アクセプト・ビヨンド
「毎度のことというか、何というか……。なんで最初から警察に頼らないのよ人探しなら、アンタ。結局こっちに情報確認頼んでくるし」
「言動に明らかに異常がみられる以上、警察関係じゃまともな応対は期待できないとわかっていて、でも、なおかつそうやって社旗規範に寄る辺りは、まぁいつもの婦警だね。うん」
「だからなんでアンタがそんな偉そうに分析してくるのかって言ってんのよ。……あ、お米どうぞ」
「か、かたじけない…………」
探偵事務所にて、早朝。
小さなアパートの一室を丸々使ったキッチンとダイニングにおいて、新陽彩は慣れた手つきで客人たる山田花子(仮)にも朝食の配膳をしていた。明らかに目つきと態度が悪い陽彩(なお服装は既に制服である)相手におっかなびっくりといった様子であるが、ビヨンドもまどかも慣れた様子で朝食を食べながらテレビを見ている様に、どう反応して良いか表情を百面相していた。一歩間違ると、いや一歩間違えなくともはたから見たら一家団欒な風景に見えなくもない有様であるからして、知らない第三者からしたらどう反応して良いかさっぱりわからないというところではあるだろう。
一方の陽彩は何とも言えない目で山田花子(仮)のことを見たり、いまいちうまく話を切り出せないまま早々に出勤していく。平然と食事をすすめるビヨンドと「カッ!」という具合に目を見開いて楽しそうに食べるまどか。状況の変遷に頭を抱える花子(仮)であったが、続いて一口食べて言葉を失った。味付けについては「自分の家の味付けではない」ものの、普通に美味いのだ。残念ながら彼女の語彙力はそこまで食に特化していないので具体的な形容は難しいのだが、まどかが「なんで毎朝あんな短時間で普通に出汁の味を聞かせられるのかしら、取り置きあんまりしてなさそうなのに……」などと寸評するさまはまあまあほほえましい。
「見覚えありましたか?」
「え?」
「あの府警に」
「い、いえ……」
「そうですか。んー、とすると僕らは本当にニアミスだったのかな? うん。ともあれ食べてしばらくしたら目的地に向かいますので。別に急ぐ必要はありませんが」
そのままシガレットチョコをくわえるビヨンドがいまいち彼女にとっては理解できなかったが、残念ながら突っ込んでくれるまどかは「この糠漬け自家製!?」と驚いていたりするので、今いち役には立たなかった。
朝食後、しばらく時間がたってから「目的地」とやらに向かうのだが、交通手段は特に車を回すこともなく電車移動。初夏前後にトレンチコート姿の青年、黒づくめの少女、和装の女性という取り合わせはすべてにおいてなんともちぐはぐな組み合わせであり、大層目立つこと目立つこと。通勤ラッシュの時間をずらしての移動ではあるが、周囲からの視線の集中は逃れられない。まぁその状況においても平然としているビヨンドであるからして、まどかは大層いらいらと頭を抱えることになるのだが。一方で花子(仮)はといえば、徐々に都心に向かっている景色を、興味深げに、どこかわくわくしてるように見ていた。背を向け窓を見下ろすさまは、小さい子供かお上りさんかといった具合である。
数度乗り換える途中、当然のようにまどかと彼女の手を引くビヨンド。
「子供あつかい、しないでって、言ってるじゃない!」
「とはいえマルメガネは小さいから、はぐれると見つけづらいという説もある」
「!」やはり小さいと言われるのには難色を示すまどか。
「まあ新宿は迷宮という説もあるから、大人しく従ってもらえると迷子になるリスクは減るとは思う。……ん、どうされました?」
「え? あ、い、いや、何でもない……。おかまいなく……」
特に気にした様子のないビヨンドと、彼に握られてる手と彼の顔とを往復する花子(仮)。嗚呼またか、とまどかは、恥ずかしいような、嬉しいような、それらを隠すような何ともいえない表情を浮かべる彼女にため息。別に面食いというわけでもないだろうが、ビヨンドというか葛城葵は無駄に容姿が良い。前の十川だったか、あの娘さんも似たようなリアクションをとっていたような記憶が脳裏をよぎる。決して勘違いさせる挙動をしているわけではないが、性格さえ問題なければ白馬の王子サマといっても良い雰囲気なので、そのことがさらにまどかにダメージを与える。なまじっかそれだけ容姿が良い分、性格のシュールさが悪目立ちして、なんともいえない気分になるのだった。
だがそこでわめいては、それこそ子供のような気がするのでまどかは黙って頭を抱えていた。
まぁ実際さほど気にしている様子もなく、そのまま数本電車を乗り換え途中下車し、あとは徒歩。手元でファイリングされた紙類をめくりながら、何かを確認しつつビヨンドが先行する。雷門の裏を通り、人気が少なくなってきたあたりで、彼は足を止めた。
「つきました」
「――――」
「なに、私有地?」
ビヨンドが案内した先は、フェンスの張られた空き地だった。「私有地」と掲げられているが、土地自体は雑草が生い茂って手入れされている気配はない。だが空き地といっても一軒家が立つようなレベルでなく、明らかにもっと大型の建物が存在した形跡が、入組んだ敷地の形状に見て取れた。
花子(仮)は周囲を見回し、不思議そうな表情をビヨンドに向ける。
「ここは、かつて貴女の家族が暮らしていた家があった土地です――――既に売りに出され、お金もどこかに流れていますが、たぶん『その体』が覚えている場所です」
対してビヨンドは――――涼しげな顔のまま告げた。
「まず最初に言いましょう。貴女はもう亡くなっていますよ――――野木丘おていさん」
※
「詳細は省きますが、以前、僕が担当した事件、といってもここ一年以内の出来事ですが。とある新興宗教組織が結果的につぶれました――――」
会の名前、以前に言った名前の正式名称を一切余すことなく断言するビヨンド。それに少なからず、まどかは驚きを隠せなかった。少なからず、まどかも聞いたことのある団体名のそれは、とある会社に紐づいた名前であった。その会社の名前を最近見なくなったなと、ふと彼女が思っていると。
視線をふれば、花子(仮)は能面のような表情をしてビヨンドを見ていた。
「元々そこまでその団体は大型のものではなかったんですがね。まあ、背乗りとかいろいろ裏ではやらかしていたみたいなんだけど、少なくとも僕らが着手するより四年くらい前にですね。少しボロが出たんですよ」
「ぼろ、とは……」
「足を掴ませてしまったんです。まぁ気が抜けていたというより、『洗脳』が中途半端だったということかな? うん」
「洗脳って……」
ええー、と微妙な顔をするまどか。明らかに眉唾物というような表情だが、しかしビヨンドは否定する。
「やろうと思えば難しくはないよ。長時間拘束、集団暴力、拷問。まあ現代社会で当然タブー視されるそれらだけど、団体内部では一般的な憲法と司法とから外れて異なるルールが存在する訳です」
「……というか、はいのり?」
「戸籍乗っ取りのことだね。まあ、細かく言うと他のところに問題が出そうだからここではスルーするけど。僕も数件担当したことあったけど、正直、一番後味が悪い類のものだろうしね? うん。まあそれはともかく、重要なのは、その時の事件について」
バインダーより紙を一枚。名前が数行と、顔写真がいくつか。
「野木丘雄二、野木丘幸喜、野木丘裕子、野木丘蘭、そして――――野木丘華」
「はな……」
まどかの視線が、花子(仮)に向く。わざわざ山田花子を名乗っている彼女、その由来を示しているのか。いくらなんでも安直というか単純すぎると文句の一つも言ってやりたかったが、しかし肝心の花子(仮)当人がこの状態である。何を言うこともなく、彼女はただビヨンドの言葉の続きを待っていた。
「実態について直接描写は避けますが、まあ、マインドコントロールされていたと。冗談でもなんでもなく。そして当時十歳の野木丘華さんは、事件当時に家に来ていた幹部に殴りかかり、そして、自分の家族に殺されかけた」
「それって……」
「まあ、コントロールされていた家において、彼女たちは家族ではなかった。そして幼い彼女は、家族が壊されたことを理解して、そして小学生ながらも戦おうとした。結果は――――大変残念なことに、それ以降植物状態となりました」
「…………」
「野木丘おてい。彼女は、野木丘華の祖母の姉。まあ一応身内ですが、事件後に入院する彼女を引き取った。そしてまあ、これに類する事件から、人探しを依頼されまして、そのあと詳細は割愛しますが、まあ現地の警察とも色々やってこの件はいったんクローズしました。現在も水面下で進行はしていますが、本筋には関係ないのでこれも割愛します。ともあれ彼女が倒れてから、六年」
まどかは、とても聞けなかった。ビヨンドが挙げた名前の人たちの、その家族だった人たちが今どうしているのかなどを。それくらい、なんでもないことのようにさらりと話すビヨンドであったが、ちらりと、バインダーの隙間から覗いた写真の中にあった、殴る蹴るなど暴行された跡のような写真など、明らかに今の自分が見るにはキャパシティが足りない情報がそこに存在していると。
「野木丘おていさん。華さんは、都内の病院でずっと寝たきり意識不明でしたね。昨晩、婦警からも情報をもらいました」
「捜査関係の情報、漏らしてるじゃないのよ陽彩さん……」
「いや、実は案外無関係でもないんだよねこれ――――なにせ当時、その人探しの依頼を僕にしてきたのが貴女なんですから」
「――――!」
目を大きく見開く花子(仮)。
ビヨンドはそれを当然のように無視して、普段通り涼しげな表情。
「妹とその一家を探して欲しい。現在何をやっているか全く足取りがつかめない――――。結果はお教えしましたので、それも割愛」
「さっきから割愛しすぎじゃない? アンタ」
「いやー、マルメガネには刺激が強いかなと思って」
「…………なんとなく、反論できないわ」
ビヨンドの様子は変わらないものの、おてい、と名指しされた花子(仮)の様子から、何かどうも意味不明ではあるが、事実そこにあった過去の事件の重さめいたものを感じるまどかである。
「まぁここからが問題なんですけどね。なんで僕が貴女を『おてい』さんだと断言するのかというところですが――――貴女はおそらく――――その子、野木丘華さんの体を操っている」
「操っている?」
ギルドライブと。
一瞬閃光につつまれたビヨンドは、例によってガイコツ男めいたアーマー装着姿へと変貌する。そして左腰から刀剣のように拳銃を抜き放ち、ギアを一回転。
「な――――!」
『ソロウ・ドロー』
「っ、何やってんのよ!」
そして彼女の方へと銃を構えた瞬間、それから身を守るように腕を構えた花子(仮)――――彼女の上方に球体が出現。そのまま射出されたワイヤーで、ビヨンドのワンソード(拳銃)をからめ捕った。もっともビヨンドとて無理やり引っ張られとられることもなく、ぎちぎちと、彼の手元が震える。
そしてそんなものを前に、花子(仮)は意識がないのかぼんやりとした顔である。
と、とっさにビヨンドが銃を手放す。さきほどまで銃を引っ張り上げていたワイヤーはそのまま引っ張られ、球体は頭上で空転。
そして彼は、例によって猛烈な勢いで回転し、山田花子(仮)の頭上にある糸を数本「蹴り飛ばした」。よく見ればビヨンドの脚部には刃のようなパーツがいくつか。それらが花子(仮)の頭上ワイヤーを切断する。
ぐらり、とワイヤー接続が切断された箇所――――脚部の力が抜け、花子(仮)が倒れる。
それと同時にエンブレムを左肩スロットから引き抜き、ビヨンドは彼女の背に手を回し、抱き留めた。
閃光と共に変身解除された彼は、ぺちぺちと、軽く彼女の頬を叩く。
「……? っ!」
「さあ、どうですか?」
ぼんやりとしていた視線が正気を取り戻し、ビヨンドと、そして球体、ワイヤーが出ている頭上のそれを見て、大きく目を見開く。言葉が続かない彼女に、ビヨンドは語り掛ける。
「ギルティアは能力期、立体期、融合期だっけ? マルメガネ」
「…………うん」
「能力期は使用者の体に付随した状態。立体期は本体から分離して使役される。融合期は本体の精神を食い尽くして暴走する――――この定義でいえば、おていさんのそれは融合期なのでしょう」
「だけど、さっき言ってたのってどういうこと? もしそれでも、せいぜい華さんのギルティアなんじゃ――――」
「――――何度も言うけど、それが無理なんだよ。そして細かい言動から、消去法で、理詰めで詰めていくとおていさん以外にあの球体の正体はあり得ない。
まあ、アリバイ面は弱いが動機の面が多すぎるのが原因かな? うん。昭和期の生活を感じさせるところは確実として――――」
ビヨンドが続けようとすると、山田花子(仮)は飛び起き、彼の胸倉をつかんで押し倒した。「ちょっと!」と叫び駆け寄るまどかだが、女性の剣幕に二の句が継げない。震える手と。怒りとも悲しともつかない表情。ただただ何かを堪えるような表情は、ひどく悲壮で激しいものだった。
「依頼は達成ってことで良いですか?」
「――――――――っ」
それを前にしても、やはりビヨンドに表情の変化は見られない。
「先ほども言いましたが、貴女はすでにお亡くなりになっていますね? 死亡届が先々週、病室で華さんを見守りながらだったと調べてもらいました」
陽彩さんか、とまどか。花子(仮)―――いや、おていは何も言わず、彼をにらむように見続ける。
「もともと大病をわずらっていた貴女が、それでも華さんを守り続けられたのは奇跡に近く。そしてそれでも、誰も貴女を助けることはなかった。これは婦警から間接的に聞き出しました。
ここからは予想なんですが――――貴女のもとに、DxMを名乗る少女が現れた。そして貴女の願いをかなえると言い、その体に何らかの機械の類を埋め込んだ。それにより、貴女は病状をいくらか軽くすることが出来た。そのおかげで華さんのサポートを続けることができた。ただ、そうはいっても完治まではいっておらず――――貴女は亡くなり、そしてその精神はギルティアに奪われた」
「…………訂正を、させていもらう。奪われたのではなく、移ったんだ」
震える拳のまま、彼女は頭の角度を変える。うつむくようにし、視線はビヨンドとまどかから見えない。
「ほぼ、貴方の言ってる予想は当たっている。ある日、今の華くらいの年齢の少女が、私の前に現れた。彼女は、私の願いを叶えようと言った。私はそれに従い、あの球体を作った。……人形のように人体を操る能力だと知った。だから、私のほとんど動かなかった体を動かせるようにしてもらった。操ってる間は、私の体の病状は悪化しないと。
そして私が死んだとき――――いや、死ぬ直前かしら。彼女がまた現れたんだ。そして、私に泣いてくれた」
「泣いてくれた、ねぇ」
ゆるテジナではないだろうし、一番上の子かな? 小声で一見意味不明なことを言うビヨンドだが、まどかは正しく彼が自分の話した情報を覚えているのだと理解した。DxMは三人。マギが次女でまどかが三女。つまり一番上には長女にあたるDxMがいるのだ。
「私に同情してくれたよ、彼女は。そして――――私の心と、種と言っていたかを取り出して、あの球体に埋め込みなおした。その時点で、私は事切れたのだろう」
話の通りならば、どうやらその長女はマギのように人間を見下すわけでもなく、いくらかは人情を理解できる感性を持っているのだろう。ただ、結果的に彼女が死んでしまっている事実に変わりはない。ただ、それはそれでまどかには疑問が沸いた。
「……だったら、なんで貴女、孫みたいな子の体を使ってるのよ。見守ってるだけでいいじゃない」
「…………それは、」
「マルメガネ、状況を思い出そうか。この体、野木丘華は植物状態だったんだ。そして身寄りがなく、社会的な影響のある事件に巻き込まれ、本人は悪くないものの家族全員とも悪名がある団体についていた」
「あっ」
「そこから回復するための社会的コストを、残念ながら彼女も、おていさんも持ち合わせてはいない。
貴女は前に、叫んでいました。なぜ誰も救ってあげないのかと――――それは、誰か個人に対してというより、社会全般に対しての言葉ですね」
犯罪の被害者ではる。野木丘華は既にどうしようもない状態なのである。だが、そうなると、果たして誰が彼女の命を保証してくれるのか――――おてい自身の保険も彼女に振り込まれる確証はない。一人になった彼女を、誰しもが見捨てずそのまま植物状態のまま助けてくれる保証はない。そして仮に彼女が目覚めたとき――――心が十歳ほどの彼女が果たしていつ目覚めるのか。また目覚めても、その生活を、社会性を、人間を何が、誰が保証してくれるか。
「だから、貴女は残ることにした」
「ああ。でも……」
「でも、それが根本的な解決になるとは言い難い。あのエージさんも、そういうことを言ってましたね。
たぶんそれは、結局どうしたって野木丘華さんの目覚めに関わることでもないし、貴女が彼女を乗っ取ってる以上は最後の最後まで、華さんが目覚めることにはならないと。おそらくそういうことでしょう。体は動けるようになるかもしれませんが」
「――――――――でもだったら、私はどうしたらいいんですか! この子は、何も悪くなかったこの子は! 一体誰のせいで、だれが、誰か…………っ」
声は悲痛なものだった。ぎゃりぎゃりと球体が回転し、ビヨンドを一つ目らしき器官が見下ろす。まどかもかける言葉がない。続けられる言葉はない。当然だ、彼女の味わった痛みを想像することはできる。だが結局、それは想像するだけで当事者には何ら慰めにもならないのだ。求められているのは共感などではない。共感したところで同情したところで、野木丘華の処遇は誰にも
まどかは、彼女は放置しても良いのではないかと考えた。実際、彼女の身辺を保証できる人間がいないのなら、たとえどんな形でも親族である彼女が残っているのが良いのではないか。現状、野木丘華の覚醒が絶望的というのも手伝っているだろう。決して誰しもにとってのハッピーエンドではないが、それで形を収めるのが解決なのではないかと。
だが、ビヨンドは首を縦に振らない。
「でも、貴女のその体、ギルティアもいずれ、貴女に力を与えただろうDxMに回収されます。その時、全く準備をしていなければ、今度こそ本当に何も寄る辺がなくなりますよ。何よりその際、下手をすれば戦闘になります。貴女は、華さんのその体を、そんな危険な場所にさらすおつもりですか?」
「……それは、一体、」
「貴女はおそらく、いつまでも、彼女の体を使っていられないということです。そして――――貴女が彼女の体を使い続けるということは、『彼女が本来得られたかもしれない人生』を貴女が使いつぶすということでもあります。病状がほぼ悪化しないということは、つまり逆も言えますね。彼女は、野木丘華さんの症状も改善されない。本当ならいつか目覚めて、誰かを愛して子供を育てることもできたのかもしれないと。そういうことも、当然起こりうる」
「……、」
涙ぐむ彼女に、ビヨンドはやはり表情を変えない。やはり薄く微笑みながら、彼女を見つめ返すばかり。
「だからといって具体的な解決策が出てくることもない。出てくるわけもない。ただ、貴女が存在できる状態が永遠でないのならば、僕はおすすめしないかな? うん」
「無責任な……」
「でも、実際解決策を出そうとするなら、わかりますよね? うん」
「…………すまない」
「別に構いませんよ。気にしてませんし。
ただこれだけは言えます――――今回の場合、消去法で解決策を探すなら。貴女がどうしたいかです。いまだ眠る華さんの、個人の尊厳を優先させ将来へ負債を投げるか。あるいは彼女個人の生命のみを優先して、近い将来の爆弾を放置するか」
「…………」
「どちらを選択しても、僕からの解決案は出せます。ただそうであっても、決めるのは貴女です」
じっと見つめる彼女に対して、ビヨンドは、最後までそのスタンスを崩さなかった。
※
「じゃあ、あとはお願いします。オヤっさん」
「良いだろう」
結局、孫娘のような彼女から、おていは離れることを選んだ。
話し合いが終わった後、月城中央病院に来てオヤっさんに事情をぼかしながら説明。その場で華から外れ、再び緊急入院という形をとった。
これが解決なのかどうか、まどかとしては全く釈然としない。結局、どうにもならないという事実が明るみになっただけではないか。胸の内にわだかまりをかかえ、そしてまどかは不機嫌そうな表情になる。
「どうしたんだい?」
「……ねぇ、アンタ本当ならもっと、まともな解決を提案できたんじゃないの?」
「例えばどんな?」
事務所の階段をのぼりながら、まどかは考えを巡らせる。そもそもビヨンドは金持ちでもあるのだし、何か彼女のためにどうにかこうにかできる手段があるのではないか。そういう心の働きを彼に吐露すれば。
「はき違えてはいけない。これは節度の問題だ。他人の家庭にそこまで手を差し出す理由がない」
「他人……、まぁそうだけど」
「慈善の意志というのはね。こちらが圧倒的に強者である場合だけしか出てこないんだよ。僕はあくまで、これをビジネスとして捉えているから」
「ビジネスって……、そんなこと言ったら、今回のとかどうなるのよ。無為に時間とお金つかって、結局最後は無責任なことになってるじゃない」
「そんなこと言って、葛城葵が責任を持てる話じゃないからねぇ。なになにをしてから責任をとるって、実はものすごく無責任なことなんだよ? 例えば交際前の男女関係とかで、性交渉を持つときの常套句とかね。本当なら責任をとってからするべきなんだし。なんでそこに責任が生じるか、わかるかな?」
「……子供が生まれるからでしょ。子供産むんなら、家庭をバラバラにするなっていうこと」
「そして、相手を裏切るなってことだね。裏切るんなら最初から筋を通すべきだと。ただどちらにしても、コミュニケーションをとってお互いがお互い、ちゃんと納得している前提が必要だ。
今回の場合、葛城葵はそもそも当事者じゃないから責任を持つつもりもないよ。それこそ無責任ということだ」
だから対等な契約に基づいて、ある程度の節度を守った動きを。
葵の一言に、まどかは思考を巡らせる。だが、考えても考えても彼に対して言い返す言葉が思い浮かばなかった。
でも、それでも。
「…………じゃあ、アンタが言った言葉は無責任じゃないの?」
「だから、解決案を提示して、依頼をされたらそれをサポートする。それだけさ」
「なんか、わかんないけど……、なんか納得いかない」
「そう思うなら、そうだね――――マルメガネが大人になってから、反面教師とするといいんじゃないかな」
ビヨンドはやはり涼しい顔のまま、特にそれ以上の言葉を交わさず。
じっと見つめるその横顔は、特に何かこちらを気にしている様子もない。
決して彼だけが悪いということではないのだが……、どうしても、まどかの中で釈然としない思いが、残っていた。
事件内容があまりにアレすぎて、詳細調整が大変でした・・・
おまけにて、マギの「救世主」登場...?




