115 三日目:森の中央まで駆け抜けろ! 前編
先手を打ってきたは右から突撃してきたハウリングウルフの一群。その数5頭。
部隊の進行方向を時計の12時として、3時の方角。つまり部隊の真横。
5頭流れるように跳躍し、冒険者の喉元を狙う。
「ガルルァッッ!!!」
しかし、冒険者も素人ではない。
隊の右翼を任されているオデルが既に斧を振りかぶっている。
「ハァァッ!!!」
力強く横薙ぎに振られた斧はまず先頭の狼を弾き飛ばし、残る狼を風圧で吹き飛ばす。
部隊が通り過ぎた後ろでは狼が地面に落ちる声が聞こえる。
『キャインッ!』
『キャンッ!』
オデルは斧の刃を触りながら悔しそうに呟く。
「斬撃が通らぬとは……おのれ風の加護め……!」
刃から手を放し、両手で柄を持ってグッと握りしめる。
しかし、息つく間もなく次の攻撃が来る。
「次は10時の方角でありますッ!」
「任せろッ! ベス! 手伝え!」
「おうよッ!」
ディビスの指示で隊の最後尾に居た冒険者が速度を上げ、一瞬で隣接。
左右対称に迎撃の構えを取る。
左前から襲い来る狼の総数は同じく5頭。
先ほどと同じように跳躍し、押し倒さんばかりに飛び掛かる。
「同じ手が2度通じるかよォッ! “風迅剣”ッ!」
「よいさァッ!」
二人の斬撃は突風を生み、狼を押し返して吹っ飛ばす。
傍から見ていたナターシャはすげー……と驚きの感情を漏らす。
『ギャインッ!』
吹き飛ばされた狼達はまたしても救出部隊の後方で落ちる悲鳴を上げ、しかしスグに立て直して後ろから追随する。
最後に襲い掛かるのは前方から走り込む群れ、数12頭。
先頭の3匹が飛び掛かり、残りは周囲を囲み込もうとする。
今度は隊長である親衛隊の兵士が左手に持つ剣を顔の前に構え、グッと握りしめて全力で一閃。
「ハァァァッ!!!」
襲い掛かる狼を3頭纏めて弾き飛ばし、左右に散らす。
部隊はそのまま中央突破。速度そのままに先へ進む。
抜き去られた狼達は後を追いながら、仲間に侵入者が来た事を告げる。
『ウオォーーーーーーンッ!!!』
『ワオオーーーーン!』
遠くに居る狼も反応して遠吠えを上げ、本格的な戦いが始まる事を部隊全員に知らしめる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ハッ!」
『キャインッ!』
時折襲い掛かる狼を撃退し、待ち構える群れは蹴散らして中央突破しながらタリスタンの元へ向かう部隊。
順調に進んでいるお陰で部隊の士気は高く、とても殺る気に満ち溢れた顔で走っている。
いわゆる鬼気迫る表情。
ナターシャも今までの道のりで2度バフを掛け直し、落ちた速度を元に戻しながら部隊の左方で駆ける。
「隊長! 後どれくらいで着くか分かるか!」
左方を警戒するディビスが叫ぶように問い掛ける。
隊長は“騎士の加護与えし精霊よ、我が戦友との距離を知らせよ!”と魔法を詠唱すると軽く計算、凡その時間を叩きだす。
なんだその魔法。ナターシャはそう思う。
「後10分だ! 残り6㎞!」
「分かった! オラァッ!」
ディビスは飛び掛かる狼を剣で弾き飛ばしながら了承。
「クッソォ、何て堅さだ……! 風の加護受けてるからなんてレベルじゃねぇぞ……!」
そして少し刃こぼれした自身の剣を見ながら忌々しく呟く。
オデルも頷いてディビスに話しかける。
「ディビスもそう思うか! 我々が全力で斬り込んでも弾かれる程の堅さだ! 何かおかしい!」
「ただその何かは分からないって事か!」
「そうだ! すまぬ!」
「気にすんな! ……退けェッ!」
飛び掛かってきた狼がディビスの斬撃で再び宙を舞う。
『キャウンッ!』
しかし斬撃での裂傷は一つも無く、むしろ地面に叩きつけられている事の方がダメージになっている様子。
そのまま迎撃、強行突破を繰り返して凡そ5分程走った所。
遂に新たな動きが起きる。
ナターシャのレーダーの後方に速度を上げて走る無数の狼が映り、隊列を整えて左右に散開し始めて……ってこれヤバい奴ゥゥゥ!!!
(斬鬼丸ヤバい! 狼達挟撃するつもりっぽいよ! 後ろの群れが二手に分かれて速度上げてる!)
『何と! 最早動きが正規軍の物でありますな! よく訓練された獣であります!』
ナターシャに対して軽くジョークを告げながら斬鬼丸は情報を流す。
「後方の狼の群れが左右二手に分かれ、速度上昇! このまま我々を挟み撃ちにするつもりであります!」
斬鬼丸の言う通り、数十頭ずつ左右に分かれた狼の群れが救出部隊を挟み込んで並走。
狼達は準備を整えた物から順に進路を救出部隊へと向け、陣形の左右から襲撃を仕掛ける。
鋒矢という陣形の弱点を的確に狙う攻撃。
救出部隊は非常に辛い状況に陥るが、各自が的確に狼の迎撃を行う事で何とか無事に進めている。
その攻撃を受けて隊長である親衛隊の兵士はグッと歯ぎしりしながら悔し気に呟く。
「クゥッ……何なんだこの狼共……ッ! 動きが的確過ぎる……ッ!」
ナターシャもそろそろ援護に入った方が良いのだろうか、どうしようか、とあたふたしている時に事件は起きた。
部隊の左方、一体の狼が進路を変えて走り込みディビスの太ももを狙って飛び込む。
しかし予測よりもディビスが早かったようで標的を逸れ、その後ろを走っていたナターシャの顔目掛けて狼の牙が迫る。
『ッ!? ナターシャ殿ッ!』
狼の襲撃が主に当たる事に気が付いた斬鬼丸が叫ぶ。
ナターシャは顔を左に向け、迫りくる狼の凶悪な顎に目を見開く。
狼の口はナターシャの首元に近付き、もう間に合わない――――
――そう思われた時。ナターシャの口が動く。
「“詠唱加速”」
聞き慣れない言葉を呟くナターシャ。
身体が一瞬青く光り、特に喉が強く光ってそのまま残光。
そしてその口から一拍程に圧縮された詠唱魔法が紡がれる。
「“古今東西の英雄よ――遥かなる鍛錬の結晶よ――純然たるその技力を我が肉体にて再現せよ――疑似英霊化・技巧”」
今度は身体が赤く光り、蒼い瞳の中に黄色い光が灯る。
ナターシャは即座にその場で上半身を左に捻って狼の噛みつきを回避。その瞬間隠匿魔法が切れる。
飛び掛かる狼を迎撃しようとしていた後ろの冒険者3人は、突然ナターシャが現れた事に驚く。
「「「なっ!?」」」
ナターシャはそのままトン、と飛んで身体を浮かせ、ベリーロール。胸の上を飛んでいく狼の様子を眺めながらアイテムボックスを圧縮詠唱。
「“万物に影響されぬ秘匿されし宝物庫よ――木製のロッドを我が右手に”」
右手付近にアイテムボックスの扉が開き、盗賊から奪ったロッドが射出される。
ナターシャはタイミング良く掴んで受け取り、身体の上を滑らせて両手で持ち、身体が回転する勢いを乗せて狼をぶん殴る。
通常ならば大したダメージにもならない攻撃。しかしナターシャに宿る技巧は1の打撃を100倍の威力に変える。
ロッドが狼にヒットする瞬間、ナターシャはギュッと腋を閉じる。
更に当たった瞬間に両腕の筋肉を堅く硬直させる事で、一般少女のぶん殴りは中国武術でいう所の寸勁のような攻撃へと変化。
7歳少女の肉体全てを使った威力、その衝撃はヒットの瞬間に倍増され、狼の内臓に強いダメージを与えながら遥か上方へと吹っ飛ばす。
『ギャワンッ!?』
その飛距離は冒険者二人分もの高さ。
飛ばされた衝撃でグルグルと横回転する狼は、異世界での走り高跳びの記録を塗り替えた。
ナターシャは背中から倒れようとする身体を更に後ろに捻る事でそのままバタフライツイスト。
若干前傾姿勢ながらも立て直し、左足から地面に付け、次の右足を力強く踏みしめて再び走り出す。
打ち上げられたハウリングウルフは数秒後ドシャァ、と墜落して地面を滑り、数匹の仲間に見守られながら気絶。
置いて行かれる数匹の狼をレーダーで見届けたナターシャはふぅ、と一息をつく。
襲ってきていた狼達にも流石に動揺が走り、一瞬襲撃の手が止まる。
ナターシャはその瞬間を逃さず、よっ、と声を出して高く跳躍。
斬鬼丸の左肩に飛び乗って後ろ向きに座り、冒険者達にご挨拶。
「やっほー。私、斬鬼丸の主のナターシャですっ」
「「何で幼女がこんな所に居るんだーーーーーーッ!?」」
斬鬼丸の後ろに居る冒険者3人が同じ言葉を叫び、何事かと斬鬼丸を見たディビスが最近見慣れた顔を見て驚愕する。
「おまっ、ナターシャ!? どうやって着いて来た!?」
「ダッシュで来た。ふふん、私の魔法に掛かればこれ位余裕って事よ」
「ふむ、折角隠していたのにバレてしまったでありますな……」
ディビスは混乱しかけるが、何故居るかという思考を一旦放棄して狼を見る事に決める。
斬鬼丸は左肩に乗った主が座りやすいよう、お尻に左腕を添えている。
ナターシャはロッドを両手で持ちながら目を瞑り、いつも通り喋る。
「まぁこんだけ引っ切り無しに襲われれば何れバレるって。それがたまたま今だっただけ。怪我もして無いし大丈夫でしょ」
「そうでありますが……」
軽く雑談する二人。
その間狼が空気を読むなんて事は無く、未だ動揺の残る救出部隊に向かって容赦なく襲い掛かる。
冒険者達も突然起こった事件については一旦忘れ、迎撃の為に各々の武器で斬り込んで狼を弾き飛ばす。
『ガルルッ!!』
そして一頭のハウリングウルフが仇を取らんばかりにナターシャを狙い、高く飛び掛かる。
しかしナターシャのロッドによる物理攻撃で左側頭部に的確な衝撃を受け、脳震盪を起こして地面に沈む。
地面に落ち、ゴロゴロと転がる狼とそれを見守りに行く数頭がレーダーから消える。最早ギャグの領域だ。
ナターシャのせいで若干混乱に陥っている隊を元に戻す為、先頭を走る隊長が部下に向けて叫ぶ。
「も、森中央まであと少しだッ! 余計な事は考えずにただ突っ切れェェーーーッ!」
「「オオオオォォーーーーーッ!!」」
部隊全員が同意するように叫び、そのまま雄叫びを上げながら速度を上げる。
ナターシャも元気よく叫び、喉を云わせて咳込む。
「うおぉーーーお゛ぉッ゛……!? ゲホッ、ケホッ……」
「慣れない事はしない方が良いであります」
「だね……ケホッ……」
斬鬼丸に注意され、ナターシャは咳のせいで喉の光が消えるのを感じつつ前を向く。




