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 わたしの部屋は二階の東の端にあった。

階段を上って正面というもっとも近い場所にある。それに対して魔王さまの部屋は階段からは一番遠い西側にある。二階の廊下の行き止まりの黒いドアが目印だ。

 自分の部屋はこの屋敷に来た時に自分で選んだ。本当は自分の部屋なんて必要なかったけれど、一度冷たい石畳の上で寝ていたところ起きたらこの部屋のベッドの上にいた時からわたしはこの部屋で眠るようになった。

運んでくれた人なんて決まっている。この屋敷には魔王さまとわたししか居ないのだから。


―――ギィィ


 重たいノブを捻ってドアを押すと軋むような音がして階段が見えた。

まだ朝は早く魔王さまは寝ているはずだ。わたしは軽い調子で階段を駆け下りていった。外に行くのだ。また木の実や果物が実っていたら魔王さまにケーキを作ろう。


 外に通じるドアは一層分厚く重いが、それもなるべく音がでないように開けてわたしは外に飛び出した。帰ってきてから魔王さまを起こせばちょうどいい頃だろう。


「んーっ」


 腕を真上にあげて筋肉をぐっと伸ばす。肺に吸い込んだ空気は澄み切っていて本当に気持ちがいい。

背の高い木々も深呼吸をするようにさやさや揺れた。足元の低い鋭い葉も夜露にぬれてぴかぴかしている。

、と


「あ、れ?」


 正面の木の向こう側にチロっと覗いた影が気になり少しずつ近づいてみる。風が吹くたびゆるゆる動くそれの正体がわかったとき、わたしの口は無意識にまあるく開いた。


 そこにあったのは、否、そこに咲いていたのは、朝焼け色の花弁を五つ持った小さな花だった。

この屋敷の周辺、しかもこんな近くに花が咲いているのを見るのは初めてだった。それどころか、花自体を見ることさえ久しぶりのことだった。


―――花なんて咲くのか。


 前に花を見たのはいつだっただろうか。ここに来るよりずっと前だ。

魔王さまに出会うよりも、もっとずっと、前のことだ。


「………」


 動けなかった。

わたしの小指よりうんと細い茎に薄い葉を携えたそれを前に、わたしはなんだか動くことができなかった。

綺麗だなぁと思う。だけど同時に胸のあたりがギュウと痛んだ。

 

 この痛みは何だろう。

病気だろうか。

死んでしまうかもしれない。なんとなくそう思った。

それでも構わないなと思う。死はいつだってそばにあるものだ。


「………」


 わたしはしばらくしてから、その花の細い茎に指を添えた。

死ぬ前に、この美しい花を魔王さまに見せたい。

そう思ったけれど


――グシャ


 花はあっけなく散った。

わたしの手のひらの中で潰れてしまった。






―――ころしてしまった。



 胸の内側がスッと冷えた。

目の前がまっ黒になって。

世界が反転したところで

わたしの意識はブツリと切れてしまった。




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