197 ローワンの覚悟と、ナターシャの次の日
その表情を見たカバの手下は好機とみなし、追い打ちを掛けた。
「グヘヘ……ローワン、オ前ハ、今日ノ捜索ガ始マル前ニ“二人ガ逃ゲ込ムダロウ、ゴブリンノ棲ミ処ハ全テ魔法デ見張ッテイマス。今の所、二人ガ訪レタ様子ハアリマセン”ッテ、長ヤ俺達ノ前デ言ッタヨナァ?」
「デモシバ兄妹ハ、既ニゴブリンノ隠レ里ニ居タ。コレハオカシイヨナァー?」
「ウゥッ……」
手下二人はローワンを挟んで、肩を抱く。
老オークは、恐怖で縮んで何も言えなくなっていた。
カバはよくやったと内心でほくそ笑んだが、体裁は整えた。
「ブッヒッヒ、アマリ老人ヲ虐メテヤルナブヒ、二人共。離レテヤルブヒヨ」
「ヘヘ、スミマセン兄貴」
「裏切者ッスカラ、ツイ」
手下二人はローワンから離れ、カバの後ろに付く。
ローワンがホッと一息ついたのを見て、カバは話を持ち掛けた。
「……ソレデブヒ、ローワン。取引ヲシヨウジャナイカブヒ」
「トリヒキ……?」
「ソウブヒ。コノ事ヲ長ニバラサレタクナカッタラ、オ前ハ今カラ――――」
緊張で唾を飲むローワン。
カバは、悪い顔を浮かべながら言った。
「――――今カラ、タダデ俺ノ傷ヲ治スブヒ」
「……ナ、ナント?」
「当然、出来ルブヒヨネ?」
「……?」
決まった、という表情のカバとは対照に、ぽかんとするローワン。
手下二人も兄貴の天才っぷりに喜んでいた。
「一方的ナ取引デ、高イ治療費ヲ無料ニシヨウトスルナンテ、流石アニキダ!」
「アァ、流石ハカバ兄貴ダ。俺達ニハ考エ付カナイダロウ」
「オッ、……ッ」
思わず『お前達はバカなのか!?』と突っ込みかけたローワンだが、ここはグッと堪えて、
「……分カッタ、無料デ治療スル。カバ、椅子ニ座レ」
「ブヒヒ、ソウコナクッチャブヒ!」
カバの言う通り、治療してやる事にした。
◇
回復魔法での治療を終えたカバは、ゆっくりと肩を回して、傷の痛みが消えた事を宣言した。
手下二人も、兄貴の仮復活を喜んだ。
何故、仮復活なのかと言うと、オークの回復魔法は体力をとても消耗する。
その消耗した体力を取り戻す為に、これから1日は安静にしていないといけないのだ。
ローワンもそれは良く分かっているので、カバ一味に病人用の部屋を貸し、この家の食ベ物を自由に食べて良い事も伝えた。
たくさん食べればそれだけ体力の戻りが早いので、一介の医者としても当然の選択だった。
カバ一味は喜んで食糧庫に行き、残されたローワンは、食事も取らずに自室へと向かう。
(ソウカ、モウ二人ノ居場所ガバレテシマッタノカ……)
彼は部屋に入ると、ベッドの脇を漁って、一本の杖を取り出した。
(出来ル事ナラ、二人ノ元ヘ急ギタイガ――)
それは、これといった特徴の無い木の杖。
身体の支えとしても使えるように、上部に持ち手が付いている程度。
ローワンはそんな杖を持ち上げ、持ち手を見つめる。
(――今、私ガコノ里カラ逃ゲタ所デ、状況ハ好転シナイ。ナラバ――――)
誰が見ても、何度見ようとも、何の特徴も無い木の杖にしか見えない。だが……
(――――ナラバココニ残ッテ、少シデモ抗ウトシヨウ)
ローワンは持ち手を捻って、白い刀身を僅かに引き出す。
その刀身に映る老オークの目には、強い覚悟が宿っていた。
◇
「んぅ……」
その頃のナターシャは、ご飯を食べ終えてぐーすぴしていた。
最近、お昼寝を取っていなかったのが響いたらしい。
ソファの上で眠っている銀髪少女の傍には、開いたままの派生図ウィンドウと、幾つかの素材説明ウィンドウが開いている事から、それなりのやる気があったと伺える。
「んみゅ……」
しかし、どれだけやる気を出しても身体は子供、どうしても睡魔には勝てないのだ。
暖炉にて、長く燃え続けてくれた薪達が、赤く燃える炭となって落ち着き始めた頃。
主が眠ってしまった事に気付いたリズールが、地下から出て来て、眠っているナターシャに毛布を被せた。
彼女はナターシャの頭を数度撫でた後、また研究室に戻っていった。
◇
ナターシャが目を覚ましたのは朝になってから。
寝起きの少女は、大きくあくびをしながら身体を起こして、両目を擦る。
その時、自身に被さった毛布を見て『あぁ、リズールがやってくれたんだな』と納得しながら、顔を洗いにキッチンへと向かった。
キッチンでは、地下での作業を終えたらしいリズールが朝食を作ってくれていた。
ソファで寝たせいで寝癖が大変な事になっているナターシャは、ゆるゆる滑舌で朝の挨拶をする。
「おはよ~」
『おはようございます我が盟主。どうしましたか?』
「顔洗いに来たー」
『そうでしたか。ではフェイスタオルを置いておきますね』
「ありがとー」
ナターシャはぼんやりしたまま、流し台で顔を洗い、うがいもした。
「はぁ~ねむ」
そして髪をブラシで梳きながら、リビングへと戻っていった。
少女がソファに座ると共に、メイドが朝食を並べる。
今日は主食にパン、おかずにはスクランブルエッグ・こんがり焼いたソーセージ。
更に、マグカップに入ったオニオンスープ付き。とても美味しそうだ。
「豪華だねぇ」
『はい。今日はお祝いも兼ねていますから』
「お祝い?」
まだアホ毛の残るナターシャが不思議そうに首を傾げると、リズールはパチン、と指を鳴らす。
すると、地下室の方から一人の少女が現れた。
髪は黒でショートカット、服も黒のゴスロリ軍服ワンピにニーソックスと軍靴、リズールと同じようなスレンダー体型。
見た目の年齢は16歳で、顔立ちはとても良いが目つきがちょっと悪い、そんな少女だ。
「どなた?」
ナターシャの問いかけを聞いて、リズールは黒髪の少女を紹介した。
『彼女こそ――ウィスタリアの親友、大魔導技師ウェスカ・スタンリーの十傑作が一。第四使徒“魔銃”の異名を持つハイゴーレム・ギュネー、名はヴェノムです』
「へぇ~」
眠いせいで理解が追い付かず、ゆるい感嘆を示すナターシャ。
魔銃のヴェノムは、とりあえず軽く礼をしてから話した。
「ども、紹介に預かった魔銃のヴェノムです」
「よろしくー」
「ウッス」
「……」
「……」
それ以上の会話が続かない二人。見かねたリズールが間に入った。
『ヴェノム、貴女が得意とする事を説明してあげて』
「ん、了解」
ヴェノムは自身が得意とする事を言ってくれた。
名前の通り、魔銃という武器を扱える他に、偵察、索敵、後方支援を得意としているらしい。
「魔銃って何?」
ナターシャが尋ねると、ヴェノムが教えてくれた。
魔銃とは、色んな属性を込めた水晶弾を、引き金を引いた時に発生する小規模な爆発魔法で撃ち出す銃。
見た目や原理はパーカッションロック式のマスケット銃と似ているらしいが、雷管の装着が不要なので、単発式ライフル銃と同じ速度で発射出来るらしい。
「へぇー凄いねー」
「ウッス」
「……」
「……」
『はぁ……』
相変わらず会話が続かない二人。
リズールは早くも諦めたようで、ナターシャに朝食を食べる事を進めた。
◇
朝食を食べ終わる頃にはナターシャも目が覚めて、ヴェノムに色々と尋ねた。
彼女の性格、好きな物、嫌いな物、ヴェノムという名前の由来について。
彼女は、創造主のウェスカ・スタンリーによって会話が苦手という設定を付けられたらしく、そのせいか性格は内向的かもしれない、と言っていた。
好きな物は特に無いが、好きな事は他人と関わる事。
嫌いな物は何故か、とある銃弾と自分の名前と、創造主のスタンリー。
そして、名前の由来はと言うと――
「俺の名前は、とある水晶弾が持つ毒性を表してんだけど、本当は銃という武器の恐ろしさを示した“悪意”って意味が込められてるんだ。だから、ポイズンじゃなくてヴェノムっていう名前。……だから俺は、自分の名前も、名付けてくれた創造主も嫌いなんだ」
と、饒舌に語ってくれた。
ヴェノムちゃんって俺っ娘なのね。覚えた。
「そうなんだ……じゃあ、復活記念に名前を変えてみる?」
「お、良いね。お願いするよ」
「分かった、んーっと……」
ナターシャは暫し考え、一つの名前を示した。
「シュヴァルツ・ヴィント、略してヴィントちゃんはどう?」
「あー、それは知り合いと被ってるんで駄目だ。別の名前でお願い」
「そっかー……んー……」
ヴェノムに却下されて、また考え直すナターシャ。
魔銃使いだし、カッコよくて良い名前だと思ったんだけどなぁ……




