200 宴会
リゼットはレオンハルトと一緒に火をおこし、エンシェントドラゴンステーキを焼く準備をしていく。
「リゼット、その、手は大丈夫なのか?」
「はい、こうしてまた料理ができるのは嬉しいです」
心配するレオンハルトに、リゼットは笑顔で答える。
「でもやっぱり、オリハルコンの包丁は惜しかったです……あんなに切れ味のいい包丁、もう出会えないかもしれません」
「またドワーフに打ってもらおう。オリハルコンは難しいかもしれないけれど……」
料理をしている間、他の三人はミーミルベリーを食べていた。
「このミーミルベリー? 甘くて美味しいわ。あっという間に若返りそう」
メルディアナは特に気に入ったようだった。
ステーキを焼きながら、リゼットはこれまでのいきさつを話す。
エンシェントドラゴンを倒した後、長い時間をかけて塔を下りて、巨人の心臓を聖遺物『母神の右手』で殺したことを。
「うまくいってよかったです。下手をすれば、私たち皆死んでいたかもしれませんからね」
「とんでもねえこと軽く言うよなぁ」
ディーは呆れ顔で、ダグラスは信奉の眼差しでリゼットを見ていた。
「大地の巨人を倒すとは……リゼットさんはまさに母神の愛娘――なのですね」
リゼットは曖昧に微笑んだ。
ダグラスなりの最上級の誉め言葉なのだろうが、なんとも落ち着かない。
「皆さんは三人でここまで下りてきたのですよね?」
「まっ、地図があったし、厄介な階層ボスはいなかったからなんとかなったな。でも割とギリギリだったぜ。メインの攻撃役がダグラスしかいねーし。何回死にかけたことか」
「ここまでこれたのは、わたしのおかげです」
メルディアナが胸を張って言う。
「否定しねーけど肯定したくねぇな。ああ、そーいやこれ、ブローケから」
ディーがリゼットに渡してきたのは、たぷんとした皮袋だった。
中を見ると、乳白色の柔らかい固形物が入っている。
「まあ。この色、この匂い――ヨーグルトですか?」
「アクリスの乳からつくったやつだとよ」
「素敵です。ミーミルベリーのソースでいただきましょう。きっととても美味しいですよ」
想像するだけで頬が緩む。
「ブローケさんたちは元気そうでしたか?」
「元気元気。もう地上を目指して動いていたぜ。地図の写しを渡してるから、上までそう苦労しねーだろ」
「早く会いたいです」
リゼットはステーキを焼くのをレオンハルトに任せることにした。肉を焼くのはレオンハルトの方が上手だ。
リゼットはミーミルベリーを集めてソースを作る。皮ごと潰しながら煮詰めていき、火が通ったところで水魔法で冷ます。
そうしてほどなく、エンシェントドラゴンのステーキと、アクリスヨーグルトのミーミルベリーソース添えができあがる。
食事の準備ができて、みんなで集まって、ダンジョンの底――ミーミルベリーの林の中で、ささやかな宴会が始まった。
「いただきます」
メルディアナは皿の上のエンシェントドラゴンステーキをじっと見つめた。
そして、躊躇せずにぱくりと食べる。
「おいしい……!」
感激の声と共に、満面の笑みが浮かぶ。
「あー、マジでうまいなこれ。あのドラゴンを食ってるって思うと胸がスッとするな」
「ええ。これは大変美味です。ノルンダンジョンのツインヘッドドラゴンステーキも味わい深かったですが、これもまたなかなか……」
ダグラスは感慨深そうにエンシェントドラゴンステーキを食べていく。
「このダンジョンで色んなモンスターを食べたけれど、これが一番おいしいわ……わたし、きっと、ずっとこのドラゴンステーキを忘れない……おかわりはあるかしら?」
どんどんステーキを食べ、どんどん若返っていくメルディアナを、リゼットは微笑ましい気持ちで見守った。
一緒に暮らしていた時でも、こうやって一緒に食事をすることは、ほとんどなかった。こうした時間を持てたことを、本当に嬉しく思う。
――それにしてもメルディアナの食欲はすさまじい。
「食材が少し足りませんね。いっそ巨人の心臓も料理しましょうか――」
ちらりと奥の方に視線を向ける。
「それだけはやめてくれ!」
「絶対ヤダ!!」
レオンハルトとディーが断固拒否してくるので、仕方なく諦める。
リゼットはドラゴンステーキは少量で終えて、アクリスのヨーグルトにミーミルベリーのソースを混ぜて食べる。
「ふふっ、それにしてもこのアクリスのヨーグルト、コクがあってすごくおいしいですね。ミーミルベリーとよく合いますし」
幸せな気持ちで満たされていく。
料理の品数は少なく、酒もないが、リゼットにとっては一番楽しい宴会だった。
すべて完食し、心身ともに満たされるころには、メルディアナは完全に若返っていた。
やはりモンスター料理はすごいとリゼットは思う。栄養がある。力がある。
「そういえば、地上の方はどうなっているのでしょう」
気になって呟くと、リゼットの中からルルドゥとフレーノが飛び出てくる。
『気にするほどのことではない。世界のかたちがほんのわずかに変わっただけだ』
『まあ、たいした影響はありませんの。少しばかり揺れただけです』
そこに存在するのが当たり前のような二人を見て、リゼットはほっとした。
聖遺物を切り離したいと思って女神教会の総本山にまで来たのに、いまは二人の存在に癒されている。
(まあ、これはこれで楽しいですし)
賑やかでいい。
「たいした影響がないのならよかったです」
「だとしても、女神教会は大混乱だろう」
レオンハルトが言い、ディーがリゼットを見る。
「お前、外に出たらヤバいんじゃね?」
「リゼットが戻ってくること自体、教皇にとっては想定外だろう……しかも聖遺物である『母神の右手』は巨人と一体化して取り出し不可能で、何より巨人が死んだなら――」
レオンハルトが考え込んでいる。
「大地の呪いも噴き出さなくなったら、女神教会も、聖女も、お役御免よね」
メルディアナが冷静に言う。
レオンハルトが表情を曇らせた。
「権力者は、権力を失うことを一番恐れる。女神教会も権威が失われることを良しとしないだろう。巨人の死をずっと隠していくつもりなら、ダンジョンから戻った俺たちを逃がす気はないだろう」
「女神教会に追われる立場になるのは勘弁してほしいぜ……あいつらどこにでもいるぜ?」
「いっそ海を渡って、誰も私たちを知らない場所へ行きましょうか」
いっそ全員で。楽しい旅になるだろう。
「わたしは嫌よ。冒険者とか、ダンジョン探りなんて」
メルディアナは顔を顰めていたが、何か思いついたのかぱっと目を輝かせた。
「お姉様が現教皇を倒して、新しい教皇になればいいのよ!」
「過激派すぎんだろ!?」
レオンハルトが呆れ顔で嘆息する。
「さすがに教皇選出はそんなシステムじゃないだろう……王じゃあるまいし」
「王様ってそんなシステムなのかよ!?」
「割と」
「マジか……」
愕然とするディーをダグラスが苦笑しながら眺めている。
「次期教皇の選出は、教皇による指名制です。ですが――」
まっすぐな眼差しがリゼットを見る。
「いまのリゼットさんが教皇になられるというのなら、反対するものはいないでしょう」
「ンなバカな。こいつが教皇? それこそありえねーよ」
「そうでしょうか。リゼットさんこそ相応しいと思います」
リゼットは慌てて首を横に振る。
「そんな面倒そうな立場は嫌です。私はまだまだ自由でいたいんです」
教皇なんて地位。想像までもなく面倒そうだ。
「ふぅん。じゃあ、わたしが新しい教皇になろうかしら」
メルディアナの発言に、全員が驚きで言葉を失った。
「どんだけ自信家だよ……」
「いえ、メルディアナなら……可能かもしれません」
こうと決めたら手段を選ばないのがメルディアナだと、リゼットはよく知っている。
教皇になると決めたなら、どれだけ時間がかかっても、どんな手段を使っても、成し遂げてしまうかもしれない。
「――ここのダンジョンマスターの話だと、教皇は歴代教皇の記憶を継いでいくらしい。それを継ぐ気があるのなら――」
「そんなものいらないわ。新しい時代には邪魔なだけよ」
レオンハルトの言葉を、メルディアナはばっさりと切り捨てる。
その表情は自信に溢れている。
「メルディアナ、どうして教皇になりたいんですか?」
「だってそうすれば、毎日おいしいごはんが食べられるでしょう? 教会のごはんも悪くはないけれど、素朴すぎるのよね」
「なるほど。食事は大切ですね」
リゼットはうんうんと頷く。
「それで納得すんのかよ」
ディーの呆れたような呻き声が響いた。
「――それでは、名残惜しいですがそろそろ地上に戻りましょうか」
ミーミルベリーでアイテム鞄の隙間を隈なく詰め込んで、リゼットたちは帰還ゲートに入った。





