(1)
僕は殺人鬼ではない。
人殺しとは人を殺すことを楽しんだり、そういう低俗な思考をしたゴミどもだ。
博物館の標本技術員として培った技術で、薄いへらを動かして皮膚にこべりついた脂肪や肉をこそぎ落とす。
抜いた骨の代わりを標本に綺麗にはまるように採寸し自分で加工した芯材を差し込んでいく。
皮膚にメスがなぞる感覚も、標本が息を止める瞬間も、楽しくはない。
僕を動かすのは純粋な使命感。ただそれだけ。
「ふぅー」
苦節一年弱。ようやく完成した。
ガラスケースに丁寧に格納し、"博物館"に仕舞う。
この瞬間だけは微かな達成感が四肢に満ちる。
「綺麗なままだよ」
綺麗な黒い毛。はく製にしても綺麗に映える。
きっとこんな地下ではなく、月の光の下ならば幼い女神にも見えたことだろう。
その美しさのままずっといられるのだ。
「おっと、ごめん服着せてなかった」
一年近く、丁寧にビニールで包んでいた近所の中学生の学生服を取り出して新たに博物館に加わった彼女の裸体を直視しない様に少し目線を逸らしながら着せる。
作業中は気にもならないが、改めてとなると少し恥ずかしい。
関節が動かないので、制服の背などを鋏で切ってしまうのは少し申し訳ない。
「これで完璧だ」
制服のポケットの中身もしっかり入れる。
定期入れ、壊した携帯。可愛らしいハンカチ。お菓子の包み紙。生徒手帳。
最期に忘れてはいけないと、締めにかかる。
彼女を横目で見ながらパソコンで、一年前の彼女についての動画を見返す。
忘れるわけもないが、ヒトの記憶は彼女たちと違って不確定で、劣化してしまう。
その点録画はいい。
編集すれば変わってしまうが、逆にいえばしなければ変わらないものだ。
『えっと…こ、これに答えればだ、だしてくれる…んですよね?』
『うん!安心してくれ!君を絶対に傷付けたりはしない。ただ幾つか聞きたいことがあってね』
『何…?』
『好きな人とかいる?嫌いな人は?お母さんは好き?お父さんは好き?どれくらい好きでどれくらい嫌い?好きな食べ物とかあるよね?程度と数と種類を教えてほしい。あぁ安心して聞きたいことは紙に書いたから答えてくれたら悪い事は何もしない』
最初の男の子には迷惑をかけた。
紙に書くなんてことはしていなかったから、矢継ぎ早に聞く僕の質問をなぜか少し怯えながら口頭で答えていたから。
確かにいかに普通の質問といえど、矢継ぎ早に質問をしてくる大人がいれば少し怯えもする。
「あの時はごめん!」
後ろにいる彼に手を振って詫びる。
手元にある彼女が回答した用紙と睨め合う。
今考えているのは、彼女の説明だ。
生年月日、住所などは生徒手帳で知っているが、好みなどは詳しくは知らない。
だから本人に聞いたのだ。
「うーん」
これがまた難しい。
詩的な表現とは無縁で、文学などあまり嗜んだことはない。
かといって僕が得意とする無機質な説明も、彼女の人柄とは合わない気がするのだ。
少し思考を落ち着かせるため、彼らを見渡す。
「これでもう。6人目だ」
感慨深い。
同時に少し情けない。
5人の説明を作っておいて、彼女の説明がスっと出てこないなんて。
これだったら余程剥製の作りの方が僕には向いている。
「少し保留にするか」
焦って作っても出来がいいものになるわけではない。
それに彼らは永遠だ。
ヒトと違って二度と劣化も変化もしない。
完璧で美しい。神秘的ですらある。
他の子たちの方に歩いて行ってみる。
【神崎颯人】
状態は安定している。
変化は確認されていない。
この段階における外見的完成度は高く、
保存の目的は達成されていると判断される。
ただし背部に損傷あり。
…懐かしい。
彼は当時中学二年生で、僕が初めてヒトの全体の標本にチャレンジしたときの子だ。
思いつく限りの剝製のシミュレーションと、人体の詳しく調べる事前の準備を行ったにも関わらず、その前段階の"確保"に手間取ってしまった。
あればかりはやはり僕は犯罪者ではなく、一表現者。ただの標本技術員だと思い知らされたものだ。
そのせいで制服で隠したが、彼の背にはアイスピッグで刺した跡があり、加工時に顔を顰めてしまったものだ。
彼の永遠の美しさの中にも見えないとはいえ自分でやってしまった汚い部分がある。
それは何事にも耐え難い苦痛だ。
それからは学んで"処置"以外にも細心の注意を払うようにした。
お陰で二人目、三人目と続けたが、警察に目をつけられた事など一度もない。
処置は丁寧に、傷をつけずにしてこそプロだ、と自負出来る。
二人目の説明を見る。
【榎本夏希】
髪質に僅かな劣化が見られるが、許容範囲内。
これで特筆すべき点は、表情。
象徴するように笑みで固定する事に成功している。
彼女は大学生だ。
出逢ったのは、完全に偶然。
新しい子を探している時に、偶々訪れた店で出逢い、彼女に決めた。
一人目の時の反省を生かし、出来るだけ恐怖や、抵抗を排した結果。
偶然笑顔のままで標本にする事に成功した唯一の例だ。
質問も、何度かの外遊の時に聞き出したので、問題ない。
正直彼女に関しては上手く行きすぎた感はある。
信仰はしていないが神が味方しているという事だろうか。
【南悟】【木田瑞希】
状態は安定しており、処置も良く保存状態も良好。
高校生のカップルだ。
彼らに関しては説明文は必要ない。
その寄り添い合う姿を見るだけで、彼らの永遠の姿と愛が感じられる。
本当は彼女の方だけ“確保“する手筈だったが、不手際で彼の方に見られており、車に乗せる僕に襲い掛かってまで助けにきた永遠の愛に胸を打たれた。
質問の時も、互いについての言葉をずっと続けていた…反面、質問にはほとんど答えてはくれなかったが。
説明文だけの開いたガラスケースを見やる。
今思い返しても腹立たしい。
瞼をつむれば彼の事を思い出せるが、実物は不幸が重なり、警察に取られてしまった。
【新田京介】
若年個体で外的損傷は額の尋常性ざ瘡のみ。
その他に変化は確認されず、保存状態は非常に良好
彼は中学一年生で、人生で初めてできたニキビに悩んでいた。
本当は治るまで待ちたかったところだが、これ以上悪化してしまう前に"処置"するべきだと判断した。
ちんけな空き巣が彼を"博物館"に納入する前に、仮屋に入り、黙っていればいいものを警察なんぞに通報し、彼は僕の手から離れてしまった。
勿論直接的な証拠などは残していないが、剝製を作れる場所など限られている。
そう遠くない未来に僕のことはバレてしまう。
僕が逮捕だのされるのは問題ない。
僕は時間によって劣化して、消えていくものだから。
だが"博物館"にいる彼らは違う。
警察の奴らは彼らの身体を切り刻み、挙句燃やす。
彼らの美しさを、永遠への願いを踏みにじり、ただ損ねる。
到底許せるものではない。
彼を思い出し、警察や司法、葬儀屋に対しての怒りが再燃するが、怒っても仕方がない。
…僕はこの仕事に達成感を感じる。
若者には無限の時間と、無限の可能性を秘めている。
若さによる恩恵は美しさや、華やかさに通じ、ただ無為に浪費していい物では断じてない。
そうだ。
これは義務。責任なのだ。
こんなにも美しい"物"に、二度と劣化しない永遠を捧げる。
でも時間は、司法は僕を許さない。
そうだ。時間が、司法が許す限り続けなければ。
それが目の前に付きつけられるまでは。
温度と湿度が一定にした地下の収蔵室から外に出る。
自家発電ですべて動いており、仮に停電になったとしても十分以上に管理できる。
博物館に展示された他の動物の剥製を管理しながら思案する。
「次の子を捜さないと」
ハッキリ言って最近は"確保"が難しくなってきている。
5人目が発見されたせいだ。
僕も警戒して同じ県だが自分の以外の街から、手に付けてきたが、最近は相手側の警戒心も高いうえ、標本技術員としても仕事があり、そこまでの遠出は頻繁にはできない。
仕事をやめることも考えたが、仕事を続けていなければ、"処置"はとても難しい。
通りすがる人間の顔を不自然ではない程度に見る。
違う。
限りある永遠を受けるに足る人間など早々見つかるものではない。
探しに行っても空振りがほとんどだ。
姦しい声を聴いて振り返ると、小さい子供が大量に体育座りで冷たい館内のエントランスの床に座っている。
そういえば今日は地元の小学生が、この博物館に見に来るという話を館長をしている父から聞いた気がする。
決して広い博物館ではないが、父は地域の慈善活動家を気取りたいらしく、小学校などに博物館に来ないかと打診しているらしい。
流石にこんな近場の小学校から行方不明者が出て、"処置"した姿が仮に見つかれば自然と僕の事までバレ、"博物館"の事までバレてしまう。
半ば癖になった視線で若い彼らの立ち上がった一人の姿を見て…息が止まった。
絹にも勝る輝きを放つ黒髪。その長い美しい黒髪に、黒さがすべて吸われたかのように白い肌。
整えられた顔のパーツは人間とは思えない美しさだ。
周囲を囲う普通の可能性に満ちた子供達とは違う、明らかに浮世離れしてまるで別の世界から来たみたいだ。
だがそんなものよりも僕が目を一番引いたのはその眼。
暗闇とは、黒とは全ての光を反射しないが故に黒くなるのだ、と心の底から納得できる程暗い。
黒色であるが故の黒ではなく、全ての色を飲み込んで離さない黒。
ただ黒いだけの物と、ブラックホールの黒は違うように。
剥製では目は残せない。
だから"処置"ではあの目は残せない。
止まった息が、肺が空気を求めて動き出す。
少し荒くなった息が、確信を僕に与えてくれる。
…間違いない。
彼女は僕史上、最高傑作になる。




