暴走
大型の石で作り上げられた砦は、各所に松明が掲げられていて暗闇にその威容を現していた。城閣が一つと尖塔が一つ。三日月が宙に浮いている他は大した物音もしない。
「絶賛犯行中にしては静かだな。警備も平常運転だ」
「そうね。残念」
「……暴れようとするな……ひょっとして兵士には知らせてないのか?」
ならばチャンスはあるかもしれない、とイサムは考える。
城閣の入口は、監獄の階段を上がったすぐ目の前だった。砦の正門は南側にあり、ちょうど中央にある砦の城閣本体の入り口も南側にある。
尖塔は東側だ。
正門と違って、城閣の入口は人より少し大きいサイズの鉄の格子状の扉が二枚、観音開きになっている。信じられないことに見張りはいない。
交代の時間だろうか。
イサムは神奈の手が刀の柄にかかっているのを左手で制しながら、そっと扉を引いてみる。すると扉は音も立てずにその口を開けた。
そっと中を覗うが、人の気配はない。そのままイサムを先頭に、二人の侵入者は狭い入り口の階段を昇り始めた。
防衛のために人がすれ違うのがやっとの幅だ。小走りに、けれども足音を立てないように昇ると、着いた先は広間だった。赤い粗末な敷物に、テーブルがいくつか置かれ、椅子も数脚並んでいる。
入口の側で一度止まり、そっと覗き込むと二十人近い兵士たちが、思い思いにたむろしていた。部屋の右側と奥に通路があるようだ。
(さて、どうしたものか……)
イサムが足を止め考え込んだ瞬間、悪寒が背中を走った。
すぐ脇を体勢を低くした何かが部屋に飛び込んでいった。
いや、何かではない。
神奈だ。
部屋に飛び込んだ神奈は、すぐに二人の兵士をすり抜けざまに叩き伏せていた。刀が鞘から抜かれ、部屋の中を縦横無尽に動き回る。
これは東部諸国連合の中でも伝説と謳われる五本の名刀の内の一つ「妖刀 喜瀬川」だ。すらりとした刀身はわずかに黒く、持つ者の心を狂わせると言われている。
神奈はうっすらと笑いを浮かべながらさらに三人目を袈裟懸けにして、ようやく事態に反応し剣を振り下ろしてきた兵士をその剣ごと横薙ぎに吹き飛ばした。
「安心せい、峰打ちじゃ」
「誰のまねだよ……」
神奈の宣言に半信半疑ながら、イサムはすぐに左手から消音の魔法を飛ばす。右手は振り下ろし、こちらは援護するように風の塊を部屋に投げ込み、直撃を受けた兵士がよろめくところを神奈が鞘で殴りつけた。
喜瀬川が妖しく煌めき、またひとり兵士が吹き飛んだ。鎧が半壊し床に転がる。
思い思いにくつろいでいた兵士たちは最初こそ戸惑ったものの、さすがに訓練された強者だけあって、すぐに武器を構え、神奈に突きかかっていく。
槍が繰り出され神奈を背後襲うが、神奈は視線もやらずに背中越しに喜瀬川で受け止めた。そのまま肘打ちを繰り出し相手の顔面にたたき込むと、回転して胴を薙ぎ、兵士は吹き飛ぶ。
確かに斬ってはいないようで、代わりに兵士は壁へ叩き付けられている。
あっという間に兵士の数が減っていく。
椅子は壊れ、金属製のテーブルはバターのように真っ二つ。置かれていた書類も吹雪のように舞った。
紅い羽織がふわりとなびき、兵士の悲鳴が魔法でかき消されていく。
数分ほどで騒ぎは収まった。
奇跡的なことに、この騒ぎの中駆けつけてくる兵士はいなかった。
部屋の真ん中には満足そうに刀を肩に担いで仁王立ちする神奈の姿があるだけだった。
「楽勝」
「楽勝じゃない。騒ぎを起こすな!」
神奈の頭にげんこつが落ちる。
「痛っ……てっとり早くていいじゃん」
「隠密って言葉知ってるか?」
神奈は肩をすくめて、刀を鞘に戻した。
「ちゃんと峰打ちしたのに……」
小声でぼやく神奈を無視してイサムはテーブルの上にあった書類のいくつかに目を通した。
「尖塔……なら右側の通路か……いくぞ」
倒れた兵士を足でつついている神奈に目配せすると、イサムは再び歩き出し広間を後にした。




