも!」

「黒いね」

「おぼうし! 似合う?」

「黒いね」

 

 案の定というべきか、ショッピング結果は黒、黒、黒と惨憺たる黒一色となったまどかのファッションセンスである。さすがに下着までは黒はなかったものの、それでも暗色系に染め上げることに執心しているらしく、荷物持ちとなっているビヨンドの袋の中は、ある意味で暗黒だった。

 なお、ビヨンドはこの通り「黒いね」以外の感想を一言たりとも語らなかったので、多少不満そうなマルメガネである。が、新しい洋服の購入はやはりテンションが上がるのか、文句は言わなかった。

 

 月城駅から二つ駅をまたいだ先、駅前を抜けたショッピングモールにて数着数点購入した後、ビヨンドたちはフードコート入り。ハンバーグランチセット(大体千円)を片手にするまどかは、たいそうご満悦層だった。

 

「美味しいかい?」

「まぁまぁかな?」

  

 ただ表情や挙措こそ子供らしく満足していそうだが、舌が肥えているのだけはどうしようもなかった。とはいえど平日、とくに祝日が近かったりするわけでもないタイミングなので、人は少ない。よってマルメガネとビヨンドの食事風景に突っ込みや感想を抱く誰かがいるわけでもなかった。

 

「って、私はともかく、あなたは何食べてるの?」

「ん? まぁこれだけで十分かなーと」

 

 一方のビヨンドは、パンケーキにシロップ一つかけずに黙々と食べている。「安いしね」といって購入していたそれだが、確かに値段はここのあたりの価格帯では一番安い(四百円)。しかしそれに対してやはり味わうこともなさそうなその様子は、やはり機械的というか何というか。そしてホットケーキを一足先に食べ終え、隣においてあったシロップを直接のみ、水を一口。

 少しだけ食欲が失せそうになりながら、マルメガネはビヨンドに聞く。

 

「本当に味覚ないの?」

「ん? そうだね。触感と、あと苦いのはわかるんだけど、ほかはだめだね」

 

 だからシガレットチョコは少し味がある、といいつつ、なぜかチョコは外に持ち歩かないビヨンドである。


「マルメガネこそ、食事してるときは楽しそうだけどね。異様に」

「そ、そう?」

「何かあったのかい? そんなに食べるのが楽しくなるような経験とかさ。純粋な興味本位だけれど、うん」

 

 んー、と少し思案してから、ハンバーグを一口。デミグラスソース、和風ソース、お好みでどうぞとなっていたところからあえてケチャップのみオンリーを選択してぶっかけられたそれを飲み込んで、彼女は自嘲気に笑った。

 

「私たち、製造過程とか、完成してからも十年くらい、ベッドの上で生活してたのよ」

「それはまた、なぜだい?」

「体の筋力が肉体動作をさせられるくらいに追い付いていなかったから。だから、いろいろ改造、改良している間、まともに食事は食べられなかったの。しいて言えば、それが原因かしら。

 姉二人はたいして興味があったわけじゃなさそうだったけど、わたし、人生で一番最初に口に含んだもののことは今でも忘れられないわ――――ざくろの果実」

 

 また妙なところが来たね、と口だけは音もなく動いたが、気分良く話している彼女に茶々は入れなかったビヨンド。なおギリシア神話において、春の女神ペルセフォネと地獄の神ハデスとの間にちょっとした縁があったりするが、まぁおそらく関係はないだろう。彼女は別に神話にうたわれる神ではなく、人工神である。

 

「もうなんっていうか、すっぱいっていうか、あまいっていうか、にがいっていうか、もう忘れられなかったわ! あの、口のなかにぶわっと広がったあの感じ!」

「香りだね」

「食べれるようになってから確かに研究員さんとかにいろいろ食べ物をねだったりしたけど、でもそれだけよ。別にそんなに良いもの食べていたとか、そういうことはないわ。これだってきちんと、美味しく食べられるし」

「まぁまぁだって言ってたけどね」

 

 と、ビヨンドの言ってることなど気にせずハンバーグを食べていたまどかであったが。大体半分くらい食べ終わった時点で、ぴくり、と目つきが変わる。ん? と、まるで何か思い出したような、そんな反応だった。

 

「どうしたんだい?」

「……いる」

「いる?」

 

 

 

「ギルティア。ここの、そんなに離れてないところにいるわ」

 

 

 

 

 まどかの言葉に「そうかい?」と、ビヨンドは残っていたお冷を一気に飲み干した。

 

 

 


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