表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
S級暗殺者一家の長男に転生したけど、日常的に電流浴びせられるわ飯に毒入ってるわで毎日辛すぎる  作者: 猫養鯛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/48

42

 闇に包まれたパーティ会場で、俺は勢いよく右手の人差し指と中指に魔力を集中させた。二本の指先に、透明な刃が形成されていく。


 頸動脈切り。

 首の横を通る太い血管を、二本の指で断ち切る技術だ。ドミナスから叩き込まれた暗殺拳の一つで、傷口は極めて小さく表面からはほぼ判別できないが、体内では血管が完全に切り裂かれ、脳への血液供給が停止する。意識の喪失まで十秒足らず、そこから一分で死に至る。静かに、素早く、外見に変化はないのに内側は致命的な必殺の技。


 俺の指先が、微かに震えた。いや、震えているのは心だ。しかし今はそれを無視しなければならなかった。感情を切り離さなければならない。メアレとの模擬戦で覚醒したあの冷徹な自分、感情が凍りつきただ殺すことだけを考えていた冷たい自分になる必要があった。


 夜目のおかげで、エレナの姿が手に取るように見える。暗闇の中でも彼女の生命の魔力が青白く輝いていて、小さな身体のシルエットがはっきりと視認できる。胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。


 だが、俺は動いた。思考よりも先に身体が反応し、何千回も訓練で叩き込まれた動作が自動的に発動する。これは仕事だ、任務だ。感情を持ち込むな、ただ実行するだけだ。そう自分に言い聞かせながら、音もなく影のように、俺は人混みを縫ってエレナへと接近していった。周囲の人々は混乱して暗闇に怯え、右往左往していたが、俺にはすべてが見えていた。誰がどこにいるか、どう動いているか、すべてが手に取るように分かる。


 二秒ほどで、俺はターゲットの目の前まで迫った。エレナの背後、わずか三十センチの距離に。手を伸ばせば届く距離だ。彼女の首筋が無防備に晒されている。左側の首筋、頸動脈が通る場所。そこを切れば、すべてが終わる。


 俺は魔力を込めた指を、彼女の首筋に向けて振り上げた。

 その時、ぞっとする悪寒が背筋を駆け抜けた。本能が叫んでいる。危険だ、今すぐ退け、死ぬぞと。


 その直感に従い、俺は咄嗟に身体を捻った。次の瞬間、さっきまで俺の右腕があった空間を銀色の閃光が通過した。


 エレナの隣に立っていた老人が、音もなく剣を抜き放ち、俺の腕を斬り落とそうとしていた。

 間一髪、躱した。


 だが、あと零コンマ数秒でも反応が遅れていたら、俺の右腕は地面に転がっていただろう。

 俺はぎょっとして老人を見た。老人の瞼は閉じられたままだ。視覚を使っていないのに、その剣は完璧に俺の急所を狙っていた。すべてが見えているかのように気配だけで俺を察知し、剣で斬ったのだ。


「サンダーライト!」


 突然、声が響いた。会場のどこかから魔法を発動する発声だった。

 次の瞬間、会場全体が眩い光に包まれた。雷属性の照明魔法、サンダーライト。停電した会場に再び明かりが灯るが、シャンデリアの柔らかな魔法光とは違う、もっと強烈で白く眩い、まるで昼間のような明るさだった。


 暗闇が消えた。俺の優位性が失われた。もう夜目の意味がない。誰もが俺を視認できる。

 そして俺は、衆目に晒された。白い仮面を被った子供、黒い礼服を着た小さな暗殺者。その姿が会場にいるすべての人間の目に映った。


 静寂が訪れた。さっきまでの混乱が嘘のように、誰もが息を呑んで俺を見つめている。貴婦人たち、紳士たち、子供たち、給仕係、楽団員。全員が凍りついたように動きを止めていた。


 その静寂を破ったのは、フリード・フォン・ブルクハルトの声だった。


「仮面……子供……」


 彼は俺を見つめながら呆然と呟いた。


「まさか……本当に……」


 声は震えていて、恐怖と驚愕が混ざり合っていた。

 隣の老剣士が、静かに言った。


「その子供で間違いない。迷わずお嬢ちゃんの急所を狙ってきた」


「……ッ!」


「あの年齢で、あの動き。暗闇の中でも完璧に標的を捕捉し、躊躇なく急所を狙う。訓練された暗殺者だ」


 フリードの顔が一気に紅潮し、怒りが爆発した。


「そいつが暗殺者だ! そのガキだ! 捕えろ!!」


 フリードの叫び声が会場中に響き渡った。


 その瞬間、俺の思考が急速に回転し始めた。やはり事前に暗殺しに来るのだとバレていた。この老剣士の配置、魔術師の準備。すべてが今日この瞬間に備えていたものだ。予知能力で事前に察知していたのか? だとしたら、エレナは疑惑ではなく確定ということになる。


 会場がざわめいた。貴族たちが遅れて状況を理解し始める。


「暗殺者……?」


「子供が……?」


「まさか、あの噂の……」


「ヴァルダード……?」


 その苗字が囁かれた瞬間、空気が変わった。恐怖が会場を支配した。


「ガウェイン! お前も全力を出せ! 殺しても構わん!」


 その言葉に躊躇はなかった。


「御意」


 ガウェインが応じた瞬間、とてつもない殺気を感じ取った。さっきまでとは比較にならない圧倒的な殺気で、空気が凍りつくような気配が俺に向けられている。

 全身の毛が逆立ち、背筋に悪寒が走った。圧倒的な力量を感じる。間違いない。S級に限りなく近い、あるいはかつてS級だった存在だ。


 だが、それだけではなかった。他にも感じる。会場の各所から純粋な殺気が俺に向けられている。給仕係に化けた護衛、楽団に紛れ込んだ護衛、バルコニーの影に潜む護衛。それぞれがプロフェッショナルで、B級あるいはそれに準ずる実力者たち。


 七人。七人のプロが俺一人を殺すために配置されている。完璧な包囲網で、逃げ場はない。

 殺気が肌を突き刺す。呼吸が浅くなり、心臓が激しく鳴り、手が震える。

 俺は死ねない。ようやく外の世界を見れたんだ。この広い世界をもっと知りたいんだ。


 その時、俺の中で何かが切り替わった。スイッチがカチリと音を立てて切り替わる感覚。

 世界の色が変わった。鮮やかだった色彩が失われ、モノクロームへと変化していく。音が遠のき、人々のざわめきも誰かの悲鳴や足音も、すべてがまるで水の中にいるかのようにぼんやりと遠くから聞こえてくる。


 周囲の動きが極端に遅く見える。ガウェインが剣を構える動作がスローモーションのように見えて、彼の筋肉の動き、重心の移動、剣の軌道、すべてが予測できる。他の護衛たちが動き出す気配も感じ取れ、誰がどこから来るか、どんな攻撃を仕掛けてくるか、すべてが分かる。


 恐怖が消えた。いや、恐怖はまだそこにあるが、それを認識する部分が切り離された。感情が遮断された。心が冷たくなり、血液の温度が下がっていくような感覚。思考が研ぎ澄まされていく。無駄な感情が削ぎ落とされ、純粋な論理だけが残る。


 これは、メアレとの戦いで覚醒した感覚と同じだ。ヴァルダード家の血が目覚める瞬間。殺戮者のモード。二年ぶりに暗殺者としての本能が全開になる。


 俺の瞳から人間らしい光が消えた。代わりに宿ったのは冷徹な殺意。計算された効率的な感情のない殺意。生き延びるために殺す。それだけを考える。もう迷わない、躊躇しない、ためらわない。目の前のすべての敵を排除する。


 ガウェインが一歩踏み出した。その動きに呼応するように他の六人の護衛も動き出し、包囲網が縮まっていく。会場にいる貴族たちは悲鳴を上げながら逃げ惑っているが、俺の意識にはもう彼らは映っていなかった。


 次の瞬間、すべてが動き出す。 

 血と死の宴が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ