154 1st.魔道大図書館、管理区画。
螺旋階段を降りてまず見えたのは、木の廊下。そして光る石を使用した壁掛けランプ。
更に空調設備の代わりなのか、天井には緑色の宝石が埋め込まれていたり、空気を対流させる為のファンが回っていて、地下施設の風は螺旋階段を目がけて吹き上がっている。ここ排気口の一つなのか。
周囲を見渡すと、どうやらこの螺旋階段は十字路の中央に陣取っているらしく、何処を見ても同じ景色にしか見えない。どの道の先も曲がり角ばかりだ。人っ子一人居ない。
「ここって倉庫ですか?」
ナターシャの問いに、スウィン館長は困った笑みを浮かべながら返答した。
「……まぁ、そうさ。一般公開出来ない書物や、預かり物の魔導書なんかを保管している場所だよ」
「へぇー……」
関心の声を上げるナターシャ。館長は安堵して肩の力を抜く。
(本当は魔導書以外の物品も管理したりしているのだが、それを気安く口にする訳にはいかない。
まぁその事業も、30年前に最後の品が納められたきり、パタリと止んでしまったのだが。
ついでに、偶然地下に発生してしまったタワーダンジョンの最上部を制圧・改装して、ダンジョンコアを魔力源として利用し、空調設備の維持や、一部の魔導書・物品用に魔力溢れる空間を作製しているなど、口が裂けても言えない。もし情報が漏れると、あまりの危険性からこの街で暴動が起こってしまう。それだけは避けたい。
……まぁ、この図書館に勤める者は、事の重大さをきちんとを理解している。図書館設立に関わった人間に出会わない限り、それらの情報が漏れる事は無いだろう。杞憂だ)
館長は思考を完結させ、ナターシャの手を引いて進む事に決めた。
「では進もうかナターシャくん。君の魔導書はこちらにある」
「はい」
二人はまず十字路を北に……説明が難しいが、螺旋階段の降り口の反対側にある廊下を進んでいく。
◇◆◇
地下にある管理区画は、タワー型ダンジョンの最上階を利用して造られているが、ではタワー型ダンジョンの最上階とは一体何か。
その答えは単純で、ボスフロア。
つまり、だだっ広いワンルームである。
部屋に付属しているのは、ボス討伐後に開く小部屋と、下層に繋がる階段。
ダンジョンコアは小部屋の方に存在していて、下層への階段前は、ボスフロア特有の強制閉じ込めを行う、異常な耐久性と恒久性を兼ね備えた扉で堅く閉ざされている。
その為、運悪く地下に発生したタワー型ダンジョンは最上階さえ制圧してしまえば、途方もないメリットのみを受ける事が出来る。
主な設備はというと、半永久的に使用でき、更には魔力の供給源にもなるダンジョンコア。
ボス討伐後の制約として、コアを回収しない限り絶対に開かない下層への扉。
コアの機能により、常に形状を維持し続けるボスフロアなど。
個人の冒険者などから見ればどうでも良いものだが、一定の規模を持つ組織からすれば、拠点や管理区域としてこれ以上に最適な物件は他に無いのである。
魔術学会はそんなダンジョンの最上階を数年がかりで改修し、当時の技術の粋を集め、地下倉庫へと作り替えたのだ。
内部は迷路のようになっていて、コアのある小部屋に近い程、管理(主に物品に施された封印機構の維持)に魔力を必要とする物品の保管場所が多い。
その保管場所群の中で、更にコアに近い場所を厳重管理区画と呼び、管理難度別にS〜SSSの3つのエリアに分けられている。
ナターシャと館長はそのエリア同士を繋ぐ廊下を進み、”管理区画SSS"という札の貼られた、木製の扉の前に既に立っている。
館長も中に入るのは久しぶりで、少し緊張するらしく、移動後のちょっとした休憩タイム中だ。
因みに管理難度とは、危険度の指標だけではなく、取り扱いの難しさも表している。構成素材が脆い、など。
管理委託業務が全盛期だった頃には、職員の間で“預かり物別、取り扱い説明書"という物が共有されていたのは言うまでもない。
「……さて。では中に入ろうか」
心構えが整った館長が、機嫌良さそうに呟く。
本当は、今でも緊張しているようだが。この区画はアクシデントが多過ぎて、あまり良い思い出が無い。
しかし、隣に居る少女にはそんな気持ちを艶程も感じさせないように振る舞っているのだ。
ナターシャはそういった感情にはとても敏感なので気付いているのだが、相手の覚悟を無碍にしないようにひとまずビビっておく。
内心、怖いのも事実だし。
「……ほ、本に襲われませんように」
「ハハハ大丈夫さ。大丈夫。さ、手を」
「は、はいっ」
館長は笑いながら手を伸ばし、ナターシャも再び手を取って、管理区画SSSに入場した。
◇◆◇
管理区画と銘打たれた地区は、主に二つの種類に分類される。
一つ。書庫。中二病持ちなら誰しもが過敏に反応する禁書が納められている地区。
内容は国の法律で禁止されている洗脳・精神操作や、死霊術、対軍規模の範囲魔法などが多いが、地域の精霊信仰を詳細に記述した結果、本が触媒となり、擬似精霊化してしまった物もある。
前者は兎も角、後者は何が起こるか分からない。
精霊の種類によっては、辺り一帯を焦土に変えてしまう物があったりする為、フ・マルタスコードのマスターキーでしか解除出来ない封印(能力制限、最悪の場合は永劫封印)が施されていたりする。館長に襲撃を仕掛けてくるのも、この種類の本が多い。
稀に管理区画を抜け出し、廊下を彷徨っている所を回収・再収容するのも図書館職員の役目だ。
そして、二つ目が管理委託倉庫。預かり物の保管庫だ。今回ナターシャ達が立ち入る、管理区画SSSもその一つ。
内部は一つ一つをしっかりと管理する為、物品の重要度によってコインロッカー的に管理されている物から、専用の個室に鎮座されている物まで数多ある。
そして、魔術学会での重要度(管理難度とも言う)の裁定は、物品の魔術的価値で決まる。
管理委託中に支払う金額で多少は上下するが、宝石が散りばめられた王冠よりも、著名な魔導士が暇つぶしに魔法を多重付与した道端の石ころの方が大事に管理されていたりする。
ここまで説明した部分では特に危険性が無さそうに感じるだろうが、ここに管理委託されるような品物とは一体どんな物なのか。
では先程の、例として挙げた石ころの事を説明しよう。
この道端の石ころには、合計55にも及ぶ付与魔法が施されている。強靭、超強靭、貫通、衝突破壊軽減、衝突破壊超軽減、飛距離増加、速度増加、瞬足……など、付与された魔法を挙げ始めるとキリが無いが、凡そ投擲武器としての利用を前提に造られた物だ。
そして、この石ころを適当に投げるとする。河原で石を拾って、そのまま投げ込む子供のように。
すると付与された魔法が、子供の魔力を強制的に消費して効果を発動させる。
まず言える事として、子供は魔力切れに陥り、その場に倒れ込むだろう。意識の復活には1週間も掛かるかもしれない。
次に、投げられた石ころはどうなるか。
石ころは空気抵抗の影響を極限まで受けないように調整してあるため、断熱圧縮の影響からその場で爆発したり、燃え尽きるような事はない。
ただ、速度は投擲からコンマ4秒で最高速に達し、マッハ8もの速度で宙を跳び、通過地点にある建物を衝撃波で破壊しながら、100km先の山に着弾。
山肌を大きくえぐり取り、巻き上げた土砂を周辺に雨あられのように降らして、ようやく停止する。
つまりどういう事かと言うと、『お前の投げた石ころで国がヤバい』という事である。
以上のように無茶苦茶で、理不尽な力を持つマジックアイテム群がこの管理区画に納められている。
基本的に触るとろくな目に合わない物ばかりだ。
因みに、その石ころの管理難度はSだ。現在は個室に封印され、そのまま埃を被っている。
製作者であり、管理委託者でもあるその魔導士は当然の結末として、魔術学会から厳重注意と1ヶ月の活動禁止処分を受けたが、仲間からは称賛を受けるという面白い状況になったりもした。
そして、ナターシャがこれから受け取る魔道書もそれらと同じ分類であり、触ると魔力を根こそぎ奪われるというとんでもない一品である。当然個室扱いだ。取り扱いの際には、魔力供給を遮断する専用の手袋を着用する事が義務付けられている。
ただ、それは適切な所有者では無いからこそ起きるのだ、魔道書の自己防衛反応である、と用品店の一家は言い張っている為、魔術学会としてもその真偽を確かめる機会が訪れた訳でもある。
館長のスウィンデイズもその情報を頭に入れては居るが、正直言って嘘だと思っている。ここのマジックアイテムにはロクな思い出が無いからだ。
(一時期、倉庫の整理の為に品物の大移動を行った事があるのだが……
職員が不意に触れて、魔力切れで倒れるなど日常茶飯事、倉庫外壁の破壊は数知れず。その当時、修繕費や、職員の治療費だけでも頭を抱える程だった。28歳の夏。ここに来ると、いつも思い出してしまう)
バレない程度に眉を潜める館長。
なので、このナターシャという少女が封印を解除し、魔道書に触った後、仮に魔力切れを起こして倒れるような事があるなら、全ての物品の管理難度をSSSに分類して未来永劫封印すると心に決めている。
熾天使の加護を持ってしても、扱える品物では無いという証明なのだから。
「……管理番号510、ここだね」
館長はナターシャと共に、”510"という札が掛けられた扉の前に止まった。ナターシャはおぉ、と感嘆の声を漏らす。
この中に件の魔道書が眠っているのか……
さっさと貰って、解除の言葉を唱えて、この厨二病装備から解放されよう。よし。
グッとガッツポーズするナターシャ。
「扉の鍵は、君の持つ鍵で開けられるようになっている。開けてくれるかな?」
「はい」
ナターシャは館長の指示に従ってミスリルの鍵を取り出し、扉を解錠して中に入っていく。
お久しブリーフ
ロマサガ2にハマり倒して、貴重な執筆時間を潰しまくった作者です。楽しかった(こなみ)
まぁとりあえず、ちゃんと続きを執筆していきます。はい。




