201 ダンジョンからの脱出
帰還ゲートを通り、ダンジョン出口付近まで戻る。
そこは最初の場所――暗くて広い、洞窟のような場所だ。石の壁に覆われ、天井があまりにも高い。
地面だけが薄っすらと青く光っていて、白い人骨の欠片が積もっている。
その一角に、女性たちの集団がいた。
「やっときた」
ブローケが言いながら近づいてくる。表情は疲れてはいるものの、明るく輝いていた。
「ブローケさん、ヨーグルトをありがとうございました」
「ははっ。気に入ってもらえたなら良かったよ」
「どうです? 出られそうですか?」
「うーん……どうしようって考えてたとこでさぁ。正直お手上げ」
この空間の出口――遥か上方を見上げる。
遠い。光もないため、まるで夜空のように遠く感じる。
「たぶん、何とかなると思います」
リゼットは確信して言う。
「ブローケさん、その前にこれを渡しておきます」
リゼットは手持ちのゴールドをすべてブローケに渡した。
これまでのダンジョン探索から得られたゴールドだ。
「それなりの額があります。当面の資金にはなるはずです」
これからブローケたち――ダンジョン内の集落で長年暮らしてきた人々は、ダンジョンの外で生活していくことになる。
何をするにしても資金は必要だ。
「外に出たら何があるかわかりませんから、念のため先にお渡ししておきます」
「ありがとう。有効活用させてもらうね」
「これも使ってくれ」
レオンハルトもブローケにゴールドを渡す。
「厳しい環境で生き抜いてきた君たちだ。外は苦労も多いと思うが、乗り越えられると信じている」
「あーもう、本当に王子様みたいだよね。ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
リゼットは小さく頷き、空を見上げる。
厚い石に覆われて見えない空を。
だが空は――母神の座する場所は、この視線の先にある。
「――貫く!」
リゼットが叫ぶと同時に、強力な魔力がまっすぐに空へ飛んでいく。それを阻む天井を破壊し、崩していく。一度では壊れないためもう一度、もう一度。
【聖盾】
上から降り注ぐ大量の瓦礫を、レオンハルトの魔力防壁が弾く。
土埃が収まるころ、上に光が見えて歓声が上がる。
本物の空の光は、まるで星のように明るく輝いていた。
「風魔法であそこまで飛びましょう。運べる人数は限りがありますから、少人数ずつ」
「アラクネ糸のロープならあるぜ。長さも充分だし」
ディーが取り出した白いロープに、ブローケが関心を寄せる。
「いいね。これがあれば皆あそこまでぐらいなら登れるよ」
「登るんですか? あそこまで?」
「ダンジョン暮らしの体力舐めないでねー」
自信たっぷりに言う。
「まずは俺たちで様子を見てこよう」
レオンハルトの言葉に、リゼットは頷いた。
「そうですね。安全を確認してから、ロープを下ろしましょう――ウインドリフト」
風魔法を使い、自分の身体を浮かせる。最初に試した時よりもずっと安定していて、これならパーティ五人まとめて運べそうだった。
五人で空中に浮き、ゆっくりと上がって穴から出る。
大聖堂の神の座には、床と天井に大きな穴が開き、開放的になっていた。空から光が差し込んでいてとても明るく、崩れた屋根の瓦礫が辺りに散らばっている。
幸いなことに、いまは誰もいない。
「派手にぶっ壊れてんな」
「ふふっ」
「この分だとすぐに誰か来そうだ。急ごう」
協力してロープを柱に括り付け、穴に垂らしていく。
すぐにロープがピンと張り、静かに揺れ、下から人が上ってくる。
一番最初にブローケが。その後も女性たちはしなやかな動きで、ロープを駆使して次々と上ってくる。
「うーん、この空気。何年ぶりなんだろ」
ブローケが大きく伸びをする。他の女性たちは外に出た感動と緊張で瞳を潤ませていた。
しかし、穏やかな空気は長くは続かなかった。
大聖堂深淵の神の座――その唯一の出入口から、誰かがやってくる。
それは教皇アマスフィアと、審問官ユドミラだった。
白く輝く祭服を纏った黒髪の少女のすぐ後ろで、ユドミラが控えていた。
(ユドミラさん……)
ユドミラと会うのは久しぶりだ。だが、再会を喜べるような雰囲気ではない。それでも元気そうな姿に安心する。
眼帯をつけたままなのを見ると、復元できる回復術士は見つからなかったのだろうか。
(メルディアナなら治せるのかしら……)
――それを相談できるような雰囲気ではない。
「これはどういうことですか……」
教皇アマスフィアの瞳は驚きと怒りで揺れていた。
女神教会によって、教皇によって、ダンジョンに捨てられたものたちが戻ってきている。
教皇としては完全に想定外の出来事のはずだ。
「あれがアマスフィア? あたしの知ってるアマスフィアと違う……」
ブローケがこっそりとリゼットに聞いてくる。
「教皇は、歴代教皇の記憶を継いでいくようですから……」
ブローケが知っているのは、いまよりも前のアマスフィアなのだろう。
「何をしたのです」
幼い少女は、その幼さに見合わない迫力で、声を低くしリゼットに問う。
「エルテリアさんたちから引き継いだ聖遺物を、本来の場所に戻してきただけです」
「……それだけでどうして、母神の存在も、巨人の存在も感じられなくなるのです。何より――どうしてあなたがここにいるのです!」
「方法は明かせませんが、母神の聖遺物により巨人は死にました」
聖遺物を取り込んだ腕で巨人の心臓を突き刺したこと。
レオンハルトに切り離してもらったこと。
その傷をメルディアナに治療してもらったこと。
すべて話せるほどには、女神教会のことも、アマスフィアのことも信用していない。
「大地の巨人が、死んだのですか……?」
「はい、間違いなく。使命とやらは果たしましたので、これで失礼させていただきます」
リゼットはスカートをつまんで一礼する。
すぐに部屋から出ようとしたが、アマスフィアはその場から動かない。
顔を青くし、ふらふらと揺れていた。まるでいままでの自分の世界が、足元が、信仰が、崩れ去ってしまったかのように。
「……世界の、秩序が……秩序が壊れる……身共が守ってきた、秩序、秩序が……」
「――教皇。あなたの言う秩序とはなんでしょうか? 母神は変わらずいらっしゃいます。天空から、私たちを見守ってくださっています」
空いた穴から見える空は、ひたすらに青い。
差し込んでくる光は眩くあたたかい。
世界は何も変わっていない。秩序は何も揺らいでいない。壊れていない。
「なぜ……どうしてこんなことに……」
「お姉様が手負いのジャイアントキリングベアーよりも恐ろしいと知らないで、利用しようとするからですね」
メルディアナがぽつりと呟く。
――ジャイアントキリングベアー。強く、恐ろしく、美しく、おいしい地上モンスター。
「……こんなことがあってはならない……母神の聖遺物が失われたなど……」
「失われてはいません。巨人と共にあるのですから」
「我々の管理下になければ、ないのも同じ――! そうしなければ、人々は安心して過ごすことができません。世界の秩序を守らなければ」
ユドミラに、怜悧な視線が向けられる。
「ユドミラ、すべて消去しなさい」
「…………」
「……あなたまで私を裏切るのですか?」
声は触れれば切れそうなほど冷酷だった。
「あなたはいまこの瞬間のために存在するというのに……恐れているのですか? 嘆かわしい……ならば、我らが執行しましょう。聖女たちより献上されてきた聖遺物――女神の力で」
アマスフィアの瞳の奥に灼けるように強い光が灯る。
呼応するように、アマスフィアの周囲に淡い光がいくつも生まれる。それぞれからは火の魔力、水の魔力、土の魔力、風の魔力が強く発せられていた。
「神を裏切る者たちに天罰を」
それらがアマスフィアの身体に吸い込まれていく。
アマスフィアの身体は黄金色に輝き、揺らぐ光が周囲の空間を歪めてゆく。
その姿はまるで、黄金の女神だ。
もはや女神そのものと化したアマスフィアは、力強く輝く瞳でリゼットを見つめる。
「この世界のすべてを、神と我らのもとに――」





