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神代闘師ギルドライバー  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
第5話 被害加害の境界線
22/22

ノゥレジスタンス・ビヨンド

冒頭から胸糞注意です

 

 

 

 

 

「――――まぁ、探偵が言うセリフじゃありませんが、結局のところ貴女は加害者になってしまっているんですよ。そこはご理解されていますか? うん。加害者が、いつまでも被害者に愛されるわけなんてないじゃないですか」

「でも、だって、」

「待ってると言われたって、そりゃ辛いでしょうよ貴女の元恋人は。まぁ貴女のそういう計算高そうな振る舞いも、おそらく嫌がられる要因だとは思いますけどね。僕としては人間そんなものだと思いはしますが、特に男性は女性にピュアさというか、それこそ愛情を第一に求めるのが多いらしいですから。それをして操を立てる、と言います。貞操だけではなく、心を守るわけですね」

「そうですか…………」

「まぁ復縁は無理でも、貴女相手に暴行を続けた相手への爆弾はある訳ですし、それをどう使うかは貴女次第だと思いますかね? 相手が名誉棄損で訴えるにしても、これって事実関係が周囲に知れ渡るのも含めてダメージが大きいでしょうし。ただ大前提として、やらかす相手はそもそも会話が通じない場合も多いので、アフターケアをこちらに任せるのなら、それなりのダメージも覚悟しておいてください」

 

「…………何よこれ」

 

 ビヨンドと依頼人との会話を聞いて、まどかは珍妙な顔をしていた。

 昼食後、午後一番の探偵事務所にて、別な部屋に言っているように言われたまどか。ビヨンドいわく「経過報告だね」と言っていたものの、実際に来客したのはそれなりに見てくれの良い、大学生か社会人一年生かというくらいの女性だった。何これ、浮気? 陽彩さんに言いつけてやる、と(実際そういう関係でもないのだが)そんな感じに考えたまどかは、邪推して隣の部屋の窓を開けて聞き耳を立てていた。

 リビング部分はすべての部屋でつながっており、また事務所の部屋の窓も少し開いているため、隣同士の部屋なら窓を開けていれば会話を聞き取ることが出来る。

 だが実際飛び出してきたのは、なるほどビヨンドが同席させようとしないのが納得できる類の内容だった。まずもって陽彩ならブチギレるし、まどかも胸糞悪さだけが残る。

 首にぶら下げたネックレス、球形のそれをいじりながら、彼女は憮然とした表情だった。

 

「私は、どうしたら良かったんでしょうか……」

「巡り合わせというのもありますし、どうしたら、というのはすべてたらればにしかなりませんが……、そうですね。初回の時点で相談することが大事だったんじゃないかと。こういうのは積載すれば積載するほどに事実関係が大きくなっていきますし。病気と一緒ですよ、適切に治療しなければまともになる可能性も低く、後遺症も残る。彼が女性とまともに付き合えないようになってしまったのは、貴女のせいで女性そのものにイップスと、男性としてのコンプレックスが生まれてしまったからだと思います。

 あまり言いたくはありませんが、最終的に保たれたものって、表向きの貴女の体面だけですよね。そこはご理解してますか?」

「…………」

「まあ、言ってしまえば相手は犯罪者だった訳ですから。でも状況だけ考えれば、彼に対してそれを隠していた貴女も同罪とは言いませんが、間接的に協力者になってるという事実から目を背けてはいけませんよ」

 

 話としてはこうだ。依頼人の女性Åと当時彼氏だったB。仲が良く、肉体関係が進展したばかりの頃。運悪くか当時生徒会だった軟派な男Cに襲われ、撮影され弱みを握られ、肉体関係を継続させられた。バラされれば学内に居場所はない。彼女は被害者であるが、社会的に支払うコストは女子高生にとって計り知れないダメージがある。

 そしてBを傷つけると本気で思い、Cの言いなりになっていた。結果としてCによりBへと「見せつけ」られ、Bは精神的におかしくなったのか何も言わず何もできず、卒業後はすぐ引っ越し消息がつかめない。男Cは別な女性を見つけたのか、彼女のことを改めて捨てた。

 女性がビヨンドにした依頼は、BとCそれぞれの行方であった。

 女性自身も、いまだにCがばらまいた映像や写真で追い詰められており、原本を差し押さえはしたもののどうしようもない状態である。ちなみにその差し押さえにもビヨンドが関わっているらしく、まどかは苦い思いをかみしめる。

 

「というか、襲ったCが全然ダメージ受けてないじゃないこれ……」

 

 ちなみにCは大学を中退し、資産家の娘と婚約中であるとのこと。一方のBは卒業後すぐに働きに出て、県の事務員をしているらしい。女性関係はめっきりなく、対人障害を患ってカウンセリングが続いている。

 ともあれ、ビヨンドはそんなこと関係ないとばかりに涼しげな声である。当然、そこには例の涼しい笑顔も浮かんでいるのだろうが。

 

「それにしても、インターネットがまだ普及率が高くなくて助かりましたね、しかし。そういったルートから拡散しないで、版元の差し押さえだけで済みましたから。コピーとかも差し押さえましたし、ちょっと『おしおき』もしましたから、この手のに貴女の名前が出ることはないしょう。

 あなた自身にも肉体面での依存性はなかったようですから、その点は不幸中の幸いかもしれません」

「…………何か、彼に、私ができることはないでしょうか」

「愛してるんですか?」

「……愛しています、今でも」

 

 やるせない、とまどか。ところがビヨンドは。

 

「でも、ご自分の体裁よりは愛していなかったと」

 

 やはり涼しくこんな返しをできる時点で、あの男まともな人間ではないだろうと頭痛を覚えるまどかだった。

 

「そんなことは……、だって、彼が傷つ――――」

「でも回数重ねた方がもっと傷つくってわかってましたよね? それにあまり言いたくはありませんが、ご両親や教員の方に頼られる手段もあったのではないかと。教員でダメなら教育委員会。ともあれ尽くせる手はありましたし」

「でも、そんなのなんで貴方に言われるんですか――――っ!」

「『似たような』事例がないわけでもないので、まあお節介にと。おそらくそこを認めないと、貴女が彼に対してできることが見えてこないと思います」

「できること?」

「この場合、大前提として。彼本人に何かできるかといえば、言えることは『貴女に出来ることはない』という、ただその事実です。今更ですし、貴女も最初は過去のことにしようとしていませんでしたっけ? 最初の依頼の際に」

「そ、れは…………」

「そういうところが、まぁ被害者からしたら、計算高く見えるんですよ。ただ、元の彼氏さんのご両親がご存命というのが、わずかばかり救いと言えますかね? うん。

 僕から提案できるのは2つ。貴女を襲った男性にペナルティを負わせ、彼に謝罪の言葉を贈る。彼の家族に手紙を渡すでもよいかもしれませんが、自己都合の自分への擁護はしないことですかね」

「ペナルティとは……」

「一応、男性の婚約者様のご実家が、興信所を入れているそうなので、ひょっとしたらどうにかできるかもしれません。ただ貴女の問題が表面化していなかったらしいのでひょっとしたらつかめないと思いますが、映像媒体を持っているのならば、それは一つの武器として使えます」

「武器……?」

「なので、こちらから出せる解決策は2つくらいですかね?

 穏便にするなら、相手女性の家と接触をはかり事実関係を伝える。これは僕の側で対応できる範囲です。そしてもう一つは、男性相手に裁判を起こす。請求額は高く、実際の慰謝料は微々たる額でもこの際仕方ありません。重要なのは事実があったことですから」

「あれを……、あの当時のことを、私に、明るみに出せと? 思い出せと、そう、言うんですか? 葛城さんは」

「ビヨンドです。んー、後者の場合はこちらで受け持てないので、知り合いの腕の良いところを紹介する形になりますが。ただどうです? 少なくとも、貴女も心にダメージを負うかもしれませんが、相手に社会的な過去の事実を作ることはできます。映像を見た限り、おそらく勝てると思いますしね」

「…………」

「重要なのは、後は貴女がどうしたいか。どうできるか。彼に対する罪悪感を払拭したいのか。彼とまた話したいのか。彼とよりを戻したいのか。男性に責任を負わせたいのか。もう何もしたくないのか。どういった選択肢であっても、『誰も無傷ではいられない』。だからその選択肢をとるのは、貴女次第です」

「私、は――――――――」

 

 まどかが聞けたのはここまでだった。それ以上の話は、まどかも耐えられなかった。キャパオーバーである。

 窓を閉めて、普段 陽彩が寝ているふかふかのベッドにダイブ、枕を抱きしめる。実年齢が高校生くらいであっても、見た目が九歳児ほどなので愛らしいと言えば愛らしい。もっとも「う゛う゛う゛う゛う゛」など挙げる唸り声が彼女の痛々しさを如実に表している。

 事務所に来てから、ビヨンドはまどかを浮気調査などのごたごたに連れまわしたことはない。常に留守番をさせている。そのことに退屈だ、私も連れていけ、などと言っても暖簾に腕押し。「君の教育には悪いよ? うん」とだけ涼しげに返してくるばかりだったが。

 なるほど、確かにこれは痛いし教育に悪い。まどかは自分を決して感情豊かだとは思っていないが、それでも最低限の思いやりとか、そういう人間的な温かさを持っていると思っている。だからこそ、今、ビヨンドが話し合ってる相手の話は、彼女の精神衛生上も悪かった。

 そんな人間が果たして存在するのか。そんな非人道的な事実が存在するのか、そんな可哀そうな被害者がいるのか。またビヨンドの振る舞いも、彼女からすれば理解しがたいところも多くあった。ビヨンドは女性も共犯みたいな形なっていると言ったが、まどかからすれば女性は被害者でしかない。そしてその被害者の彼女が、また傷を負わないと相手にダメージを与えられないという、その事実も許容しがたいストレスであった。

 それと同時に。ビヨンドや陽彩は常日頃から、こういった悪意やらやるせない事実と向き合っているのかと。陽彩の顔がああ不機嫌そうというか、柄が悪くなるのもわかるような、わからないような。そしてそれでもなお、なぜビヨンドがこんな涼しい振る舞いを続けられるのか。やはりその一点は、理解に苦しんだ。

 

「――――――――終わったよ、マルメガネ」

 

 気が付けば眠っていたらしいまどか。目を覚ますと既に夕暮れ、五時六時はすぎているか。ぼんやりとする頭でビヨンドの顔を見ると、なぜか一瞬、恐ろしいほどの無表情に見える。目をこすり改めて見れば、やはりそこにはいつも通りの涼しげな表情が浮かんでいるのだが。

 

「お疲れかな?」

「別に………………」

「だから教育に悪いって言ったんだけどね? うん」

「………………………気付いてたの?」

「いや、予想だね。カマかけとも言う。見事にひっかかってくれたけど、聞いていたのは事実だね」

 

 涼しげでありながらも苦笑してるのか、少しだけ眉毛の動きが違う彼に、まどかはあおむけになって唸った。まくらを抱きかかえながら色々と考え、口をついて出てきた言葉は。

 

「死にたいか、殺したくなった」

「随分、穏やかじゃないね? うん」

「なんっていうのかな……。こんな世の中? 薄汚い世の中みたいなというか。そういうのに生きていなきゃいけないのに絶望してる、みたいな」

「だから、生きたくないから死にたいし、死にたくないからせめて原因のやつを殺したいってことかな?」

「う゛ぅ゛…………」

 

 うまく感情が処理しきれないのか、言葉も包み隠さず「死ぬ」だとか「殺す」だとかの単語が踊る。ただビヨンドは涼しげなまま「精神年齢が思春期なのは事実みたいだね? うん」と微笑んだ。

 

「は? 何なのよ」

「そういう自我意識での葛藤は、まあ、思春期あたりにあるものだろうからね。そういう意味で、君が正しく成長途上であるということが言える」

「いや、質問に答えてくれたのはわかるんだけど、何言ってるかわかんないわよっ」

「ちなみに今回のケースは、依頼人がまだ攻撃手段を獲得できたから良いもののね。類似の案件だと、主婦が趣味サークルの集まりでお持ち帰りされて、旦那さんが相手を訴えるために色々やったりもしたのがあったかな? 結局証拠不十分だったけど、密告できるようなことをやらかしていたので、夫婦は現在再構築中だ」

「えぇ……、なんで再構築? 女性、被害者じゃない。旦那さんがかばってあげないと」

「もともと男性のいる飲み会には出ないでくれって旦那さんに言われていたらしく、愛想つかされたらしい。再構築になったのは子供がいたのと、一応奥さんが猛省してる様子だったからかな? 僕も奥さんに、この調子で色々言ったけど」

「なら傷口、十分抉られたじゃない……」

「とはいえそれで反省したように見えても、旦那さんは信じきれないところも大きいだろうけどね。少なくとも相手を思っていったことを無視してなったんだから、身から出た錆、自業自得、貞操観念が薄いって思われても仕方ないだろう」

「それ、アンタの意見?」

「いや、婦警の意見」

 

 なんでヒイロさんに話してんのよそれ、とまどか。

 もっともビヨンドの挙げたケースも挙げたケースで色々と問題だった。やはり異様に精神的な疲れを覚えるまどかと、涼しげにスルーするビヨンドという構図が存在する。

 

「納得できないかい?」

 

 ビヨンドからそう問われれば、まどかは首肯するしかない。体を起こし、枕を抱きしめたままの絵面は愛らしいものであるが、浮かべてる表情は段々と陽彩のそれに似てきていた。そんな彼女からまくらを取り上げると、ビヨンドは彼女を立ち上がらせる。

 

「まあ、そこで納得しようとしまいと、今の君にはどうすることもできない。結局、選択する人間が、それに対して解ったような決着を付けるしかない」

「とか言ったって、納得できないでしょうが……」

「んー、そこのところどう思います? ――――『おていさん』」

 

 と、ビヨンドの言葉に、まどかの首からぶら下がったネックレスの球の部分が「発光しながら答えた」。

 

『――――そうだなぁ、昭和の人間からすれば、姦通するのもそうだし、そもそも亭主を置いて酒飲みに出かけるのも理解しかねるか』

「あ、そういえばそうだったわね。昔は貞操観念とか、もっと硬いか」

「だね」

 

 まどかとビヨンドは驚いた様子もなく、そのペンダントの言葉に返答する。ペンダントは発光しながら、うなづいたような音を出した。

 このペンダント――――「マリオネットギルティア」こと、野木丘おてい。肉体を失い精神だけのギルティアであり、現在はまどかの手によってペンダント状にして保管されている。「自意識があれば害を与えないし、ご意見番としては丁度良いんじゃないかな? なにせ戦前からご存命の方ですし」というビヨンドの謎の提案により、現在はその場に落ち着いていた。おてい本人も「行く当てもないし、いつか消滅してしまうのなら」と、まどかの首元に厄介になっている。

 

『そうだな。まどかちゃんが何に違和感を感じるか、私なりに考えてみたが。つまり「後の祭り」になってからじゃないと、被害者側が手出しできないという状況が許せないのだろう。何をしても覆水盆に返らず、最初の加害者が何もしなければ、すべて丸く収まっているからな』

「そう、なの…………?」

『だがこればかりは仕方あるまい。そもそもそれが出来ないのが人の世の中だ。私の息子も、それなりにいじめられはしたが、いじめる側はそんなにことを大きく考えていない。だからそういう大それたことが出来てしまう』

「普通それがおかしいんじゃないかしらって思うのよ」

「そうだね? お国柄、というのもあるかもしれない。例えば家長、ここで言えば父親かな? その発言権が絶対的な家庭に育ったとしよう。子供が常に奴隷に近いような環境で育てば、何をすることが思いやりがあるかとか、そういったことを学習する機会がない」

「そんなことないんじゃない? おんなじ人間なんだし」

「マルメガネ、オオカミに育てられた女の子の話とか知ってるかな?」

「知らないけど……」

『私も聞いたことがあるな。言葉をしゃべれるようになるまで、まさに生態がオオカミそのものだったと』

「つまり、コミュニティ、集まりにおいて、そこの道理というのは周辺から学習するしかない。そして、その学習した内容があっている、間違っているというのは、本人にとって大きな問題じゃないんだよ」

「だから何なのよ、よくわかんないわ……」

 

 知恵熱でも出たのか、頭を抱えてうんうん唸るまどか。

 そんな彼女に仕方ないと肩をすくめるビヨンド。まどかの背中を押して、入口へ。

 

「え、ちょっと、何?」

「どこか食べに行くかい? お金もまとまって入ったし。次の仕事、どうも学校関係の調査らしいんだけど、今日はもはや動きようがないからね。マルメガネの好きなものを食べさせてあげよう」

「え――――――――ひょっとして気を遣ってる?」

「これが気を遣うってことになるのかは分からないけど、まあそういう風習だとは理解してる」

 

 葛城葵の代理人格を自称し、人間の価値判断は本当の意味では理解できていないと言い張るこのビヨンドという男。実際、言葉からはこちらを気遣う様子も心配する様子も、元気になってほしいという様子も全く見受けられなかったのだが。

 それでもまどかは、少しだけ嬉しそうに。

 

「じゃあ――――――――中華!」

「ん、それじゃあ婦警の実家にでも行ってみるかな?」

「え!?」

 

 その後、事務所を出て案内された中華料理屋にて、新陽彩と出くわすような珍事は起きなかった。

 

 

 

 

 

 

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