表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【カクヨムコンテスト11 中間選考突破】 累計336万8千PV 僕の戦国時代  作者: 虫松
新選組列伝ー誠の残響ー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

340/341

外伝【松永久秀の下剋上物語 フクロウと言われた男】


挿絵(By みてみん)


松永(まつなが ひさひで )

出身: 不明(諸説あり)。 阿波、山城、あるいは摂津の商人出身とも言われる。

国: 大和国(現在の奈良県)。

特徴:フクロウの如き男、闇夜に潜み、冷徹な観察眼で獲物を狙う。

活動: 三好政権の確立、主君・三好長慶の片腕として、卓越した行政・軍事能力を発揮。

足利義輝を討ち、室町幕府を実質的に解体。歴史に「悪名」を刻み込む。



【序章 名もなきふくろうの誕生】


天文の乱世、畿内の戦場に転がる死体には名前がない。泥にまみれ、腹を割かれた雑兵たちにとって、「忠義」とは腹を膨らませてくれる握り飯よりも価値のない幻想だった。


その男もまた、その中の一人であった。後に松永久秀と名乗る男は、戦場を徘徊する剥ぎ取り屋のような存在から這い上がった。出自は不明。阿波の土豪とも、山城の商人とも言われたが、その正体は本人すら興味がない。


「名前がない者は、裏切っても責められぬ。失う名誉がないからな」


久秀は、自分を拾い上げた三好家の重臣たちの前で、冷徹な瞳を光らせてそう嘯いた。当時の畿内の覇者・三好長慶は、この若者の目に宿る「底なしの渇き」を見抜き、彼を右筆(書記官)として取り立てた。


長慶は久秀の才を愛した。だが、それ以上に恐れた。


久秀は既存の秩序を信じない。武士が命よりも重んじる「家名」や「恩顧」といった概念が、彼の中ではただの計算式に置き換わっていたからだ。



【第二幕 影の階段と小さな裏切り】


三好政権が盤石になるにつれ、久秀の権勢は増していった。彼は軍略よりも、むしろ数字と交渉、そして「毒」で敵を制した。複雑怪奇な畿内の国衆をまとめ上げ、寺社勢力と渡り合い、主君・長慶の夢見た「三好の天下」を実務面で支え続けた。


しかし、組織が巨大化すれば、功績は主君のものとなり、泥を被るのは常に「外様」である久秀だった。


「久秀、此度の不手際、其方が責を負え」


一族の不祥事さえ久秀のせいにされる日々。彼は悟った。


どれほど忠義を尽くそうと、血筋のない自分は「使い捨ての駒」に過ぎない。


ある夜、久秀は敵対する細川軍の密使と密会した。彼は三好軍の陣立てを一部漏らし、引き換えに自分に繋がる国衆の安堵を約束させた。これは組織に対する明確な裏切りであった。だが、久秀の心に罪悪感はない。


「信用とは、互いに首に縄をかけ合った状態でしか成立せぬ」


彼は、自分を切り捨てようとする三好家の中で生き残るための「生存戦略」として、裏切りを呼吸のように使い始めたのである。



【第三幕 永禄の変 「極悪人」という名の称号】


永禄八年(1565年)、京都。

久秀は人生最大の賭けに出た。室町幕府第十三代将軍・足利義輝の暗殺である。


義輝は「剣豪将軍」の名に恥じぬ誇り高い男だった。彼は朽ちゆく幕府の権威を、その剣技と高潔さで繋ぎ止めようとしていた。久秀にとって、義輝は「古き良き、だが実のない幻想」の象徴だった。


二条御所に火が放たれる。義輝は愛刀を畳に突き立て、襲い来る兵たちをなぎ倒した。その壮絶な最期を、久秀は冷めた目で見つめていた。


「これで、わしは『将軍殺し』として歴史に刻まれる」


世間は久秀を「希代の梟雄」「三好を操る悪鬼」と罵った。


だが、久秀の胸に去来したのは奇妙な充足感だった。


これまで「名もなき影」として主君に尽くしてきた男が、初めて自らの意思で歴史の歯車を破壊したのだ。


「悪名であれ何であれ、ようやく俺は『松永久秀』という名前を手に入れたのだ」



【第四幕 二人の怪物、信長との対峙】


三好長慶が没し、混迷を極める畿内に、尾張から新たな怪物が現れた。織田信長である。


久秀と信長の対面は、静かな衝撃を孕んでいた。

信長は、将軍を殺し、主家を乗っ取らんとする久秀を咎めるどころか、爆笑して迎え入れた。


「この老人は、誰もができぬことを三つも成し遂げた。主君の暗殺、将軍の殺害、そして大仏殿の焼失だ」


信長もまた、既存の価値観を破壊する「異物」だった。

しかし、久秀は信長を見て戦慄した。


信長は裏切らなくても、その圧倒的な力で上へ行ける男だ。

一方の自分は、裏切らなければ立っていられない弱者である。


久秀は一度は信長に従い、名器「九十九髪茄子」を献上して忠誠を誓う。

だが、織田の軍門に降る日々の中で、久秀は耐え難い息苦しさを感じていた。


「織田の下で生きるのは、三好の下で生きるのと何が違う? 結局、わしは誰かの色に染まらねばならぬのか」



【終幕 平蜘蛛と爆炎の果て】


天正五年(1577年)、信貴山城。

久秀は信長に対し、二度目の反旗を翻した。


周囲は驚愕した。勝ち目など万に一つもない。

信長は「名器・平蜘蛛の釜を差し出せば許す」とまで言ってきた。


だが、久秀は笑った。


「この釜は、わしの首と同じ。信長のような男に渡してなるものか」


信貴山城を包囲する織田の大軍。

久秀は天守に座し、茶を点てた。


その傍らには、天下の名物・平蜘蛛の釜がある。

彼は茶を飲み干すと、釜に火薬を詰め、その中に自らも飛び込んだ。


「信長よ、貴様はすべてを手に入れるだろう。だが、松永久秀の『心』だけは、地獄へ持っていく」


凄まじい爆音とともに、城は炎に包まれた。

久秀は誰の手にも落ちず、誰の所有物にもならず、灰となって消えた。


後世、松永久秀は「裏切りの象徴」として語り継がれる。

しかし、彼が求めていたのは「誰にも支配されない自由」という名の孤独だったのかもしれない。


彼は最後まで誰にも信じてもらえず、誰も信じなかった。


だが、その生き様は、名前を持たぬ者が乱世という理不尽な檻の中で、自らの「意思」を証明し続けるための、たった一つの、そして最も過酷な方法だったのである。



【松永久秀の下剋上物語 フクロウと言われた男】 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ