186 山奥にあるゴブリンの隠れ里。
ゴブリンの隠れ里の入口に到着し、隠匿魔法を解除すると、住民達が出迎えてくれた。
その身長は最大でもナターシャ並みで、オークさんが先祖返りを起こしたと言っていた通り、大人っぽさが混じっている、人間の少女や少年のような容姿だった。
しかし一つだけ違う点があって、長い笹の葉のような耳をしていた。ゴブリンっぽい耳だ。
服装はかなり綺麗な部類で、子供用の民族衣装として販売すればそれなりの高値が付くレベルだ。
そして隠れ里のゴブリン……彼らはゴブリンなのだろうか? まぁ、今はそれで良いや。
ゴブリン達はオークの帰還を喜んでいるようで、大衆をかき分けるようにして姿を現した美少女ゴブリンが、柔らかな笑顔でナターシャ達に歓迎の言葉を送った。
「お帰りなさいオークさん。この里へようこそ人間さん。私は、若輩ながらこの里のまとめ役を務めさせて頂いているハルヤ、という者です。どうぞお見知りおきを」
丁寧に頭を下げるハルヤさん。
ナターシャ視点からすると、耳意外は同世代の女の子にしか見えない。
だがその表情からは、その可愛らしい容貌とは似つかない、里を導く者としての覚悟のような物が確かに感じられた。
「では早速、妹さんの元へ案内しますね。私について来て下さい」
ナターシャ達はハルヤさんの案内で、里奥に存在する一軒の木造住宅へと向かった。
◇
家の中も木造で、斬鬼丸がギリギリ入れる程度の高さ。
オークさんも同程度の身長なので、とても入り辛そうにしていた。
そして、リビングと思しき部屋では、14歳くらいの一人の少女が待っていた。
少し気の強そうで、しかし美人と相違ない顔付きに、淡い紫色を帯びた白髪。
服越しでも分かる程のふくよかな胸に、彼女の髪を際立たせるような褐色肌。
更に、その耳が特徴的だった。
先端が長く、尖っていて、これではまるで……
「ダークエルフ……?」
ナターシャは思った事を呟く。だが、答えが返ってくる事は無かった。
リビングで待っていたその少女が、部屋に入ってくるオークの姿を見た途端、一目散に駆け寄って抱き着いたからだ。
「オ帰リナサイ、兄サマッ。ゴ無事デ何ヨリデス」
オークも少女を優しく抱きしめ、頭を撫でながら謝った。
「心配ヲ掛ケタ妹ヨ。協力者ヲ見ツケテ来タ」
「ハイ。兄サマナラキット見ツケテクレルト信ジテイマシタ」
「ハハ、ソウカ。期待ニ応エラレテ何ヨリダ」
とても仲が良さそうなオーク兄妹……本当に兄妹なのか?
二人の容姿が違い過ぎて疑問が膨らむナターシャ。
『仲睦まじい光景ですね』
「そうでありますなぁ」
「そうだね……」
ついでに、それを見守るナターシャ達の姿も三者三様。
リズールはふとナターシャの方を見て、気が付いた。
『我が盟主? 眉間を摘ままれていますが、どうされましたか?』
「いやえっと……オークの妹さんってさ、人間じゃなくてダークエルフっぽいよなぁって思って……」
『あぁ、その事でしたら私がご説明しましょう』
「うん、お願い」
ナターシャはその場で、オークに関する細かな説明を受けた。
元々オークは、エルフ、もしくはドリアードと呼ばれる樹木の精霊を源流に持つ魔物。
精霊とはそもそも、人の噂や想像によって姿や種族が変化・分岐してしまう変わった存在で、とある時に『エルフとゴブリンの合いの子ってどんな存在なんだろう』と誰かが考えてしまった事で、オークが生まれたのだという。
なのでオークはゴブリンの上位種らしく、厳つくて邪悪な顔に緑肌、エルフのような高身長、そして、土精霊の性質が強く表れた筋骨隆々の肉体を種族特性として持っているらしい。
エルフは当然、自身達とは似ても似つかないオークを毛嫌いし、オークもその時に受けた仇からエルフを嫌うようになったという。
前置きはこれくらいにして、ここからが本番。
何故、人の遺伝子が混ざるとダークエルフが生まれてしまうのか。
それは意外と簡単な理由だ。
そもそもオークは、ゴブリンの血の影響が強く出ている。対して、エルフの性質は遺伝的に弱い。
だがそこに人間などの他種族の血が混ざると、ゴブリン遺伝子が何故か半分ほどに薄まるので、極稀に本来の種族であるエルフ種への先祖返りを起こしてしまうらしい。
しかし、ゴブリンの血が持つ闇精霊の影響は失われないので、通常のエルフではなくダークエルフとして生まれてしまうのだという。
「へぇー……オークって元を辿ると精霊に行きつくんだねー……」
意外な事実に驚きを隠せないナターシャ。
リズールは続けて説明した。
『ですが、殆どのダークエルフは成長していくにつれて闇精霊の力が抜け、エルフと相違ない見た目に変化するはずです。妹様の肌が未だに褐色なのは、洞窟での生活が影響しているのでしょうね』
「へぇー……」
ナターシャが感心していると、オークが割り込むように尋ねてきた。
「……ドウイウコトダ? 妹ノ肌ガ黒イノハ、オカシイ事ナノカ?」
オークの後ろには妹が隠れていて、ナターシャ達を警戒している。
人見知り系ダークエルフ可愛い。
まぁそういうのは良いとして、リズールは簡単に説明した。
『実はですね……エルフ種は特殊で、洞窟内で生活すると闇の精霊の影響を強く受けてしまい、肌が日焼けしたように黒くなっていきます。エルフ達の間ではこの症状を“闇焼け”と呼び、美容の天敵として恐れています。そして、後天的に起きる闇焼けを治療するには、エルフォンス教皇国にある“静謐の森”という場所で暫く過ごし、闇精霊の力を抜くしか方法がありません』
「ナッ……」
オークは衝撃を受けて絶句しつつも、何とか言葉を紡ぐ。
「……ナ、ナラ、一ツ聞キタイノ事ガアル」
『なんでしょうか?』
「オ、俺ノ妹ハ、今ノママデハ、人ノ社会ニ入レナイノカ……?」
割と切羽詰まったような声音で問うオーク。
リズールは横に首を振って、優しく返答した。
『いえ、肌色が目立つ程度で、それ以外の影響は特にありません。ただエルフ種にはそういう症状がある、とお伝えしただけです』
「ソ、ソウカ……良カッタ……」
オークは安堵して、ホッと一息つく。
しかし、彼の妹はとても怒った。大好きな兄を動揺させたからだ。
兄の背後からは出なかったが、リズールに対して強い口調で言い放った。
「……オイ、青髪ノ人間。私ノ兄サマヲ困ラセルヨウナ事ヲ言ウナ。許サナイゾ」
『大変失礼しました。以後は極力気を付けます』
「フンッ」
リズールは丁寧に謝罪したが、妹さんは気に入らなかったようだ。
そのまま、主のナターシャに対しても苦情を言う。
「ソレト、ソコノ人間ノ子供」
「何?」
「サッキカラ気ニナッテイタガ……オ前ハ、イツマデ宙ニ浮イテルンダ! サッサト地面ニ降リロ!」
オークの妹が言う通り、ナターシャは道中からずっと浮いたままだ。
一応ちゃんとした理由はあるのだけども……最近のナタ―シャは詳しく説明する事をめんどくさがっているので、適当な言い訳を告げる。
「いやだってこの方が楽だし」
「楽トカジャナイ! 兄サマニ対シテ失礼ダロ!」
「私7歳だからそういうの良く分かんない」
「ナメルナ! 私ダッテマダ7歳ダゾ!」
「嘘マジで!? その見た目で7歳なの!?」
「ソレハ私ノ見タ目ガ気持チ悪イッテ意味カァ――ッ!」
ぎゃいぎゃいと言い合うオーク妹とナターシャ。
オーク兄はその様子に困りながらも、怒っている妹を静止して、自己紹介を勧めた。
妹も、兄がそう言うならば、と渋々といった感じに発言した。
「……チッ、私ノ名前ハ“トコ”。以上ダ」
そう言ったきり、ダークエルフのトコは黙り込む。
他はもう知っているだろう? という無言の圧力が伝わってくる。
お互いに信頼度は皆無なので、今は彼女の名前を知るくらいしか出来ないだろう。
まぁ、先ほどの口喧嘩が詳しく教えてくれない原因の9割だろうけど。
その後、ナターシャ達も自己紹介をして、最後にオークさんの名前を知る事になった。
彼の名前は“シバ”と言うらしい。カッコいいかも?
そしてこれからどうするか、と考え始めた所で、美少女ゴブリンのハルヤさんがお茶を用意してくれた。
「折角の機会ですから、皆でハーブティを飲んで親睦を深めましょう。ささ、どうぞどうぞ」
ナターシャ達(斬鬼丸は飲めないので除く)は勧められるがままに木製のティーカップを手に取って、ひと時の安らぎを得る。
その間ハルヤさんは、ナターシャに会話を持ち掛けた。
「確かナターシャさん、でしたよね? 少しだけお話ししませんか?」
「あぁ良いですよ。なんですか?」
「えっとですねー……――――」
ハルヤさんはどうやら、同身長であるナターシャに親近感を持ったらしく、ナターシャの普段の生活について詳しく知りたいようだった。
ナターシャは特に考えず、気になった事ややりたい事をしながら生活していると伝えた。
「そうなんですか。どういう事が気になるんですか?」
「んー……美味しそうな食べ物とか、強くなったり有名になる事とか、かな?」
「おぉーなるほどー……」
ハルヤさんは感心しながら、作り笑いでお茶を飲む。
そのわざとらしさに気づいたナターシャは、逆に問いかけた。
「……もしかして、子供のフリをしながら人里に出てみようなんて考えてます?」
「ブッ!」
どうやら図星だったようで、ハルヤさんは思いっきりお茶を噴き出した。




