33話 死を纏う路地
俺の名前は苗木宗佑。
病院のベッドに腰を下ろす、結城組の舎弟だ。
「牧浦とやりあったそうだな」
「はい……」
傍らに居るのは、石田の兄貴。
この人も元々入院していたが、最近復帰したんだ。
先日、“刃裟羅”により引き起こされた結城組事務所襲撃。
俺はそこで諸藤の兄貴と一緒に、幹部の牧浦とぶつかった。
牧浦は親友である義成の仇。
俺は殺す気で立ち向かった。
だけど俺のドスは、一発も届かなかった。
諸藤の兄貴の一撃で奴は吹き飛んだものの、俺はほとんど何もできなかったんだ。
「牧浦と戦ってみてどうだった?」
石田の兄貴が、静かにそう訊いてくる。
「ノリが軽くて子供っぽい奴ですけど、動体視力と反射神経が半端なかったです。情けないですが、一発も当てられませんでした。諸藤の兄貴が居なかったら…死んでたのは俺です」
「そうだな」
石田の兄貴は目を閉じると、一拍空けてこう言った。
「それが、お前が殺したがってる相手だ」
「ッ……!!」
あの戦いで、俺は奴との力の差を思い知らされた。
義成の仇が目の前に居たってのに、全く届かなかった。
はっきり言って、牧浦は生きる資格の無いクソ野郎だ。
だけど今の俺には、奴を倒せるくらいの力は無い。
自分自身の無力さに、俺は胸を締め付けられていた。
そんな俺の顔に、コンビニのレジ袋が押し付けられる。
それを差し出したのは、石田の兄貴だった。
「シケた面しやがって」
不機嫌そうに、眉間に皺を寄せている。
「石田の…兄貴……」
「…俺はお前を受け持った。殺しの技術くらい、いくらでも叩き込んでやる。だから今はそれ食って気合い入れ直せ。傷治ったら早く出てこい」
袋を受け取ると、兄貴は颯爽と出て行った。
俺はまじまじと中身を見る。
入っていたのは、全部おにぎり。
鮭、おかか、昆布、海老マヨ、牛味噌…。
いろんな味のおにぎりが、無造作に入れられていた。
石田の兄貴、もしかして、俺を励まそうとしてくれてるのか。
コンビニのおにぎり、今高いのに…。
普段厳しい兄貴からの、唐突な優しさ。
それを噛み締めた瞬間、なんか、目頭が熱くなってきた。
「石田の兄貴……ありがとう…ございます……」
俺は鮭おにぎりを手に取り、包装を剥がす。
石田の兄貴からたくさん教わるために…。
牧浦を、“刃裟羅”を倒すために…。
とにかく傷を治して、1秒でも早く復帰するんだ。
その頃、“刃裟羅”の方でも動きがあった。
「雑賀君〜、傷はもう大丈夫なの?」
「お陰様で。何なりとご命令ください」
悪趣味なアジトで会話をしてるのは、“刃裟羅”トップ神木蓮。
そして幹部の雑賀譲二だ。
「“刃裟羅”と結城組との戦争、ようやく本格化してきたね」
「はい。狩りたい首ばかりでございます」
雑賀は猟奇的な殺人鬼。
人の首を刈るのが趣味という狂人だ。
「クリア条件はトップの結城の首を獲ることだけど、周りの組員がそうはさせないだろうね。そもそも結城自体が強いし」
「ならば、外堀から埋めていきましょうか」
「それがいいね。だったらまずは…蓼丸を狙いたいかな」
神木はなんと、蓼丸の兄貴に狙いを定めやがった。
「ほぅ。蓼丸千秋ですか」
「結城組の情報統制は彼が担ってる。最初に潰しといたら後が楽だよ。本人は自由に動いてるし、結城や塚原よりは狙いやすいでしょ」
「なるほど。……承りました」
雑賀は執事みたいな仕草で頭を下げる。
ただその顔は、ホラー映画の殺人ピエロそのものだった。
「蓼丸を獲った暁には、その首を手土産としてお持ちしましょう」
そう言って雑賀は、不気味に口角を釣り上げた。
雑賀は早速、赤木町へ繰り出した。
狙いは町の情報屋。
蓼丸の兄貴は赤木町のほぼ全ての情報屋と繋がっている。
逆に情報屋と接触すれば、兄貴に辿り着くと踏んだ訳だ。
雑賀はパチンコ屋の横の路に入る。
薄暗いその路で、2人の情報屋が話し込んでいた。
雑賀はそこへ近づく。
「そこのお2人。私も混ぜてくれないか?」
「なんだぁ?」
「……ッ!お前は!!」
1人は怪訝そうに振り返る。
だが片割れは気づいた。
目の前に立っているのが、九州裏社会で名が通った殺人鬼だということを。
「ごきげんよう。情報屋諸君」
雑賀は山鎌を取り出して迫る。
もう1人の情報屋も、ようやく危険を察知した。
だが、もう遅かった。
2人は蛇に睨まれた蛙みたいに、動けなくなっていた。
雑賀が纏う不穏なオーラ。
目前にあるのは、まさに“死”そのものだった。
「きみ達にお願いがあってねぇ」
やけに穏やかに語りかける雑賀。
お願いとか言いつつ、鎌の切っ先を2人の情報屋に向ける。
「きみ達、結城組の蓼丸は知ってるよねぇ?」
「たっ…蓼丸さんですか…?」
「私は彼の首が欲しくて欲しくて堪らないんだ。だから協力してほしい。勿論対価は払おう。…ただし」
雑賀は切っ先を、片方の首にチクリと刺す。
「変な気を起こしたら、きみ達の首がコレクションに加わることになるだろうねぇ」
「ヒッ……はっ…はい!」
「精一杯…やらせて頂きます!!」
雑賀の狂気に心を折られた情報屋達は、首を縦に振ることしかできなかった。
その後も雑賀は、数人の情報屋に接触。
同じように、傀儡にしていった。
こうして赤木町全体に、監視網を敷いたんだ。
それから2日後のこと。
情報屋によって、蓼丸の兄貴の動向が雑賀の元へ流れてきた。
連絡を受けた雑賀は、兄貴がよく使うという路地から、少し離れた物陰で待ち伏せる。
時刻は20時。
行き交う人はまぁまぁ多いが、その路地を通ろうとする者は居なかった。
雑賀はその薄汚い路地を、監視し続けた。
そうしてついに、標的である男が現れる。
「ッ!!……フフッ。掛かった」
雑賀がねっとりとした笑みを浮かべる。
奴の視線の先に、蓼丸の兄貴の姿があった。
兄貴は迷いなく路地へと入っていく。
そして壁に寄りかかると、スマホを弄り始めた。
雑賀は物陰から出て、完全に足音を消して歩く。
路地の入り口まで来ると、こっそり陰から覗き込んだ。
蓼丸の兄貴は来た時と変わらず、スマホとにらめっこしていた。
そんな兄貴に対して、雑賀が抱いたのは違和感。
(あの男、先程から警戒が薄い。結城組の武闘派がここまで隙を晒すものか?)
そう思いつつも、懐からチャカを取り出す。
銃口を蓼丸の兄貴に向けた。
(まぁいい。何も解らないまま死んでもらおう)
陰からこっそり引き金を引こうとした。
だがその時…。
“コツン”
後頭部に硬いものが当てられた。
(なにっ…?)
それが銃口であることを、雑賀はすぐに理解した。
「ほなさいなら」
背後に立つ男が、軽く言い放つ。
それに対し、雑賀は反射的に動いた。
“ドン!!”
すぐ後ろで、発砲音が鳴り響く。
雑賀はなんと、前に転がって被弾を回避しやがった。
「逃がさんで」
背後の男がさらに2発撃つ。
1発が脇を掠める中、雑賀は路地に入り、どうにか凌ぎ切った。
そうして発砲してきた相手と対面することになる。
「ほぅ、きみは……」
雑賀が目を見開く。
路地の入り口を塞ぐように立っていたのはなんと、蓼丸の兄貴だったんだ。
「引っ掛かったなァ雑賀。お前いろいろと信じ過ぎや」
「……なるほど。彼は囮かぁ」
最初に路地に入った、蓼丸の兄貴と思われる男…。
その正体は、変装した夏目だったんだ。
蓼丸の兄貴と同じ服を揃え、プロにメイクまで依頼する程の徹底ぶり。
遠目から見たら、どっちが本物なのか解らない。
「よぅやったわ夏目ェ。後は隠れときィ」
「はい!兄貴!ご武運を!」
蓼丸の兄貴に扮した夏目は、そそくさと路地の奥へ走っていった。
「この私とサシでやろうというのか。舎弟君に手伝わせなくて良かったのかい?」
「あぁ。寧ろ居る方が危ないからなァ」
グラサン越しに、蓼丸の兄貴の目が鋭く光る。
多くの情報屋と繋がる兄貴は、自身が狙われることを予期していた。
だからこそ、迎え撃つことにしたんだ。
徹底的な準備を経て。
「雑賀ァ。ここに入った時点でお前の死は確定や」
悪魔のような笑顔を貼り付け、蓼丸の兄貴がそう言い放つ。
兄貴の言う通り、この路地は地獄そのものだったんだ。




