167 夕食時のプレゼンテーション
ナターシャはLINEで天使ちゃんの生存確認を行った後、すぐさま電話を掛けて情報を伝えた。
冒険者活動をする為に防具屋に行ったら、色々あって魔導書と魔導服を無料で貰える事になって、それはなんと大賢者からの贈り物だったんだよ! という衝撃の事実を話したが、両親は何故か『これも魔王への道のりなんだ!』と思考が繋がっていくので困惑するばかりである。
私、魔王にはなりません。
次の話題として、リズールが提案した新企業の立ち上げについて話し出すと、何やら兄が興味津々。
魔導書や魔導服にはあまり踏み込んでこなかったものの、その事については情報の開示を求めてグイグイ圧を掛けてきた。
事業計画書は見せられるけども、提案者は私じゃないので詳細な説明は出来ない旨を伝えると、ガレットを手伝うリズールに直接掛け合い始める。
「リズールさん。洗濯事業について詳しく聞きたいんですが、良いですか? 色々と勉強になるだろうし」
『良いですよ。今から夕食のホットパイを運びますので、その後で』
「分かりました」
全員が席に座って、食事を開始してから、兄と両親は詳しい説明を受ける事となった。
マルスの隣に座り、主からスマホを借り受けたリズールは、あくまでも初期案であり、ただの理想である事を念頭に置いた上でナターシャに語った今後の展望を説明した。
『――以上になります。実際は成長途中に模倣企業が現れるでしょうし、もしかしたらソチラでも既に存在するかもしれない、洗濯組合との小競り合いが発生するかと』
『あらあら……』
『では、その場合はどうすれば?』
「……」
『前者である模倣企業を牽制する為には価格競争を行うか、専門的な事業を増やして高級路線を目指すか。まぁ、出来るなら両方同時に進める方が良いでしょう。後は徹底的な宣伝戦略と市場解析ですね。如何に市民に寄り添えるかが鍵になります』
『まぁ』
『ふむ』
「……おぉ」
『後者の洗濯組合への対処法ですが、会合に集まる幹部衆を懐柔して、組合自体を内部に飲み込んでしまうのが一番正しい方法です。コチラで大々的に仕事を取りつつ、適度に振り分ける形で仕事の斡旋などを行っていけば好意的になってくれるでしょう。もし強硬派が居ても決して無碍にせず、他の店の発展の様子を知らしめ、私達と歩調を合わせれば美味しい思いをする事が多い、と時間を掛けて理解させればほぼ全員取り込めるだろう、と推測します』
『『おぉー……』』
「なるほど……」
兄や父は食事も忘れてメモに勤しんでいる。母はあらあらまぁまぁ、といった感じ。
ナターシャはホットパイの蓋を砕いて、のんびりと中身のシチューを堪能している。美味しい。
リズールは一旦話を打ち切って、今度は質疑に移る。
『以上が今後起こり得る危機ですが、何か質問はありますか?』
すると父のリターリスが一つの疑問を投げかけながら、エンシア王国の魔法事情を話してくれた。
『……しかし、そう簡単に魔法が盗まれる物なんですか? 新たな魔法を使うにはその現象に対する知識が必要だと言われていますし、魔法適正を手に入れるまでに挫折する人が多い影響で、エンシア一般市民の魔法適正所持率は未だ一割程なんですよ。だから、盗まれて模倣される心配はそんなに無いかと……』
リズールはその疑問に肯定しつつも、こう返した。
『確かに、その魔法がどういった効果を齎すか知らなければ使えませんね。ですが、何事も最悪の事態を想定して動くべきです。豪商などが財力に物を言わせて殴り込みに来た場合、対処法を考えている時間は殆どありませんから。彼らは、給料や待遇を餌にコチラの人材を引き抜きに掛かる可能性が高く、経営手腕もありますからとても危うい存在です。それを防ぐ為には職員同士の仲間意識を早い段階で生み出す事や、職員の不満を会社の利益を損なわない範囲で解消をするなどの業務改善も行わなくてはいけませんが……まだまだ先の事なので気にしなくても良いでしょう。現在は下準備の段階ですから』
『な、なるほど。そこまで考えておられたんですね……』
「すげー……」
危機予測に感心する父とマルス。
対してリズールは、リターリスの話した魔法適正所持率の低さに少し危惧したのか、領地の魔法事情を尋ねた。
『因みに、ユリスタシア領の……この世界での平均的な成人年齢である、15歳以上の魔法適正所持率を知りたいのですが、如何ほどですか? そして、魔法訓練の状況などは? 事前準備を行うに当たって、最低でも一人は欲しい所なのですが……』
リターリスは、困ったように頬を掻きながら返答する。
『えっと……100%です』
『……は? 何故そうなっているでしょうか?』
流石の情報にリズールも戸惑っている様子。
父は恥ずかしながらも事情を説明してくれた。
『まぁこれは、僕が散々魔法について研究した副産物から生まれたんですが……魔法を一から使えるようになるにはまず、体内に存在する魔力を認識しなければならない。これはどんな書物にも載っている基礎です。ですが、全く分からない物をどう認識するか。最新の見識では“魔力は水と同じ性質を持っている。全ての魔力は空気に非ず、覆水盆に返る特殊な水。身体の外に出れば気体となり、内に入れば液体となって溜まる。即ち我は水を貯める器なり”なんですが、僕は色々と考えていく内に“魔法で火や風を起こせるのに何故、魔力を水としか認識しないのだろう”、と思いつきまして』
『成程、それで?』
詳しく尋ねるリズール。目が真剣だ。
『あぁはい。なので、領地での魔法訓練で上手くいかない人を対象にして、魔力へのイメージを変えて貰ったんです。例えば“身体の中には炎が眠っていて、意識を籠めると強く燃え盛るような感覚で”とか、“魔力とは風。内外を巡る風の向きを操るように考えて”というような感じで。3日やっても掴めないなら、更に別のイメージに変える。そうやって魔力のイメージに幅を持たせてみたら、訓練に参加した全ての人が大体一か月で魔法を使えるようになりました』
『おぉ』
『因みに僕もその訓練方法を試してみたんですが……残念ながら使えるようにはなりませんでした。やっぱり僕には、魔法の才能がこれっぽっちも無いみたいです。ハハハ……』
最後の言葉は自虐が入っているが、それでも魔法を使おうと努力をした証なのだろう。
その言葉の重みを理解したリズールは嘲笑を込めずに、素直に称賛した。
『いえ、ご謙遜なさらず。魔法適正所持率100%達成はとても素晴らしい事ですよリターリス様。このリズールアージェント、感服いたしました。今後とも魔法の発展に尽力して下さい』
『あはは……頑張ります。では、話を戻しましょうか』
『はい。ではまずは、最初に選ぶべき領民の性格からですが――――』
二人は企業設立に向けた下準備についての話に戻し、父は事業計画書を再び熟読してから領民の選抜を行うと確約した。プレゼン成功だ。
計画書は既にアイテムボックスに入れてあるので、天使ちゃんにお願いして速達で届けて貰った。
とても嘆いていた。
『あぁなっちゃん、天使ちゃんが再び社会の歯車に組み込まれていく定めが見えるよ……仕事への辛みが深い……』
「それも最初の内だけだって。経営が軌道に乗ってきたら雑務から解放されるだろうし、時間にもお金にもいっぱい余裕が出来るよ。毎日美味しい料理を食べながら、好きなお酒を飲めるようになるかもよ?」
『ま、それもそうだね♪ 天使ちゃんも早く魔物料理を肴にビール飲みたい! 因みにリターリスさんいつ頃魔物狩りに行きますか?』
『そうですね……そろそろ森の生態調査の時期なので、その時にでも狩ってきますね』
『やったー!』
画面の向こうで大喜びする天使ちゃん。映像がブレる。
で、ある程度の情報交換は終えたので、全員でお別れしてから通話を終了した。
向こうではお父さん主導で、領地の新たな特産品探しを行っているようだ。
皆頑張ってるんだなぁ。俺も頑張らないと。でもどうしようか……あ、そうだ。
「ねぇお兄ちゃん。他にどんな生活魔法があれば皆が喜ぶかな?」
「ん? そうだな……」
メモの情報を分かりやすく纏めていたマルスは、ナターシャの問いかけに少し考えたのち、こう答えた。
「夏場でも食糧が長持ちする魔法が欲しいな。効果付与型で、長い詠唱が無くて、魔力消費の少ない魔法。それがあれば食品販売してる人達が助かるだろうし」
「なるほどー……」
じゃあ次の生活魔法は冷蔵庫で決まりだな。よし。
そう思っていると、マルスが生活魔法について言及する。
「しかし凄いよな生活魔法って。単語魔法なのに、内部には複雑な過程が含まれてるんだっけか。ナターシャ、そんなアイデア何処から湧いてくるんだ? 魔法の名前になった装置の知識は何処から?」
ナターシャは目を瞑って、ドヤりながら答える。
「ま、創れたのは私が天才だからかな。装置についてはリズールに聞いたけど」
実際に聞いたので嘘じゃない。なのでセーフ。
とても雑な返答だが、先ほどの説明会でリズールの凄さを理解していた兄はすんなりと納得したようだった。
「あーそっか。リズールさんならそれくらい知ってるよな。そういう魔法の創り方も。ナターシャが天才かどうかは兎も角」
「むー、私天才だもんっ」
「おーそうだなナターシャは天才天才……よし、これは後で復習しよう。まずは飯飯っと……」
マルスは情報を纏め終わると、ホットパイを食べ始めた。
それを見たナターシャは心の中で安堵して、食べ終わった食器の片付けを始める。
ふぅ、リズールを出しに使えば魔法創造の言い訳も楽だな。
……あれ? ウィスタリアまさかコレ狙ってたの?




