36-12
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はたしてアランが帰宅したのは、ゲイルの言った通り、夕刻であった。
待ち構えていたクロエは厚く出迎えた。
早速夕食も取らずにアランの執務室に集まった。
クロエ、ヴラド、アルバート、ゲイルが説明を終えると、アランは熟考している様子だった。
「ふん、クロエからの報告の手紙は読んでいたが、スカルゴッドが絡んでいたのか……」
アランはぽつりともらした。
「スカルゴッドをご存知で?」
クロエが聞くと、アランが僅かにヴラドを見た。
「ああ、知っている。しかし、スカルゴッドは実態の無い組織と言われている。私達が知っている事は……否、スカルゴッドに属する者ですら、スカルゴッドの総てを把握している者は一握りだろう。とんでもない者に目をつけられたな、この国は」
アランは苦悩を滲ませた。
「国王様にはお話しは通していただけだのでしょうか?」
「クロエから報告を受けた所までは話した。ワニに付いて早急に対処するとは言っていたが、話しはリシアが絡むと厄介だな。ふん、一網打尽か……アルバートも大胆な事を」
アランがアルバートを見ると、アルバートは不敵な笑みを浮かべる。
「我が主人であれば、可能かと」
「ふん、相変わらず減らず口め。やるしか無いのだろう」
アランが投げやりに言う。
「左様でございます」
アルバートが澄まして言った。
ゲイルは頷く。
「アルバート、ゲイル、金を惜しむな。国中の貴族という貴族を総て呼ぶのだ」
「アラン様、何を?」
クロエが問う。
「アラン・ルソー、一世一代の宴を披露しよう」
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その翌々日、王国の貴族という貴族に手紙が届いた。
アラン・ルソー伯爵がまた可笑しな事をするらしい———。
社交界の噂はあっという間にアランの話しで席巻された。
一月後、ルソー伯爵邸で総ての貴族を招いた祝賀パーティーを開くという。
なんの祝賀かは書かれていなかった。
しかし、その手紙にはルソー伯爵のサインの横に、国王の調印が押されていた。
公式的に、アランの祝賀に手紙を受け取った者は来るようにという王の意思が刻まれている事になる。
皆は口々に噂し合う。
———とうとうルソー伯爵が宰相に就任されるのでは無いか?
———いやいや、ルソー伯爵が王の娘を第二夫人として迎えられるのでは?
———それは無いだろう。きっとクラタベルタとの貿易に関する勲章関係の祝賀ではないか?
様々な噂を勝手にあれこれ想像し、囁き合った。
アランならば、どれもあり得ると言われる程に話題に事欠かない人物なのだ。
ルソー伯爵邸の総ての使用人は、この祝賀パーティーと名を打たれた催しを成功させるべく、一月の間、昼夜問わずに精力的に働いた。
クロエも勿論例に漏れず、段取りの為に奔走する事になる。
クロエが忙しく動いている間、アランは国王と綿密な計画を練っているようだった。
此度の計画では、衛兵隊の助力は期待出来ない為、国王直下の軍と、アランの私兵を持って計画は進行される事となった。
慌ただしい時間は彗星のように一瞬で過ぎ去った。
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その日、クロエは真っ黒なドレスを身に纏っていた。
濃淡をつけた幾枚ものフリルに白いパールを縫い付けた号車なドレス。
胸元は大胆に開いている。
肌が透けるレース地の黒いオペラ・グローブ。
足が痛くなる程ヒールの高い漆黒に銀糸のあしらわれた靴。
宝飾品は一点だけ。
その豊かな胸元に、富を誇示する大粒のダイヤに小振りのダイヤをこれでもかと纏わせたネックレス。
神話に登場する女神も霞む美しさであった。
並び立つアランは、対のように漆黒の布地に黒い糸で刺繍を施された礼服を着ている。
クラバットまで黒い。
それを留めるクラバットピンのみ、ダイヤの衣装を施してある。
麗しい麗人だ。
アランの美しさは、その日刃物のように研ぎ澄まされていた。
見る者を圧倒する美しさがクロエとアランの二人を包んでいた。
その夜、ルソー伯爵邸に続々と王国中の貴族が集いだした。
クロエの友人であるリシャール兄弟は勿論、その友人のモネ、クロエの生家のランベール家の面々。
アランの親類であるクレマン侯爵一家。
勿論、トレヴァン・マクレーンの姿もある。
国王は王妃と一足先に来ており、ルソー伯爵邸で一番の賓客室で時を待っている。
陽のすっかりくれた夜の闇。
その日は雨であった。
激しく地面を叩く程の雨が、その日の波乱を予期しているようだった。




