109 三日目:不吉な予兆
日も落ちてきて、森もそろそろ出口と言った所。
ナターシャはスマホを弄りながら灯り魔法を考えだし、次はお風呂魔法を創ろうと天使ちゃんに相談する手前辺り。
灯り魔法はとっても簡単。“浮かべや蛍、眩き光よ。灯”である。略して蛍光灯。
名称的にある意味前世の記憶なのでこれもチートの一種なのかもしれない。
……あぁ、スマホを弄っている理由?
なんかね、前の馬車と後ろの馬車から出てる魔力のせいで魔物が寄ってこないから。
たまーに街道近くに魔物が居るんだけど、馬車から出てる魔力を察知すると一目散に逃げていくの。
なんでだろうね。魔物については良く知らないから分かんないや。
因みにマイヴィジョンでは夏場冷蔵庫から漏れる冷気みたいな感じで馬車から魔力が溢れてます。
まぁそんな感じで、ナターシャはクレフォリアに膝枕されながらスマホを弄っている。
入場前と比べてとっても緩やかな気持ち。護衛の冒険者さんも心なしか気持ちが楽そう。
スマホ内で天使ちゃんとどうでもいい掛け合いをしながら遊んでいると突然、停止の号令が叫ばれる。
「……馬車列! 止まれー!」
前方の馬車でアーデルハイドさんが叫び、後方の馬車もそれを聞いて停止!と御者の人達が叫んで止まる。
またなんか魔物でも出たのかな。ナターシャは気になって頭を上げ……あっクレフォリアちゃん抑え込まないで……『どいちゃダメです~!』じゃなくてね……?
可愛い攻防が始まるナターシャとクレフォリアは一度置いといて、少しだけ時間を戻す。
そして視点をナターシャからアーデルハイドへと移す。
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ヨステス村に進む馬車列。その一番前の馬車。
御者台に座るアーデルハイドが索敵魔法を使い、街道に入り込もうとする魔物を監視している。
ナターシャの魔法とは違い、障害物無視は半径60mまでしか不可能。
それ以上はどうしても魔力の広がりが悪く、察知が難しくなる。
しかし、だからと言って察知が出来ない訳では無い。アーデルハイドが広げる魔力に触れたならば5秒程は視界に映る。それも最長3㎞。
冒険者ギルドの魔法訓練室を任されるだけの魔法適正も魔力も十分に持っているのだ。
真面目な話、ナターシャのような頭おかしい量の魔力保持者が察知魔法を使う結果ヤバくなるだけでこれが本来普通なのである。
アーデルハイドは周囲を見回し、警戒しながら考える。
……今の所は何も無し。
お昼頃に危機こそあったが、斬鬼丸さんが居るなら同じ状況に陥っても対処が可能。
我々が常に護衛する側だと思っていましたが……ナターシャさん。あの子は想像以上に才能を持ち合わせているのかもしれませんね……
そして視線を前に移し、アーデルハイドは気付く。
道の先、街道の淵の茂みから装備を整えた兵士らしき人間がふらふらと出てきて街道に倒れ込む。
「……ッ!」
一体何事か。あの装備からして、正規兵の類。
しかもエンシア騎士団の物ではなく、この近辺の領主直属の兵士。
見た目はボロボロ、察知魔法で見える限り魔力も消費しきっている。戦闘でも行っていたのか。
アーデルハイドは倒れた兵士に馬車がある程度近付いてから御者達に指示。
「馬車列! 止まれー!」
大声で停止の号令を叫び、後ろに連なる馬車を停止させる。
停止後、アーデルハイドは馬車を飛び降り、急いで倒れた兵士の元へと急ぐ。
早急に治癒魔法を掛け、あの兵士を助けなければ……!
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……まぁそういう事があった中、ナターシャとクレフォリアはイチャイチャと争っている。
「動いちゃだめですっ! ナターシャ様はもっと休まれた方が良いんですっ!」
頭を上げようとするナターシャを少女なパワーで自身の膝の上に押しとどめるクレフォリア。
ナターシャも同じ少女パワーで抵抗する。
「違うからーちょっと前の様子見たいだけだからー! お願いだから見せてー!」
「嫌ですっ! もっと私に膝枕させて下さいっ!」
「後でいっぱいさせてあげるからー!」
「ダメですー!」
少女二人の間で暴れる子犬を撫で倒すような激しい争いが繰り広げられる。
本人達は至って真面目なのだが、傍から見ればとても可愛い。
ガレットも斬鬼丸もその様子を眺めて和んでいる様子。
馬車の外では冒険者が降りて再び防衛に入り、前の馬車の2名程の冒険者がアーデルハイドの後ろに続いて街道の先に倒れる兵士に駆けつける。
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冒険者に駆け寄ったアーデルハイド含む3名。
先頭のアーデルハイドが意識を確かめる為に肩を叩いて呼びかける。
「もし! 大丈夫ですか! 大丈夫ですか!」
しかし返事は無く、気絶している様子。
確認を終えたアーデルハイドは的確に冒険者に指示を飛ばす。
「冒険者さん! この方を前の馬車に乗せて下さい! そこで治癒魔法を掛けます!」
「応!」 「了解!」
冒険者は倒れている兵士に近付き、脇と脚を持って持ち上げる。
そのまま三人は駆け足で馬車まで戻り、馬車に乗せてアーデルハイドが治癒魔法を掛ける。
「“我が主よ、此処に大いなる癒しの力を束ね、この者の傷を癒し給え。上級回復”」
アーデルハイドの手から緑の波長が放たれ、ボロボロになっている兵士の細かな傷や痛みが和らげられていく。
しかし兵士が意識を取り戻す事は無い。復活するにはもう少しだけ時間が掛かる。
ひとまずだ。怪我の手当てを終えたアーデルハイドは再出発の指示を出す。
「馬車を出します! 準備!」
声を聞き、的確に行動する冒険者。
護衛を残して全員馬車に乗り込み、一番後ろから出発可能の声が掛けられる。
「了解! 出発します!」
アーデルハイドが出発の号令を掛けて前の馬車が動き出す。
それに続きナターシャの乗る馬車、一番後ろの馬車も動く。
僅かな時間で物事の対処を終え、ヨステスに向かって街道を進み始める馬車列。
ボロボロの兵士は冒険者に任せてアーデルハイドは再び御者台に座り、察知魔法を展開する。
そして、チラリと後ろの兵士を見て険しい顔をする。
……この兵士に何が起こったのかは分からないが、何か悪い出来事がこの近辺で起こったのは確か。
せめて、ヨステス村が無事ならば良いのですが……
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……クレフォリアちゃんが俺を抑え込んでいる内に馬車が動き出してしまった。
馬車の中、ナターシャは突然起こった出来事を見たかったのに何も見せて貰えなかった事に怒って頬を膨らませながらも膝枕をして貰っている。
「ナターシャ様はもう暫くこうしておくべきなんですっ。酷い物を見た時は療養するのが一番ですっ」
そう言いながらナターシャの頭を撫で梳かすクレフォリア。
ナターシャもクレフォリアがクレフォリアなりに俺を気遣ってくれているのは分かっているので無言で受け続ける。
何も発言しないのはせめてもの抗議だ。……あっ、でもクレフォリアちゃんに撫でられるのとっても気持ちい……いや駄目だ負けるな俺。即落ちはしちゃダメだ。
数秒ごとに負けそうになる心を強く持ち、頬を膨らませるのを継続させながら心地よい感触を堪能する。
……馬車は森を抜け、再び平原に入る。
日は傾き、そろそろ地平の向こうに足を着く時間帯。
平原に伸びる街道の先には農村らしき村が見える。
あの村がヨステス村。今日ナターシャ達が宿泊する予定の村。
しかし村の広場には沢山の松明が建てられていて、村の入口に立つ数名の村人もお手製の小さな松明を手に持っている。
その異様な状況に、何か不吉な予感を感じるアーデルハイド。
一体、何が起こっているのだろうか。
アーデルハイドを含む、村の様子が分かる面々の、様々な思惑を他所に馬車は進む。
馬車列はゆっくりとヨステス村に近づき、そのまま到着。
そのまま、不安そうな表情を浮かべた村人の出迎えを受ける。




