アンイグズプレイド・ビヨンド
意外と難産だった・・・
山田花子(仮)氏の過去について占ってもらいたい、という要件をビヨンドが話すと、エージを名乗った彼はじっと彼女を見た後「はンっ」と鼻で笑った。
「とりあえず付いてこい。あ、あと視るときは携帯電話とかパソコンとか、外部に通信する機器があったら、電源を切っておいてくれ。あと、鏡とかがあったら、こっちで預かる。眼鏡も含めてだ」
「理由を聞いてもいいかな? マルメガネから眼鏡をとると、妹しか属性が残らないんだけれども」
「!」まどか、憤慨の表情。「属性とかは知らんが、そういうのは『映ってしまう』かもしれないからなぁ。無用な混乱は避けた方がいいだろ」
「映るって何よ……?」
「あー、そうだな。あんまり話せないが、まぁ、そうだな。幽霊、妖怪、バケモンとか、その類だ」
意味わからない、とばかりにまどかは男をにらみつけた。もっとも「まぁ直前になってからでいい」と遮ったのでそれ以上は何もしなかったが。
彼に連れられた先は、橙色をしたテントだった。「仕事用」とマジックで書かれた手書き文字が非常にチープである。中もまたチープというか、段ボールで適当に作った机と、その奥にどことつながっているのか冷蔵庫が置いてあるばかりだった。
「言っておくが電気代は払ってるからな。ツッコミが入る前に言っておくが」
「べ、別に何も言ってないわよ!」
「それは別にどうでもいいかな? うん。本題としては、占ってほしいというところなんだけど。ささ、お座りください」
「あ、ああ、かたじけない……」
対面の恰好に座らせた山田花子(仮)とエージというらしい青年。彼女の背後にビヨンドと、なぜか膝の上にのせられているまどかだ。
「って、何よこの体勢! 完全にちっちゃい子の扱いじゃないっ」
「いや、狭いかと思ってな。……もしかして、嫌か?」
「うっ」
心配そうな、拒絶されると傷つきそうな人の好さそうな目でまどかを見てくる依頼人であるからして、見た目よりも大人なまどかはとりあえずされるがままになることを選んだ。いや、おそらくそれを見越してビヨンドが彼女を膝の上に置いたのだろうが、特に違和感もなくそれを受け入れる花子(仮)も花子(仮)だった。
机の横に置いてあったクーラーボックスの中に、サングラスやらケータイやらを入れ始めるエージ。「お前らも出せ」と言われ、ビヨンドたちもそれに倣った。なお反抗するまどかについては、例によって涼し気に微笑みながらビヨンドに取り上げられる始末である。
と、懐からギルドライバーのエンブレムを取り出し「これはどうします?」と確認するビヨンド。
「ん? あー、大丈夫だろ、たぶん。量子的な通信で引っかかる奴らは、そんなに明確な自意識を持っちゃいないから」
「たぶんって何よたぶんって……」
「それよりも量子的な通信っていうところが色々とツッコミどころかな? まあ主題ではないから、僕は追及しないけどね、うん」
この青年、やはり何やら色々と詳しいようだが、それはさておき。当惑したままの彼女に、エージはその鋭い視線を向ける。その目はどことなく濁った色をしていた。やや赤目がかかった黒目だが、白目含めてそれらに何か膜でも張られているような、そんな妙なぼやけた色をしていた。一目で目に異常があるのが分かる。その割に彼がここまでの道中、何か困ったようなしぐさを見た覚えがないので、それはそれで不可思議であったが、続いて彼が冷蔵庫から取り出したスプレーに、さらなる疑問符を覚えることになった。
いや、スプレーというよりは霧吹きか。それをテントの四隅、ビヨンドやまどか、花子(仮)めがけて放つ。
「けほ、けほっ」
「しょっぱい! 何これ、塩水……? っていうか、女の人相手にいきなり吹きかけるんじゃないわよっ」
「おー、意外とそういう気づかいはするんだな。一つ上の姉とかとは大違いだ。しかし…………、なんだその顔。ガラの悪い妹だなぁ」
「まあ、最近できた姉貴分からしてこんなものなので、仕方ないのかな? うん」
アンタらのせいでしょ! とさわぐまどかは、まぁまぁと事情がよくわかっていない山田花子(仮)に頭をなでられ、なだめられた。というか、こいつやっぱり何を知ってるのよ、とまどかが視線だけでにらみ訴えるが、エージは素知らぬ顔をして冷凍スペースから、大型の何かを取り出した。
「俺がやるのは、占いというか、霊視っていう分類が正しい。まぁ大きくみると邪道だから、参考にしないように。精神の正気の天秤がぶっ壊れても責任は持たないし、そもそも普通はできないからなぁ」
エージが取り出したものは、よくある推奨のようなそれだ。ただ何か微妙に濁っているというか、表面につうっと水滴が垂れているようでもあるというか。
「何なの? それ」
「氷みたいだね、うん」
「氷……、えっと、普通、水晶なのでは?」
「だから、俺がやるのは邪道なんだよ。まあ普通の霊視とかと、概念もやってることも違うから」
言いながら右の手袋を外し、ぼんやりとその氷の水晶を見ながら男は右手をかざした。特にそこから何か変化が起こるでもなく、数秒後。
「アンタ、悪いこと言わないから早く『返してやれ』」
一見、意味不明な言葉を口走ったエージであった。ビヨンドは例によってアルカイックスマイルじみた微笑みのまま無反応、まどかは小首を傾げる様がちょっとかわいらしい。が、その言葉に目を大きく見開いたのは山田花子(仮)本人だった。
「アンタがやってるのは、結局問題の先送りでしかないぞ。向き合うのは、結局ソイツでしかないんだ。それにアンタが思ってる以上に、アンタの最初の願いってのは単純で、利己的で、そして誰にでも理解を得られる内容だぞ――――まぁ、あんまりにアレだから、受け入れがたくて記憶を紛失してるんだろうがなぁ。
それから、そこのビヨンドとも一応面識はあったみたいだが、そのままじゃわからねぇぞ」
「何を、おっしゃってるかが、全く――――」
「――――『XXXXの会』って言ったら、わかるか?」
ちらり、とビヨンドの方を見るエージ。ビヨンドは少しだけ驚いたように表情を変化させると、「なるほどね、うん」と納得したように首肯した。
「あとは家族構成があれば調べられるか? 当時なら、えっと、家族五人、祖父母の同居した家庭で、娘が一人」
「苗字とか、具体的な情報はわかりませんか?」
「特定したいが、本人が嫌がってるから『視せてくれない』からなぁ。結構、根っこのところでは事実が明るみになるのさえ嫌がってると見える」
「なるほど。ふむ……」
「…………ちょっと、何二人して勝手に納得してるのよ! 私も山田さんも、完全においてけぼりじゃないっ!」
まどかの絶叫を無視して、ビヨンドは小声でエージと会話を始める。一体どんな危なげな情報が交わされてるのか気が気でないまどかと、茫然としたような様子の山田花子(仮)である。そして一通りエージと話し終えると「なるほど、確かにそれなら」とビヨンドは納得したように頷いた。
「確かにそれなら、僕も会っていますね。うん。流石に直接は覚えてませんでしたが、事務所に行けば情報を調べられるかもしれません」
「たぶんあるぞ? それより問題は、こっちをどう落とし前付けるかだとは思うが」
エージが再び山田花子(仮)を見ると、彼女は何か、明らかにうろたえていた。
「な、何だろうか……?」
「本当に見られたくはないみたいだが、それがいけないってことも理解はしているんだろ。ただ、アンタのやってることには致命的な欠陥がある。俺が指摘したって信じられないだろうから、そこはコイツに、明日にでも連れて行ってもらっとけ」
「だから何を――――」
ぱん、ぱん、と、ビヨンドが両手を叩いた。
タイミングの問題もあったのか、エージ、まどか、花子(仮)三人ともがびくりと飛びのくように驚いたらしい。それを確認してから、三人の顔を一瞥し、やはりビヨンドは涼し気に微笑んだ。
「んー、当該の目的は果たせたということで。お金の清算に移りましょうか」
「こ、このタイミングでする話!? 意味不明よあんた!」
空気を読まないビヨンドに絶叫するまどか。と、エージは「はン」と鼻で笑う。一方の花子はと言えば、どこかほっとしたように顔を下にそむけた。
財布から現金で数万円を軽く支払うと、ビヨンドは花子(仮)の手を引きテントを離れた。まあ、エージに頭を下げて離れようとすると「いや、電話とか忘れんな」と半眼で、丸眼鏡やら何やらを渡されるという一幕はあったが。ともあれホームレスの神様ことエージのもとを去ったあと、ビヨンドはPHSでいずこかへ電話をかけた。
『――――で、何を調べろっていうのよアンタ』
「調べろとは言ってないよ。ちょっと仮説に裏付けた欲しいだけで。上手くすれば、僕らの失敗の一つを挽回できるかもしれないし」
『何よ挽回って。……まぁわかったわ。片手間にできる程度ならやっとくわよ』
「感謝するよ、婦警」
まぁ、何処かといったところで、電話口からして陽彩であることは疑いようもないのだが。まどかが「何聞いてたの」と問えば、「企業秘密」とやはり薄く微笑んだまま。それに何か彼女が文句を言う前に。
「その、感謝する。あのタイミングで止めてもらって」
帰りの道中、前を歩くビヨンドに花子(仮)は小さな声で言った。涼し気な顔のまま振り返ると、彼女はやはりビヨンドと顔を合わせない。いや、合わせないというより、照れて合わせられないように見える。少しだけほほを赤くし、どこか落ち着かない様子でちらちらと彼の顔をうかがう様は、なんだかひどい三文芝居ね、とまどかを半眼にした。
一方のビヨンドは、そんな表情など気にしていないように横を向いたまま続ける。
「んー、そうですね。今晩はうちに泊まっていってください。客人用の部屋もありますので、そこをお貸しいたします。一応、別な部屋となっていますので、色々心配はしなくてもよろしいかと」
「かたじけない……」
「あと、貴女の身元についても今晩には調べ終わるかと思いますので」
「ずいぶん手はずがいいんじゃない? っていうか、あのきったない恰好の銀髪のアレ、言うことあたってるわけ?」
「断定はできないけど、まあ、ある程度整合性がとれる情報を言ってくれたからね。あと、ひょっとすると彼が君について色々知ってるのも、そのあたりの、いわゆる『霊能力』とかのせいかもね」
「霊能力なんて認めないわよ、霊能力なんて! オカルトなんてのは、解明されていないからオカルトなんであって、物理現象を逸脱したものなんて認められるわけないでしょ!」
「それを僕と君が言うと色々問題がある気がするけどね、うん。そもそもマルメガネ、君はそういうオカルトめいたオーバーテクノロジー由来の存在じゃなかったかな」
「オーバーテクノロジーでも! ちゃんと解析したから私が生まれたんじゃない! それはつまり、ちゃんとしたテクノロジーよ! 検証を重ねて結果が伴ったってことなのよ! わかる!? 仮説だけに基づいて絶対儲かるとか経済効果があるとか言って、スラム街作るような資本の偏りを生んだりするような、そんな後先考えないようなことは科学じゃないの! 宗教なの! そして私は、そういう宗教にとらわれない存在としてデザインされてるんだから!」
「色々けんかを売ってるところ悪いけれど、依頼人の目が点になってるから自重しよう。あと声のボリュームを抑えないと近所迷惑かな? うん」
「う゛っ。っというか、私に限らないでしょうが原因っ!」
「な、仲が良いのだな……」
完全に依頼人を置いてけぼりであるが、彼女は彼女でそこまで落ち込んでいる様子はなかった。だがビヨンドは彼女を一瞥し、肩をすくめるばかり。何を言いたいのか要領を得ないものの、どうせ聞いてもまともな返事が返ってくることはあるまいと、まどかはあえて別なことを聞くことにした。
「っていうか、『XXXXの会』って何なのよ。知らないんだけど」
「? ああ、なるほどね。うん。緘口令が敷かれたんだっけ」
涼し気に微笑みながら、しかし半眼になり虚空を見上げるビヨンド。日が暮れ、そろそろ沈むというこのタイミングで、ちょうど、太陽が地平線の建物群に隠れるあたりで、彼は続けて言った。
「僕と婦警が、結果的につぶした新興宗教団体だね」
「…………」
やっぱり冗談じゃなかったのかあの話、と、まどかは陽彩の語った件の詳細を思い出しながら、頭を抱えた。
新興宗教の件については、陽彩が第7回「ブラザー・ビヨンド」にてふれてます
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