ブラザー・ビヨンド
第2話 3/3
本年もどうぞよろしく・・・、 というわけでサービス(?)シーン
「……どーしてこんな話に」
「……考えるだけ無意味だと思うけどねぇ」
マルメガネの髪にトリートメントをすり込みながら、婦警は苦笑いを浮かべた。
妹にならないかい、というビヨンドの衝撃発言から間髪いれず。二人の様子にやはり涼しげな笑みを浮かべた彼は「とりあえずお風呂にでも入れてあげてくれ」と婦警に頼んだ。確かに所どころ血やら泥やらで汚れており、お世辞にもキレイな格好とはいえなかったのも事実。ため息をついた彼女は、慣れたようにマルメガネをつれて、事務所のある二階の部屋を出た。
「ど、どこに行くのよ……?」
「下。ビヨンドが言ってなかったっけ? ここ一棟、まるまるアレの家というか事務所だから。もとの大家の部屋のところを使う感じになるかしらね……」
言いながら平然とスペアキーを取り出す婦警であるからして、マルメガネはますます二人の関係性というか、距離感がわからなくなっていった。というか、何故平然とそんな代物をもっているのか。実際のところ、付き合っているのだろうか。
「付き合ってないわよ。っていうか、アレでしょ? ないない、ないわー」
どうやら声に出ていたらしい。慌てて口を塞ぐマルメガネと、それに苦笑いの婦警。ほどなく扉を開け、無地無色、つまりは白一色の一切手の加えられていない部屋に上がりこんだ。
「鍵持ってるのが不自然に感じるのもわかるけど、簡単に言えばアレに持たせられたって感じ」
「持たせられた?」
「去年の今頃くらい前だったかしら……? ちょっと、新興宗教を一つ潰してね。アレが」
「へ?」
「まぁ色々問題があったのよ。結果的にはこのご時勢で暴力団も絡まないのに銃刀法違反で大量検挙になるし、いくつかの土地が市のものになったり、どっかの病院がえらい儲かったりしたらしいんだけど」
「いや、新興宗教って……? そもそもそんなこと、話していいの?」
「だから半分くらいは嘘折り混ぜてるわよ? 私。
……あ、いっとくけどニュースにはなってないわよ? ××県で、意外と影響力があるからって緘口令敷かれたし。もともとアレが調査を始めた原因は、都内での殺人事件が発端だったんだけどね」
そんな事件の解決からそこまで辿り付いている時点で、既に長編小説一冊分くらいのボリュームがありそうである。ふらり、と身体が傾くマルメガネ。自身があまりに現実離れした存在であるという自覚はあれど、それに全くの生身で対抗してくるかのごときビヨンドの存在に、軽く頭痛を覚える。
「そのとき、アレがしばらくこっち離れるってなったときに、お金は払うからしばらく家の管理任されて。
まぁ幸か不幸か、私もマンション全焼した直後だったし、渡りに船ではあったんだけど」
「さらっと婦警さんもオソロシイことなってるわね……」
「陽彩よ」
「?」
「だから、名前。あなたもちゃんとしたの付けてあげなくっちゃねぇ」
言いながら手際よくマルメガネを脱がせる婦警である。三つ編みをほどく手際も丁寧なわりに素早く、やはり見た目の荒っぽさに反して女子力が高い。
そしてパーカーを脱がせたあたりで、彼女はあからさまに顔をしかめた。
「これは……、入れ墨?」
「基盤みたいなものね。炭じゃなくって、チタンとかマグネシウムとか――――」
「あー、言わなくていいわ。たぶん言われたってわかんないし。
っていうか、傷痕とか全然ないわね? 服あれだけボロボロだったのに」
バスタオル一丁装備となり、バスルームでマルメガネの体を洗う婦警。なすがままにされているマルメガネであったが、ふと視線を周囲に漂わせると、意外と部屋が広いことがわかる。大家の部屋とはいえど、普通に五人くらいが体を洗っても余裕の広さというこの部屋の感じは、明らかにもともとのこの部屋の構成ではあるまい。なにせ外見は苦学生とかが寝泊まりしていそうな安いアパートなのだ。改築とかでもしたのだろうか、とか、どうでもいいことを考えるマルメガネであった。
「髪、めっちゃ泡立つわね……。すっごいさらさらしてるし、いくら見た目がちっこい女の子でもこれは異常でしょ」
「だから、わたしは厳密には人間じゃないんだって……」
「人間じゃないから髪さらさら、お肌つるつるっていうのはなんか釈然としねぇ……、しないわね、オホン。
改造人間っていうか、サイボーグっていうか。誇張表現なしにそうう感じなの? 正直、アレがマジで変身みたいなのしたり、大真面目にあなたの話聞いていたあたりからして既に現実のことと疑ってはいないんだけど、いまいち実感が……」
「改造、っていうより、改良、っていうのが正解だと思うわ。わたしたち三人は、人体のクローン体をベースに作られていたはずだから」
クローン体? と頭を傾げる彼女に、あわあわ泡まみれの赤毛を乱し、マルメガネは見上げた。……もっとも、そこにメガネは当然のごとくない。
「一番上の姉が最初にギルティアとギルドライバーを作って、研究室からいなくなった。次女のマギっていうのは、ギルティアを作るだけ作って私の前から消えたわ。……気がついたら中学生くらいには成長していたから、つまり、そういうことなんでしょう」
「それだけいろいろなヒトを使って経験値稼ぎしてるっつーことね。よいしょっと」
そして冒頭に戻る。慣れた手つきで頭を流した後、トリートメントを手にする婦警に、マルメガネは深いため息をついた。
「なんで、妹にならないかって、なんで、というか、何なのよ、いみわかんないし……」
「確かに意味わかんないけど、まぁ、腹立たしいことに言わんとしてることはわからないでもないのよねぇ」
これでもだてに二年も巻き込まれていないし、と。婦警は苦笑いを浮かべながら、マルメガネの体を流す。ビヨンドの言ってることがわかるって、やっぱりちょっと変なんじゃないかしらこの婦警。割とマルメガネも感想に容赦がない。
「どういうことなのよ?」
「つまり、その、あーン、でく……、でく……、」
「DxM」
「そうそう! その、あー、デクシムだっけ? そんなの関係なしに、あなた、人間じゃない?
姉二人の振舞いをみて神様っていうのに嫌気がさしたんなら、人間らしく振舞う保護者やってやるって言ってるんじゃないの?」
「保護者って何よ、保護者って。なんどもいうけど、わたし、もう十六歳だし。結婚とかできるし」
「戸籍とかあるんならそうだろうけど、でも、子供産んだりとかできるようには見えねぇけど?」
うっ、とマルメガネ、びくりと肩を震わせる。
「まぁそもそも、あなた相手にそういうコトに及ぼうっていうのがいたりしたら、その時点でもれなく御用だわ。肉体的には七歳なのに違いはないんでしょ?」
「ん…………」
「そういう意味じゃあ、まぁ、不本意だろうけど、アレが保護者を買って出るっていうのは、意外と悪い話じゃないわね。まずそのテの心配はないし……っていうか、そもそも勃たなかったし」
まったく知りたくもなかった情報をさらっと暴露した婦警である。うぇ、とマルメガネが顔をしかめた。
っていうか、「なかったし」とはどういうことか。「らしい」とかじゃないその直接的な表現は、いったい如何なる理由からそうなってるのか。なんだか妙なことにばっかり気が行くマルメガネであったが、続く婦警の言葉に一応意識を現実に引き戻す。
「あとまー、なんでか無駄にお金持ってるし、意外と気を遣っていろいろ手回ししたりするし。一緒にいるとストレスでハゲるっていう症状が出るんなら考え直しは必須だけど」
「いや、そもそも受けるともいってないんですけど、ヒイロさん」
「でも、行くあてってないんでしょ? 今まで別なところで寝泊まりしてたってことは、あなたもそれが必要ってことよね。衣食住というか、人間的なライフサイクルが」
「う、」
それを言われるとマルメガネも弱い。できそこないの神様であるうんぬん以前に、確かに彼女には、人間同様に食事、睡眠、運動などの生活環境が必要だった。
「話を聞く限り、施設とかには寝泊まりできないでしょうし、んー、どうしようかしら……」
う~ん、と、非常に渋い顔をしてうなり、考え込む。マルメガネが不審に思うくらいの間それを続けると、ため息ひとつ。苦笑いを少女に向ける婦警。
「ごめん、私のアイデア力じゃ打開策なし」
「……まぁ妹云々はともかく、ここで寝泊まりするのは確定だと思ってます」
ため息をつくと、えい、と。唐突になぜか婦警のバスタオルをはぎ取るマルメガネ。
「? どうしたの?」
「いや、私も洗います。なんか洗ってもらってばっかで悪いし」
「へぇ? 洗えるんだ。さっすがじゅうろくさいよね~」
「馬鹿にしてませんか、婦警……? いや、だから本当に十六歳なのよって」
言いながらスポンジをあわあわして、もにゅもにゅするマルメガネ。なお、文章表現がふわっとしてるのは、露骨にするとだいぶ生々しい表現になりかねないからだ。具体的にいうと、半眼のマルメガネは、婦警の胸元を重点的にあわあわしていた。スポンジが落ちても、あわあわし続けている様子に、何か執念じみたものを感じ、少し冷や汗な婦警。
「な、なに?」
「………………どうしたら、こんな大きくなるの? ねたましい」
「あ゛ン、七歳ボディーの分際で何を嫉妬してるのかって……。胸っつっても、私の場合大胸筋そこそこかな……? って、まぁ、ここ二年でちょっと大きくなったにはなったけど」
「ねたましぃ。っていうか、先も綺麗だし」
「いやいや、そういうのはもっと大きくなってから考えなさいって……って、そもそもあなたは、そこからコンプレックスだったりすんのかしら」
「う゛ぅ゛~ ……」
「っていうか、同性相手にそんな羨ましがるもん? これって。女友達とかスゲーいないからわかんないんだけど」
女友達スゲーいないのか、なるほど。どうりで感性がずれるわけだ。婦警の事情に納得しつつも、「いいかげん他のところもお願いね」と両手をつかまれるマルメガネである。
「あ、それからあなたにとって朗報になるかわからないけど」
「何?」
「もしここに寝泊まりするようになるんなら、私もこっちで厄介になるわよ?」
「…………なんで?」
今までの婦警の発言と言動から、まったくつながりが見えなかったために頭を傾けるマルメガネであったが。
「だってあなた、体は七歳なんでしょ? だったらさすがに見過ごせないもの。あなたが可哀想すぎて」
「だから、何が?」
「料理よ」
「へ?」
「アレって味覚ないから、まともな食事が出てくるわけでもないし」
「……えっ?」
気を抜くと、白米、焼いただけのトースト、単なるゆで卵にスポーツドリンク、デザートにシガレットチョコとかが平然と毎日、食卓に並ぶわ。
彼女のその発言に、マルメガネは本気で「お願いします!」と頭を下げた。
※
「マルメガネだから……、まどかちゃん、でどうかしら!?」
「ヒイロさん、安直ってよく言われない?」
婦警の言葉をばっさり切るマルメガネであった。かちゃり、と眼鏡の角度を調整するは、風呂上りのマルメガネ。服装としては婦警が持っていたダボダボのトレーナーを身にまとっているだけである。さすがに下着までは準備できていなかったのか、そちらは風呂に入る前のものを流用していた。
なお対する婦警は浴衣着用ときている。これまた色味が真っ白なのは、部屋そのものが白っぽい(※まったく手をつけられていないがために壁紙などが白い)こともあって、目に痛かった。
「と言われても、あなたが何か考えてくれって言ったのよね? さすがにビヨンドがまともな名称つけてくるとは思えないしって」
「う……、考えてもらってありがとう、なんだけど、それでも他にないの?」
「メガちゃんとか、アイちゃんとか?」
「アイちゃんは悪くないけど、どうしてもマルメガネって単語からは離れられないのね……」
もうまどかでいいわ、と、マルメガネは妥協した。
「ってことは、戸籍はともかく、外向きは葛城まどかちゃんになるってことかしらね……。意外と語感、悪くないんじゃない?」
「そこは個人の感性の問題だから、きっと平行線よ、ヒイロさん。
……って、そうだ。せっかくだからなんだけど、いろいろ聞きたいのだけど、いい?」
「あ゛ン゛?」
相変わらず応答の柄が悪い婦警である。
「い、いや、そんな怖い感じに言われても……」
「あー、別に気分が悪いからこんなになってるわけじゃないわよ? ごめんごめん。ちょっと、育ちが悪かったってだけだから」
そんなことを自分でいうあたり、やはりこの婦警もちょっとズレている。というか自覚あるなら直しなさいよ、とは思ったが、この場における数少ない味方であることは重々理解してるので、あまり強気に出られないマルメガネ(ことまどか)であった。
「で何よ?」
「えっと、ビヨンドについて」
「……で、何を聞きたいのさアレの」
「そんな露骨に顔しかめないでくださいよって、怖いから……。
いろいろありすぎるとこなんだけど、まず、ヒイロさんがあのヒトについてどれくらい知ってるのかっていうのが知りたい」
「なんでまた」
「ヒイロさんの言ってることを信用してないってわけじゃないんだけど、正直アレがわけわからな過ぎて、私のほうが参っちゃいそうというか……。さすがに襲われはしないと思うけど」
「まぁ、アレがロリコンとかだっていうことはないでしょうしね。『葛城葵』がその類のだったっていう話も、オヤっさんからは聞かないし」
オヤっさん? と頭を傾げるまどかだが、半眼で上を見上げ、あごに手を当て思案する顔の婦警の視界には入っていなかった。
「そもそも、なんだったっけ……? あのビヨンドっていうのは『メタ人格』みたいなものだから、そういう生物的衝動とは切り離された人格だって考えて大丈夫とか言ってたかしら」
「メタ人格?」
「うん。えっと、メタ認知って知ってる?」
「あんまり一般的な用語じゃないところ来たわね……。知ってるけど。高次認知というか、現状に対する客観的な認知のことよね?」
「たぶんそれで合ってるのかしら……? さっすがー。
で、ビヨンドっていうのは葛城葵っていう人格の、メタ認知が拡大されて乖離したものだから、生物としての活動こそしてるけど、中身は生物とはとらえないのが妥当だ、て感じだったかしら?」
哲学ゾンビまではいかないけど、私たちが思ってるような人間的な人格じゃないと思う。婦警の言葉に、わかったようなわかってないようなまどか。
「かいつまむと、あー、葛城葵っていう人物? を客観的にとらえた第三者が、勝手に動いてるみたいな感じね。たぶん」
「……まずその、葛城葵っていうのからよくわかんなくって……」
「あー、アレのベースになった人格、ってくらいしか私も知らないわよ? 私があれとちゃんと会ったのだって二年前からだし。それ以前の情報は……、まぁ、警察のデータベースレベルで知ってるくらいね」
警察の? と疑問符を浮かべるまどかに、婦警は少しだけ遠い目をする。
「あんまり褒められた人格じゃなかったと思うわ。今でもアレだけど、アレになる前の方がクズだと思う」
「な、なんで?」
「前科一犯」
四年前に一人殺してるのよ、葛城葵は、と。
婦警の言葉に、まどかはどう反応していいかわからなかった。
詳細は次回、本人の口より




