私が死ぬわけないのだ
「リーダー?」「ワーオー?」「ガーオー?」
「……」
「ああー、リーダー、目が覚めたんですね」「ワッオッワンワワンワオンオンワワワワン」「ガオンガオ」
「うん? 何か……。あれ? ここは、どこだ?」
「病院じゃないですか。リーダーは死にそうになって、三日三晩も意識が戻らなかったんですよ」
死にそう? ああー、そうだ。私は田中太郎に背中を刺されたんだった。めちゃくちゃ痛かったもんな。血もいっぱい出たんだろうな。そりゃあ死にそうになるか。だけど、死ななかったぞ。死んでたまるか。戦利品の確認すらしていないんだからな。
しかし、私が死の淵から戻ってきたというのに、阿部君はあまり嬉しそうじゃないな。嘘でも喜んで……阿部君は嘘が苦手だったか。いや、違う。よく見ると、阿部君は、ただやつれているだけだ。明智君もトラゾウも、すっかりやつれちゃって……。
「みんな、もしかしたら三日三晩、ずっと私の看病をしてくれたのかい?」
「ままままさか、リーダーなんかのために。そんな意味不明な事をうっかり無意識にやったとしたら……えっとー、なんていうか、私の顔に泥だんごをぶつけるような……じゃないや、とにかく私は道に迷ってたまたまここに来たら、私の記憶から消去したはずのリーダーがまたまた目を覚ましたんです。ね、ねえ、明智君トラゾウ?」
「ワ、ワンッ!」「ガッ? ガオンガオ」
阿部君……。無理して嘘をつかなくてもいいんだぞ。いじめているような感覚になってくるじゃないか。だけど、やつれるまで看病してくれたのは、純粋に嬉しいぞ。感謝を込めて、話を逸らせてやるか。すごく気になる事がある。
田中太郎から盗んだ戦利品というか現金……じゃなくて、警部補君の状態を聞いた方が、私の好感度が爆上がりだな。
「こんな私が言うのもなんだけど、警部補君は大丈夫なのかい?」
「警部補君なら、手術も無事に成功して、リーダーがここに担ぎ込まれた頃には意識も戻ってましたよ」
「そうか。それは良かった。なあ、明智君?」
「ワンッ! ワンワンワオンワワワワンワワンオンワンオンワワ……」
「いやいや、さすがに、まだ一緒に遊べないぞ」
「リーダー、違いますよ。明智君は、遊ぼうだなんて言ってないです。警部補君は、リーダーの輸血用の血液が足らないと知ってすぐに、献血を申し出てくれたと。自分だって相当辛いはずだし、お医者さんは断固反対したんですけどね。ちょっと……ほんのちょっとだけ見直しましたよ」
あ、あいつ……。後でお礼くらいは言っておかないとな。久しぶりに部下面もしてやろうかな。あいつへのお礼は後々考えるとして、そろそろ戦利品の話をしても良い頃合いだろ。別に、そんな、めちゃくちゃ気になるというほどではないがな。いやー、過去最高額を叩き出して……。
「それから……」
「ガーオー?」
トラゾウ、邪魔するんじゃないっ! だけどトラゾウはかわいいから怒れないな。話くらいは聞いてやるか。もしかしたら、私を喜ばせようと、戦利品の金額を教えてくれるのかもしれないからな。こんな時に戦利品の話をして強欲呼ばわりされるのも、なんか嫌だし。
「なんだい、トラゾウ?」
「ガオンガオガオガガガオンオンガンガンガオンガッオーガオンガガ」
「あ、阿部君、通訳を……」
「大サービスですよ。ここに入院している子どもたちも、時間がある限りリーダーの看病をしてたんです。ずっとリーダーに話しかけたりして。自分たちが投げ飛ばしたから打ちどころが悪かったのかと心配した時は、全く違うよときちんと訂正してあげましたけどね。ついでに、リーダーが元気になったら、またいつでも投げ飛ばしてあげてと言ってあげたので、リーダー、期待に応えてくださいよっ」
なるほど。あのクソガキども、柄にもなく私の心配をしてくれていたのか。だけど、私が無様に何回も投げられてやるだなんて大間違いだぞ。お前たちが子どもだからではなく、病気だったから、同情して投げられてやったんだからな。そして、お前たちの病気は近いうちに治るのだ。ヒヒッ。百倍にして返してやる。
これで、戦利品の話をするお膳立てもできたぞ。あー、興奮してきた。
「阿部君、あと……せ、せん、戦利品は誰かが数えてくれたのかい?」
「はい。ママとパパの二人がかりで」
「えっ! 阿部君パパは、本物のパトランプをコネに使った俳優の仕事が忙しかったんじゃ……。ああ、阿部君パパも私の体が心配で気が気でなく、しばらく休みをもらったんだね?」
「いえいえ、全く。ママがパパの車を運転したと聞いたら、確認するために慌てて帰ってきたんです。まあ確認するまでもなく、原型を留めてなかったんですけどね。なので、今回の戦利品から、また新しい車を買ってあげると言ってあげたんです。だから、お金を数えるのを手伝ってと頼んだら、喜んで動いてくれましたよ」
車の1台や2台、余裕で賄えるくらいはあっただろう。それでも、あの横着者が動くなんて、よほど大量にお金があったんだろうな。それで、好奇心が横着を上回ったんだろう。これは期待大だぞ。
「なるほど。それで、いくらあったんだい?」
「えっとー、確か、ちょうど8億円とかって言ってましたね」
「はっ、はっ、はちおくえーん!」
「はい。そのお金を使って、パパに車を買ってあげてもいいですよね?」
「ああ、もちろんだ。業務中にボコボコにしてしまったんだからな。阿部君ママがだけど。車はスクラップでも、戦利品は無事に持ち帰ってくれたんだから、文句を言うべきではないな」
「はい。終わり良ければ……です。それで、残りをみんなで均等に分けたいんですけど、トラゾウは全然欲しがらないんですよね。いつもみんなにお世話になっているからって」
「トラゾウがそう言うなら、意見を尊重させてあげないと。いや、でもまあ、せっかくだからトラゾウにも口座を作ってあげたいな。トラゾウ、別にいらないなら使わなくてもいいから、私と明智君のへそくりだと思って、トラゾウ名義で口座を作ってくれないかい? 何らかの不運で私と明智君が破産しても、トラゾウがお金を持っていてくれていると、安心してアジトに帰ってこられるだろ? トラゾウはセラピータイガーの仕事が大事だから、海外遠征は一緒に行けないもんな」
「ガッオー」
「よし。じゃあ、作戦に参加した、阿部君明智君トラゾウ私阿部君ママの5人で均等に分けよう。と言いたいところだけど、提案というかお願いがあるんだ」
「入院費用なら……うーん、別でいいですよ。大大大サービスですからね」
「あ、阿部君……。いや、いい。これは犯人確保のおりにケガをしたんだから、すべて警察持ちだ。気持ちだけありがたく受け取っておくよ。それよりも、私のお願いというのは、ドッグフードハンターの必要経費プラス明智君に借りている2000万円……まあ大体3000万円でいいか、まずはその3000万円を5人それぞれに分配して、残りを寄付したいんだ」
「き、寄付? えっ? リーダーは頭も刺されたんですか?」
「違う! 病気の子どもたちを救うために、日夜研究している医療関係者に、どうしても寄付したいんだ。私たちの善意が後押しとなって、治療法が1日でも早く確立されるなら、こんな喜ばしいことはないじゃないか」
「………………。ははあ、リーダー、この病院にいる子どもたちの病気が治ったら、相撲ごっこで無惨に投げ飛ばされた仕返しを企んでるでしょ。陰険なリーダーなら、チビっ子相手でも、遠慮なしに復讐しますもんね」
「なっ、なっ、なっ、何を。そ、そ、そ、そんなことはちっとも……。私は、ただ、トラゾウの友だちが苦しんでいる姿を見たくないんだ。トラゾウは私の純粋な親切心を理解してくれるよな?」
「ガッ……オ……」
「トラゾウが困ってるじゃないですか。でもまあ、動機は不純どころではないですけど、やろうとしているのは良い事なので、トラゾウのためにも賛成してあげますよ。いいよね、明智君も?」
「ワッ? ………………………」
「阿部君、明智君は反対しないのがいっぱいいっぱいだ。額が額だからな」
「そうみたいですね」
「阿部君ママは、どうなんだい? 賛成してくれるかな? レギュラーメンバーじゃないからって意見を聞かないのは、平等をモットーにしている我々怪盗団では、あってはならないぞ」
「平等をモットーにしているというのは初耳ですけど、ママなら別にお金に執着がないので、聞くまでもないです。なんなら、ママの分け前から、パパの車代を出してくれるかもです」
「そうなのかい? それは助かるよ。あっ。阿部君、すまないが、それでも一応、我々怪盗団が買ってあげたということにしてほしいな。それも大丈夫かな?」
「ああー、そうですね。その方が、ミッションで必要な時に気軽に借りれますね。どうせパパにしたら、一度自分のものになったら、誰が買ってくれたとかは気にしないんですけどね」
「よし、決まりだ。ちなみに、ちょうど8億円なのかい? 人間が数えたんだから、そこまでは分からないか」
「いえ、ちょうど8億円です。田中太郎の金庫の中にお金を数える機械もあったので、荷物にはなると思ったんですけど、一緒に持って帰ったんです」
「なるほど。じゃあ、ひとまず一人3000万円で、5人だから、1億5000万円を残して、残り6億5000万円を……。こんな大金、どうやって寄付したらいいんだ。怪しまれないかな?」
「そうですね。匿名でするとしても、そういう事実は案外ニュースになるんですよね。そして、暇な人が張本人探しを始めたりするかもしれないですね。その時は、その時で、アジトの周りをチョロチョロされたら、ぶっ飛ばせばいいですよね?」
「あ、阿部君……」
「冗談じゃないですか。寄付は、警視長に丸投げしましょうか。それくらいは、やってくれるでしょ?」
「うーん……。ひまわり探偵社がボランティアのような感じで捜査の手伝いをしているのに、後々どこかの医療団体に渡るとはいえ、一時的にでも警視長にお金を渡すのは、なんか悔しくないかい?」
「そうですねえー。腹黒いリーダーに言われて、少しでも納得してしまった自分が恥ずかしいですけど。それなら、うちのパパかママは……あっ、だめでした。匿名で寄付するタイプではないし、そしてその結果、そんな大金を持っていたなんて税務署に怪しまれて、やってもいない脱税犯にされるかも」
「だろうな。寄付って難しいんだな。ああー、マリ先生がいるじゃないか。マリ先生に頼もう。医者なんだから、そういう団体にも詳しいだろうし」
「そうですね。じゃあ、決まりで」
「そう言えば、マリ先生はいないのかい? 私の手術を担当してくれなかったんだな。ああ、そうか。私が刺された時は、睡眠薬のせいで、アジトで寝てたもんな」
「手術は担当してくれましたよ。ママがアジトに帰ったら、少しばかり不機嫌で少しばかり酔っ払いながら何かぶつぶつ言ってたみたいです」
「えっ! 私の手術を酔っ払いながら……」
「手術をしてくれただけでも感謝してくださいよ」
「ああ……。でも、どこに行ったんだい?」
「マリ先生は忙しいので、いくら生死の境を彷徨っていたからって、いちいちリーダーのそばでいつでも対処できるように待機しているわけないじゃないですか。手術だって、明智君が懇願してくれたから、嫌々でもなんとかやってくれたんですよ」
「大好きな私の苦しんでる姿を見たくなかったんだな」
「リーダー、ケガしていて良かったですね。ぎりぎりですけど、手を出すのを踏みとどまれましたよ」
「そ、そうか。どうやら明智君は踏みとどまってくれなかったようだけどな。なんか悲しかったから、自分で自分を励ましたかったのと、ちょっとした冗談でほんの少しでも和んでもらおうと思っただけだ。まあいい。あっ、一応聞くが、五十嵐と田中太郎は確保したんだよな?」
「あー、はい。小林が、一人美味しいところを持っていきました。このままだと、近いうちに警視に復活して、肩書きが私と明智君に並ぶかも。リーダーと同じ巡査まで落ちたっていうのに。そうなったら、リーダーからしたら上司なんだから、今までのように顎で使えないですね。ヒヒヒ」「ワワワ」
「例えそうなっても、私たちのおかげなんだから、あいつはずっと、ひまわり探偵社の助手だっ! そして、そのひまわり探偵社の社長は、永遠に私だからな」
「はいはい」「ワンワン」
「まあ、こんな形でも宝石盗難事件は解決……。いや、何か腑に落ちないな。真犯人がいるかもしれないぞ」
「ええー!」「ワワー!」「ガオーン!」




