「Boy meets Girl」
この小説はTRPG「ダブルクロス3rd」のキャンペーンセッションをノベライズ化したものです。
昨日と同じ、今日
今日と同じ、明日
世界は繰り返し同じ時を刻み、変わらないように見えていた。
だけど、見えないところで、世界は大きく変貌していた。
どこにでもいる普通の高校生一年生、槇原奏がその事実を知ったのは、つい数日前のことだった。
それは、彼にとってはとても唐突で、突拍子もなく、理解に苦しむ話だった。
その日、奏は確かに高校の授業を終えて、徒歩で帰宅していた筈だった。
しかしその瞬間が何時だったかは定かではないが、ある瞬間から再び覚醒するまでの記憶が奏の中でごっそり抜け落ちてしまっていた。
奏が再び意識を取り戻したのは、病院の個室の中だった。
意識を取り戻すと、傍に控えていた一人の女性が彼に挨拶をしてきた。
女性は、“千人隊”谷城裕子と名乗った。
その時点で、奏はその人が最初に名乗った変な名前に違和感を感じずにはいられなかった。
しかし、疑問を持つ奏に彼女が話したことは、目も眩むような事実だった。
奏は、飛んでしまった記憶の中で、事故に遭った。
その事故がきっかけで、僕の身体はレネゲイドという名のウィルスに侵されてしまった。
ウィルスに侵された者“超人”というものになってしまう
人を超えた、人ならざる者。
オーヴァードは常にレネゲイドに侵され、侵された果てはジャームという理性を無くした怪物になる。
こうなってしまったら、もう何も知らない普通の生活は送れない。
このウィルスと、この体と向き合って生きていかなければならないのだという。
はじめ奏は全然理解出来なかった。
なにかの漫画みたいな話で、信じられなくて呆然としていたが、そんな嘘のような事実を証明するかのように奏の右手の甲には事故の前までは全く身に覚えのなかった光色の石が、まるで最初からそこに存在していたかのように、深くはめ込まれていた。
裕子曰く、この石はそのレネゲイドウィルスの塊でとても特殊なものらしい。
似たような石を持つ人はいるが、全て管理されているらしい。が、この石は出所が不明でそのレネゲイドの力も未知数なのだという……
そんな事実を知ってもなお、奏は自分がそんな漫画のような世界に入ったのとは考えられなかった。
石や体についての検査や、今後の生活についての話をするために裕子のいる組織……ユニバーサルガーディアンネットワーク、通称UGNにここ最近は毎日呼び出されてはいるが、奏自身は全然実感がなかった。
レネゲイドの話を聞いてる間も、内容は頭には入ってくるけど、感覚はやはり夢見心地といった気分で…実感なんて感じていなかったのだ。
今は、そんな夢のような空間UGNの日本支部からの帰りがけ。
日の入りが数分後に迫った空は夕暮れと夜空のグラデーションを描いている。
最寄りの駅から徒歩で数分、奏の家の近所の閑静な住宅街はあまり人気がなくとても静かだ。
奏は静かな道を歩くとき、無心になれて好きだった。
辛いこと、忘れたいことも、こうしてぼーっと歩いてる時間は体の外へと追い出されるような感覚がした。
こうして歩いてることで、奏の中ではレネゲイドも右手の石も消えて、普通にいつも通り歩いている。そんな感覚がしていた。
そんな静かな道に、一つの大きな音が入ってくる。
それは、車の音だった。
僕の向かい側から一台のワンボックスカーが住宅街の細い道を中々速いスピードで走ってくる。
奏はその車に全然気にも留めずぼうっと歩いていた。
まだ奏は、“こちら側”にいる感覚を、知らなさすぎた。
次の瞬間、横切ると思っていた車が、けたたましいブレーキ音と共に僕の真横で急停車した。
そして、後部座席のドアが開くといかにも怪しげな1人の覆面の男がばっと飛び出してきて、奏に一瞬で組みついてきた。
「うわっ…!?」
警戒なぞこれっぽっちもしてなかった奏はあっという間に男に捕まえられ、その車に放り込まれた。
あまりに突然の出来事に、抵抗すら出来なかった。
後部座席の扉が閉まると、車はすぐに発車していく。
「そいつが例のヤツか?」
「あぁ、依頼書通りの顔だし右手には石…間違いねぇ」
走る車の中で、奏を捕まえた男と運転手の男が話をしていた。
話をしてる間にも男はどこからともなく手錠を取り出して、奏の両手に後ろ手でかけたため、ほとんど抵抗ができなくなってしまう
「あ、あんたら、僕をどうする気だ…!」
「お前、自分の状態分かってないな?お前の右手にある石は、オタカラなんだよ。だから俺たちFHが奪いに来たわけ。」
奏の隣にいる男が笑いながら言った。
FH。
奏が裕子から聞いた説明にあった、UGNと対を成すオーヴァードの組織。
レネゲイドの力を自分たちの欲望のために使う者たち
説明には聞いていたけど、奏にとってはそれだけだった。
しかし、実際に遭遇してみて、奏は首を締め付けられるような感覚を覚えた。
普通に染まり切っていた体が、突然現実に引きずり出された。
この二人組からして、明らかに犯罪者のソレだ。
FHはこんな奴らがたくさん集まってるっていうのか。奏は戸惑いの中でそう感じた
奏が何も言い返せずに黙ってる間にも、車は進んでいく。
奏は何もできないまま、ただ不安を募らせていた。
混乱に陥る頭に、電流のような感覚が走る。
それは奏だけが感じた感覚だけではなかった。
車に乗ってる二人の男もそれを感じたようで、お互いに話しだす。
「おい、お前ワーディングなんて使ったのか?」
「違ぇよ!俺じゃねぇ!……でも、今の感覚……まさか」
刹那、ガンッッと車の屋根に大きな音と衝撃が走った。
男たちも一瞬、車の天井を見る。
うつ伏せになっていた奏も、軽く身を捩らせて天井に視線を移した。
すると次の瞬間、車の後部座席と運転席が、分裂した。
「うわぁぁっっ!!??」
体に衝撃が加わる。
真っ二つになった車は前輪のみ、後輪のみだけでバランスを取りきれずに傾き、そのスピードのまま何十mか前進したあと、奏が乗ってる後部座席は停止した。
運転席のほうは、スピードを緩められず少しの間暴走し、挙句近くの電柱に思い切り衝突した。
「クソっ」
衝撃が止んだのを確認すると、隣にいた男は奏の襟首を乱暴に掴んで引きずった。そして、奏を掴んだ方とは逆の手でまたどこからともなく拳銃を取り出して握り、周囲を確認する。
そして、後部座席の残骸の方に目を向けた瞬間、男の眉間にピタっと目に見えぬ何かが当てられた。
「…………」
後部座席の屋根にいたのは奏と同い年くらいの、眼鏡をかけた黒髪の少女だった。
真顔で、男から少し離れた位置で剣の柄のようなものを握り、男に向かって向けている。
その間には何もないように見える…が、“刃はちゃんとそこに存在していた”。
「て、テメェ……UGNだな」
男は少女を睨みつける。
少女は何も言わず、顔色も変えないで刃を向けているだけだ。
奏は襟首を掴まれてる苦しい状態からなんとか状況を確認しようと身を捩る。
しかし、奏が少女を見るよりも前に自分を支えてる男が吹っ飛ばされる。
少女が剣を凪いで、男に風の刃を叩きつけたのだった。
男は風に舞って後方10m前後に渡って吹っ飛ばされる
「わっ…!!」
その拍子に男の手が奏の襟首を離し、アスファルトの上に放られて、そのまま転がった。
「ってて……」
アスファルトで体を擦った痛みに蹲ってると、パキンという音と共に奏の両手首の感覚が軽くなる。
少女が、手錠を刃で破壊していたのだ。
解放された奏はまず起き上がり、両手を見る。そして、ゆっくりと顔を上げ、自分を救ってくれたその少女を、はじめて見た。
「…君が、助けてくれたの?」
「………それ以外にどう見えるの?…手間をとらせないで」
「あ…ごめん」
初対面とは思えぬ冷めた態度に奏は縮こまり、謝った。
すると、少女の視線が奏から動く。
それにつられて奏も視線を少女が向けたほうへ向けると、吹き飛ばされた男と、運転してた男がものすごい形相で追いついてきていた。
「テメェ…ッ!よくもやってくれたな!!」
「こうなったらテメェをぶちのめしてそこのガキ連れてってやる!!」
僕は若干尻込みしたが、少女は何も臆せず、それどころか呆れ返ったように、ハァ…とひとつ溜息をついた。
そして、また視線を奏に戻し
「…………アレを片付ける。見てるだけじゃなくて、あなたも手伝いなさい」
「ど、どうやって!?か、片付けるって…相手は銃持ってる大人なんだよ!?」
まだ、オーヴァードとして日の浅い奏は、混乱していることも相まって自分の持つ力を自覚していなかった。
それを悟った少女はまたひとつ溜息を零すと、横目で奏に告げる。
「…あなたの力は、光を操る。“自分の中で光を強く意識しなさい”。あとは感覚でわかるわよ」
「そ、そんなこと言われても…」
「さっさとやりなさい。今度捕まったら助けないわよ」
チャキッと柄だけが見える刃を構え直し、少女は二人に向かって駆け出していった。
ひとりその場に佇む奏は、ごくりと一回唾を飲むと石のある右手を男たちに向けて翳した。
「光を………意識、するッ!!」
奏は強く、念じるように右手に力を込める。
すると、手の甲の石がぼうっと光を放ち、奏の右腕を包み込んだ。
その眩しさに奏は一瞬目を閉じる。
そして再び目を開くと、自分の右腕は眩い光にすっぽり包まれて、大きな大砲を作り上げていた。
「……はやく、やりなさいッ!」
少女が刃で男たちを相手している。
1人は銃で、もう一人は炎を出している。
奏はその時、はっきりと実感を得た。
世界はもう、変貌していたのだと
「っっ!!」
ドンっと、大きな音が住宅街に響く。
奏が大砲のトリガーを引くと、眩い光のビームが放出された。
それを察知した少女はばっと飛び退き、その真後ろにいた、炎を出していた男の一人に直撃する
「ぐわぁぁぁぁ!!!」
光の大砲をもろにくらった男は吹っ飛ばされ、背後の塀を破壊して倒れた。
「な…なんてパワーだ」
もう一人の男は、目の前を横切り相方を直撃したビームを見て怯んでいた。
その隙を少女が逃すわけがない。
「………」
無言で、無表情で、男を見えない刃で斬り飛ばし、先ほどぶっ飛んでいった男と同じように塀を破壊して倒れ伏した。
ビーム一発撃ちこんだだけだが、奏は酷く息を切らしていた。
終わってしまえばまた、今までのがなにかの夢だったようなそんな錯覚すら覚えてくる。
少女は周りを見回し、もう何もないことを確認すると、刃を鞘にしまって携帯電話を取り出し、電話をかけた
「………私。少し野暮騒ぎをしたから、処理班を頂戴。…うん。彼は無事。…うん。わかった」
少女がピッと携帯電話を切ると、くるりとこちらに振り返った。
「……もうすぐUGNが来る。貴方はここで待って彼らについていって。……私はもう帰る」
そういった途端、少女は踵を返してすたすたと歩き出す。
奏はその後ろ姿を目で追いながら、軽く叫ぶ
「ま、待って!君の名前は…?」
少女は奏の言葉を聞いて、一瞬その場に立ち止まる。
風で彼女の長い黒髪が揺れた。
そして、横目で奏を見やると、一言呟く。
「……秋家舞」
彼女はただそれだけ言うと、早足で静かな夜の住宅街に消えていった。
槇原奏と秋家舞
これが、後に結成されるチーム「ジゼル」に属する二人の出会いだった。