169-閑話 その頃のクレフォリアちゃん
フミノキースの一等地に位置する高級宿街。
その中でも群を抜いて最上級と認識される宿、パクス・ケットシー。
和名は“猫妖精と和解せよ”。
外観こそ綺麗な一軒家にしか見えないが、国賓級の要人を安全に匿う為の魔術的な対策が施されていて、絢爛豪華な内装と共に、贅の限りを尽くした家具や鑑賞物が数多く設置されている。
そんな宿の宿泊客は現在3人。
その内2人、優し気ながらも威厳のある風格を持つ老人と、可憐な服に身を包んだ金髪の少女が暖炉の前で話し合っていた。
「お爺様ー……ユリスタシア男爵家の令嬢様に感謝を伝えたいので、外出の許可を頂けませんか?」
「クレフォリア、後1週間は待ちなさいと兵士に言われたじゃろう。エンシアに出した伝令がヘレンさんの軟禁を解除して、その通知がコチラに戻ってくるまでの我慢じゃ」
「そんなぁ……そんなに長いと私、寂しくて泣きだしてしまいそうです」
涙目になって、同情心を誘うクレフォリア。
彼女の祖父――エンシア王国国王、アルフォンス・エンシア・エイルダム・ヴィスタンブルド。
通称ユリウスⅢ世は、孫の涙を指で掬いながら慰める。
「おぉクレフォリア。ワシの可愛い孫よ。どうか泣かないでおくれ。これは苦肉の選択なのじゃよ。久々に重い決断を迫られて心労で死にそうじゃよ。どうしてこうなったんじゃ」
「それは私にも分かりません……。今はお母様が無事で居てくれる事を祈るばかりです」
「……そうじゃな。おいでクレフォリア。お詫びに抱きしめてあげよう」
「ありがとうございますお爺様」
クレフォリアは、大分恰幅の良い祖父にギュッと抱き締められて安心する。
だがしかし、まだ寂しいのか呟く。
「ナターシャ様……」
またあの時のように、寝食を共にしたい。ただ一緒に。
それはクレフォリアが初めて父に貰った、眩く光る宝石の指輪のような大切な感情で、未だ8歳の少女には難しくてよく分からない感情でもあった。
◇◆◇
祖父との会話を終えて、自室に戻ったクレフォリア。
天蓋付きのベッドに寝転がり、クッションを抱えてコロコロして愚痴る。
「やっぱり今日もお菓子を食べて、お茶を飲んで、お爺様とお婆様とボードゲームをする一日です……。うぅ、いつも通りのハズなのに物足りなく感じてしまいます……」
それだけナターシャとの旅が楽しかったのだろう。
「……ですが、ゲイルの忠義を決して忘れてはいけません。今の私は、彼の犠牲によって存在します。斬鬼丸様となって生まれ変わったといえ、一度死んだ身なのは間違い無いのですから……だから、私が喜んでは……」
クレフォリアは毎日、そう自分に言い聞かせている。
例え斬鬼丸に“私の分まで生きてくれ”と言われても、犠牲の上で幸せが成り立っている事を忘れてはいけないと。
……だが、それでも尚、クレフォリアは旅の楽しい思い出が忘れられないのだ。
ただ馬車に揺られ、仲間と共に暇な時間を楽しみながら進んだあの5日間を。
私の救世主である少女と共に歩めた日々を。
楽しむ権利は私には無いと知りながらも、ふと思い出して笑みを零してしまう。
だが啓蒙な信徒として、そんな自分を戒める。
それこそが、信徒として正しい事だと信じているから。
『正しくある事こそが、人が人であり続ける証拠よ』母ヘレンが何気なく言った言葉。
クレフォリアは、その言葉を心の奥底にまで染みつけている。
それだけクレフォリアとヘレンの仲は深いのだ。
今回の軟禁事件はまるで周到に仕込まれていたかのような手際だったが、それでもヘレンは娘の身を案じ、祖父祖母の居るスタッツまで秘密裏に送り出した。
……生憎、道中で盗賊に襲われてしまったが。一般人なら運が無かっただけで済むだろう。
しかし、クレフォリアに限っては違う。王族だ。
乗り合わせた乗客は全員クレフォリアの護衛だったし、武器も木箱に詰めたリンゴの中に隠ぺいしていた。
ここまで周到に準備をしていながらも、クレフォリア達が逃げられなかったのは何故か。
それは、最初からコチラの手の内が全て読まれていたからに過ぎない。
護衛の人数、戦闘時の編成、魔法使用者の有無。所持している武器。
更に、襲われた時の条件も悪かった。
街道の中央で転倒し、立ち往生した商人の荷馬車を退ける為、総出で動いた時点で勝負が決したのだろう。
盗賊達はタイミングを見計らったかのように襲い掛かり、まずは魔法を使える人間の喉を一突きして殺した。僅か一瞬の出来事だった。
体勢を立て直すのも束の間、盗賊は喜々として素手の護衛達に襲い掛かり――
「うぇっ」
思い出すのも嫌になるような光景が繰り広げられた。
たまたま重装備だったゲイルは、満身創痍になりながらも盗賊相手に大立ち回りをして、怒り狂った魔法使いに脚を撃ち抜かれ、激怒した盗賊団に集団でめった刺しにされた。
そこから先は伝えるまでも無いだろう。
クレフォリアは抵抗虚しく盗賊の魔法使いに奴隷にされて、反抗の目線を向けて殴られて、荷馬車に鎖で繋がれてすすり泣くしか無かった、というのがあの場面に至るまでのお話。
本当に、あの場面にナターシャが現れなければどうしようも無かったのだ。
王族としての地位を忘れたまま、一生奴隷として生きる事になっていただろう。
この世界の奴隷制度とは、文字通り重犯罪者の末路だ。
死刑よりも重い罪として課せられる。
何故なら、どれだけ狂暴な人間でも絶対服従させられるから。それが隷属魔法だ。
家畜同然の扱いを受けようと、従属の悪魔が彼の者を罪人と認めたから、どれだけ外道な扱いを受けようとも許される存在。それが奴隷。
これ以上の免罪符がこの世界に存在するだろうか。いや、絶対に無いだろう。
もしナターシャがあの時紋章を変えてくれなければ、クレフォリアは王家から追放され、本当に奴隷の身に落とされていた。
クレフォリアはどう足掻いても詰んでいたのだ。ナターシャと出会わなければ。
「……本当に素晴らしいお方です」
ナターシャという少女は。
ベッドの上で空を見つめ、改めて決意する。
「ナターシャ様。このクレフォリア、一生を掛けてお礼をさせて頂きます。例え何があろうともお助け致します」
例え、この世界に背く事になろうとも。
その時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。祖父祖母との歓談の時間らしい。
サンドイッチなどの軽い間食も取るようだ。
「少々お待ち下さい。すぐに向かいます」
クレフォリアはベッドから降りて、服に付いた埃を軽く払い、白っぽい肌のバトラーに導かれるままリビングへと向かった。
最近上手く話が進められないのでキレ気味に書きました(全ギレ)




