起きて
「…魔王さま」
長い睫がつくる影にゴクリと喉を鳴らしてから、遠慮がちにそうっと声をかけてみる。
だけどその小さな声もちゃんと拾ってくれたらしく、魔王さまの瞼がゆっくりと上がった。
「……」
わたしが灯した蝋燭の明かりを受けて、薄く開かれた魔王さまの群青色の瞳がよく見えてわたしはニコニコしてしまう。深いその色は宝石のようだといつも思う。
「……ララ」
わたしを一瞥してから魔王さまは低い低い声でわたしの名前を呼んだ。
最初の頃はこの鋭い視線にびくびくしていたけれど、今なら寝起きでぼーっとしているだけだと分かる。この人は少し寝坊助なのだ。
「はい、ララです。魔王さま、今日はララのケーキを一緒に食べる約束です」
椅子に座っている魔王さまの隣に立ってえへんっとそう言ってみるものの、返事がない。
もしや、と顔を覗きこんでみると、やはり魔王さまは瞼をしっかり閉じている。
思わず息をつきそうになるが、ぐっと堪えて冷たい石畳にペタリと座り込んだ。剥き出しの足にひんやりとした冷気が伝わってくるがお構いなしに魔王さまの寝顔を見つめる。
この人はほんの小さな音でも目を覚ましてしまうから、声は出さずにパクパク口だけを動かしてみる。
ま、お、う、さ、ま。
…よかった、起きない。
ほっと安堵したわたしはなんだかウキウキしてもう一度口を開いてみる。
ね、ぼ、す、け。
…すごい、起きない!思わず口元を両手で覆って笑ってしまった。
いまだに魔王さまは綺麗な寝顔のままだ。蝋燭の揺らめきに合わせて、魔王さまの後ろで低い位置にひとつに束ねた群青の髪が艶めく。
「………」
この人はずるいと思う。
ゆら、ゆら。蝋燭の揺れに吸い込まれるように、わたしは魔王さまから目が離せなかった。
こんなに、簡単に、寝顔なんて晒しちゃだめです。わたしはいつでもあなたのこと、殺せるのに。
ばかですね。殺されちゃっても知りませんよ。
ふと笑いがもれて、自然に口が開いて
す、
「わ、あ…!!!」
何かを紡ぎかけたところでスッと魔王さまの瞼が上がって、すぐさまわたしを捉えた。
わたしは思わず素っ頓狂な声をあげて後ろに飛びのいてしまった。
「…何を遊んでいる」
魔王さまは怪訝そうな顔をしてわたしを見たけれど、わたしはそれどころではなかった。
下から魔王さまを恨みがましく睨みつける。
「起きるなら…起きるといってください…」
「起きた」
そうじゃない…とグチグチいうわたしを椅子から立ち上がった魔王さまがひょいと抱え上げてしまう。
いつ脱いだのか、背中からバサッと魔王さまの上着をかけられる。途端にひんやりとした空気から遮断される。
…あ。
魔王さまが部屋を出ていき廊下を歩くその肩で心地良い振動を感じながら、わたしはだらしなく頬をゆるませた。
「魔王さま」
「何だ」
「ごめんなさい、これからは椅子に座りますね」
返事は無いけれど、それから、とわたしは続ける。
「ケーキは一階です」
肩から伝わってくる温度がじんわりと温かくて、わたしはまた両手を口にあてた。




