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初老新米大怪盗の終わりなき探偵事件簿with見習い怪盗の阿部君とゴールデンレトリバーの明智君  作者: バスバスキヨキヨ


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阿部君、やる気を取り戻す

「阿部君、私の推理を話す前に一つ提案をしてもいいかい? 阿部君にとっては耳寄りな話だぞ」

「えっ! 私だけ帰ってもいいんですか? 分かりました。それでは、おつかれー。と言っても、自宅ではなくアジトで待ってますね」

 やはり阿部君は戦利品の札束を数えたくてうずうずしていたようだ。気持ちは分かるぞ。分かるが、札束は逃げない。札束は逃げなくても、札束とともに逃げる輩が一人いるにはいるがな。だけど、万が一阿部君ママが独り占めする気なら、今さら追いかけても手遅れだ。だから、札束のことは一回忘れておくれ。お金では買えない体験が待ってるぞ、阿部君。

「阿部君、犯人逮捕のスリルを味わってみる気はないかい? 手錠を掛けられるぞ」

「ええー! そ、それは楽しいかも……。でも、警察手帳はもらったけど、手錠はもらってないじゃないですか」

「阿部君、阿部君らしくないぞ。私たちの目の前にいる本物の警察官が見えないのかい? あれは正しく、阿部君のお願いならなんでも快く聞いてくれる小林だろ」

「あー、本当だ。やる気がゼロになっていたから、全く意識してなかったですよ」

 あ、阿部君……。別に嘘をつけとは言わないが、わざわざ言わなくてもいいこともあるんだぞ。

「今からでも遅くはないから、やる気が出てきたかい?」

「そうですねー。シチュエーション次第ですかね」

「シチュエーション? どういうことだい?」

「五十嵐が素直に両手を出しているところを、ただ手錠をかけても、職業体験会みたいですよね。または、明智君にボッコボコのメッタメタのギッタギタグッチャグチャにされた状態の五十嵐も、なんかマネキンに手錠をかけてるみたいで張り合いがないじゃないですか」

 明智君は手を出さないと約束してくれたから、せいぜいボッコボコのメッタメタまでだけど。それはそれとして、手錠をかける時なんて、だいたいが犯人がほとんど抵抗できないかしない時だろう。阿部君はそれでは納得してくれないようだな。阿部君は一体何が望みなのだろうか。聞けば済むが、聞いたら何か私が追い詰められるような嫌な予感が……。手遅れだったな。

「阿部君の理想のシチュエーションとやらを教えてくれるかい?」

「死にものぐるいで逃げ回る五十嵐に手錠を投げて両手両足にかける、ですかね」

「あ、阿部君、そんな芸当ができるのかい?」

「…………」阿部君は訴えるように私を見ているだけだ。

「わ、分かったよ。その壮大な夢を叶えてやる。だけど、阿部君も『I can do it』の精神を持って手錠を投げておくれよ。それで初めて奇跡が起きるんだからな」

「はいっ! 私はできます」

 小林は手錠を2つ持っているのだろうか。持ってないなら、警視長かトラゾウに届けてもらわないといけない。といっても、トラゾウはもちろん、警視長が持っているとも思えないので、警部補君のをこっそり借りるしかないだろう。ただ、問題が一つ。

 今の私たちの連絡手段は、小林の警察無線しかないのだ。これを使えば、管内の全警察官に聞かれるだろう。使い道までは言わないにしても、手錠を一つ手配して欲しいだなんて言えるのだろうか。「小林自身の手錠はどうしたんだ?」とか「なくしたんじゃないだろうな、このボンクラっ!」だと言われるかもしれないな。小林……。

 考えすぎか。この前のパトランプを提供してもらった時のように、永遠に貸してくれと言っているわけではないのだ。ちょっと借りるだけだ。凶悪犯相手だから、念の為に予備かなんかに使うのだろうと、都合よく察してくれるはず。捕まえた後は、小林が連行するのだから、阿部君が手錠をかけたことなんて誰も知る由もない。五十嵐にしたって、阿部君はただの私服警察官だと認識している。足にまで手錠というか足かせをされて、人権侵害だと訴えるかもしれないが、偶然かかったことにすればいい。それでも、すぐに足の方の手錠を外せば全く問題ないのだろうけど、うっかり鍵を失くしたことにしよう。警部補君のために私ができる、ささやかな仕返しだ。

 しかし、偶然でも可能性はゼロに近いのに、百発百中で投げた手錠を両手足にかけるだなんて……。こっちの方が、手錠を用意するよりも遥かな難問だぞ。私と明智君が協力すれば不可能ではないがな。ただ、万全を期するためにも、両手両足同時ではなく別々に順番にかけた方が確率が上がるだろう。阿部君に提案してみるか。

「阿部君、ちょっと教えてほしいんだけど……」

「手錠はもちろん2つ必要ですよ。小林と警部補君のがあるでしょ」

 そこは阿部君も同意見だったようだな。だけど、そんなこと分かってるなんて言わずに、おだてておくか。ささやかなご機嫌取りが功を奏することだってあるからな。

「おおー、さすが阿部君。それと、もう一つ聞いておくね。阿部君のイメージとしては、両手両足を同時に手錠をかけるのかい? それとも、タイミングとか順番はどうでもいいから、最終的に両手両足にかかっていたらいいのかい?」

「そんなの言わなくても分かるじゃないですか」

「そうだね」

 どうやらご機嫌取りは不発に終わったようだな。どうせ気休めのご機嫌取りだったから、それは全くなんとも思わない。今の私の思考の100パーセントを占めているのは、阿部君の要望に応える方法だ。私と明智君の二人だけでは百発一中がせいぜいだ。手伝いが欲しい。

 手錠を届けてもらう役目を警視長かトラゾウのどちらかにと思っていたが、トラゾウに限定するか。そしてそのまま阿部君の期待に応える共同作業に参加してもらおう。トラゾウは病院にいる子どもたちの見回りで忙しいかもしれないが、状況が状況だ。それに、これ以上は病院内で事件が起こるとは思えない。五十嵐が病院に戻ってくることは、まずないだろう。田中奈々と太郎丸は、いくらなんでも問題を起こすわけがない。根拠はないがな。『神のゲンコツ』もないし。五十嵐が強奪したことは知らないだろうけど。

 うーん、田中奈々と太郎丸は大人しく寝ていると信じよう。万が一暴動を起こしたとしても、田中奈々と太郎丸の二人なら、警視長一人でなんとか収められる……はず。

 よし、ベストメンバーを組めた。作戦を練るか。阿部君が、五十嵐の両手両足にかかりますようにと必死に願いながら手錠を投げる。私と明智君とトラゾウが、阿部君が投げた手錠めがけて、五十嵐の両手両足を持っていく。うん、目処がついたぞ。完璧と言ってもいい。では、少し前を歩く小林に伝えるとしよう。

「小林っ! ちょっと……」

「はい、なんですか?」

「無線で警視長に連絡してくれ」

「えっ! あのー、本官は無線を持ってますけど、警視長が……」

「な、なにー。それは、まいったぞ……」

「あのー、この前も言ったと思いますけど、警視長の電話番号だけを登録された携帯電話を支給されてます。それでいいなら」

「ああ、もちろん、それでいいぞ。それから、私はお前が携帯電話を持っているのは知ってたからな」

「は、はい……」

 あー、恥の上塗りというのをやってしまった。なぜ私は素直にうっかり忘れていたと言えなかったんだろうか。謎だ。そういうお年頃ということにしておくか。阿部君、こういう時こそ、大声でバカにしてくれたら笑い話になるんだぞ。それを、無茶なお願いをしたからなのか、気を使って笑うのを堪えるなんて。

 私は恥をかいたが、小林が逃れられたようだ。他の警察官に知られることなく、手錠の手配ができるからな。良かったな、小林。みんなの笑い者アンド始末書及び説教の雨あられに見舞われなくて。元エリートだから、そういう屈辱が警部補君や私以上に堪えるだろう。だからって、始末書や説教に耐性ができたらだめだぞ。再出世の確率が0、01パーセントから完全なゼロになるからな。

「それで、警視長に何を伝えればいいですか?」

「ああ、大したことではない。警部補君の手錠が余ってるだろ? それをトラゾウに持ってきてくれるように言ってくれれば」

「手錠なら、本官が持ってますけど」

 なんだそんな事も忘れてしまったのかというような薄ら笑いを、小林が浮かべた。小林よ、あんまり私を見くびるなよ。たまには……じゃなくて、常に私の考えには意味があるんだぞ。都合の悪いことは忘れるようにしているがな。少なくとも今は、私の話に真剣に耳を傾けるべきだっただろう。そうしていればショックも小さかったのに。

「ああ、分かっている。二ついるんだ。阿部君を喜ばせるために」

 手錠を欲した張本人は、小林の恩人である阿部君だった。阿部君は何をしでかすか読めない不気味なところもあるのは、小林も薄々気づいている。この二つの要素は、小林から表情を消すのに十分だったようだな。最初に言わなかった私も悪いが、私をどこかで小バカにしている小林も悪いんだぞ。

 なんとか微妙な作り笑顔を浮かべながら、小林は警視長に電話をしてくれた。小林が頼み事をしてから、警視長が何か小林に都合の悪い事を言ったようだ。小林の表情がみるみると曇り、か細い声で了解する。

 警視長は小林の要請を断ったわけではないはずだ。おそらく、手錠の件に関しては、警視長が全く関与していないように取り繕えと言ったのだろう。簡単に言うと、小林が勝手に警部補君の手錠を借りたことになる。小林……。

 今は我慢の時だろ、小林。報われる時が、いつかきっとやって来る。警視長が警視総監になれた暁には、小林を重要なポストに抜擢してくれ……ないとも言えない。実現する確率は、阿部君が投げる手錠が五十嵐の両手両足にかかるよりも遥かに高いはず。もちろん小林の能力と貢献度を買ってのことだ。間違っても数々の越権行為に対する口止めなんかではない、ということにしておくんだぞ。

 とりあえず、靄がかかっている将来にある幻のような光明を使ってでも、小林を励ましてみるか。五十嵐確保が、私と明智君とトラゾウの3人がかりでも厳しそうなら、小林の協力も必要だろうし。

「副警視総監候補の小林、ありがとう」

「名探偵ひまわりさんと名犬あけっちー君とトラゾウ先生と警視長のためなら、たとえ火の中水の中ですよ」

 こんなにも分かりやすく元気になるものなのだろうか。案外、こいつもお調子者なのかもしれない。警部補君と馬が合うだろうな、うん。やっぱり、お前は警部補君の助手のままだ。お前の不幸を願っているわけでないぞ。トラゾウに『先生』まで付けておきながら、私だけを除外したことなんて、全然全くちっとも気にしてないからな。でも、少しだけ憂さ晴らしをしておくか。

「小林、比喩でもやめておけ。トラゾウと警視長はともかく、阿部君と明智君は本気で命令するぞ」

「…………」

 ヒヒッ。言葉も出ないようだな。ふうー、気分がいいじゃないか。ああ、一応確認しておかないと。

「小林、警視長は承諾してくれたのか?」

「あっ、はい。トラゾウがすぐに来てくれます。ところで、手錠を2つだなんて、何に使うんですか? まさか、五十嵐の他にも共犯者が?」

 あれ? トラゾウに『先生』が付いてないぞ。小林はお調子者を卒業したようだな。ヒヒヒ。小林よ、私を敵に回すと恐いだろ?

「それは、後のお楽しみだ。あれ? 明智君はどこだ? まずい。明智君を見失ったぞ」

「えっ。さっきまで目の前に」

「私たちが相談している間にペースを上げたようだな。五十嵐の居場所が近いのかもしれない。これは、まずい。阿部君、明智君を……」

 阿部君が見ていたはずがないな。そんなキョロキョロして探すふりなんてしなくていいぞ。別に責めていないし。責めたら責めたで逆ギレするからな。

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