東京大会開会
4月19日。東京都千駄ヶ谷に到着した俺たちは、大会中宿泊するホテルのチェックインを済ませ、新国立競技場にいた。大会への参加受付は各会場で大会の前日17時までの期間に行われる。そのため、俺たちは受付までやってきたのだが…
「大会にはどっちかしか出さないってどういうことだよ」
「二人共出場したところで、優勝できるのは一人だけだ。仮に二人共出れば、この一年間お前たちは何度も試合をすることになる。まだ実戦経験の少ないお前たちが同じ相手と戦うと、変な癖がつくからやめた方がいい。今回に限らず大会に参加するのは交代で一人ずつだ。空いた方は大会の警備に参加してろ。そっちは大会で一度でも優勝できれば参加できるから。多少の仕送りをするとは言え旅には金がかかる。生活費はできる限り自分達で稼げ。それに警備には他の然者やその候補が参加している。彼らから何かヒントがつかめるはずだ」
「分かったよ」
父さんの説明は的を射ていると思わされ、俺も晴人も反論するよりも受け入れてしまった。交代で参加するとなると、一年間の全12大会の内、参加できるのは一人6回。然者になるには5回優勝しなきゃいけないから負けが許されるのは1回だけ。正直かなり厳しいと思う。けど、二人で旅に出て、然者を目指すって決めて時から二人で10勝しなきゃなのは分かってたことだ。そのために凛さんにも手伝ってもらった。なんとしてでもやってみせる。
「そういえば、晴人の刀はいつ届くんだろう」
「それなら、この東京大会までに手配するって言ってたぞ」
「えっ、聞いてないんだけど!晴人は?」
「初耳です」
「悪い悪い」
笑いながら顔の前で手を合わせる見慣れた姿に呆れつつも刀の配送の詳細について聞いた。
「刀は11時にここに届くって言ってたけど、どうする?今は10時だからまだ1時間あるけど」
「僕はここで待ってます」
「そうか。じゃあ、俊はここの練習場で調整してろ」
「練習場?そんなのあるの?」
「大会の1週間前から練習場が仮設されるんだよ。そこだったら発現もできるから」
「分かった。行ってみる。父さんは?」
「俺は明日に備えて寝てるは。どっちが出場するか決まったらちゃんと登録しとけよ。忘れたらシャレにならねえからな」
そういって、父さんは会場を後にした。その後、俺も晴人と一旦別れ、練習場へと向かった。
大会参加受付所、ロビー。俊とおじさんと別れた後、刀が到着するのを待っていた。
「見た感じ、受付所で配達受け取りはやってなさそうだし、11時に来るって言ってたから、多分誰かが届けてくれるんだろうなぁ。修理業者か、宅配業者か、ちゃんと僕の荷物って分かるか不安だ」
そんなことを思いながら待っていると、続々と大会の参加登録をしていると思われる若者が集まっていた。おじさんの口ぶりでは移動しながら各地の大会に参加する人は少ないはずだから地元民が多いのか。さすが東京、優勝のハードルが高そうだ。こういう時、俊なら「周りが誰だろうが優勝するやつは優勝する」って燃えるんだろうなぁ。なんだかんだそういう言葉に今まで励まされてきたから、参加が一人な以上これからは僕自身が強くならないと。
そんなこんなで大会や、自分の性格やらを考えているとなんだか外が騒がしくなっていた。
何かあったのかと思っていると、喧騒はこちらに伝播し、その中心と思われる一人の女性が受付所に入ってきた。彼女は周囲をキョロキョロとし、僕と目が合うとこちらに笑顔で近づいてきた。
「おはよう、この間ぶりだね晴人くん」
「おはようございます、凛さん」
「俊くんは一緒じゃないの?」
「はい。俊は練習場に行ってます」
「そう。まぁいいや。大会前に会えるかと思ったけど、俊くんには今は練習が一番だし。それに、今日は晴人くんに会いに来たんだし」
そういって向けてくる笑顔を見ると思わず、ドキッとしてしまう。恥ずかしいからあんまり顔に出さないようにしてるけど、実は結構嬉しい。
「それはありがとうございます。もしかして、僕の刀の配達のことだったり…」
「むぅ、正解。私が持っていけば絶対びっくりしてくれるって思ったのに。なんかつまんないなぁ~」
正直、思いつく理由がそれくらいしかなかったのだが…凛さんの顔を見てから輝石の武器を持ち歩けるのは然者と大会に参加中の人だけだったような気もしてきていたし。だが、そんな僕にも凛さんは、少しふてくされながらからかってくる。特訓の時は俊が餌食になることがほとんどだったが、ふとした時の凛さんの子供っぽさの抜けないお姉さんみたいな一面から面白い人だと感じる。
凛さんは荷物からピカピカになった僕の刀を出して、渡してくれた。
「はい、どうぞ。なんとか大会までにと思って急いでもらったけど間に合って本当に良かった。折っちゃった所もくっついて全部きれいになってると思うけど、ちゃんと確認をお願い。それから、刀を壊して本当にごめんなさい」
「そんなに謝らないでください。大会に間に合いましたし、刀もあの試合前よりきれいになってますし。それに、あの試合で学ぶことも多かったです。あの時、僕は刀が折られても当然の状態でした。試合ができなくなったことで、自分を見つめ直す良いきっかけになりました」
僕の言葉に顔を上げると、凛さんは心底満足そうだった。
「あの試合に意味を持たせてくれてありがとう。大会は交代で出るのは聞いてるけど、明日からの大会は私も会場で見てるから、晴人くんが出ることになったらあれからの答えを見せて。もちろん、俊くんがでたら彼の成長も楽しみだけど、俊くんにもよろしく伝えといて」
「はい、大会では全力でやります。凛さんが見てるならがぜんやる気も出ますしね」
「もう、上手なんだから。それじゃあ、私はまた予定があるから。もう、行かなくちゃ」
「そうですか、頑張ってください。刀を届けてくれてありがとうございました」
「いえいえ、壊したのは私ですから。またいつか、俊くんも一緒にゆっくりお話しましょ。バイバーイ」
「また、会いましょう」
そう言いながら、お互い手を振って別れた。そして、僕は凛さんに試合を、僕の姿を見てもらいと思っていた。前はあんな形で終わりだったからこんな風に思うんだろうか。とにかく、俊に会って話さないことには何も進まないし、練習場に行こう。刀の練習も必要だし、凛さんにも俊によろしくと言われたし。
そうして、練習場で俊と合流し、凛さんのこと、刀が帰ってきたこと、大会には自分が出たいことを話した。すると、俊は思いのほかあっさりと大会の出場を譲ってくれた。僕がこんな風に自分の希望を言うことが珍しいと少し嬉しそうでもあった。
「ありがとう、俊」
「全然いいよ。警備のバイトも一回目はさぼれるし。今回はスタンドから見てるから頑張れよ」
少し照れながらもお礼を言って、僕は大会にエントリーした。
参加登録の後、練習場で俊と一緒に特訓をし、ホテルに戻った。僕が参加するとおじさんに電話で伝えると「そうか、晴人が先に出るのか。優勝しろよ」と、俊と同様に少し嬉しそうに応援してくれた。それにしても僕はそんなに積極的じゃないと思われているのか。自覚はあったつもりだったが、思っていたより重症らしい。
4月20日午前8時。一夜明け、いよいよ大会当日だ。大会には晴人が出て、俺は応援することになった。もちろん晴人には優勝してほしいし、全力で応援するが、今日の試合観戦は俺のためにもなる。前者志望の人達がどんな戦い方をするのか俺も晴人も知らない。様々な戦術に対応できるように今日はよく見ておこう。
大会が行われる新国立競技場はすでに観戦席のほとんどが埋まっており、大盛況だ。晴人を含め、出場選手は、すでに控室で待機している。大会の試合が行われるのは10時からだが、新年度初の大会ということで9時から開会式があるらしい。20日にもなって新年度の開会式ってなんて思ったが、そんなこととても言えないくらいの盛り上がりだ。ちなみに父さんも俺の横で盛り上がっている。父さんによると開会式が行われるのはこの東京大会だけで、式の様子が全国にライブ中継されるらしい。
人だかりから俺もどんな開会式なのか楽しみにしているうちに9時になった。
「ただいまより、今年度の志然大会の開会式をはじめます」
開会のアナウンスと共に、軽快な音楽が会場に響いた。会場のボルテージが上がり、音楽が流れ終わった瞬間、視界が眩い光に包まれた。
「まぶしい」
時間にして1秒。一瞬の時間だった。
この光、この感覚。俺は一瞬のうちに最近の記憶が頭の中に浮かんでいた。光が消え、視界が戻るにつれ、俺の推測が確信に変わる。さっきまでは誰もいなかった競技場に一人の人、女性が立っていた。
「凛さん」
「おおー」
会場から歓声が一気に上がる。みんな光で反応が一瞬、遅れたのが凛さんを引き立てる良い演出になっている。
そこにいるのは先日、俺たちを特訓してくれた凛さんだ。俺が感じた感覚は間違いじゃなかったのか。昨日、晴人に刀を届けてくれたって言ってたけど、こういうことだったのか。
凛さんは微笑むと、剣を掲げた。
「ただいまより、然上会の名のもとに本年度の志然大会の開会を宣言します」
「おおー」
「ファーン、ファーン…」
凛さんの宣言に合わせ、彼女の剣が発光し、美しい光線が四方八方に放たれ、会場が照らされた。観戦客も光線に魅了され、どこかしらも声が上がっている。
「本年度も未来ある然者が多く生まれますように」
「シュウィーン」
今度は放たれていた光線が収束していき、剣に全ての光が収まったと同時に、剣先から一気に光が遥か彼方まで解き放たれた。
「ビューン」
光の柱の出現から消滅、美しく降り注ぐ光のかけらの雨。凛さんの技の堪能し、会場は今日最大の盛り上がりを見せた。
こうして、大歓声のままに開会式は終了した。この後、いよいよ大会スタートだ。