メンバー集めは一苦労
まさかこれだけの大きな獲物に出会えるなんて、本当に嬉しい誤算だ。警察の捜査のお手伝いだなんて全く乗り気ではなかったけど、やってみるものだな。
中身を確認できなかったのは少し不安要素だけど、空っぽなはずがない。税務署が泣いて喜ぶほどの物があるに決まっている。今はもう、開けられるかどうかは、不安要素ではない。阿部君や明智君が裏切っても、神様だけは私を裏切らないからな。
代わりに別の不安要素は出てきてしまった。私って心配症なのかもしれないな。それはいいとして、新たな不安要素とは、私と阿部君と明智君の3人だけで持ち帰られるかどうかだ。不安というよりは不可能だな。私たち3人がどんなに頑張っても、1割も持てないだろう。
欲張らずに持てる量だけで終わらせるのは、強欲な二人が納得するはずがない。何日かに分けて盗もうか。いや、田中太郎のようなやつは、暇さえあれば、金庫を見に来るに違いない。そしてそれを眺めながらチビチビとお酒でも飲むのだ。中身が減っていて気づかないようなバカではないだろうな。
何が何でも1日で終わらせないといけない。それで取り残しが出たら……阿部君と明智君に諦めさせるために、私の取り分を減らすしかないだろう。うー、嫌だー! 怪盗団全員の命にかえてでも、現金だけは根こそぎいただいてやる。
最低限、車は必要だな。人手だって多い方が望ましい。と言っても、見ず知らずの人を雇うなんてできないから、声をかけるのは阿部君パパママの二人だけになる。
無事に阿部君パパママを動員できたとしても、金庫と車を何往復かしないといけないだろう。何度も行ったり来たりというのは、普通に考えたらリスクが右肩上がりだ。大怪盗の私にとってはリスクでもなんでもないがな。恐いのは、阿部君と明智君が逐一寄り道をすることだけだ。これだけの大豪邸なら、そこかしこに高価な物が飾ってあるし、高級な食べ物飲み物が業務用冷蔵庫に保管してあるだろうからな。まあ、それは、百人力の私がフォローすればいいだろう。
でもよく考えれば、阿部君パパはいつも暇だから手伝ってくれるだろうけど、阿部君ママは忙しいから無理かもしれない。阿部君パパの車は、我々怪盗団が全額出して買ってあげたので、阿部君パパが来るだけで自動で車も確保できるから、それだけでも喜んでおくか。
それに、阿部君パパは、報酬を要求するが分け前までは欲しがらないのだ。私が知っている阿部君パパの唯一の長所だな。これで報酬が法外でなければ言うことなしなのだけれど。ただ車を何時間か運転するだけで、平気な顔をして百万単位のお金を要求するのだ。あの大きな金庫の中の札束からしたら微々たるものだから、十分に払えるだろうが。
ちなみに、阿部君パパの本職は俳優らしい。私は全く見聞きしたことないが、常に家にいることを考えれば、私が芸能音痴というわけではないのだろう。ついでに、阿部君ママも俳優だ。引く手あまたで、私が一度しか会ってないほどに忙しいのだけれど、私は俳優としての阿部君ママを知らない。やはり、私は芸能音痴なのだろうか。だからって、なんとも思わないがな。そんなことよりも、二軍の分際で手伝ってほしい時に手伝えないのが悲しいだけだ。
阿部君パパを確保できるだけでも良しとしておくか。ただ、少し気になることがなくもない。知り合ってから1年近くもの間、ずっと暇だったくせに、つい最近、阿部君パパに俳優の仕事が降って湧いたのだ。本人の実力でも運が良かったわけでもないがな。
前回の事件で阿部君が阿部君パパに懇願されたのか、本物のパトランプを合法的に手に入れたのだ。日本国警察の後光は偉大なようで、パトランプ片手に交渉すると、あっさりと、セリフも名前もある刑事役に抜擢されたらしい。といっても、どうせ端役だろうから、もう出番はなく自宅で私たちに呼ばれるのを待っているに違いない。
「阿部君、今回も阿部君パパに頼んでくれるかい? 阿部君ママはさすがに忙しいよね?」
「パパは厳しいです。本物のパトランプの存在は私の想像以上に大きかったみたいで、強引にレギュラーの仲間入りを果たせたんですよ。それも、台本を書き換えさせて、主役の相棒役なんです。その代わり、出演料はエキストラ並みで落ち着いたみたいですけど。今のパパは、お金よりも、ドラマ出演が大事なんでしょうね。お金なら、私たちから、いくらでも取れるというのが根底にあるのかも」
「あのヤロー……。なんか悔しいが、阿部君パパの読みは当たっている。我々怪盗団にどうしても入りたいって言うから、泣く泣く入れてやったっていうのに。阿部君ママだって、そうだ。自ら入りたいって言ったんだぞ。なのに肝心な時に何もできないじゃないか。まいったな。警視長になんて頼めないし」
「パパは無理ですけど……ママなら。ママの都合に合わせられるなら、一日二日くらい大丈夫ですよ」
「おおー。助かるよ。しかし阿部君パパは本当に俳優だったんだな? てっきり……」
「てっきり?」
「なんでもない。察してくれ」
陰口ではなく直接暴言を吐いてやる。ヒヒヒヒヒ……。まあ、阿部君パパが来られないのは痛いが、無理だと思っていた阿部君ママがいるのなら、頭数的には変わらないから良しとしておくか。いや、金銭的負担を考えれば、プラス材料じゃないか。
阿部君ママは俳優の仕事で高収入なのだから、法外な報酬は要求してこないはず。そもそも、今回も私個人が報酬を払うのだろうか。それとも奇跡的に我々怪盗団全員が? 一応確認してみよう。後々後悔したくないからな。
「それよりも、阿部君ママへの報酬は……」
勇気を出せ、私。
「怪盗団みんなで払うのかい? それとも……いつものように、私が?」
あれ? 阿部君が悩んでいる。珍しいぞ。どうせ私一人が負担すると諦めてもいたが、やっぱり聞いてみるものだな。普通に考えたら全員で払うのが当たり前なんだけど、それは言わないでおこう。売り言葉に買い言葉になったら、身も蓋もなくなるからな。
待てよ。もしかしたら、阿部君ママは、報酬ではなく分け前を要求するタイプなのだろうか。今回の標的の内容を知ったなら、なおさらそうなるのが当たり前か。後々揉めるのも嫌だし、せっかく忙しいところを来てもらうのだから、気持ちよく4等分するか。強欲な阿部君も明智君も、こういうのはすんなり賛成してくれるからな。
よし、気持ちのいい目覚めのためにも、見習い怪盗だろうが秘書だろうが臨時雇いだろうが、公平に扱うぞ。いやいや、そんなに尊敬しないでおくれ。人としてリーダーとして当然じゃないか。
「阿部君、ごめんごめん。くだらない事を聞いたね。みんなで山分けをしようね」
「え? いえいえ、ママなら大丈夫ですよ。お金もたくさん持ってるし。スリルを味わいたいだけなんです。あっ、でも、ママの分を私と明智君とで分けたいので……ちょっと計算しますね。私と明智君が37、5パーセントでリーダーが25パーセントです。素敵なリーダー、ありがとうございます」「ワオンオン!」
私は大物なので、何事もなかったかのように話を続ける。阿部君ママが卑しい奴らに施したと思えばいいんだ。うー……。阿部君、せめて言わないで欲しかった。もしくは普通に3等分しておくれ。
とりあえず、最後の悪あがきとして、言わなかった聞かなかったことにしてみよう。数え切れないほどの大金を目の前にすれば、強欲とはいえ、阿部君も明智君も興奮して記憶が怪しくなるかもしれないしな。そうと決まれば、分け前を受け取るその時まで、分け前の話はご法度だ。
素晴らしい未来が来ることを信じて、ここからは、作戦を立てるのに集中するか。
「阿部君パパの車は借りれるんだろ? 我々怪盗団が全額出してあげた、あの車を」
「たぶん……大事に乗るからと言えば、渋々貸してくれると思いますよ」
「あいつは……恩というものを感じないのか。いや、娘の前で言うべきではないな」
「大丈夫ですよ。それに恩は感じません。今の所有者はパパで、それがすべてです」
「どうせ大事に扱うから問題ないだろう。ところで、阿部君ママは運転できるのかい?」
「できますけど、大事には扱えないです」
「……。私が運転するしかないようだな。だけど、まいったなー。行き帰りは運転してもいいが、私が車で待機して二軍の阿部君ママが侵入ミッションに参加すると、遅れや実害が出てしまう恐れが多分にあるぞ」
「ママの実力は全くの未知数なので、それはなんとも言えないです。でも、まあ、囮役がいなくなるのはダメですね。ねえ、明智君?」
「ワンッ!」
こ、こいつら……私をただの便利な囮役だと考えてるのか。いっちょ、バシッと言わないといけないようだな。リーダーである私の恐ろしさを見せてやる。
「………………」
私は二人に背を向けて黙ってやった。阿部君にパンチを明智君にキックをされるかもしれない恐怖と戦いながら。しかし、しばらくは、阿部君と明智君は私に暴力を振るわないと、漠然とした自信もあった。宝石盗難事件もこの部屋の金庫も、私抜きでなんとかできるはずがないからな。
そして、私は、勝った。
「心の広いリーダー、冗談じゃないですか。ねえ、明智君?」
「……」
「あ・け・ち・く・ん!」
「ワ、ワン」
明智君、なぜそこでムキになる必要があるんだ? いい大人の私がいじけたフリをしたのが気にくわなかったのだろうか。阿部君が言った「心の広いリーダー」が納得できなかったのだろうか。まさか、本気で私を囮役だなんて思ってないだろうな。
うーん、少し前までの記憶を喪失したことにするか。作戦の話をさり気なく続けよう。
「阿部君パパがいたなら、現場から少し離れた所で待機させて、いつでも動かせるようにするのがベストだろう。だけど、今回は運転手を兼務する私も侵入ミッションに加わらないといけないから、堂々と屋敷の前に駐車するか。札束を持って何往復もするのだから、近い方がいいし。それでも、見張り役として阿部君ママを車で待機させたいところだな。いや、今回の侵入ミッションは一人でも多い方がいいから、おもいきって全員で忍び込むか。阿部君ママの望みだし、今後のために経験しておいた方がいいからな」
「そうですね。それがいいですね。車を無人の状態にするのは確かにリスクもあります。だけど、万が一、車泥棒や火事場泥棒なんかが、車や私たちが盗ってきた札束を盗んだなら、その泥棒をボコボコのギッタギタにする楽しみに変わりますし。そして、結果、全部戻ってくるので、むしろ盗みなさいって感じですね。ヒヒヒ」「ワワワ」
「じょ、冗談だよな? いや、答えなくていい。速攻でミッションを終わらせるからな」
「それなら、トラゾウも連れて行きましょうよ」
「トラゾウか。うーん、トラゾウは今は病院でのセラピードッグならぬセラピータイガーとしての仕事で疲れているかもしれないからな。トラゾウに聞いてみるが、強制はダメだぞ」
トラゾウとは、ひょんな事から仲良くなった心優しい子トラだ。我々怪盗団のスーパーサブでもある。
「はい。それじゃ、確定メンバーは、私と明智君とママですね。うん? 誰か忘れてるような」
「わざとだろ」と言う私の言葉を無視して、阿部君と明智君は客間に向けて歩きだしている。ささやかな仕返しを、私は瞬時に思いついた。私は使えもしない超能力を発動して、阿部君と明智君を空の彼方にぶっ飛ばす。想像力が人間離れしている私だから成立するのだ。実際のところは、阿部君と明智君はマイペースでゆっくりと歩いて遠ざかるだけだった。




