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第06話 親友として

最初に失敗したのは、小学校の遠足だった。


奏音は朝からずっと笑っていた。

行きのバスでも、山道を歩く時も、お弁当を広げた時も、奏音は何度も「楽しいね」と笑った。


だから私は、それを残したかった。


その頃の私たちは、まだ何も分かっていなかった。

ただ、楽しかったはずの日を奏音が月曜日に覚えていないことがあると聞いていた。

写真を見ても、そうなんだ、と他人事みたいに笑うことがあると知っていた。


帰り道、私は奏音が拾ったきれいな葉っぱをわざと折った。


「なにするの!」


奏音は泣きそうな顔で私を睨んだ。

嫌われるのが怖くなった私は、つい謝ってしまう。


「ごめん。そんなつもりじゃなかった」


奏音は泣きながらも、頷いた。

許してくれた。

帰りのバスでは、私の隣に座ってくれた。


月曜日、奏音は遠足のことを覚えていなかった。

私はすぐに分かった。


謝ったからだ。


謝ったから、傷が浅くなった。

傷が浅くなったから、幸せが残らなかった。


奏音を泣かせた。

奏音に謝った。

奏音は許してくれた。


それなのに私は、謝らなければよかったと思っている。


その日、私は初めて知った。

奏音の幸せを残すためには、傷つけるだけじゃ足りない。

傷つけたあと、許されてはいけない。

謝ってはいけない。

奏音が安心してしまったら、その傷は浅くなる。


そんなことを、小学生の私が覚えてしまった。



中学の合唱コンクールの日は成功した。


奏音は伴奏を任されていた。

毎日、音楽室で練習していた。

指が痛いと言いながら、それでも嬉しそうだった。


歌が終わると、クラスの子たちが奏音の方を見て拍手した。

奏音は照れながら、でも本当に嬉しそうに笑った。

その顔を見た時、私はすぐに思った。


――残さなきゃ。


帰り道、私は彰と目を合わせた。

彰も同じことを考えている顔をしていた。


その夜、私は奏音に電話をした。

声を少しだけ冷たくした。


「今日、嬉しそうだったね」

「うん。すごく緊張したけど、楽しかった」

「よかったね」

「茜、どうしたの?」

「奏音ってさ、嬉しいことがあると周り見えなくなるよね」


電話の向こうが静かになった。


「今日も、みんなで歌ってたから成功したのに、自分だけ褒められたみたいな顔してた」


嘘だった。

奏音はそんな顔をしていなかった。

ちゃんとみんなにありがとうと言っていた。

伴奏を褒められても、歌がよかったからだよと笑っていた。


私はそれを知っていて言った。


「そんなつもりじゃ……」

「分かってる。でも、ちょっと嫌だった」


奏音は黙った。

私は謝らなかった。

謝りたかった。

でも、謝らなかった。


月曜日、奏音は合唱コンクールのことを覚えていた。


「私、ちゃんと弾けたよね」


奏音は嬉しそうに言った。

彰は隣で俯いていた。


成功した。

そう思った。


そして、その言葉が頭に浮かんだ自分が嫌だった。



告白の夜、私は奏音に電話をした。


彰から連絡が来た時点で、何が起きたかは分かっていた。


『まずいことになった』

『すぐ行く』


それだけで十分だった。


奏音が彰に告白した。

彰が受け入れた。

それは本来なら、私が一番喜ぶべきことだった。


奏音はずっと彰のことを見ていた。

自分では気づいていないふりをしていたけれど、中学の頃にはもう分かりやすく彰を目で追っていた。

彰も同じだった。

二人は幼なじみという言葉の中に、ずっと逃げ込んでいた。


だから、二人が付き合うことになったなら、私は笑えばよかった。

おめでとう、と言いたかった。

ようやくか、そう言って笑いたかった。

本当に、そう思っていた。


でも、思った瞬間に、別のことも考えた。


これは残らない。


幸せすぎる。

大事すぎる。

これまでの奏音の中で一番失いたくないものだ。


だから私は心の準備をして、奏音から来るであろう幸せな電話を待つことにした。


「茜!聞いて!」


幸せを隠そうともしていない弾んだ声だった。

電話越しでも分かるくらい、嬉しそうだった。


「どうしたの急に」


私は知らないふりをしながらなんというべきか考える。


「彰に告白した!私たち付き合うことになった!どうしよう。すごいね。なんか、夢みたい!」

「そっか」


おめでとうと伝えたい。

良かったねと祝福したい。

でも、それをしちゃいけないことを私は経験から知っていた。


「茜?元気ないけど、どうしたの?」

「……いや、よかったね」


私は、わざと少しだけ声を落として祝福した。

こんな演技に慣れてきた自分が本当に嫌いだった。


「もしかして、茜も彰のこと……」

「…………ううん、違うよ。おめでとう。」


普段ならこれで十分だったと思う。

でも、これじゃあ足りないと、別の自分が叫んでいた。


「奏音」

「なに?」

「浮かれすぎない方がいいよ」


電話の向こうで、空気が変わった。


「え?」

「彰って、優しいから」

「うん」

「奏音が悲しむから、断れなかっただけかもしれない」


自分で言って、指先が冷たくなった。

そんなことはない。

彰は奏音が好きだ。

ずっと見てきた私が誰より知っている。


でも、奏音には言えない。


「そんなこと……」

「ないって言い切れる?」

「茜?」


奏音の声が少し震えた。

私は目を閉じた。


大丈夫、来週にはなかったことになる。

そう自分に言い聞かせて、平気なフリをするしかなかった。


「明日、彰と会うんでしょ」

「うん」

「ちゃんと見てきなよ。本当に好きでいてくれるのか」

「……うん」


奏音の声は、もうさっきの弾んだ声ではなかった。


「茜は、反対なの?」

「反対はしてないよ」


電話の向こうで、奏音が息を吸う音がした。

泣いているのかもしれない。

泣いていないのかもしれない。

確かめることすら、私はしなかった。


「……そっか」


奏音は小さく言った。


「分かった。明日、ちゃんと見る」


その声は、私が知っている奏音の声より少し硬かった。


「うん」


それだけ言って、私は電話を切った。


電話を切ったあと、私はスマホを床に置いた。


泣けなかった。

吐き気がした。

胸の奥に重いものが落ちてきて、息をするたびに、それが少しずつ広がっていくようだった。


奏音に言った言葉を、頭の中で何度も聞いた。


彰は奏音を傷つけたくないから、そう言ったのかもしれない。


嘘だった。

分かっていた。

彰は奏音が好きだった。

奏音も彰が好きだった。


私は、両想いになったばかりの二人に、疑いを入れた。


祝福するふりすらできなかった。

親友のふりをしたまま、奏音の一番柔らかいところに手を入れて、まだ形になったばかりの幸せを握りつぶした。


それなのに私は、最後まで謝らなかった。


謝らなかったことを、正しいと思っている自分がいた。

謝らなかったから、少しは残るかもしれないと思っている自分がいた。


それが嫌だった。


私は床に座り込んだまま、しばらく動けなかった。


彰に連絡しなきゃいけない。


今日、何を言ったかは言えない。

でも、明日は奏音を幸せにしてあげてと伝えなきゃいけない。


そう分かっているのに、指が動かなかった。


喉の奥が詰まって、息が浅くなる。

自分の胸を押さえても、何も変わらなかった。


私はただ、押しつぶされていた。

奏音の声が耳に残っていた。


――どうしよう。すごいね。なんか、夢みたい。


その夢を壊したのは、私だった。



日曜日の昼、私は彰にメッセージを送った。


『今日は普通に会って』

『奏音を不安にさせないで』

『幸せな日にしてあげて』


送ってから、自分の文章を見て気持ち悪くなった。


私が不安にさせた。

私が傷つけた。

それなのに、彰には幸せにしてあげてと言っている。


日曜日は、奏音が彰と過ごす日だった。

付き合って最初の日曜日。

奏音が自分でそう言って、照れて、楽しみにしていた日だった。


その幸せを作らないといけなかった。


奏音には、幸せになってほしかった。

日曜日に彰と会って、恋人になったばかりの幸せをちゃんと積み上げる。

そのあとで、私がちゃんと壊す。

そうすれば、奏音も彰も幸せになれる。


夜、奏音から電話が来た。


「茜!今日ね、手繋いだよ!」


電話の向こうの奏音は、声だけで分かるくらい浮かれていた。

昨日、私が入れた不安はまだ消えていないはずだった。

それでも、彰と会って、彰と話して、彰と手を繋いで、奏音はまた幸せになっていた。


「そっか」

「うん。ちょっと恥ずかしかったけど、嬉しかった」

「彰は?」

「彰も普通だったよ。いつも通りっていうか、でも、ちょっとだけ違う感じ。だから心配しなくても大丈夫そう」


奏音はその違いを、大事そうに言った。


私はその声を聞きながら、胸の奥が重くなっていくのを感じた。


よかったね。

そう言えればよかった。


彰と手を繋げてよかったね。

ちゃんと恋人になれたんだね。

明日もその話をしようね。


親友なら、そう言うべきだった。


でも、私は言えなかった。


「でも、いつも通りでしょ?」


奏音の声が止まった。


「え?」

「彰って、昔から奏音に優しいじゃん」

「うん……」

「だから、それが恋人としてなのかは分からないよね」


電話の向こうで、奏音が小さく息を吸った。


「でも、手、繋いだんだよ?」

「奏音からでしょ?」

「……うん」

「だったら、断れなかっただけかもしれない」


言葉を重ねるたびに、私は自分が何をしているのか分からなくなりそうだった。

でも、止めなかった。


止めたら、足りない。


「彰、そういうところあるでしょ」

「……ある、けど」

「奏音を傷つけたくないから、恋人っぽくしてくれてるだけかもしれないよ」

「そんなことないよ」

「本当に?」

「……」


奏音は黙った。


その沈黙を聞いて、私は吐きそうになった。

奏音が傷ついている。

今、私の言葉で、今日の幸せが傷ついている。


それなのに私は、まだ足りるかどうかを考えていた。


「茜は、私たちが付き合うの嫌なの?」


奏音が小さく聞いた。


私は違うと言いたかった。

嫌なわけがない。

本当は、誰よりも喜びたかった。

奏音が彰を好きだったことも、彰が奏音を好きだったことも、私はずっと知っていた。


だから、よかったねと言えばよかった。

明日、三人で笑おうねと言えればよかった。


でも、それを言ったら、奏音は救われてしまう。


私は息を吸った。


「分からない」


電話の向こうで、奏音が黙った。


そこで止めればよかった。

それでも、たぶん傷にはなった。

けれど、私は止めなかった。


「でも、今までみたく一緒にはいづらくなると思う」


言った瞬間、電話の向こうの空気が変わった。


奏音が何かを言おうとして、言えなかったのが分かった。

泣いているのかもしれない。

泣くのを我慢しているのかもしれない。


私は確かめなかった。


「……そうだよね」


奏音はそれだけ言った。

その声が、さっきまで手を繋いだことを嬉しそうに話していた声と同じ人のものだと思えなかった。


「今日はもう寝るね」


奏音はそう言った。


私は、うん、とだけ返した。


謝らなかった。

違うとも言わなかった。

本当は嫌じゃないとも、三人でいたいとも、何一つ言わなかった。


電話が切れたあと、私はスマホを握ったまま床に座り込み、いつまでも暗くなった画面を見つめていた。


日曜日の幸せは、壊せたと思った。


そう考えた自分が、気持ち悪かった。


月曜日、奏音は土曜日の告白も、日曜日に彰と手を繋いだことも、覚えていなかった。


残っていたのは、写真だけだった。


私は失敗した。


あれだけ傷つけたのに、足りなかった。

土曜日に疑いを入れた。

日曜日に幸せを壊した。

三人でいることまで揺らした。


それでも、奏音の中には残らなかった。


その日の夜、私は彰と話した。


「次は俺から言う」


彰はそう言った。

驚かなかった。

たぶん私も、そうなると思っていた。


「ちょっとくらいじゃ残らないよ」

「ああ」

「私がやったくらいじゃ足りなかった」


言いながら、自分の声が震えているのが分かった。


「次は、二人でやるしかないんだよね?」


その言葉を口にした時、もう戻れないと思った。


彰が告白する。

奏音はきっと喜ぶ。

今度こそ、嬉しそうに笑う。

また一週間、幸せそうに過ごす。


その幸せを残すには、私一人の言葉では足りない。

彰だけの言葉でも足りない。


奏音にとって一番大事なものを、同じ場所で壊す必要がある。


私たちは何度も話した。

彰が冷たくする。

別れたいと言う。

しばらく距離を置こうと言う。

奏音の気持ちが重いと言う。


どれも足りないと思った。


奏音は傷つくだろう。

でも、それは彰だけの問題になる。

三人の関係を揺らしても足りなかった。

それなら、彰だけが冷たくする程度で足りるとは思えない。


奏音にとって大切なのは、彰だけではなかった。

私もいた。

三人でいる時間があった。

奏音は、彰と私を同じくらい信じていた。


だから、それを壊すしかなかった。


「私と彰が付き合うことにする」


そう言ったのは、私だった。


彰はすぐに否定した。


「何を言ってるんだ」

「それが一番重い」

「やめろ」

「それくらいしないと、多分残らない」


彰は黙った。

私は続けた。


「奏音は、彰のことが好き。私のことも信じてる。二人が自分に隠れて付き合ってたって言えば、たぶん一番傷つく」

「そんなこと」

「分かってる。最低だよ」

「茜がやることじゃない」

「彰だけにやらせることでもない」


電話の向こうで、彰が息を詰めた。


「私もやる」

「茜……」

「逃げないでね」


自分に言った言葉だった。

彰に言っているふりをして、私自身に言っていた。


日曜日、駅前で奏音を見た時、私は一瞬だけ全部やめたくなった。


奏音は私を見つけて、嬉しそうに手を振った。


「茜、お待たせ」

「ううん」


普通に笑えたと思う。

たぶん、奏音には分からなかった。


奏音は今日の予定を楽しそうに話していた。

全部、普通の予定だった。

普通に過ごせば、幸せな一日になった。


だから、壊した。


三人だけの公園で、奏音が一番傷つくことをした。

奏音の顔から、色が消えていた。


その瞬間、私は分かってしまった。


――これなら大丈夫。


最低な確信だった。



結婚式の前夜、奏音は私の部屋に泊まった。


最後の独身女子会。

そう言って笑ったのは奏音だった。


「茜の部屋、久しぶり」

「そんなに久しぶりだっけ?」

「うん。なんか落ち着く」


奏音は勝手にクッションを抱えて、床に座った。

テーブルの上には、コンビニで買ったお菓子と、ペットボトルのお茶と、明日のために開けないと決めた小さな缶チューハイが置いてあった。

買ったのは奏音だった。

でも、明日むくむと嫌だから、やっぱりやめようと言ったのも奏音だった。


「花嫁って大変だね」


どこか疲れた顔で、それでも笑いながらそう言った。


「自分で言う?」

「だって本当に大変なんだもん」


その笑顔は、昔とあまり変わっていなかった。

文化祭の看板を抱えて笑っていた頃と、ほとんど同じだった。


でも、明日、奏音は彰と結婚する。


「ねえ、茜、私ちゃんと結婚するんだね」


奏音は自分の左手を見た。

まだ指輪はない。

でも、そこに明日指輪がはまることを想像している顔だった。


「そうだね」

「変な感じ。彰と結婚するんだよ」

「ずっと一緒だったし、自然じゃない?」

「そうなんだけどさ。それを言ったら茜だってずっと一緒だったじゃん」


奏音は照れたように笑った。


「でも、よかった」

「うん」

「私、彰と結婚できてよかった」


その言葉に、私はすぐ返事ができなかった。


よかったね。

そう言えばいい。

親友なら、それでいい。


でも、私の中には別の言葉があった。


その幸せを残すために、明日も傷がいる。

今までで一番大きな幸せだから、今までで一番大きな傷がいる。


奏音は何も知らずに、お菓子の袋を開けた。


「茜、スピーチで泣く?」

「泣かないようにする」

「絶対泣くじゃん」

「奏音よりは泣かないよ」

「私は泣くよ。絶対泣く。もう今から泣きそう」


奏音はそう言って笑った。

私はその顔を見ながら、明日読む手紙の内容を思い出していた。

何度も書き直した。

幸せな言葉だけを並べた。

でも、私が本当に言いたいことは、一つも書かなかった。


ごめん。

私が壊した。

私も彰も、あなたを守るふりをして、ずっと傷つけてきた。


そんなことは言えない。


「茜」

「なに?」

「これからも、よろしくね」


不意に奏音が言った。

あまりにも自然に。

明日の式のことでも、結婚後の生活のことでもなく、ただ昔から続いてきたことを、そのまま未来に伸ばすみたいに。


私は息を止めた。


「うん」

「ほんと?」

「ほんとだって」

「彰と結婚しても、茜は茜だからね」

「なにそれ」

「分かんない。でも、そういうこと」


奏音は笑った。

何も知らないまま、私を信じていた。


夜が更けて、奏音は先に眠った。

寝る直前まで、明日の話をしていた。

ドレス。

髪型。

お父さんが泣くかどうか。

彰がちゃんと笑えるかどうか。


『忘れられない日にしようね』


彰にそう送っていた。

それを見て、私は胸の奥が冷たくなるのを感じた。


奏音が眠ったあと、私は彰にメッセージを送った。


『寝た』


少し迷って、もう一通送る。


『明日、どうするの』


彰から返事が来るまで、私は奏音の寝顔を見ていた。

穏やかな顔だった。

明日、自分がどれだけ幸せになるのかを信じている顔だった。


スマホが震えた。


『積み重ねてはきた、用意もある』


私はその文字を見て、笑いそうになった。

笑えるはずがなかった。


用意。

私たちは、奏音の結婚式のために傷を用意している。


私は短く返した。


『私も』


それから、奏音の寝顔をもう一度見た。


ごめんね。


声には出さなかった。

出したら、眠っている奏音に聞こえてしまう気がした。



結婚式当日、奏音は綺麗だった。


白いドレスを着て、少し緊張した顔で笑う奏音を見た瞬間、私は本当に泣きそうになった。


「奏音、おめでとう」


その言葉は嘘ではなかった。

私は、奏音を心から祝福していた。


彰の隣に立つ奏音を見て、よかったねと思った。

綺麗だと思った。

この日が奏音にとって、人生で一番幸せな日になればいいと、本気で願った。


だからこそ、怖かった。


最高の日だった。

本当に、最高すぎる日だった。


披露宴で流れた写真には、奏音の幸せだけが映っていた。

文化祭も、誕生日も、卒業式も、旅行も、就職祝いも、プロポーズも。

その裏側で何があったのかは、どこにも映っていなかった。


私が壊したものも。

彰が壊したものも。

奏音が泣いた夜も。

謝らなかった言葉も。


何も映っていない。


それなのに、写真の中の奏音はずっと笑っていた。


私のスピーチは、ちゃんと祝福に聞こえたと思う。

奏音の好きなところを話した。

大事なことを大事にできる人だと言った。

嬉しかったことを、何度でも嬉しそうに話してくれる人だと言った。


それは本当だった。


本当だったから、苦しかった。


奏音は泣いていた。

私の言葉で泣いていた。

何も知らないまま、嬉しそうに泣いていた。


スピーチを終えて席に戻る途中、彰と目が合った。

彰は何も言わなかった。

私も何も言わなかった。


でも、分かっていた。


最高すぎる。

これでは、まだ足りない。


披露宴のあと、奏音は私の手を握って言った。


「これからも、ずっと一緒にいてね」


私は頷いた。


「うん」


それしか言えなかった。

その時、私は思った。


きっと、私は奏音を心から祝福していた。

それは嘘ではなかった。

彰の隣で笑う奏音を見て、よかったねとちゃんと思えた。


それでも、彰が私にとって特別だったことも否定できない。


好きだったのかもしれない。

でも、それが恋だったのかは、最後まで分からなかった。


同じ罪を共有する相手。

奏音には見せられないものを、二人だけで抱え続ける相手。


私は彰を奪いたかったわけではない。

奏音の幸せを壊したかったわけでもない。


ただ、奏音の幸せを残すために、彰と同じ場所に立ち続けてしまった。


だから私は、奏音を祝福できた。

祝福したまま、傷つける側にも立ててしまった。


月曜日、奏音は結婚式を覚えていた。

彰が何をしたのかは聞いていない。

私は全てを彰に押し付けた。


それでも奏音は、幸せそうに微笑んでいた。

あの日を、一生の宝物だと思っているはずだった。


だから、守らなければいけない。

残さなければいけない。


奏音の幸せを守るために、私はこれからも奏音を傷つけ続ける。




あとがき


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


この物語は、彰と奏音の恋愛の形をしていますが、私の中では、彰と茜が奏音の幸せを残すために壊れていく話でした。


奏音は幸せだったのだと思います。

彰も、地獄を抱えながら、それでも幸せの中にいたのだと思います。

ただ、茜だけは最後まで「親友として」そこに立ち続けました。


第06話「親友として」は外伝ではなく、茜の側から見たもう一つの本編として置いています。

この話を読んだあと、第1話からの茜の言葉が少し違って見えたなら嬉しいです。


最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。



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