スクラップ・ビヨンド
ギャグ書いてるんだかシリアス書いてるんだか、しょっちゅうわからなくなります
声の方を振り向くビヨンド。と、そちらにはサラダバーの器を片手にもったマギが立っていた。
服装は例のごとくご当地キャラを中心としたゆるキャラが描かれた手品師風のもの。今日はヘッドホンはつけていない。青髪姿はやはりこの場において目立つといえる。
なおシルクハットで果実の妖精が「ひゃっはー!」と飛び上がっているが、それはともかく。
そんな少女が唐突にこの場に現れたわけであって、当然のごとく視線が集中する。はっとした様子で、まどかが彼女をにらんだ。
「アンタ……っ」
「あら、数日ぶりでしょうか? 妹。
それに、祈里誠二さん」
美佳の父親が、ぴくり、と眉を動かす。お父さん? と娘が視線を向けるあたり、父親の名前がそれであるのだろうと理解するまどか。
もっともビヨンドは。
「野菜食べないとだめだよ? うん。ほら、クルトンばっかりじゃ」
「!? か、神相手になんてことを……というか別に嫌いなわけじゃありませんし! そういう気分なだけですし!」
完全に普段通り彼のペースであった。なお彼の指摘通り、マギの皿はクルトン9、トマト1の上からシーザードレッシングがかかっていた。もはやサラダなのか何なのかわからないありさまである。だから何なのよコイツ、というのが、まどかマギの姉妹ともども一致した見解となってしまった。
オホン、と咳払いする彼女に、美佳たちが何者か問おうとした瞬間。
「―――開きなさい。その罪を―――――」
手を合わせて叩き、そして、言いながら大きく開き。
ビヨンドたちが座っていた座席が、爆発した。
※
「やっぱり呪われてるのかな」
涼し気な顔をしているビヨンド。彼の腕の中には、目を真ん丸にしたまどかが収まっている。と、その手前側、反対側の歩道、柵の手前には母親と娘が投げ出されていた。
いや、正確にいえばビヨンドの立ち位置がファミレスと反対側になっていた。
ファミレス、窓際のテーブル席が爆発したという、はたから聞いていたら何を言っているかさっぱりわからない状況であるが、やはりことここにおいても、ビヨンドはあからさまにおかしかった。
「――――――――!」
マギが言葉を発した瞬間、父親が突然何事かを絶叫。
それを見越した瞬間、唐突に一本背負いで投げるビヨンドだった(なお体重移動のモーションなどもない完全に力技である)。もっともその直後、父親の体が発光してからまでは対応できてはいなかったようだが。
とっさに爆発――――もとい、父親の背後から表出した巨大な、機械的な拳からまどかをかばい、自ら窓ガラスに飛び込んだ。
叩きつけられた巨拳。爆発としか形容しようのない威力。しかしそれ相手に、やはりビヨンドは空中で高速回転して威力を殺す。車道側まで投げ飛ばされた彼は、あろうことか回転しながら車のボンネットを軽く蹴り飛ばし、空中で縦方向に回転を切り替え、反対側の歩道で着地していた。
一瞬、そしてあまりにも状況が激変したことにより目を回すまどか。
「な、な、な――――ひ、ヒイロさーんっ!」
「混乱してるところ婦警の名前を呼ぶあたり、けっこう仲良くなってはいるのかな? うんうん、けっこうけっこう」
「殴るわよアンタ!」
「おっと、暴力的な女の子は最近流行らないよ?」
やはりまったくペースが乱れないビヨンド。冷や水をかけられたような嫌な気分になり、そして一気にまどかは冷静さを取り戻した。
ぜーはー肩で息をする彼女を一瞥したのち、視線をファミレスの方に向けるビヨンド。
「あれは……、もう立体でいいのかな?」
「……うん。完全に立体期に入ってる」
「ということは、えっと、記憶とかの深度が深くなった?」
祈里誠二といったか。十川美香の父親がギルティアであることは既に察知していた二人であったが、しかし暴走していたわけでもなかったので、そのことは後回しにしてまず事件解決を優先していたビヨンドだった。だが眼前、頭を抱える、疲れた様子の父親は。
「う……、あ、あ、……」
「ほらほら、言ってしまいなさいな? あなたのその拳は、つまりはいらだち、向けるところのない怒りの暴力衝動なのですから?」
背後から、マギに抱きすくめられていた。そして耳元で「他者からすれば意味のわからない」ささやきをかけられている。
だが、しかし。
ビヨンドはそのささやきの正体について、おぼろげながら察しているところがあった。
「まったく。君のお姉さんは余計なことをしてくれるねぇ。あわよく、とりあえずは収まる形で収まりそうだったものを」
「は? いや、別にあの姉がしでかしたことを私のせいみたいに言われても……」
「嫌味って訳じゃないよ。ただ、ただ純粋に残念なんだよ。これで結局、収まるべき形で収まることはなくなってしまったわけだし。まぁそもそも、ギルティアになっている時点で丸くは収まらないのだろうけれどね」
「?」
不可思議そうな顔をするまどかの頭を一なでし、彼は彼女をかかえ、車道を走る。幸い車の通行が止まっているので、彼の行動は阻害されず、対向側まで移動できた。
悲鳴と逃げまどう人々。警察に連絡をとっている人間もいるが、大半はパニック状態である。一部のんきに写真を撮っている者もいたが、その撮影写真に強烈なノイズのようなものが写っているのに訝しげであった。
そちらを一瞥し、倒れている娘の頬を軽くはたくビヨンド。
「意識はあるかい?」
「……あ、あるんで、大丈夫です。あと、ほっぺ痛いです」
「それはごめんよ。頭は打ってなさそうだね。
じゃあ、お母さんを起こしてあげな?」
――――がん、と。巨拳が、反対側の巨拳に振り下ろされる。
その衝撃で店が揺れるも、ビヨンドは涼しい顔のままその状況を静観している。
美香は体を震わせた。
「なに、あれ……? ロボット……?」
「まぁ化け物っていう形容は出ずらいデザインしてるよね、うん。聞くところによれば超能力らしいよ?」
「ふざけないでください、探偵さん!」
「ふざけてはいないよ。冷静なだけさ」
婦警がいたら「あ゛ン?」とメンチ切るだろうこと請け合いの問答と返答である。大体、冷静というにしてもビヨンドの言動は煽っているか、ケンカ売ってるかとしか思えないのが多々ありすぎである。それさえ本人に言わせれば「他意はない」そうなので、始末に悪いといえば悪いのだが。まだしもあきらめの境地に至れるまで、この少女の忍耐は強くなかった。
「まぁでも、ああはならないと思ったから家族三人で話し合いって形で決着したかったところだったんだけど、それについてはこちらのミスだ。対処の仕様はないといえばないから、まぁ、ごめんね」
「……よくわかんないですけど、探偵さんは、あれ、知ってるんです? というか、知ってたんです?」
「知ってたといえば知っていたけど、知っていたからといえど、どうこう出来る話ではないらしいからね。
…………ところで十川母。いいかげん寝たふりはやめてくださいね」
ぴくり、と美香の腕の中で、母親が肩を震わす。お母さん、と娘が見下ろすのをみて、母親はおびえた様子で、ビヨンドと娘を交互に見ていた。
「人間というのは、やっぱり変な生き物ですよねぇ。なぜ自分の認知コストをすり減らしてまで、暴力衝動を外に向けないのか」
自分の巨拳に巨拳をぶつけ続ける。そんな父親を、マギは笑う。
ビヨンドは、そんな彼女に薄い微笑みを向ける。やはり、表情は変化しない。
「それが、理性的であるっていうこと、つまり自制できてるってことだよ。
結果的に自分の胸を引き裂くようなことになっても『感情を爆発する形でぶつけない』、そう心がけて実践することができるってことだ」
「でも、その結果、キャパシティを超えてしまえば、あとは破綻一直線ですよね? だったら爆発させればいいのに。それが生き物として通常、もっとも自己の保存のためにとりうるべき選択でしょう」
「それも正しいと思うけど、それだけが正しいってわけじゃない。折り合いをつけて、守りたいものがある人間だっているってことじゃないかと思うよ。
う~ん、やっぱり君の視点は完全に『人間のそれじゃない』みたいだね。
ウチのまどかとは違って」
へ? と。思わずビヨンドの顔を二度見するまどか。
「成長したDxMは、すべからくそうなるのかな?」
「さぁ? 姉は、なんだかもっとこう、『与えることに躊躇がない』性格をしていますよ。
私たちで一番ドけちなのは、そこの妹くらいです」
「ケチって何よ、ケチって!」
今にも殴りかかろうと腕を振り回して突撃しそうなまどかを、後ろから羽交い絞めにするビヨンド。十川親子、完全に置いてけぼりである。
「でも、まぁ、妹に見つかってしまったのでしたら仕方ないでしょうね」
しゃくり、とトマトとクルトンを食べるマギ。どうでもいいことだが、さっきの会話中ずっとサラダバーの皿を手から離さなかった彼女である。
「ネット?」
『――――はいはい』
どしゃり、とビヨンドたちの背後に現れる、機械腕を背後に持つギルドライバー。一見してヒーロー然としたデザインラインが残っている姿に目を見開く十川美香だったが、しかし全体的に明らかに正義の味方らしからぬデザインであることに困惑の表情である。
実際、正義の味方ではないので妥当なリアクションだ。スタンネットはそんな彼女を見て。
『…………73。59。78。まぁまぁ需要はありそうだな』
「へ? へ、え……?
――――――ッ、え、えぇっ!?」
とっさに体を抱きしめる彼女に『十六超えるまでは収録しないからご安心、ご安心』とけらけら笑うスタンネット。いまいち意味がわからないのか頭を傾げるまどかと、涼しい顔のままリアクションをとらないビヨンド。
「ネット、せっかくですからとっとと『種』を回収しなさい」
『いいですけどね。ただ三十分で終わらせてくださいよ。今日、これから歌舞伎町で収録あるんで』
背後のマニュピレータをわしゃわしゃ動かすスタンネット。
と、そんなネットめがけて、鉄拳が飛ぶ。文字通りの鉄拳であり、巨拳である。
『あ、これダメなやつです、お嬢』
そしてスタンネットは、その一撃でファミレス対向側の、ドラッグストアに激突した。
「……あ、あれ?」
こんなはずでは、と言わんばかりに困惑するマギ。そんな彼女を無視して、のそりのそりと歩き出す父親。顔の半分はバイザー状のもので覆われており、目のあたりがギルドライバーのものに比べ、鈍く発光している。
そのまま彼は、スタンネットめがけて飛びかかりながら。
「――――人の娘、何、水商売みたいな目で見てやがンだコノヤロオオオオオオオオオオオオオオ――――!」
至極、妥当なブチギレ方だった。
※
「ナックル・ギルティア、とかいったところかな? 名前を付けるとすると」
「……まあ、確かに名前あった方が分類とかしやすいけれど。それよりさっき、あんた、私の名前――――」
「マルメガネ、後追えるかな?」
「――――ッ! も、もう! あほんだらぁ!
追えるけど私、自力でそこまでの速度で走れないわよ!」
マギも、父親も、スタンネットとか呼ばれていた何者かもこの場からいったん居なくなってから。ビヨンドは涼しい顔のまま、そんなことを呟いた。
そして、美香はまさに混乱の極地である。流石にこんな子供向け特撮番組じみた現象を目の当たりにして混乱しているのもあるだろうが、しかしそこはまだまだ子供、状況をすんなり見たまま受け入れるだけの柔軟さがあった。
「……お父さんは、あの、手品師みたいな子から、ロボットみたいな力をもらったってことですか?」
「ん、おおむねその理解で十分だよ」
「そんなの、どうして……」
「そればっかりは本人に聞いてみないとわからないけど、そうだね。
君、お母さんを抱えて走れる」
へ? と、唐突なビヨンドの一言に、訝しげな顔になる美香。母親は何故か、そんな美香たちのことさえ目に入っていないように「ごめんなさい」と繰り返し続けている。
「まぁ、無理だっていうなら僕が三人とも運ぶことになるってだけなんだけど、文句は言わないでもらえると助かるかな? うん」
「へ?」
立ち上がり、トレンチコートの内側からエンブレムを取り出すビヨンド。それを軽く頭上に何度か投げて、手でもてあそぶ。
「お父さんがああなる直前、なんて言ったか聞こえた? 二人とも」
「え? いや、とくには」
「わ、私も……」
「うん。まぁ、唐突に叫ばれたりすれば脳の処理が追いつかないっていうのはあるね。
君のお母さんは『そうではなかったみたいだけど』」
へ? と、母親の方を再度見る美香。目に涙を貯め、母親は何度も、何度も謝り続けている。
ビヨンドは涼しい顔で、そんな彼女の脇腹を少し蹴った。うめき声をあげる彼女に、やはり涼しいままに続ける。
「謝ったって解決はしませんよ? そもそも今回、解決案を提示しようが提示しまいが『ろくな結末にはなりえなかった』のは確実なんですから。
それでもなお、僕はあのお父さんの美意識を尊重してあげたかった。今回事故的にそれは不可能になりましたが」
「わ……、私は……、」
「そりゃ、人間ですからね。あなたの元旦那さんも。あの叫びだけが本心のすべてってわけじゃないでしょうが、本心の一部であることに違いはないでしょう。
その上で、もうどうしようもないのだから、僕からの解決案を提示させてもらいます。でも、」
その前に、娘さんには聞く権利がありますよ、と。
「――――ギルドライブ」
空中から落下途中のエンブレムを左手で握り、顔の右横で構える。
そして音声認証をもとに、彼の全身が光に包まれた。まさに、美香の父親のときがそうであったかのように、閃光をともなう。
瞬間、わずに見えるのは黒い全身を持つヒーロー然とした何か。その各所に追加アーマーが取り付けられ、襟元のようなパーツが形成。バイザー状の顔面を覆うように、ドクロめいた追加装甲と、その頂点から目元を覆うように生える長く銀色のファイバー。
左肩にエンブレムが装着され、再度、点灯。
放たれた光が収束し、その場に現れ出たのはギルドライバー ――――スピリット・ビヨンド。
今回の変身シーン、早回しではなかったようだ。
『というわけで、マルメガネは頭にしっかりつかまってなさい』
「へ? いや、だからアンタ、この体勢も体勢でやめなさああああああああああっ!?」
美香と母親を両脇に抱え、まどかを肩車するビヨンド。ただし両手がふさがっているので彼女の足を固定することはない。
そしてそのままビヨンドは、絶叫するまどかのことをスルーし、破壊されたファミレスの一角から飛び去った。
――――なお、その場にひらひらと一万円札が落ちて、残された。