184 オークが家にやってきたぞっ
魔法陣を起動する為に地下室へと戻った三人。
ナターシャはリズールに言われた通り、両手で触れて魔力を流した。
すると魔法陣は銀色に輝いて、小さな魔女っ娘の目の前に、すみれ色の宝石が付いた指輪を生成した。
「この指輪は何?」
『魔法陣の起動装置ですね。更に追加機能として、宝石を取って地面に撒くと転移陣が出現します』
「へぇー」
どうやらこの指輪があれば、どんな場所からでも工房に転移出来るらしい。とても便利な品物だ。
だが、指輪を手に取ったナターシャは、そのままリズールに渡す事にした。
「はいリズール」
『おや、マイロードはお使いになられないのですか?』
「うん。だって、今のところの私の用途なんて、ここに移動して魔物を狩るだけだもん。この工房で色んな作業が出来るリズールが持つべきだよ」
『……宜しいのですか?』
「いーのいーの。どうしても必要になったら、その時にまた言うから。ねっ?」
『分かりました。では、有難く頂戴します』
転移の指輪を受け取ったリズールは、左の親指へと嵌めた。
ほんのりと嬉しそうに指輪を眺める青髪のメイドを見てから、ナターシャは話し出す。
「よしっ、ここでやる事はこれくらいかな?」
『いえ、最後にもう一つだけ。魔法陣の機能の一つ、工房機能を起動しておきましょう』
「工房機能?」
「とはなんでありますか?」
首を傾げるナターシャと斬鬼丸。リズールは説明した。
簡単に言うと、なんと。
この秘密工房は進化するのだそうだ。
現在は魔力不足で寂れたレンガの家のような見た目だが、工房機能を起動すれば、建物が再構築され、立派な魔導工房に生まれ変わるとの事。
家の掃除や修復は大変だと思っていたので、とても有り難い。
『マイロード、使用しても宜しいでしょうか?』
「んー……良いよ!」
『ありがとうございます。では早速』
ナターシャは許可を得たリズールは、指輪を握りながら起動詠唱を行った。
『――“魔法陣起動”、“魔導工房再構築”』
すると、魔法陣の幾何学模様が大回転。
最初は銀色、次に金色、最後に虹色に輝いて、周囲全てを再構築し始めた。
灯りの乏しかった地下室は拡張され、発光する水晶の照明が白い壁を照らす、綺麗な研究室に変化。
最初からあった物はそのままに、様々な物が生成された。
端的に言うと、凄く綺麗な工房になった。
『これで再構築終了です』
一仕事終えたリズールは、指輪から手を離した。
ナターシャと斬鬼丸は、あまりの変化っぷりに驚いていた。
「す、凄いね……」
「魔法とは不可思議でありますなぁ」
『変わったのはここだけではありません。 起動術式への強制介入・改竄を行い、地上の住居部分はマイロード達が寛げるような空間に創り直しました』
「「おぉー……」」
リズールはとっても凄いなぁと思った二人だった。
これで本当にやる事は無くなったらしいので、ナターシャ達は地下室を出て、地上へと向かった。
この工房を使って何かを作るのは、また後日で良いだろう。
そして、綺麗になった地上の住居部分での話。
早速捜索に向かおう、と言いたい所なんだけど……
「……リズール、玄関の外の気配に気付いてる?」
『はい。一頭のオークが居ますね』
「む、敵でありますか?」
警戒を強める斬鬼丸。
しかし、オークは玄関の前で立ったまま、一向に動く気配は無い。
「……入ってこないね。何してるんだろ」
『分かりません。待ち伏せでしょうか?』
オークの意図が掴めない二人。
すると、斬鬼丸がこう発言した。
「では拙者が対応しましょうぞ。荒事はお任せあれ」
「……」
『……』
顔を見合わせる女子二人。
しかし他に方法は無いので、そのまま任せる事にした。
◇
斬鬼丸が玄関から出ると、ゼイゼイ、と息を荒げた一匹のオークが、武器を片手に待機していた。
オークは何も喋らなかったので、斬鬼丸は警戒しながらも問いかけた。
「……何用か。決闘が目的ならば喜んでその申し出を受けよう」
「ゼェ……ゼェ……、オマエハッ、コノ家ノ主カ……ッ?」
「答える義理は無い。まずは貴公の要件を言え」
剣の柄に手を掛ける斬鬼丸。
オークは額の汗を拭き、大きく深呼吸してから要件を話し始めた。
「分カッタ。実ハ……頼みたイ事ガアル。聞いテクレルカ?」
「申せ」
「感謝スル」
斬鬼丸の許可を得たオークは、突然その場に膝を付き、持っている武器を捨て、土下座をしながら懇願した。
「頼ム、騎士。俺ノ妹を救ッテクレ。ドウカ、頼ム……!」
「ふむ……」
困った斬鬼丸は、精霊念話でナターシャと会話した。
いくつかの議論をした結果、彼のお願いを聞いてあげる事にした。
だがナターシャは、いくら誠意を持った対応をされても、魔物である彼を完全に信用する事は出来なかった。
なので、
「……貴公の想い、しかと受け取った」
「オォ、デハ――」
「だが、信用は出来ない。故にこそ、武器を取れ」
「……分かっタ。戦士ノ矜持ニ掛ケテ、戦イで信念ヲ伝エヨウ」
斬鬼丸に最終判断を任せた。
オークも理解したのか、捨てた武器を再び持って、斬鬼丸と相対する。
斧を身体の前に構え、柄を力強く握っている。
相手がやる気を見せたのを見て、斬鬼丸は剣を抜く。
実力を確かめるような事はしない。相手の覚悟を全力で打ち破ってこその剣客だ。
「行くゾ……!」
「来い。手加減は不要」
「ウォォ――――――ッッ!!!!」
斧を横へ流し、オークが駆け込む。
強者を相手にしながらも滾り溢れる勇気、鬼気迫る表情を浮かべながらも相手を見据えて離さない目。
「妹ヨ、許セ! 我ガ命、此処デ散ラサズ何時散ラサン――――ッ!」
そして、最愛の妹の為に、己が意思を伝える為だけに命を投げ捨てる覚悟。
斬鬼丸はその全てを、しかと受け取った。
「天晴れであります。では――」
一呼吸置いてから、合わせるように突撃した斬鬼丸。
ドンッ、と一瞬で距離を詰め、オークの懐に侵入。
「――遅いッ」
「ナッ!?」
流れるように凶刃を滑らせる。
「フッ」
「グゥッ!?」
オークは眼下から襲い来る、死の剣線を辛うじて交わす。
「お見事ッ」
「――ッ!? ガハァァァァァ―――ッッ!!?」
しかし、返しの二撃目で袈裟斬られてしまった。
その場に崩れ落ちるオーク。本気の斬鬼丸を相手するには力不足だったらしい。
だが、オークの身体に裂傷は出来ていなかった。
「……グ、手ヲ抜いたカ、騎士ヨ」
右手で不思議そうに身体を触りながら、呟くオーク。
斬鬼丸は首を振り、理由を話す。
「否何、命を奪う殺人剣があるならば、命を救う活人剣があるのもまた道理。拙者はただ、両方を同時に使っただけでありますよ」
「何トイウ神業……騎士、オマエハ一体……」
剣を振り、鞘に仕舞った斬鬼丸は、ようやく名乗りを上げる。
「拙者は剣技の精霊、名は斬鬼丸。剣の頂の更に先、剣神を体現する存在であります」
実際はそうでは無いが、ナターシャが側に居ない状況と、ちょっとでも多くの信仰を手に入れたいという欲が、斬鬼丸にそう口走らせた。
「ソウダッタノカ……グッ……」
名乗りを聞き、悔しそうに地面に手を付くオーク。
そんな彼に対して、斬鬼丸は称賛の声を掛けた。
「卑下するべからず。拙者は、あの突進の中に貴公の信念を見た。己が命を捨ててでも妹を救いたいという、家族への深い愛情を。故に安心なされよ。拙者は貴公の妹を助けるであります」
「ハァッ……ハハ、そうカ。感謝スル斬鬼丸。アリ……ガ、トウ……」
相当ダメージが大きかったのか、オークはそのまま前のめりに倒れ込んで気絶した。
そこでようやくナターシャとリズールが工房から現れて、気絶したオークの治療をし始めた。
◇
目を覚ましたオークは、ナターシャとリズールを見てとても驚いた。
斬鬼丸はナターシャが自身の主である事を伝え、二人に危害を加えたら容赦はしないと警告した。
オークも了承し、これから一緒に来てほしい場所に居る者達にも徹底させる、と言った。
ふと疑問に思ったナターシャは尋ねる。
「何処に行くの?」
「ゴブリンノ隠れ里ダ。余りにも善良過ぎテ、仲間達カラ迫害さレたゴブリン達ガ住マウ、特殊な場所。俺ノ妹もソコデ匿ッテ貰ッテイル」
『少し気になったのですが、妹様は何故、私達に頼らざるを得ないほどに危険な状況なのですか?』
「分カッタ、少シ長くナルガ話ソウ。実ハ――――」
オークは、妹を救ってほしい理由を説明した。
曰く、彼とその妹は里長の子供。
そして、彼の妹はオークにしてはかなり特殊な存在で、絶対的な力の存在である里長の地位が揺らいでしまう程の影響力がある。
両親は当然、仲間の怒りを恐れて妹を山に捨てたが、彼は見捨てられなかった。
妹を洞窟で匿い、大きくなるまで育て上げたそうだ。
彼は元々小食だった事もあって、食料調達に困らなかったようだ。
しかし、平穏にも終わりが訪れた。
ついに里の仲間に見つかってしまったのだ。
話を聞いた里長は怒り狂い、妹を抹殺するべく部下を差し向けた。
彼は何とか妹を救うべく、共に里を抜け、妹をゴブリンの隠れ里に預けたが、いつ見つかるか分からない状況。
なので、他に道は無いと覚悟を決め、匿ってくれそうな人間を探し回っていたらしい。
ナターシャはいまいちピンと来なかったので、詳しく聞いていく。
「妹さんはどういう風に特殊なの?」
「実はナ、俺の妹ハ“先祖返り”を起コシテイテ、耳以外ハ人間ト同じ見タ目ナンダ」
『先祖返りですか……それは確かに、迫害されても仕方がありませんね』
「そうなの?」
こてん、と首を傾げるナターシャ。
リズールは解説した。
『はい。この方の妹様が先祖返りをしたという事は、里長の先祖が、何処かのタイミングで人間と交配したという事になります。力を尊ぶオーク族にとって、絶対の象徴である歴代の里長の中に、同じ種族のメスと子供を成せず、人と交配して子を残した里長が居た。それはとても恥ずべき事態です。事実をもみ消す為に、妹様を殺そうとするのも当然でしょう』
「へぇー……」
オーク達も意外と人間味があるんだなぁ……
まぁ、それはおいといて。
「じゃあ早速なんだけども、オークさん。私達が妹さんを匿うとして、どういう風に扱うべき?」
「ム、ソウカ、ソウダナ……」
オークは少し考えた後、一つ思いついたのか、話す。
「コレハ無理ヲ承知で言ウガ……出来るナラ、人ト同ジ世デ生きテイけるヨウニシテ欲シイ。タダソレダケガ願いダ」
「分かった。努力するよ」
「感謝スル」
ナターシャに頭を下げるオーク。礼儀正しい。
「ま、話はこれくらいにしよっか。ちょっと用事があるんだ」
「ソウナノカ?」
「如何にも。拙者達はゴブリン村の捜索クエストを請け負っているでありますからな」
『そうですね。これからゴブリンの隠れ里に向かうとすれば、それなりに時間が掛かると思われます。先に用事を済ませておいた方が得策でしょう』
「ソウカ、狩リノ途中ダッタノカ。迷惑ヲ掛ケルナ」
謝罪するオーク。律儀。
ナターシャはコクコクと頷きながら、出発を告げた。
「うんうん、良いって事よ。とりあえず近場のゴブリン村に行こうか」
『はい』
「御意」
立ち上がったナターシャは、未だに座ったままのオークに手を伸ばす。
「オークさんも来る?」
「……俺モ付イテ行ッテ良イノカ?」
「遠慮しなくても良いよ。妹さんの事で長い付き合いになるんだし」
「ソレモソウカ」
オークはまず、ナターシャの手を取る。
そして、無言で伸ばしてきた斬鬼丸の手も取って、立ち上がった。
地面を踏みしめて感慨深く、運命に感謝するように呟く。
「……勇気ヲ出シテ、人ト関ワッテミルモノダ」
「男は度胸でありますな」
「そーだね。じゃあしゅっぱーつ」
ナターシャの号令を受けて、4人は近場のゴブリン村へと向かい始める。
次の目的地は、ここから北西に進んだ場所だ。
やっぱこうしかないよな
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