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147 リターリスが許可した理由と、フミノキースの西南西。

 ナターシャがアウラの手を引き、服屋へと向かった頃。

 テーブルに座って静かに紅茶を飲むガレットに、その近くに座ったエメリアが一つの疑問をぶつける。


「でも、リターリスさんは何でナターシャちゃんを冒険者として活動させたかったんですか? 危ないと思いますよ?」


「……まぁ、一般的にはそうですね。これは、ナターシャ個人の問題が絡むのですが……」


 ガレットは軽く口を湿らせた後、エメリアにリターリスの言葉を教える。


「“今回、エンシア王国の一件で自己防衛の重要さを身に染みて感じた。なのでガーベリアとも相談して、「村周辺に出没する魔物のランク程度」までなら活動しても良い事にしようと決めた。それに、家の子は強いからね。”……だそうです」


「……えっ、ナターシャちゃんエンシア王国で何かあったんですか?」


 ガレットは頷き、事情を説明。誘拐未遂の事だ。

 その事を聞いたエメリアも、ナターシャの冒険者活動に一定の理解を示す。


「……確かに。娘が誘拐されかけてるのに、何も対策しないのはおかしいですよね」


「えぇ、そうです。本当はもっと剣の修行をさせたかったようですが、今回に限っては時間がありませんでした。なので仕方なく、冒険者業という形を取った実戦稽古にしたようです。……それに、斬鬼丸がナターシャに付き従っている、というのも許可の理由に入るでしょうね」


「というと?」


 エメリアの問いかけに、ガレットは紅茶を飲んでから答える。


「……簡単な話で、娘を任せられる程強くて、娘にとても従順な剣士が常に一緒に居る、という事です。私がガーベリアの代わりなら、斬鬼丸はリターリスの代わりと言う事ですね。ナターシャの新たな剣の師匠ですよ」


「あ、成程。その例えで納得しました」


 ガレットの言葉でユリスタシア夫婦の考えを理解したエメリアは、人には色んな事情があるんだなぁと改めて思った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 はてさてそういうのはさておき、ナターシャ達は冒険者用の服が売っているというエリアに辿り着いたが……


「すごーい……」 「すごいですねぇー……」 「おぉ……」


 そこは、思わず語彙力が無くなるほどの武器・防具街。

 所狭しと両刃剣を並べ、まるでたたき売り状態になっているかと思えば、ショーウィンドウでは正しく鉄塊と名付けられる程の無骨な大剣を飾る店や、美麗な波紋を称える刀を国宝のように飾り付けている刀専門店。

 防具は男性向けとして、基本は動きやすく革の素材、しかし、見栄えが良くなるようにプレート部分に造形が施された軽鎧を着こんだマネキン、女性向けには同じ素材で、しかしドレスに見立てて創り上げたほぼ芸術品に近い物、そこから余分な部分を削ぎ落し、戦闘に特化した代わりに少し露出が多いタイプなど、幅広い物が販売されている。


 ……そして当然、魔物素材の物も沢山ある。魔物の牙、爪を謎技術で鉄材と接合したナイフ、明らかに石だろ、と言わんばかりの甲殻が革と合体している防具、色とりどりの鳥の羽根で作ったポンチョ。これは結構可愛い。


 個人的に気になったのは、漆黒のボロ布のような革で創られたマント。

 よく魔王とかが着てそうなアレがショーウィンドウに飾られている。お値段はビックリ価格の金貨6000枚。一生かかっても買える気がしない。でも…………

 ナターシャはつい心の赴くままショーウィンドウに手を当て、マントを物欲しそうに眺めてしまう。


「――――」


 その蒼い瞳は過去の栄光を思い出すように燦々と輝き、いつかこの装備を手に入れんと、心の裏に潜むもう一人の自分が囁くのだ……


「いつかはこの装飾品モノを我が手中に……」


「……ナターシャちゃんってそういうのが好みなんですか?」


「うぇっ!?」


 アウラに声を掛けられて我に返るナターシャ。

 とにかく言い繕う為、焦りながら返答する。


「……い、いえ! そんな事は無いですよ!? こんなのもあるんだー……って思っただけで!」


 アウラは、何故か焦っているナターシャに首を傾げながらも対応して言葉を返す。


「……まぁ確かに、魔王様っぽくてカッコいいと思います。でも、私はその隣の、天使様の羽根を催した翼が好きかなー……なんて」


 先輩の言う通り、漆黒マント(仮名)の隣には天使の翼(仮名)が飾られている。

 ……ちょっと待てこのショーウィンドウ光と闇が同居してるじゃねぇか! 頭がおかしくなって死にたいのか!? またしても驚愕するナターシャ。


 まぁそれは良い。百歩譲ってそれは良いんだ。それよりもだ。漆黒マントはまだ防寒具の躰を保ってるので兎も角、天使の翼ってお前、コレ防具なのか!? ふざけんな絶対違うだろ! 宴会芸で付けるアレ枠だろ! 値段金貨8000枚とかマジでふざけてるのか!


 ナターシャが脳内で光と闇のエンドレスバトルを繰り広げ始める中、アウラはまぁそれより、と話を戻して発言。


「子供用冒険者服売り場はもうちょっと先ですし、観光は程々にして先に進みましょうか」


「理解出来ん……何故だ……」 「……そうでありますな」


 主が自身の深層心理にディープダイビングを始めたので、斬鬼丸が代わりに返答する。

 アウラはじゃあ行きましょう!と告げ、歩いていく。斬鬼丸は不思議そうにナターシャを確認。


「何故天使の翼の方が値段が高いのだ……同格にすべきであろうに……」 


 色々なせめぎ合いで意識が過去に引っ張られ、黒歴史時代の思考でぶつぶつと不満そうに呟くナターシャ。

 斬鬼丸は致し方なし、と率先してナターシャの手を取り、アウラを先頭にして先に進む。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 道行く人は疎らだが、やはり久々の休日を過ごしている冒険者が1番多く、ショーウィンドウの商品を物欲しげに見ながらも、使いやすさや整備性など、実用性を重視した装備の人が殆どだ。アウラもそんな装備を着ている冒険者の一人である。


 ナターシャも歩いている内にようやく正気を取り戻したらしく、先ほどまでの自身の状況に頭を抱えている。

 ぐぅ……正気保ってたら大丈夫だと思ってたけど、中二っぽい服を見るとどうも衝動を抑えきれないらしい。これが時々右腕が疼く原因の一つか……ぐぅ……

 隠されていた力の秘密を理解するナターシャ。


 まぁそれは置いておいて、という感じにアウラは斬鬼丸の地図を見ながら進んでいて、目的地に着いた事を告げる。


「……あ、着きました。ここですね」


 斬鬼丸に手を繋いでもらっていたナターシャは、停止したアウラの視線の先を見る。

 そこは、ファンタジー界隈でよく見る一般的な冒険者服、それも実用性が高い革防具を主に扱う店だ。店構えも木造でとても渋い。

 店の玄関には“開店”の他に“初級冒険者用店:認定済”という看板が付いていて、隣のショーウィンドウには胴、脚、関節のサポーター各種を付けて、短剣とポーチを装備した理想の冒険者像のようなマネキンが設置されている。一式で銀貨8枚らしい。


「じゃあ入りましょうか」


「御意」 「はい」


 3人は玄関を開け、入店。

 店の中も外と同じく木組みで、店の左側は防具エリア。子供用サイズもある様子。

 中央には木製の物立てが置いてあり、木の盾や量産品のショートソードが立て掛けられている。

 左側はカウンターへと一直線に向かえる通路があり、アウラはそこを進んで店主に軽く挨拶。


「こんにちは」


「おういらっしゃい。何の用だい?」


 気前のいい店主で、スキンヘッド。服の上には赤茶色のエプロン。分厚い革製だ。

 何というか防具・武器屋のテンプレのような男だ。

 アウラは此処に来た用事を説明する。


「えっと、この、私の後ろに居る子用に、冒険者服を見繕って欲しいんですが、良いですか?」


「おっ、そうか。冒険者になりたいのかい嬢ちゃん」


 ナタ―シャは人見知りスキルを発動させ、斬鬼丸の後ろでコクコクと頷く。

 その様子に盛大に笑った店主は笑顔になって、カウンターから出動。近くでしゃがみ、笑顔で問いかける。


「お嬢ちゃん。予算は幾らだ? それによって変わるぞ?」


 ナターシャは無言でバッグを前に向け、金貨一枚を取り出す。


「……足りますか?」


 店主は金額の多さに驚いたが、まぁ俺に任せろ!良いのを見繕ってやる!と言ってナターシャの頭をぐしぐしと撫でる。

 ナターシャは多少乱暴ながらも、温かく優しい気持ちを感じる手の動きにされるがままに。

 そしてひとしきり子供を撫で、満足したらしい店主。今度はナターシャ色々と尋ね始める。


「……じゃ、まずは中に着る服だな。年齢は?」


「……7歳です。でも、もう少しで8歳になります」


「そうか。なら少し大きめの服にすべきだな……。コッチに付いてきな」


 店主はナターシャを手招きし、防具エリアへと導く。

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