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High A of the YBC   作者: 枕木悠
第二章 流浪の行進曲
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第二章⑤

シックス・タワー・ブリッジでホウェールズの音楽隊のワゴンの検閲を行っていたのは宮殿に仕える魔女、センジュとユウキだった。二人は深緑色のブレザーに白いミニスカートという宮殿の魔女の正装。その左腕に『HIGH A』の赤い腕章をつけていた。厳戒態勢の意味である。センジュとユウキは共に同い年だが、センジュの方は圧倒的に年上に見えて、ユウキの方は圧倒的に年下に見えた。そのくせよく働き、車内の細かいチェックまで行うのはセンジュだった。真面目な顔で音楽隊に様々な文句を言われようが、様々な所を開けて取り出して触って、それが安全か危険かを確かめた。一方のユウキは意味もなく笑いっぱなしで音楽隊と世間話に花を咲かせながら、つまらない冗談を言い合っていた。ユウキは箒を抱き締めながら、音楽隊の、主に男性の二の腕とかを触り、「すごーい」と高い声で言う。それで音楽隊は、少し気分がよくなる。音楽隊の一人はユウキに名前を聞いてくる。その頃にはセンジュのチェックは終わる。政府への提出書類のチェック項目はもれなく埋まっている。ソレは魔女の成績に、少しだけ影響がある。

「オーケ、言っていいわよ」

 センジュは運転席に座る、確かトランペット奏者に許可を出した。トランペット奏者はユウキにまだ何かを伝えたがっていたが、センジュの鋭い目付きと、

「何をしているの、早く渡りなさい!」という鋭い口調に、アクセルを踏む。

「じゃあねぇ」橋の上に走り出すワゴンにユウキは手を振って見送る。

 ユウキとセンジュは顔を見合わせた。センジュは相変わらず仏頂面。しかし、大事な仕事が順調に進んでいることに喜びを感じる、私たちは素晴らしいコンビである、ということ目に込めて確認し合った。

センジュとユウキは並んで立つ。センジュは次に待っていたワゴンに前に進むようにサインを送った。

ワゴンはゆっくりと進んできた。

運転席が二人の前に来る。そのワゴンはシティ・リンクのものではなかった。ロゴが入っていなかった。自家用車だろう。センジュは少し警戒する。その窓ガラスが開く。レコードプレイヤが回転していて音楽が外に漏れる。運転席には女性のように髪の長い男性が座っていた。顔立ちも女性っぽい。センジュは中を見て今までのワゴンに乗った音楽隊とは雰囲気が違うと感じた。まず、身なりがラフだった。

「どうも、よろしく」

「どうも、宮殿に仕えるセンジュと言います、招待状を」センジュは短く言った。

「コレです」

 差し出された招待状をセンジュは確認する。その間にユウキは後部座席の筋肉質の男とすでに仲良くなっていた。招待状に寄れば、このワゴンに乗っているのはフォレスタルズというホウェールズの音楽隊の前座を務めるバンド、ということだった。正式な招待状であることは間違いない。リストにもきちんと載っている。だが、しかし、バンドは四人のはずだ。

「人数が違うようですが?」センジュが尋ねた。

「え?」

「この招待状で招待されているのは四人のはずです、五人じゃないでしょう」

「ああ、新しいメンバーなんですよ」運転席の男性はさらりと言った。不自然さはない。しかし、不自然だ。

「その新しいメンバーというのはどなたです?」

「私です、」後部座席に座っていた少女が言った。「新メンバーのアンジーです」

「東洋人?」センジュはアンジーの顔立ちを見て聞く。

「台湾人です」

「レコードを止めて、」センジュは命令口調で言う。車内は静かになった。「新メンバーなんて話、聞いていませんよ」

「そりゃ、そうだよ、招待状が来てからだ、アンジーが入ったのは」

センジュは心から怪しいと感じた。別に不自然な所はない。経験から推測しているだけだが、センジュの勘はよく当たる。魔法の一種とも言えるだろう。ゆえにセンジュはこいつらの言うことを信じない。「とにかく、アンジー、あなたはここで降りてください」

「え? どうして?」アンジーの隣に座る瞳の大きい女性が言った。

「アンジーは招待されていませんから」

「そんな、招待されたのはフォレスタルズでしょ? だったらいいじゃないの」

「よくありません!」センジュは語気強く言った。「屁理屈です、この招待状でファーファルタウに行けるのはジョン、バリー、ハンス、ノウラの四人だけです、融通は利きません、融通は利きませんから」

「……それじゃあ、新曲が披露出来ないね、新曲にはアンジーのキュートなコーラスとタンバリンが不可欠なのに、」助手席の男性が言う。「残念だ、非常に」

「そうね、」瞳の大きい女性が頷く。「それじゃあ、ライブをする意味がないもの、五人のライブを楽しみにしていたのに、ねぇ、ミンス、……って、おいっ」

「いたっ、」ユウキと話し込んでいた筋肉質の男は殴られた。「へ? ああ、そうだな、五人でライブ出来なきゃ意味ないな、帰るか?」

「そうだな、」運転席の男性が頷く。「せっかくのご招待だが、融通が利かないんだったら、帰ろうか」

「えっ?」そういう返答をセンジュは予想していなかった。少し、調子が狂う。でも、少しだけだ。「帰る? 国王の招待ですよ、それを断ろうっていうんですか? 罰則が降りますよ」

「そのときは融通が利かなかったと上手く説明すればいい、」助手席の男は医者のように落ち着いていて、その言葉には説得力があった。「それに罰則といっても金で済む問題だったら払えばいい、僕らは世界的なバンドだからいくらでも金がある、罰金よりもアンジーを一人にする方が僕らにとっては不幸なことだからね」

「じゃあ、しょうがありませんねっ」

アンジーがにこやかに言って車内の意見は完全に一致した。

「そんな、ちょっと、待ちなさい!」この段階でセンジュは慌て始めた。ユウキもミンスを喜ばせることを中断してセンジュの横に並んで青い顔をする。

「まだ、何か?」運転席の男性はレコードプレイヤのスイッチを入れた。再び音楽が鳴り始める。

「レコードを止めて、エンジンを切りなさい」

「コレからユー・ターンして帰るのに、エンジンもレコードも止めるの?」

「融通を利かしてあげるって言ってるのよ!」

センジュの隣のユウキが叫んだ。その顔に笑顔はない。検閲の不手際で招待客を帰らせたという風に国王が理解したらどうなるか分からないからだ。検閲に厳しさは必要だ。しかし過剰という判断を下されたら、相手は前座とはいえ、ゲストである、自分たちの首がどうなるか分からない。何もないかもしれないが、何か恐ろしいことになるかもしれない可能性がある。ユウキはこれからもセンジュと宮殿の暮らしを続けたいから必死だった。

 運転席の男性は後部座席に顔を向けた。センジュとユウキからは表情が見えない。

 後部座席の女性とアンジーが小さく頷いて、運転席の男性が振り返って言った。

「ありがとう、じゃあ、通るよ」

『駄目よ!』センジュとユウキの声はユニゾンする。二人は言葉を続けようとした。センジュはユウキに譲った。「とにかく、エンジンを止めなさい」

「しょうがないな」エンジンは止まった。

「許可を取ってくるわ、」ユウキは早口で言う。「少し時間がかかるかもしれない、それまで待っていて、部屋を用意しましょう」

「ちょっと、ユウキ!」

「なに!」

「そんな勝手なこと、駄目よ!」

「どうして? ちゃんと上に許可を取りに行くんだから、勝手なことじゃないわ」

「例外はないって、私は聞いたよ」

「こういう場合の対処の仕方は何も聞いてないでしょ?」

「そうだけど、でも、」センジュは言葉に詰まる。

「センジュの判断の方が勝手かもしれない、」ユウキは箒に跨っている。「だから、聞いてくる、すぐ戻ってくるから」

「ちょっと待って、ユウキ、少しだけ待ってよ」センジュはユウキの箒を掴んで離さない。

「もう日没よ、待てないわよ!」

「私の勘を確かめたいのよ、確かめてからでも遅くないでしょ!」

「勘?」ユウキはセンジュの勘が当たることを知っている。ユウキは箒から降りた。「どんな?」

 センジュは運転席の男性に言った。「私はアンジーが本当にメンバーなのか、疑っています、その証拠を見せてください、何か、あるでしょう? 写真とか、レコードとか」

「いや、」男性は首を振った。「まだジャケット写真も撮っていないし、レコーディングもしていないんだ、そういうこともファーファルタウのスタジオや横断歩道を借りてやろうと思ったからね」

「なんで何もないのよ!」

「そう言われても何ものは出せないよ、」男性はセンジュを睨んでいたが、何かを思いついた目をして微笑んだ。「そうだ、じゃあ、ココで、俺たちの演奏を披露しよう」

「ココで?」

「ああ、アンジーが本当のメンバーかどうか確かめたいんだろう? だったら、ライブを見せるのが一番の証拠になると思うんだけど、間違ってる?」

「じゃ、じゃあ、見せてもらおうじゃないの!」

「素敵!」後部座席のアンジーが答えた。「私の初めてのステージはストリートなのね!」

 フォレスタルズはストリートライブの準備を始めた。ドラムのミンスは近くからペンキの缶を数種類拾ってきてドラムセットを短時間で作った。ギターのジョンはすぐにチューニングを済ませた。ベースのバリーも同様。バリーはワゴンの助手席に腰かけている。ノウラは小さな鍵盤の前にあぐらをかいた。その横にアンジーがタンバリンを持ってペタッと座る。それぞれ音を出し始める。

 その音に釣られて、街から人が、シックス・タワー・ブリッジのたもとに集まってくる。検閲待ちのワゴンからも音楽隊の連中がなんだ、なんだと降りてきた。

「少し、」周囲の人だかりを見てユウキがセンジュに言う。「騒がしい、ちょっと問題かも」

「ちょっと問題?」センジュの声はなんだか震えていた。額を触って訴える。あまりに物事が予想通りにならないから泣きそうだ。ライブを証拠にすることを了解したのは自分なのにすぐに後悔している。でも、他に証拠がないんじゃこういう方法を取らざるを得ないだろう。でも、センジュは勘が外れた可能性の方を何回も考えている。ユウキが提案したように上から許可を取ってきた方がすんなりと解決したのではないかと考えている。「大問題よ」

「それじゃあ、」ノウラが響く声で言った。「二人の宮殿の魔女様に捧げます、ザ・フォレスタルズの、『流浪のマーチ』!」

「わん、つー、わん、つー、すりー、」とアンジーはパチンと指を鳴らした。

 センジュはアンジーを凝視していた。タンバリンのリズムは、多分、正確だった。そして疑ったことを後悔するくらいにファレスタルズのロックンロールは素敵だった。

 センジュは箒を抱いて陶酔していた。隣のユウキも同じ表情をしていた。

 だから、

 だから、きっと、急に飛んできたタンバリンを避けることが出来なかった。

 センジュの顔にタンバリンが激突する。

センジュは悲鳴を上げた。

鼻が痛い。

音楽は鳴り止まない。

蹲る。鼻を押さえる。涙目で前を見る。

アンジーが駆け寄ってくる。「どういうつもり!」と声を投げようとした。

しかしセンジュの足はアンジーの足に掬われた。空中で箒から落ちたみたいにセンジュはくるっと回転して地面に叩きつけられた。

アンジーはセンジュの箒に跨っていた。大事な箒だ。

訳が分からなかった。

ミンスはリズムを刻みながら片手で枕くらいの風呂敷の包みを投げた。

それを超低空飛行のアンジーが受け取った。

音楽は鳴り止まない。

訳が分からないうちに、アンジーはファーファルタウに向かって飛び立った。

センジュは立ち上がることも出来なかった。

音楽は鳴り止まない。

アンジーは魔女だった。

皆、陶酔したように音楽に体を揺らしている。ユウキも何もなかったかのように五指を組んで音楽を聴いていた。

フォレスタルズも音楽を止めない。ノウラは声を響かせている。

魔法をかけたのだろうか?

アンジーはここにいるすべての人に魔法をかけたのだろうか?

訳が分からない。この状況も、未来のことも。

しかし、とにかく、音楽を止めなきゃいけない。

センジュは叫んだ。

「ウェイク・アップ! ウェイク・アップ! ウェイク・アップ!」



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