19話 蓼丸の目線
「夏目〜。ちっと散歩行こうや」
「はい!お供させていただきます!」
直下の舎弟である夏目を連れて、蓼丸は街へと繰り出した。
コイツは組内随一の情報通。
インテリな感じではあるが、案外足を動かすことの方が多い。
(“刃裟羅”のお偉いさんと話してくるとか言うたけど、幹部の情報はたまに入ってくる程度。トップに至っては全然足取り掴めへんねんな)
“刃裟羅”のトップ、その名は神木蓮。
詳しい年齢や経歴、趣味、戦闘スタイルに至るまで情報が無く、精々顔写真が数枚ある程度。
コイツの詳細はほとんど謎に包まれている。
だが、相当なやり手だろう。
そもそも“刃裟羅”って組織が赤木町で台頭してきたのは、ここ数年の話。
初めは小規模だったということもあり、俺達もしばらく様子を見ていた。
だが神木は、“刃裟羅”を信じられないスピードで成長させた。
そんで今ではうちと張り合えるくらいデカい組織になりやがったんだ。
(神木の奴、自分に探り入れる連中を容赦なく殺しとるんやろうな。知り合いの情報屋を使うんはちと危ないか。ほんならやっぱ俺が直接動くしかないな。狙いは幹部の誰かに絞ろか。神木よりは難易度低いやろ)
蓼丸は空を見ながら、脳みそをフル回転させていた。
(蓼丸の兄貴、どうしたんだろう。今日はなんか静かだ)
夏目は蓼丸を不思議そうに見つめていた。
「うっし…。夏目、こっち行こか」
沈黙していた蓼丸が、夏目の方を見てこう言った。
奴が指差したのは路地裏。
建物が陰を作っていて、昼間なのに薄暗い。
「えっ?そっちですか?なんでそんな暗めなところに?」
「なんかワクワクしてええやん」
「ワクワク、しますか…?僕は心臓バクバクなんですけど」
「上手いこと言っとらんで、はよ付いてこんかい」
「はっ…はいィ!」
蓼丸は躊躇なく路地裏に入る。
夏目はビビリながらも後に続いた。
ちなみにだが、こういう目立たない場所ってのは、しょうもない奴らの溜まり場になっている。
2人がしばらく歩いていると、案の定3人のチンピラが屯していた。
3人共派手な髪色をしていて、タバコを吸い、汚ェ声で笑ってやがる。
夏目はその空気に震え上がっていた。
(うぇえええ…。ヤバそう。…って、蓼丸の兄貴!?)
蓼丸は真っ直ぐチンピラの方へと歩いていった。
その足取りに迷いはない。
「なぁ兄ちゃんら。ちっと聞きたいことあるんやけど〜」
蓼丸は気さくに笑いながら、チンピラ達に話しかけた。
だが、奴らの反応は最悪だった。
「あァん!?なんだテメェ!」
「誰に口聞いてんだコラァ!」
「ナメてんのかオォン!?」
ちょっと話しかけただけだってのに。
チンピラ達から飛んできたのは、怒号だった。
(あー…ダメやな。話聞く気ないでこれ)
奴らの血の気の多さに、蓼丸は呆れ返った。
今にも殴り合いになりそうな勢いだ。
「喧嘩売ってんのか!」
「売ってへんて」
「死にたくなかったら金出せやコラァ」
「金なぁ……」
蓼丸は考えるような素振りを見せる。
(一旦大人しくさせるか。話にならへん。……っと、丁度ええ機会やな)
蓼丸はニヤリと笑って口を開く。
「ええで。喧嘩買ったる。ただし、コイツがな」
蓼丸は夏目を指差してそう言った。
「えっ…えぇ!!?僕ぅ!!?」
夏目は目ん玉が飛び出るくらい驚いた。
その隙に、蓼丸が夏目の後ろに下がる。
「兄貴!待ってくださいって!!」
「行ったれ夏目!10万ボルトや!」
「ピ○チュウじゃないですよ!!」
後ろでふざける蓼丸に、夏目がツッコむ。
そのやり取りは、まさに火に油を注ぐようなものだった。
「ナメやがって……」
「眼鏡、テメェがやるんだなぁ?」
「お前死んだぞ!」
チンピラ達の額に、青筋が立っている。
奴らの視線は、夏目に向けられていた。
夏目は助けを求めるように、蓼丸の方を見た。
だが蓼丸は、そっぽを向く。
(こっ…こうなったら、やるしかない!)
信頼する兄貴分からの助けは、得られそうにない。
夏目は震えながらも、腹を括った。
「うっ、うぉおおおおおおお!!!」
雄叫びを上げながら、チンピラ達の下へ突っ込んでいく。
だが腹を括ったところで、強くなれる訳じゃない。
夏目はあっという間にボコボコにされた。
「なんだコイツ、弱っ」
「何がしたかったんだ?」
「オラァ、後はテメェだなぁ!!」
夏目を潰したチンピラの目が、蓼丸の方へと向く。
「まっ、そう楽にいかないわな。ええでクソガキィ。相手したるわ」
蓼丸がチンピラ達を挑発する。
それにブチギレた奴らは、一斉に蓼丸に襲い掛かった。
「遅いねん」
「うおっ!?」
蓼丸は一瞬で奴らの懐に入り込んだ。
ふざけてはいるが、コイツも名の通った武闘派だ。
その辺のチンピラが相手になる訳がない。
数秒後には、奴らは地面を舐めていた。
「情弱はアカンな。俺を知ってたらこうはならんかったやろ」
蓼丸は倒れたチンピラの1人に歩み寄る。
そしてそいつの髪の毛を掴み、引っ張り上げた。
「いででででで!!!!」
「これくらいで泣いてんちゃうぞ。ナメとんのか?」
蓼丸はゼロ距離でチンピラに圧を掛ける。
さっきまでの威勢はどこに行っちまったのか、そいつは完全に震え上がっていた。
額からは、汗がドバドバ溢れていた。
「お前髪の毛雑草みたいやなぁ。刈ってええ?根っこごと」
「根っこ!?…いっ、嫌です…」
「ほな1個教えて?お前“刃裟羅”?」
「ちっ、違いますぅ!模範的なチンピラですぅ!!」
そいつはビビリ過ぎて返答がおかしくなっていた。
何にしろ、コイツらからはこれ以上何の情報も取れそうにないだろう。
もう用済みと判断した蓼丸は、そいつを放り投げた。
「お前ら赤木町におってもええけど、いらんことすんなよ。結城組はいつでも見とるからなぁ」
奴らが調子に乗らないよう釘を刺した後、蓼丸は同じくぶっ倒れた夏目の方へと向かう。
顔の近くにしゃがむと、額にデコピンした。
「いだっ_____!!」
「お前弱すぎや。あんな雑魚共に負けとんちゃうで」
数的不利があったとはいえ、奴らに傷1つ付けられなかった舎弟を叱責する。
「うち武闘派で通ってんねん。喧嘩弱くて話になるかい。強くなりぃ。10年20年後も『助けて兄貴』じゃアカンで」
「はい…。ずみまぜんでちた……」
顔面腫れまくっていたが、夏目はなんとか返事をした。
それから数日、蓼丸は柄の悪い奴を見つけては聞き込みを続けた。
夏目も気合い入れて付いてきている。
蓼丸の狙いは、“刃裟羅”もしくは下部組織の末端。
半グレは仲間意識が弱い奴が多い。
末端なら尚更だ。
わらしべスタイルで上を目指し、幹部まで辿り着こうっていう寸法だ。
だが単純に思えるこの作戦も、そう上手くはいかなかった。
“刃裟羅”の下っ端共は割と簡単に捕まるが、なかなか幹部クラスまで繋がらない。
いいところで、数日前の目撃情報くらいだ。
(半グレのくせに情報統制しっかりしとんな。いや、単に部下と交流しとらんだけか?)
幹部の雑賀や、No.3の牧浦…。
コイツらは自身の趣味嗜好で動いてやがる。
他の幹部もそうだとしたら、そもそも統制なんて無いんじゃないのか。
(自由人の集まりってことか?そうやとしたら、動きが予測しづらい。厄介やな)
蓼丸は顎に手を当て、考えながら歩く。
(蓼丸の兄貴、今日もまた静かだな……。“刃裟羅”の幹部との接触、流石の兄貴でも難しいのか…)
夏目は後ろから蓼丸を心配する。
「はぁ〜〜〜〜〜」
すると突然、蓼丸がデカい溜め息を吐いた。
急なことで、夏目はビクリと肩を震わす。
「埒が明かん。夏目、一旦帰ろか。別の方法考える」
「別の方法ですか…?わっ、解りました」
これ以上続けても埒が明かない。
そういうことで、蓼丸達は引き上げようと、結城組事務所の方角へ足を向けた。
その直後だった。
「うちのボスはなぁ、もうすぐ“刃裟羅”の幹部になるんだよ!」
そんな声が、蓼丸の耳を刺激した。
その方向を見ると、金髪坊主の男と2人組の半グレが向かい合っていた。
威勢がいいのは、金髪坊主の方だった。
「俺達“黒悪火”はもう無敵だ。バックに“刃裟羅”が付いてんだからなぁ。そんでテメェらどうすんだ〜?」
「チッ……!」
「おっ、おい!行くぞ!」
半グレ2人は悔しそうにその場から逃げ去った。
奴らの組織の規模はデカくないんだろう。
裏社会は弱肉強食。
弱者は強者に食われるのが常だ。
「ビビリやがって!ダッセェなぁおい!」
金髪坊主は腹を抱え、大声でゲラゲラ笑った。
周囲の人間は、奴に絡まれないよう、足早に通り過ぎていく。
そんな中、蓼丸だけはコイツに話しかけに行った。
「兄ちゃん、ちょっとその話詳しく聞かしてや」
「あ?」
3分後。
近くの建物の陰で、金髪坊主はぶっ倒されていた。
顔はコブだらけで、原型を留めてない。
無論これをやったのは蓼丸だ。
「弱すぎやろ。ダッサいのぅ。虎の威を借る狐やな」
蓼丸は奴の胸ぐらを掴んで、無理矢理立たせた。
「お、お前ら、しっ…死んだぞっ!おっ、俺のバックには、“刃裟羅”が……!」
「“刃裟羅”ァ?呼んでみィや。丁度探しとんねん」
弱った三下の脅し程度、通じる訳がない。
蓼丸はさらに圧を掛ける。
「俺らその“刃裟羅”とバチバチにやっとる結城組や。喧嘩上等やねん。何なら“刃裟羅”の前にお前殺してもぅてもええんやで?」
「ヒッ、ヒィ!!!」
金髪坊主は情けない声で鳴いた。
蓼丸は奴をもう一度地面に転がし、背中を容赦なく踏んづけた。
「なぁ。俺の聞きたいことに全部答えるか。それともここで死ぬか…。好きな方選び」
「こっ!答えます!答えますぅ!」
自分の命の前では、半グレの仲間意識なんて脆いモンだ。
コイツは秒で仲間を売る方を選んだ。
「まずは名前と所属、言うてもらおか」
「むっ、村田ですぅ!“黒悪火”で末端やってますぅ!」
「“黒悪火”の村田君な。きみのところのボスが“刃裟羅”の幹部になるんやって?その辺詳しく教えてくれへん?」
「はっ、はいぃ……」
村田は迷うことなく、洗いざらい吐いた。
“刃裟羅”の下部組織である“黒悪火”。
そこのトップの大林は、“刃裟羅”幹部への昇格を持ちかけられているという。
ただし、昇格するには試験をクリアする必要があるらしい。
「ほ〜ん?で、お前らのボスはどないしたら幹部になれんねん」
「あっ、あのぉ…。怒らないで、聞いてくれますか?」
「内容によるわ」
「ゆっ、結城組さんの構成員を、1人…攫うことです……」
その試験内容は、とんでもないものだった。
「あァん?」
それを聞いた途端、蓼丸の額に青筋が浮かんだ。
村田を踏む足に、力が加わる。
骨が軋む音が響いた。
「いでっ!いででで!」
「どういうことやコラァ。背骨折れる前に一気に吐け」
「ゆっ、結城組の構成員を!だっ!誰でも!いいので!“刃裟羅”に差し出せば!おっ、大林さんは幹部に!なれるんですぅ!」
「それ決行はいつや?」
「明日ですぅ!!明日の17時からにしろって、“刃裟羅”の人に言われてますぅ!」
「ほ〜ん?」
幹部昇格への条件。それは、俺達結城組の構成員を1人“刃裟羅”に差し出すこと。
奴らもまた、うちの情報を欲してるってことか。
何にしても、ナメてやがる。
「おいクソガキ。お前んとこのヤサどこや。言え」
「はぃいいい!」
村田から“黒悪火”のヤサの場所を聞き出すと、蓼丸は足をどけた。
「いろいろ教えてくれたし、お前は殺さんでおくわ」
「あっ、ありがとう、ございます……」
「10秒以内に消えぃ。じゃなきゃ心変わりするで」
「はっ、はぃいいいいい!!!」
村田は秒で立ち上がる。
そしてふらつきながらも、全力でその場から走り去った。
「蓼丸の兄貴…これヤバいんじゃ……?」
ここまでのやり取りを見聞きしていた夏目の顔からは、血の気が引いていた。
「せやな。今度こそ帰ろか」
蓼丸と夏目もまた、足早にその場を後にした。
蓼丸と夏目は事務所に戻ると、早速塚原に事を報告した。
「我らを捕らえるじゃと?“刃裟羅”の童共が。ナメおって……!」
塚原もまた、怒りを顕にする。
つっても、この人は若頭であり、年長者。
簡単には怒りに呑まれない。
「相分かった。他の構成員にはわしから伝えておこう」
「頼んます。”黒悪火“は俺らで潰すんで」
「増援は要るか?」
「そうですね…。1人連れていきたい奴が居まして。仙堂、どこおりまっかね?」
「ふむ…あやつか……」
仙堂の名前を出した途端、塚原は眉を潜めた。
「確かにあやつは腕は立つが、制御しきるか?」
「まぁ、行けるでしょ。あいつは強者との戦闘を好みます。ほんまは俺1人で余裕ですけど、なんか、強敵が来そうな気ぃするんスよね。知らんけど」
「ふむ……。あやつならトレーニングルームじゃろう。行ってみると良い」
「おおきに!」
蓼丸は夏目を連れて、トレーニングルームへ直行。
塚原の言う通り、そいつは1人でそこに居た。
桜髪の奴は、サンドバッグに拳を打ちつけている。
50kgはあるであろう砂の袋が、大きく揺れた。
「仙堂。ちょっとええか?」
蓼丸が呼ぶと、奴は振り返る。
「ヒッ…!」
夏目が小さく悲鳴を上げる。
奴の顔の左側には黒い炎のタトゥーが入っていて、目が猛獣みてェにギラついている。
誰の目から見ても解る。
コイツはまともじゃない。
「蓼丸の兄貴ィ。何かおもしれェことでもありましたか?」
悪魔のような顔で笑いながら、奴は訊く。
コイツの名は、仙堂春幸。
結城組の最強格の1人であり、組内で最もイカれた男だ。
「おもろいかどうか知らんけど、ちょっと”刃裟羅“の幹部陣とお話しとうてな。手伝ってくれへん?」
「面白いそうじゃないですかァ。勿論暴れていいんですよねェ?」
「カチコミやし、かまへん。まずは“黒悪火”っていうガキ共のとこや。ボスは生かしといてほしいけどな」
「なるほどォ…」
仙堂はニヤつきながら、床に放り出された上着を拾い、羽織った。
「解りましたァ。とりあえずそのクロオビのボス、半殺しにすればいいんですねェ?」
「半殺しなぁ…。まぁ奴らうちをナメてるようやし、かまへんで。喋れるくらいに留めといて〜」
うちには一騎当千の武闘派が揃っている。
そんな中で、蓼丸は敢えて仙堂を選んだ。
“刃裟羅”や“黒悪火”に対して、それだけ本気ってことだろう。
そしてこのカチコミが、予想外の衝突を招く。




