163 魔導書リズールアージェントの策
魔導書リズールを核に蠢く黒い魔力の影は、大まかに人の形を造り出すと、土魔法の物質生成、更に高位人形作製を開始。
指先、足先から、なまめかしく感じるほどの質感を持つ肢体をゆっくりと形作っていく。
最後に顔の造形を整えて地面に降り立ったリズールは、追加で創造したクラシカルなメイド服一式を着て、フード付きの黒いショールを羽織り、目深に被ったフードの隙間から、青く透き通る髪と紅宝玉のような瞳を覗かせた。
リズールは埃を払うように身体を見渡し、自身の精巧な出来に感心しながら、ナターシャに話しかけていく。
『大賢者ウィスタリアはこう言っていました。人にはどうしてもやる気が起きなくなる時があると。辛い状況に置かれ、それに慣れてしまうと状況の改善を行わなくなってしまうのが人間なのだと。人では無い私には分からない言葉ですが、そういう時こそ他人と積極的に関わりを持つ事で、辛い気持ちを共有し、同士と共に進むべき目標を立て、それに向かって邁進する事で人は新たな活力を得る事が出来る存在なのだとも、言っていました。ですので――――』
少し言葉を止めたリズールは、ベッドの傍に座り、そのまま布団の中に入り込んだ。
『こうするのが一番と判断しました』
「へ?」
何が起こったのか分からないナターシャは、驚いて間の抜けた声を出す。
先ほどリズールが語った内容も話半分にしか聞いていないので、状況を理解するべく後ろを向いた。
「…………へ?」
『おはようございます我が盟主』
そこには、地上に降り立った女神と見間違う程の美貌を持つ女性が添い寝していて、更に理解不能になったナターシャは尋ねる。
「だ、誰?」
『汝が従者、魔導書リズールアージェントに御座います。大賢者ウィスタリア曰く、ナターシャ様は女性に好意を向けられるのが好きとお聞きしています。ですので、こうして惰眠を貪る状況を共有すれば、ナターシャ様の活力上昇に繋がると推測しました』
「マジでリズール?」
『本当です』
「マジか……」
困ったナターシャは両手で顔を隠す。
指の隙間からチラッと見ると、目の前には微笑む青髪の美少女。
見た目年齢的には18歳前後。横になってるせいでフードが垂れて、片目が隠れてるのが色っぽいし、見えてる紅い瞳が宝石みたいに光ってて凄い。語彙力無くなる。
現実をしっかり理解した所で指を閉じ、考え事に耽る。
とりあえず、これからリズールに対してどう接すれば良いのか。そんな思考。
暫しの間膠着状態が続いたが、変化しない状況に焦れたリズールが動いた。
ナターシャの手を取り、距離を詰めて顔を覗いてくる。
『我が盟主?』
「な、なぁに?」
しかし、初心なナターシャにも多少は免疫が出来ていたようだ。
相変わらず奥手気味ではあるが、普通に返答出来た。
対するリズールは上目遣いのまま、問いかける。
『一緒に魔法を創りませんか? 一つ出来る度にご褒美を差し上げますよ?』
「……う、うん」
とりあえず頷いたナターシャ。
ご褒美を出す、とまで言われれば拒否する理由も無い。
先に出たリズールの手を借りながらベッドから降り、服を着て、アイテムボックスを起動。
日記帳と鉛筆を机に置き、銀縁眼鏡を掛けて椅子に座る。
これが魔法を考える時の基本スタイルだ。
ナターシャは鉛筆を手に取ると、まずはくるくると回して思考を始める。
その隣にはメイド姿のリズールが待機していて、体内から取り出した本体を開いて制止中だ。
「まずは……」
『テント魔法の改造ですね』
「そうそれ。えっと詠唱はー……」
そこでようやく日記帳を開き、テント魔法の詠唱を記述。
“仮初の天幕よ、この場に帆を張り、地に根付け 仮寝床”。
これを改造していく訳だ。
「まず……このテント魔法とは?」
ナターシャがそう呟くと、リズールが解説を入れる。
『この魔法は文字通り、テントを生成する魔法です。テント自体は木の骨組み・カバー・抑えの鉄杭程度の簡易的な物ですが、内蔵物である毛布や、外部からの物品はテントの一部として認識されます。そして、魔法適正が上昇するとテントのサイズと毛布の量が増えます』
「なるほど? 収納魔法にもなるんだね」
『はい。ですが、現在の詠唱には収納制限が掛かっています。テントの一部として認識される物は“寝具・調理器具・照明器具”のみ。その他の物品は収納出来ません』
「限定されてるのが辛いね。特に食べ物運べないのが性能的に痛い」
『その通りです。現行の魔法は便利に見えて、重い制限が掛かっている物が多いのです。ナターシャ様には、それを打破する強力な詠唱を創って頂きたい、と大賢者ウィスタリアは言っていました』
「期待されてるねぇ。困った困ったー……」
鉛筆をくるりと一回転させたナターシャは、テント魔法に欲しい機能を考える。
まずは寒さを凌げる温かさ。
さっきベッドの中で考えたように、冬でもあったかぽかぽかしたい。
次は食料の運搬機能。
ナマモノは無理にしても、せめて保存食くらいは収納して運べるようにしたい。
最後に利便性。
両方の機能を保ちつつ、移動を前提に造られた物。
なら……テントの代わりに、遊牧民の住居を指定するのがベストか。
どんな名前だっけ……
ナターシャはスマホで参考資料を探し、〇ikiを読んで理解。
……現代の遊牧民の家メッチャ凄いな。IT化の波来てるじゃん。
まぁそういうのは置いといて詠唱は……
思いついた詠唱を日記に記載する。
“仮初の天幕、氷獄を凌げし安息の穹廬”
これが基本の詠唱。
一応テント枠から仮住居枠に変わっただろうし、食料運搬は出来るかも?
「ま、そこら辺は気にしなくて良いや」
食料まで収納出来るのはチート過ぎるし。
冬場でも暖を取れるだけで充分だろ。
「じゃあ後の詠唱はー……あっ」
その場の思い付きでベッドと食糧庫についての詠唱を追加し、召喚方法も記載。
“柔軟で大いなる寝具と寝台、食糧秘めたる明光の蔵をその身に宿し、遠き空の彼方より降臨せよ”
「よし出来た。ねぇリズール。これで良いかな?」
書き終わったナターシャは、隣に居るリズールに尋ねた。
日記帳に書かれた詠唱を読んだリズールは、一言。
『二つ名が欲しいですね』
やっぱ要るのか二つ名。
「んー……じゃあ適当に“仮寝床”で」
新詠唱の下部に、二つ名と読みを記載するナターシャ。
リズールも肯定するように微笑み、右手の人指し指を万年筆に作り替えると、本体に記入し始めた。
『新魔法が一つ出来ましたね。私の内部にも記載しておきます』
「りょーかい。忘れた時教えて」
『お任せを』
「じゃあ次は、洞窟内とかの狭くて暗い場所を想定した召喚方法ーっと……」
“この大地により顕出し、周囲を灯して平穏の地帯を創り為せ”
上記の詠唱もサクッと創り、日記帳に記載。リズールも続いて手記を行った。
ナターシャは創った詠唱を見ながら、従者に思った事を聞く。
「……夜中の事とか考えたら、洞窟用の詠唱を常用する事になりそうだね。冒険者ギルドに売るのはコッチだけで良いかな?」
『ソチラだけでも問題は無いかと。ですが、ある程度簡略化を行った上で持ち込んだ方が販売額が上昇すると推測しました。ですので、簡略版は私が別途作成しておきましょう。後々ナターシャ様が書き写して頂ければ、魔法として世界に刻まれるハズですのでご安心を』
「おぉ、ありがとう。凄いねリズールは」
『恐れ多きお言葉を賜りました。魔導書リズールアージェント、お役に立てて感謝感激です』
左手で本を持ったまま、軽く会釈するリズール。
美人のゴーレム体に惑わされがちだが、本体が魔導書という事を忘れてはいけないな。
右手で軽く髪を掻き上げる隣の従者を見ながら、そう思う。
ナターシャは微笑んでから前を向き、再び鉛筆を持って、新たな魔法を創る事に決めた。
「じゃあ次はー……後回しにしてた鑑定魔法も創っちゃおうか」
『宜しいかと。情報は必要ですか?』
「うん。精神鑑定の詠唱って知ってる?」
『残念ですが詠唱は載っていません。精神鑑定魔法がどういう魔法か、という情報は記載されています』
「そ、そっかー……他に似た感じの詠唱ってある?」
『はい。そしてですが、鑑定魔法なら既に存在します。“万物の図書に記されし情報より、目の前にある物の情報を開示せよ。鑑定”という詠唱です。神が鑑定スキルを制定する際、根底と定めた詠唱を統一言語訳した物です。遥か昔にとある旅人が、この世界で見た物事を煌びやかな絵や文で纏め、出版した“万物大辞典”という書物を発想元に造られた魔法で、600年近くの間、一切形を変えずに利用され続けています。現在では、鑑定士見習いが鑑定スキルを得る為の訓練に用意られています』
もうあるんだ鑑定魔法……
「じゃあそれを改造して、詳細鑑定でも創っちゃうかな?」
『えぇ。頑張りましょう』
ナターシャとリズールは、鑑定魔法の改造に取り掛かる。




