195 返ってきた銀縁眼鏡の使い道
それからしばらく商品紹介を聞いていると、ついにクッキーが無くなった。
ニャトはここが帰り時だと思ったらしく、『今日は店仕舞いニャ』とパパッとお片付け。
リュックを背負って玄関に向かった。
ナターシャもその後ろに続くが、ふと気になった事を聞く。
「ねぇニャトさん」
「どうしたのニャ?」
「もしかして、帰りは徒歩なの?」
「ンニャ? ナターシャさんはケットシーがどういう精霊か知らないのかニャ?」
「ん……あっ」
そう言われてみれば――――知っている。
ケットシーは、自由奔放な猫の妖精。普段こそ、人間界で猫として生きる彼らだが、実は人知れぬ地に秘密の王国を築いていて、人気のない路地の隅っこ、そこら辺の木の洞など、よく気に掛けていても気付かない所から、その王国へと自由に行き来出来るのだ。
だから、今から帰るニャトは……外に出て、近くの木の洞に入るだけでいいのだ。
「そっか、忘れてた。ケットシーはどんな場所からでも王国に行けるんだったね」
「そうニャ。ただ、流石に火山地帯から帰るのは大変ニャから、そこで呼び出すのは控えて欲しいニャ」
「うん分かった!」
「ニャハハ、良い返事ニャー」
うんうんと頷いたニャトは、玄関の扉を開けて、元気よく別れを告げた。
「ではナターシャさん、今後とも御贔屓に! また呼んでくれニャ~♪」
「またねー! ばいばーい!」
ナターシャも元気に見送って、
「……さて、そろそろ魔法でも創ってみるか」
また一人の時間を享受する。
ソファに戻ると、日記帳と鉛筆を出して、色々と考えた。
しかし、1時間経っても全然思いつかなかった。
「はぁー……ぜんっぜん思いつかねぇ……」
そう言いながら鉛筆を投げ捨て、ソファに身体を預けるナターシャ。
リズールが傍を離れた事で、改めて自分が凡才だと思い知る。
いや待て、そんな事は無い。リズールが居ない時でもちゃんと思いついていた。
もしかすると……
「眼鏡を装備してないから、思いつかないんじゃないか……?」
ルーティンが完璧じゃないから、やる気スイッチが入らないんだ。
「絶対そうだ」
メガネを装備してないから知能バフが掛かっていないんだ。そうに違いない。
謎の結論に至ったナターシャは、少し前、ふらりと地上に現れたリズールのように、地下の研究室へと向かう。
◇
「りずーるー?」
『はいなんですか我が盟主』
地下室の扉を開け、構ってちゃんモードをマシマシチョモランマな声で名前を呼ぶと、淡々とした従者の声が返ってきた。
どうやら作業中のようで、先ほど購入したアメジストに魔術刻印を刻んでいるようだ。
魔術刻印とは、魔導士や魔法使いの個人証明のような物だ、とクレフォリアちゃんに聞いた事がある。机で作業している彼女は、魔道具製作にあたって自分だけの刻印を作ったのだろう。
まぁ何せよ、なんかとってもカッコいいよね! 俺も自分の刻印を作りたいなぁ……
そんな事を考えていたナターシャは、
『我が盟主、どうしましたか?』
「あ、ごめん。つい見とれてた」
作業を終え、振り向いたリズールに話し掛けられた事で、ようやく正気に戻る。
「実はね、眼鏡を貰いに来たんだ」
『そういえば預かったままでしたね。お渡ししましょう。“異空間収納”』
リズールはゲートを開き、主が求めている物を取り出した。
『はい、どうぞ』
「ありがと。ふふんっ」
受け取ってすぐに装備するナターシャ。賢くなった気がしたのでドヤる。
その様子に軽く微笑んだリズールは、機能の説明をした。
一つ目は解析機能。
曰く、Lv・HP・MPだけを表示する簡易解析機能と、相手のスキルなども表示する詳細解析機能の2種を実装した、との事。
利便性も考えられていて、発動詠唱は“解析”で統一されている。
聞いた限りでは使い分けが大変そうだが、魔法には“使用者の意図を汲み取る”という絶対法則があるので、同一詠唱でも意外と問題ないらしい。
二つ目は探索機能。
薬草や地面に落ちた木の実など、肉眼では見つけにくい採取物の輪郭に白線を付け、レンズ内に表示する機能だ。
索敵魔法では省かれる情報を抜き取って表示させている、とリズ―ルは言っていた。
これがあれば、採取クエストが格段に楽になるだろう。
最後は合成・分離機能。
鉱石や魔物の素材など、色々な物同士を合成する事が出来る機能らしい。
合成後は性質が変わったり、時には武器に変化したりするんだってさ。
分離機能は言わずもがなだ。
説明を聞き終わったナターシャは、現実をゲームに変えてしまうような機能にワクワクした。
特に、最後の機能が気になって仕方がなかった。
「ねぇリズールリズール。合成機能についてなんだけどさ、その機能に限界はあるの?」
『あります。通常時――変化が起こらないパターンの合成は、通常・合成後の素材も含めて、最大3回までしか出来ません。回数を初期化するにはメンテナンスが必要になります』
なるほど。
「じゃあ、無限に素材を合成出来る武器を作るにはどうすれば良いの?」
『現状では……何かしらの武器と、その眼鏡を合成すれば作れます』
なるほど?
「その場合ってさ、他の機能は使えなくなっちゃう感じ?」
『いえ、ステータスウィンドウへの強制介入も行い、解析情報を代理表示するように設計していますので、合成後でも問題なく使えます。ご安心下さい』
「おぉー!」
流石は大賢者の魔導書!
「ありがとうリズール! 早速合成してみるね!」
『はい、沢山お試しください』
「うん! じゃあねっ!」
銀髪少女は合成して遊ぶため、うっきうきしながら地上へと戻っていった。
リズールは手を振って見送った後、アメジストを部屋の中央に置いて、アイテムボックスから魔導核――浅緑色の宝珠を取り出した。
『これから楽しまれるであろう、我が盟主には申し訳ないのですが……』
そうは言いながらも、罪悪感の無さそうな表情のリズールは、
『早速、大魔導技師ウェスカ・スタンリー十傑作が一、第四使徒の覚醒作業を開始しましょうか。魔導核起動装置への魔力供給を開始……成功。続いて、機能停止中の魔導核への魔力照射及び、魔力波の再始動工程を開始――――
最終工程であり、最初の復活作業を行い始めた。
彼女の手の中にある霞んだ宝珠は、工程が進むにつれて本来の輝きを取り戻し始める。
◇
一方、地上のナターシャ。
研究室で行われている異常なほどの魔力消費など、無限の魔力を持つ彼女にとっては微々たるもの。時々『なんか脱力感があるなぁ』と気付きはしたが、『多分、やる気が無いからだろうな』と思う程度だった。
そんな魔力チートな銀髪少女は、つい先ほどまで魔法創造していた事などとうに忘れていて、今はどういう風に合成していくべきか考えていた。
最初から考えにあったのが、アイテムボックスに眠っている、盗賊から強奪した杖。
これとメガネと合成して、普段使い用の武器にしようと一考していた。
リズールアージェントという最強武器があるにはあるが、彼女はもう一個人として独立している上に、大賢者の魔導書らしく何でもできるので仕事が多い。
ハビリス族の強化計画や新企業設立などで忙しい彼女を、わざわざ武器として運用するのは忍びないと思ったのだ。
「だから……やっぱりまずは、眼鏡と杖の合成からかな。よし決めた」
そうと決まれば行動だ。
ナターシャは杖を取り出して、眼鏡に合成する。
えっと……ゲーム的に考えれば、合成方法はこうだ。
「“合成”?」
机に置いたメガネに杖を当てながら呟くと、二つは宙に浮き、溶けるように混ざり合って――柄の部分に銀とガラス玉の装飾が施された、木製の杖へと姿を変えた。成功だ。
「とりあえずはこんなもんかな?」
手に取って、取り回しも確かめるナターシャ。
俺の身長よりも長い杖だが、まぁ何とかなるだろう。
「んじゃあ、次はどういう風に合成していこう……」
杖をテーブルに置いたナターシャは、考え込む。
まず最初の武器は出来た。でも、これから合成していくにあたって、どういう風にするか考えないといけない。
「何か参考になる物とか無いかな……」
今の所、参考になる物や人に出会った事が殆ど無い。
一つあるとすれば、今着ている魔導服を貰ったお店だけ。つまり、現状では手詰まり。
……いや待て。ゲーム的な機能が付いてるんだから、もしかしたら何か、指標を出してくれる機能もあるのでは……?
「……“合成ツリー”!」
冗談交じりに呟いてみたが、流石に出なかった。
「あはは、そんな都合良く“派生図”なんて出る訳ないよね……はぁー……」
ぼやきながらため息をつくと、ブオンという音がして、目の前にウィンドウが表示される。
「……えっ?」
その中には――――眼鏡と杖を合成した後の派生図が表示されていた。
派生図は段階ごとに分かれていて、今は第一段階――眼鏡とウッドスタッフを合成したシルバーグラススタッフと、次の派生が3つ表示されている。それ以降はロックされていて確認出来ない。
「マジであるんだ派生図……!」
流石リズール! よく分かってるじゃん!
〇ンハン攻略本とかに乗っている、武器の強化派生図っぽい表記にテンションが上がったナターシャは、再びワクワクしながらウィンドウをタップして、次の派生に必要な素材を確認した。




