37-13
その日の事を回想しようと思う———。
その日、集められた貴族達は、何のための祝賀パーティーなのか、疑問を解く為にルソー伯爵の言葉を待っていた。
しかし伯爵とその夫人、クロエ・ルソーは何も語らない。
微笑を浮かべたまま、ルソー伯爵邸自慢の大ホールに佇んでいた。
神話の如く美しさを誇る二人に容易く声を掛けられる者は居ない。
示し合わせたように、二人と懇意にしている者らも声を掛けない。
いい加減、場が焦れた頃に、国王と王妃が現れた。
煌びやかな贅を尽くしたルソー伯爵邸の大ホール。
どれを取っても一級品に設えられた完璧な祝賀パーティー。
そこに国の正に一級である国王夫妻。
国王夫妻は、にこやかな威厳を漂わせた笑みを浮かべた。
アレクサンドル・アルトリア王、並びにイザベル王妃。
総ての貴族は黙してひれ伏す。
皆、王の言葉を待ち、奇妙な静寂がホールを埋めた。
宴の準備は整った。
王が右手を挙げると、大ホールに無機質な施錠の音が響き渡る。
驚きに思わず波のような騒めきが起こる。
大ホール唯一の扉の前には屈強な騎士が三名。
入り口は完全に封じられた。
国王の傍らに歩み出た宰相。
「これより名を呼ばれた者は前へ。陛下から褒美を遣わす」
順に計二十四名の貴族の名が淡々と呼ばれる。
辺りは異様な空気に呑まれつつあった。
歩み出た貴族は後ろ暗さを抱える者ばかり。
顔面を蒼白にし、ブルブルと震えている者さえいる。
「跪け」
アルトリア王が短く、それでいて重い一言を発する。
二十四名の貴族達は、抵抗も出来ずに地に伏した。
その中にはトレヴァン・マクレーンの姿もある。
「陛下、褒美を」
宰相の一言に、ひれ伏した貴族達が動揺する。
「永遠の眠りを」
つまり極刑を意味していた。
アルトリア王が与えるものは、死すらも褒美を意味した事になる。
アルトリア王は自国に打撃を与えた貴族を許しはしない。
その苛烈な決断を顔色一つ変えずに断行する王に、ひれ伏した貴族らは失禁してしまう者さえいた。
王の言葉を聞くまでは、悪くて終身刑くらいであろうと高を括っていた者もいたに違いない。
しかし、実際は極刑。
罪名も告げずにだ。
国を内部から腐らす薬物をけして許しはしない。
王は言外に告げていた。
犯罪者達が引き立てられた後、場に集った貴族達にアランが漸く口を開く。
「今宵をどうかお楽しみください」
一瞬にして大ホールは混乱に包まれた。
★
高級宿の一室。
女はぼんやりとランプの灯りを見ていた。
窓がかたりと音を鳴らす。
「ああ、来たのね?」
女は酷く嬉しそうに窓から侵入した男に駆け寄る。
口付けを強請る女。
拒まずに受け入れた。
そして首筋に刃を突き付ける。
「サバーカを知っているか?」
女の首筋に一雫の鮮血が伝う。
「サバーカ?それがなんなの??」
突きつけられた刃に、些か正気を欠いた女が矢継ぎ早に質問する。
「リシアの貴族、ヴォルコフ家を知っているか?」
男は投げかけられた質問を無視して尋ねる。
「と、取り潰された侯爵家の?」
掠れた声で女が言う。
「ヴォルコフ家を貶めたスカルゴッドのサバーカという男を探している」
女は躊躇った。
確実に迫り来る死を前にしても口に出せない。
それを意味していた。
「言え。サバーカはどこだ?」
男は更に女の白い肌に刃を突き立てる。
「サバーカの詳しい居場所は誰も知らない。組織の人間同士は顔も知らない。でも、会う方法が無い訳じゃない。印を見つければいい。サバーカの」
「それは何だ」
「サバーカは、チェルノボーグ……死神の抱いた犬の紋様を探すのよ。アルトリアでも一度だけ見たわ」
男は目を暗闇で爛々と輝かせる。
「言え」
しばしの静寂だった。
「王宮の裏門よ。チェルノボーグが刻まれた場所は総て灰になる。貴方の……ヴォルコフ家のように」
女は事切れた。
ベッドシーツで血を無造作に拭う。
ヴラドレン・ヴォルコフ。
元は北国リシアのヴォルコフ家次男。
クラタベルタに留学中に、実家ヴォルコフ侯爵家はその長い歴史を閉じた。
ヴラドは名を捨て、留学中に知り合ったアランを頼りにアルトリアに来た。
復讐鬼と化したヴラドの宿敵、サバーカを探してアルトリアに渡ったのだ。
彼の瞳には最早燃え盛る青い炎しか映していない。
地獄の炎をその眸に宿して爪を研いでいるのだ。




