第8話「ふたつの原因」(上)
雀裕子が原因を特定してからすぐ。
舞、杉木、ビディは、その報告を旅館に報告しに来た雀裕子から聞いたところだった。
その報告を聞いた杉木は、うーんとうなりながら窓の外の島を眺めている。
「……何か、引っかかるんですよね。」
難しそうな顔をして杉木は言う。
「…と、言うと。」
舞は運び込んだパソコンを操作の手を止めて、唸る杉木に尋ねた。
そして、杉木は窓辺から離れると、畳のほうに戻ってきて舞とビディに言った。
「舞さん、ビディ。島の神社に少し行ってみましょう。
先ほど裕子さんたちが、あの島の下に原因があるといっていました。
もう一つの原因の方には、彼女らがそのまま調査に出向いたとのことです。
ならば我々は、神社の方へ。」
杉木は依然として宿の浴衣姿のままだが、支部長らしい紳士的かつ威厳のある発言で指揮を執った。
「…わかりました。」
「了解。」
二人はその指示に従い、それぞれ外出の支度をしてから外へと出た。
旅館をぐるりと裏手に回り、小島を臨む綺麗な砂浜に三人は降りた。
まだ潮が引ききっていない海には島へと続く道はなく、蒼い蒼い海が島への行く手をふさいでいる。
「足が必要ですね。…おっと、あそこにボート小屋があります。船を拝借しましょう。」
「……はい。」
杉木が見つけ出したボート小屋は今日は定休日で人が全然いないのだが、
杉木は平然と中に入ってモーターボートを拝借し、ビディと舞にも手伝ってもらって浜辺へとボートを出した。
「それじゃ、行きましょう。あの島へ」
ボートは三人を乗せると、海を進む。
島までの距離はさほどないので、海へと出て進んだらすぐに島の影が大きくなってきた。
10分足らずでボートは島にと到着し、三人は島に上陸する。
小島は本当に小さく、一時間足らずで浜辺を一周できてしまうような大きさだった。
そんな島なので、彼らが件の神社を見つけるのにそう時間はかからなかった。
その神社には、自然に囲まれた澄んだ空気と、どこかピリピリした感覚が広がっている。
三人の足音が、コツコツと古い石畳を鳴らしていた。
杉木が足元を見ながら歩いていると、やがて何かに気づいたようにつぶやいた。
「………確かに、下の方から感じますね。」
ビディもその気配に気づいたのか、杉木の言葉を聞いて黙ってうなずく。
舞も、石畳の下にあるレネゲイドの気配を感じて、足元をにらみつけていた。
「…ここなら、“視える”かもしれませんね…」
石畳の中間地点くらいで、ふと杉木が足を止める。
そして、二人のを見ながら地面に手をついた。
「舞さん、ビディ。すみませんが、私はしばらく無防備になります。
周囲の警戒をお願いしてよろしいでしょうか?」
杉木のその頼みに、二人はしっかりと頷く。
「…了解。」
「任せてください。」
二人の了承を得ると、杉木は目を閉じて、地面についた手に意識を集中させる。
すると彼の手の肌から、するすると静かに木の根が、茎が生えてくる。
根は石畳の間から地面を浸食し、伸びる茎は彼に巻き付くように成長していき、いずれ彼の姿を飲み込んで隠してしまった。
「(さて、下にあるのがレネゲイドというのなら、私には覗けるはずですね…!)」
静寂が、長く続く。
しかし実際は五分程度の短い時間だった。
するすると纏う植物がほどけ、中から杉木が平然とした顔で出てくる。
そして、開口一番こう言った。
「……竹取物語は、大分加筆修正がいりそうですね。」
「…というと?」
その言葉に、舞が聞き返した。
杉木から生えていた根や茎が完全に体に戻って消え、普通に戻ったと同時に杉木はその質問に答える。
「この下に眠っているものについて、わかりました。」
その言葉に、舞とビディの眼が少し見開かれる。
「この下にいるものは、レネゲイドビーイングです。それも、なかなかに大きい、龍です。」
二人は杉木の説明を黙って聞いている。
「このビーイング自体は、かなり前から存在するみたいですね。
問題は、今のような状態になった1000年前。
龍の元に、彼の魂を狙った人間たちが現れました。
まぁ、人間はソレを龍のビーイングの核とは思ってなかったようですが。」
「…ビーイングの、核」
ビディがその言葉を繰り返した。
「えぇ。かぐや姫の指定した『龍の頸の珠』は、ビーイングの核であると同時に、通常より強力な賢者の石です。
龍から見れば、その人間らは自分の命を狙う天敵。彼は嵐を起こして船を沈めようとしたようですね。
恐らく彼らが大納言大判御行一行でしょう。」
そこから、杉木は一拍置いて、続きを話す。
「ただ、どうやらその船に、レネゲイドを喰う性質のウロボロスシンドローム(注1)のオーヴァードがいたようです。
荒れ狂う嵐の中だったのでよく確認できませんでしたが、恐らく少女でしょう。
彼女が、海に身を投げました。
そして、彼女の力が、『龍の頸の珠』を喰いました。」
ビディが、真剣に聞いて、ごくりと唾を呑んだ。
「魂を失った龍は狂いながら空を飛び、最後にここに落ちて力尽きたようですね。
……この社を建てたのは、大判たちですかね?龍の封印と、仲間のことを想ってかは知りませんが…
…とりあえず、現状で言えるのは」
そういいながら、杉木は再び屈んで、指でコンコンと石畳を鳴らした。
「この龍、近いうちに目覚めるそうです。どうやら、核となる『龍の頸の珠』は消滅していないようだ。
レネゲイド濃度上昇の原因はこれですね。とりあえずこれをどうにかするには、核となる『龍の頸の珠』を探すべきでしょうね。
龍のシンドロームはブラックドッグ/ハヌマーンのクロスブリード。オリジン(注2)は、まぁ…レジェンドでしょう。
…大体、こんなところでしょうか?」
杉木の話がひと段落すると、舞は大きなため息をついた。
「……本当に面倒ですね。1000年前の置き土産ですか。」
「ええ。ただ、その1000年のおかげで、私たちでもどうにかできそうです。」
「…どうにかする前に、まずその核を探さないといけませんがね。」
「ですね。しかし、案外どうとでもなるかもしれません。」
どういうことですか。そう言いかけた舞の言葉を遮って、杉木は続けた。
「弱ってるんですよ、この龍。1000年もの間生かさず殺さずの状態ですからね。
この漏れ出ているレネゲイドも、彼から力が抜けているんです。今までしていた蓋が開けられて、
中で発酵していたガスがまず外に出ているようなものなんです。」
舞と杉木のやり取りを聞いて、ビディは二人の顔を見比べる。
昔話が終わってから、どうやら彼女の頭には追い付いていけていないようだ。
「……それはそれで、危険な状態ですけどね。」
「ははは。流石にシュールストレミングみたいにはなってないでしょう。
とりあえず、龍の頸の珠を見つけて破壊するか、この龍を倒すかですね。」
それを聞いて、舞はもう一度深いため息をつく。
「…あぁ、実に“面倒”だ」
そう呟く舞の眼には、少しだけ、“彼女”の気配が宿っていた。
それを見たビディは、心配そうに声をかける。
「舞さん、大丈夫?」
「…えぇ、大丈夫ですよ。」
ビディを心配させないようにと、舞は軽く微笑んだ。
すると、舞の肩にずっと乗って一連の話を聞いていたちび裕子がそこで声を出す。
「では、支部長、舞さん。一回宿に戻りませんか?
向こうの調査も、大分核心の情報を掴んだようですよ?」
その裕子の言葉に、杉木は杉木は頷いた。
「…そうですね。戻りましょう。」
杉木を先頭に、三人は神社に背を向けて去っていく。
島は、神社は、再び静寂に包まれた。
果たして、彼らが導く答えとは、一体何なのだろうか…?
注1…ウロボロスシンドローム
一番新しく発見された種類のシンドローム。
影を操ったり、他のレネゲイドの力を吸収したり、能力をコピーしたりすることができる。
注2…オリジン:レジェンド
レネゲイドがどんなものから発生したものであるかを表すのが「オリジン」
オリジン:レジェンドとは伝説や伝承を元にレネゲイドが具現化した存在である。
因みに杉木はオリジン:プラントと言って植物から生まれたレネゲイドビーイング。