依頼3:市長邸にて
ドアベルの音が鳴り響き、屋敷の扉が開かれる。
この街いちばんの豪邸、すなわち市長の邸宅を訪れる客人は、むろん大抵並みならぬ地位の人間ばかりであったため、常ならば執事や使用人たちはずらりと並んで出迎えるのが通例だ。
しかし、今日の訪問者であるリーピとケイリーに対しては、屋敷内の人間たちは見向きもせず、すなわち敬意を払う様子もない。
先ほど扉を開けたのも門衛ではなく来客自身の手によるものであったし、使用人たちは掃除や片付けなど各々の仕事を続けている。この屋敷の管理を預かる責任者として、やむなしといった様子で執事がひとり応対に立っているだけであった。
「ようこそおいでなさいました、まもなく市長が出立されるので、あなたがたは廊下の隅に立ってお待ちください。」
執事の口調だけは丁寧であったが、客人の言葉を待たず一方的に命じるような言い回しであった。客間に通す気など毛頭ない。
彼の視線は片手に携えた懐中時計にほぼ向けられたままであり、今しがた入ってきた二名が確かに招かれた者であると確認するための一瞥に割く労力すらも惜しげである。
だが、自分たちがぞんざいに扱われることについては、一応想定済みであったのだろう。リーピとケイリーは表情ひとつ変えることなく、執事からの命令に従い廊下の隅で並んで待たされることを受け入れた。
とはいえ光沢のある灰色の髪を掻きながら、リーピは相棒に話しかける。
「想定は少々外れましたね、ケイリー。市長さんのお屋敷で働いておいでなのは、自動人形ではなく、人間の方々ばかりです。」
「それは今回の依頼に関係ないこと。余計なことに言及しないで、リーピ。」
すらりとした長身を隙なく直立させつつ、ケイリーは窘めるように返答する。
とはいえ、確かに屋敷内が事前の印象から外れる光景であることには違いない。
この街の市長は自動人形については肯定的な立場にあり、人間に雇われている人形たちを保護する条例を定め、リーピとケイリーのように独立している人形の就労についても理解を示し、支援する制度を整備している。
以前は人間の雇用を奪う存在として自動人形が敵視され、人形の破壊活動が発生した時期もあったのだが、この市長は敢然と破壊活動を批判し、人間同様の意思を有する存在なりとして自動人形を尊重する意向をも発言したのである。
……が、今、目にしている市長の屋敷内では、間違いなく人間しか雇われていなかった。それどころか、自動人形であるリーピ達は明確に冷遇されている。
政治的な立場と、政治家個人の意向が等しいとは限らないのだ。
「自動人形みずからの意思を酌んだ結果、働く場が決められているのかもしれませんね。」
「……。」
懐中時計へと顔を向けていた執事から、チラと横目で睨まれつつ、リーピは先ほどの自分の発言を一応繕っておいた。
市長が自らの身辺を人形に任せたがらない理由は、確かにある。リーピとケイリーが探命事務所としての仕事で偶に行うように、人形は顔面や四肢のパーツを取り換えることで大幅な変装が可能になるのだ。
自らのプライベートを漏洩されるわけにはいかず、同時に自身も他所へ探りを入れるような真似をしていないと信頼されるべき市長としては、外見が特定されない存在を身近に置きたくはないだろう。今回の依頼も、さしたる重要性も緊急性もない、通常ならわざわざ業者に依頼するまでもない内容であった。
それでも市長から与えられた仕事となれば、政策によって保護される自動人形の立場としては拒みがたく、リーピとケイリーはここに来たのだ。
ドカドカと近づいてくる足音を聞きつけて、執事は懐中時計をポケットに収め、姿勢を正す。他の使用人たちも、各々の仕事の手を一旦止めて整然と並んだ。
「市長がお越しになりました。」
秘書や護衛たちと共に階段を慌ただしく降りてきて玄関ホールに現れた市長は、豊かな白髪を綺麗に後頭部へ撫でつけた、快活そうな老人である。
職務中でもプライベートでも、常にせわしく歩き回っては他の議員に話しかける様は、騒々しい議会でもよく通る特徴的な声も合わさって、まるでアヒルのような印象を与えた。
むろん、この場所は屋敷の玄関口に過ぎず、客人をゆっくりと応対する場ではない。
ただ立っているだけでは多忙な市長が素通りして屋敷を出ていくだろうと察したリーピは、進路を邪魔せぬ程度に一歩進み出て声を掛けた。
「本日は探命事務所にご依頼いただき有難うございます、ガリティス市長。ご用命にお応えできるよう、尽力いたします。」
「あぁーこれはどうもどうも!来てくれてたんだねぇキミたち、それで、話は聞いてるかね?」
口調ばかりは朗らかであれど、目の奥は笑っていない、政治家特有の笑みを市長は浮かべる。
実のところ、仕事内容について詳細は知らされていなかった。市長の私用について手伝いする、との漠然とした指示が送られてきたのみなのだ。
屋敷についてから執事が伝える段取りになっていたのだろうが、出来れば主たる依頼者である市長の意向を直接確認するに越したことはない。業務内容を間接的に伝えられた結果、後になって依頼内容と乖離していると判明しても遅い。
直接尋ねるわけではなく、市長の方から語るように働きかけたのも、リーピの狙いであった。
「いえ、恐れながら、まだご依頼の詳細をお聞きしておりません。」
「ま、簡単な話だからね、ウチの孫娘を探してほしいんだ。いや家出とかそんな大層な話じゃない、屋敷の中でかくれんぼをして遊んでいた最中なんだ。だがね、私も執務が忙しい。何より私の孫はかくれんぼが上手だ、すぐに見つけられん!そのまま放って仕事に向かうわけにもいかないから、キミたちを呼んだんだ。代わりに孫娘を見つけて、ついでにしばらく遊び相手になってやってくれ。」
玄関ホールに響き渡る声で、市長は一息にまくしたてる。議会においても同様に、野次をかき消しながら自分の発言を通しているのだろうと思われる喋り方であった。
その内容が、あまりに突飛かつ拍子抜けなものであったことも、声量によって押し通されたような形となった。
家の中でかくれんぼしていた孫を探してほしい、などという依頼は今後二度とお目にかからないだろう。背後でケイリーが黙り込んでいるのをよそに、リーピが恭しく返答する。
「承りました、お孫さんのお相手を務めさせていただきます。もうひとつ、お孫さんのお名前をお教えいただけるでしょうか?」
「プルスだ、イタズラな子でね、名前を呼びながら屋敷の中を見て回れば、背後から驚かそうと向こうから出てくるかもしれん。そろそろ隠れ続けるのにも飽きてきた頃だろうからな。」
「なるほど。我々も、すぐに発見するより、多少探すのに手こずる様を示した方が、お孫さんもお喜びになるでしょうか。」
「そうとも、キミたちは人形の癖に、子供の扱いをちゃんと心得ているじゃないか。じゃ、私は出発する、今日は帰らんから屋敷を頼むぞ。妻は夕方ごろ帰宅するはずだ、飯の支度は早目にな。」
既にリーピの姿など視野に収めていない市長は執事にも言葉を投げつけ、執事が頭を下げている内にさっさと秘書を引き連れて玄関から出て行った。
嵐のごとく市長が去った後は、使用人や執事たちも整列を止めて解散していく。
リーピとケイリーのことを顧みる者は居ない。市長の思い付きで呼び寄せられた自動人形に拘わるだけ時間の無駄だ、と言わんばかりの振る舞いである。
それでも、リーピは執事が声の届かぬ範囲に立ち去る前に、彼が聞き過ごし難いであろう問いを投げ掛けた。
「これから市長のお孫さんを探すため屋敷内を探索させていただきますが、我々が踏み込むべきではない区画があればお教えいただけますか?」
「……最上階は市長の私室がございますので、そちらへの進入はお控えいただけると幸いです。」
自身の責任問題になりかねないため、答えないわけにいかない執事は面倒そうに、かつ早口で返答し、そそくさと立ち去った。
がらんとした玄関ホールに残されたリーピとケイリー。
現時点での顔面パーツに表情のパターンが用意されていれば、ケイリーは呆れと困惑を全力で表現していただろう。いつも通りの無表情のまま、ケイリーはリーピへ話しかける。
「孫とのかくれんぼを途中で放棄し、遊び相手を引き継がせるためにわざわざ依頼するとは……こうでもしない限り、我々には仕事がないとでも思われているのだろうか。」
「その可能性は皆無ではありませんが、他にも予想外のリスクを想定しておく必要があります。」
人間の都合は、思いもよらぬほど合理性から外れる場合があることを、リーピは知っていた。
そもそも、市長が孫を預かるに至った経緯を知らされていないのである。孫の両親、すなわち市長の娘夫婦もまた共に市議会議員であり、お互いに多忙な身の上であるため、使用人や執事を複数人雇っている市長の屋敷に幼子を預けたのだろうとは想定できる。
ならば孫娘の世話は、この屋敷の使用人たちに委ねられているはずなのだが……例えば万一のアクシデントにより、市長の孫に怪我や火傷を負わせてしまったら、その場に居合わせた者たちが負う責任は重大である。
故意ではなく、ごく不運な過失となれば、糾弾し責任を負わせることは仲間内において難しいことだろう。丁度良く、呼び出されれば大抵の依頼を引き受ける自動人形が居るのなら、その人形に罪を擦り付けてしまえばいい。自動人形に対して白い目を向ける彼らならば、至りかねない結論だ。
「まぁ、まだ真相は確定していませんが、市長のお孫さんを発見する前に、僕らの身の振り方は慎重に定めておくべきでしょう。」
「分かった。ともあれ、まずはどこから探す?」
ケイリーから問われ、リーピは玄関ホール内を見回すと同時に、聴覚受容器にも意識を集中させた。
市長邸宅の内部構造など、詳しく知っているはずもない。屋敷内の捜索を急ぐのならば、今すぐにでも手当たり次第にドアを開け、名前を呼びながら探索を始めるべきである。
が、リーピは屋敷の中に響いている種々の物音を、しばらく聞き続けていた。朝の支度を終えた主が出て行った後の邸宅は、使用人たちが掃除に洗濯にと忙しく立ち働き、雑然とした音と空気に溢れている。
しばらくした後、リーピは屋敷の中ではなく、出口へと脚を向けた。怪訝そうにケイリーは尋ねる。
「どうしたんだ、リーピ。市長の孫娘を探さないのか?」
「もちろん、探します。が、屋敷の中に居続けている可能性は低いです。遊び盛りの子供にとって、大人たちが各々の仕事に没頭している場は居心地悪いはずです。それに探す範囲は建物内と指示されたわけでもありません。」
時間帯的にも、朝食を終えた後のはずである。未就学児にとって、行儀よく食卓を前に座り続ける時間は退屈であろうし、終わればすぐに遊びに行こうとするだろう。
リーピは玄関の扉を開けて建物の外に出て、脇にある庭へと入っていった。相変わらず門衛は自動人形のために扉を開けることなどせず、市長が出て行った後に緩んだ緊張感のまま、大あくびをしつつリーピとケイリーの背を眠そうに見送っている。
市長邸宅の庭は広々とした芝で覆われており、また一画には綺麗に刈り込まれた植え込みが小さな囲いを作り、その内側には花壇とベンチが備えられている。
庭に出てすぐ、リーピの読みが当たっていることは明確となった。
植え込みの陰で、じっとこちらの様子を窺っていたのだろう、小柄な少女が素早く身を隠した様が見えたのだ。
ふわりと広がった白いスカートの裾がはみ出していることに気づかぬ程度には、彼女は幼かった。
すぐさまその場へ向かおうとするケイリーを引き留め、リーピは広大な庭をあちこち見回しながら、まだ何にも気づいていないかのように振舞い、大きめの声で喋り始めた。
「しかし、何処にいるんでしょうか、プルスちゃん。お爺さんに頼まれて探しに来ましたが、ずいぶん隠れるのがお上手な子ですね。」
「……あ、あぁ、どこに隠れたんだろうな。一緒に遊ぼうと思って来たのに、これでは見つけられないな……。」
慣れない様子で演技しているケイリーの動きはぎこちなかったが、市長の孫娘、プルスを満足させるには十分な振る舞いだったらしい。
ちょうどリーピとケイリーが同時に植え込みに背を向けたタイミングを見計らい、小さな足音がタタタと駆け寄ってくる。驚かせるつもりだったのだろう、ケイリーのふくらはぎを少女の掌がパシッと叩いた。
自動人形を見慣れていないわけでは無いらしく、皮膚のような色に塗られただけの硬質の外殻が手に触れても、少女は驚かない。
惜しむらくは、ケイリーの驚く演技が下手過ぎたことである。
「……わぁぁ。いったい、今まで、どこに。びっくりした。」
「ほんとに?ほんとにびっくりした?」
少女の満足げな笑みの中に、怪訝さが多少混じりつつあるのを察知したリーピは、彼女からの疑いを払拭すべく、しりもちをついて驚きの声を上げてみせた。
多少声を張って大袈裟なリアクションを見せても、幼い少女を怯えさせないのは、リーピが少年の容姿と声を以て作られたおかげであった。
「うわあっ!まさか、すでに僕らの真後ろに居ただなんて、全然気づきませんでしたよ!もしかして、今まで透明になっていたんですか?」
「ぜんぜん!できるわけないじゃん、そんなの。アンタが気づかなさすぎ!」
幼い口ぶりに、どこか大人びた口調が混ざるのは、自分の母親の喋りを聞いて学んだ結果であろう。
普段から夫や父に小言を述べ立てる気の強い母親を見て育った少女らしく、男子の姿をしているリーピに対しては多少口調がキツくなりがちであった。一応、リーピは確認のため少女に問いかける。
「あなたがプルスちゃん、ですか?お爺さんから、かくれんぼをしている最中だとお聞きしましたが。」
「そ、わたし、プルス。てゆーか、さっき自分でいってたじゃん!そういうの、にどでま、って言うのよ!」
「確かに、二度手間、ですね。僕も、もっと早く気づくべきでした。賢いですね、プルスちゃんは。」
時には顧客からの一方的な物言いを相手する立場にあるリーピは、目の前の少女から多少当たりの強い言葉を投げ掛けられても、にこやかに応答している。
この場の状況を持て余し、何か喋ろうにも演技力の無さを自覚しているため、棒立ちのまま困惑しているのはケイリーの方であった。が、幸いなことに少女はケイリーの容姿を随分と気に入ったらしい。
「このおねーちゃん、カッコいいから好きー!エリート、な感じ、する!」
「わ、私が……?え、エリート?そうか?」
そこは素直に喜んで見せるべきだ、とリーピが目で合図するまでもなく、少女はケイリーの手を引っぱり、庭の隅に置かれたおもちゃ入れの籠へと向かっていった。
「ねー遊ぼー!ボーシューやろ!ボーシュー!」
「ボー……シュー……?」
いよいよもって聞いたことのない遊びを提案され、ケイリーは困惑の極みにある。助けを求めるようにリーピへと視線を向けたが、博識なリーピも首を傾げるばかりであった。
が、幼い少女が知り得るだけあって、ルールは非常にシンプルであった。
「わたしと、おねーちゃんで、いっしょにボール投げるの!あの中に入れたら、かち!」
言いながら、少女は植え込みに囲まれた一画の入り口を指さす。
“ボールをシュート”して、ゴールへと入れる遊びを、祖父である市長の邸宅に来るたび楽しんでいたのだろう。幼児らしく、単語の聞き取りやすい部分だけを記憶し『ボーシュー』がこのゲームの名称だと思っていたのだ。
慣れぬ手つきで、玩具用に蛍光色に塗られたボールを手にしているケイリー。
もたもたしているケイリーを脇において、少女はリーピを指さし、さらに指示を続けた。他人に対する指図を迷わず行う振る舞いは、政治家である祖父や両親譲りであるらしかった。
「アンタは、ボールのじゃまするやくめ!どんくさそうだから、ちょうどいいでしょ!」
「なるほど、僕にゴールを阻まれないように、ボールをこの区画に投げ込む遊び、ということですね。では、さっそく、始めましょう。」
ケイリーがルールをきちんと把握できるよう、あらためて少女がやりたがっている遊びのルールを口にしたリーピは楽しげな笑みを作りつつ、植え込みに囲まれたエリアの入り口に立ちはだかった。
このシンプルな遊び自体は、和やかに進んだ。
少女が投げるボールはそこまで勢いがついておらず、リーピが手加減する程度に悩むこともない。力加減を分かっていなかったケイリーの投げ込んだボールが、リーピの掌パーツに僅かなヒビを入れたことを除けば。
「わぁっ!ケイリー、強すぎます……いや、本当に。」
「やっぱりおねーちゃん、つよい!いまの、もっかいやって!」
「い、いや、このパワーは、一日に一度しか使えないんだ……。」
どうにかケイリーは、慣れない嘘を口にして誤魔化すのがやっとであった。同じ剛速球を繰り返して、相棒の腕全体を取り換える費用を支払う事態だけは避けねばならない。
なんだかんだで市長から依頼された通り、彼の孫娘を見つけ、しばらく遊び相手になるという仕事は無事に達成されそうであった。
……が、不穏の影が立ったのは、時刻が昼に差し掛かる前の頃である。
そろそろ、使用人か執事が、少女を昼食の場に呼びに来る頃合いではないかと考えていたリーピであったが……庭を区切る柵の向こうに濃紺の制服を着こんだ一団が垣間見えた。
警邏隊に違いなかった。
何らかの通報があったのだろう、彼らは市長の邸宅へどやどやと入っていき、中で使用人たちから事情を聴いているらしい。
先ほどまで遊びに夢中になっていた少女も、急に見知らぬ大人たちが敷地内に入ってきた様子からは不安を感じ取ったのか、ボールを手にしながらもケイリーの傍へ寄っていった。
「……なんだろ。」
「何だろう、ね。心配しないでプルス、ここに居れば大丈夫だ。」
ケイリーの言葉は淀みなかった。それは、演技の必要もなく、真実を語っているが為であった。
愛玩用に外見を整えられているとはいえ、要人の護衛用としての役目も兼ねて製造されたケイリーが居れば、確かに少女の身の安全は保障されている。
まもなく、濃紺の制服を着こんだ大柄な人影がひとり、庭にも入ってくる。少女は流石に怯え、ケイリーにしがみついた。
すかさず、リーピが応対にあたる。
「警邏隊の方が、いかがなさいましたか。こちらには、僕らと市長のお孫さんしかおりませんが。」
「盗難があったとの通報を受けての出動です。あなた方は、ずっとこの庭におられましたか?」
自動人形の警邏隊員たちとは違い、人間の肉声がリーピに問いかける。
彼は他でもない、警邏隊の中で数少ない人間である警邏隊長その人であった。市長の邸宅で事件発生のおそれとあって、隊長自らが現場に赴くことになったのだろう。
至近距離で見れば、ますます彼の体格の大きさは際立った。小柄なリーピと比べれば、警邏隊長は身長も肩幅も共に倍以上はある。
そして、その人並外れた美貌も、間近で見てなお印象が崩れることはなかった。
市長の孫娘にとってはそんな事など関係なく、単に見知らぬ大柄な男が近くまで来たこと自体に怯えを感じている様子だ。が、少女にしがみつかれながらもケイリーはつい警邏隊長の顔に見惚れていた。
彼女らを背後に置いて、リーピは人形らしい冷静さのまま、淡々と返答する。
「はい、市長から本日依頼された仕事の説明を受ける時を除けば、ずっと庭に出てお孫さんのお相手を務めておりました。」
「市長から依頼された仕事、というのは?」
「見ての通り、お孫さんと一緒に遊ぶことです。当初はかくれんぼ中のお孫さんを見つけよ、との指示でしたが、すぐ庭で発見できたため、それ以降はボール遊びに切り替えて今に至ります。」
「なるほど……。」
警邏隊長は頷きながら、ボールを握り締めたままケイリーに抱き着いている少女にも目を向けた。
婦人たちから黄色い感性を浴びせられることと同じく、子供から怖がられることにも慣れているのだろう。睨みつけるような視線を送ってくる幼い少女に一応の笑みを見せ、そっと近づいていき、目の前に跪いた。
ケイリーにしがみつく力を緊張と共に強めた少女であったが、警邏隊長の顔立ちがたとえようもない美男子であることに気づいたのだろう。同時に、すぐ横でケイリーが彼に見惚れるような目つきを浮かべていたことも手伝ったかもしれない。
少女は相手を睨みつけるような目つきを変えぬまま、警邏隊長からの問いかけに答え始める。
「君は、ずっとここの庭で遊んでいたのかい?」
「うん。」
警邏隊長は、誤認の余地など無いよう、リーピとケイリーを明確に指さしながらさらに質問した。
「この二人と、ずっと一緒に遊んでいたのかな?」
「うん。ずっと、朝から。」
「そうなんだね。教えてくれてありがとう。」
ほどなくして、他の警邏隊員たちも屋敷での捜索を終えたのか、ドカドカと庭へと入ってくる。
が、彼らは隊長からのハンドサインで前進を止めた。言わずもがな、市長の孫娘がケイリーに抱きかかえられたまま、いよいよもって怯えきった表情を浮かべかけたためである。
無機質な自動人形である警邏隊員たちも、自分たちの存在が市民を緊張させる可能性を知らぬわけではない。それでも、揃って庭へ踏み込んでこようとした理由はあった。
警邏隊長と隊員たちの会話は控えめな声量で行われたものの、離れた位置からもリーピはハッキリと聞いたのである。
「屋敷の使用人から告げられた外見的特徴と、あの二体の自動人形は一致します。今すぐ確保しないのですか?」
「彼らにはアリバイがある。朝からずっと、この庭で市長の孫娘の相手をしていた。朝以降、建物へ出入りした存在が無いとの門衛の証言もある。屋敷内で行動できるはずがない。」
予想とは異なる形であったが、リーピの警戒的予測は半ば的中していたのだ。
本来は自動人形を入れること自体を拒んでいる市長の邸宅に、わざわざ自動人形を呼び寄せ、かくれんぼ中の孫娘を探させるという依頼自体がそもそも不自然なものであった。
屋敷内をリーピとケイリーがあらかた探し回った頃合いを見計らい、警察に通報し、盗難被害を訴える。盗難に遭ったことにされる物品は、屋敷の使用人が紛失ないし破損……あるいは、実際に懐に入れてしまった物かもしれない。
そして、普段この屋敷に居ることがないリーピとケイリーを、真っ先に疑わせるという算段が組まれていたのだろう。他でもない、自動人形の活動を容認する立場にあるはずの市長が、そのような思い付きを実行に移すとは考え難かったが。
ほどなくして、警邏隊員たちに道をあけさせながら、屋敷から執事が庭へと出てきた。不愛想な態度は相変わらずであったが、彼なりに礼は通していた。
「わざわざ来ていただいたところ、慌ただしくしてしまって申し訳ございません。このような騒動、普段はあり得ないのですが……。ともあれ今日のところはお帰りください、報酬は後ほど間違いなくお届けいたしますので。さ、お嬢様、昼食のご用意が出来ております。」
「うん……さよなら、おねーちゃん。」
執事に手を引かれながら、もう片方の手を振りつつケイリーの顔を真っすぐ見上げ、少女は屋敷内へと去っていく。
「さ、さようなら……。」
「今回は探命事務所をご利用いただき、ありがとうございました。またのご依頼を、お待ちしております。」
丁重な礼とともに頭を下げているリーピの傍らで、手を振り返しているケイリー。彼女の腕の内には、自動人形が決して発し得ない体温が、少女の抱き着いた時のままにほんのり残されていた。
ケイリーの視線は主に少女へと向けられていたが、リーピはそのさらに奥、屋敷の中からこちらの様子を窺っている使用人の表情に目を向けていた。
真っ先に窃盗の容疑を掛けられて連行されているはずのリーピとケイリーが、何のお咎めも無しに解放されている様を見て、その使用人の顔はハッキリと蒼ざめていた。
警邏隊長は隊員たちに鋭く次の命令を下す。
「本部から捜査員が到着するまで、我々で現場を保存する。市長邸宅への出入りを門衛が確認していない以上、屋敷内に居続けていた人間の犯行だ。」
屋敷への出入りを封鎖している警邏隊の靴音を背に、リーピとケイリーは帰っていった。
―――――
豪邸が立ち並ぶ地区から離れ、事務所のある下町へと入った辺りで、ケイリーはリーピへと尋ねる。
「市長から頼まれた時点のまま、屋敷の中を探し回っていたとしたら、我々が窃盗の濡れ衣を着せられていたのだろうか。」
「今回の件を発案した者の思惑通りに事が進めば、そうなったでしょうけれど……案外、あの執事さんが潔白を証言してくれたかもしれませんよ。」
「あの執事が……?我々自動人形を疎んじる態度しか示していなかったが。」
「信頼していないからこそ、執事さんはご自身のお仕事をしつつも、我々の動向を逐一監視しにきていました。気づいていました?庭で市長の孫娘さんと遊んでいる間も、頻繁に窓から執事さんが様子を窺っておられましたよ。」
「そうだったのか。」
子供と遊ぶ際の力加減で必死だったケイリーが気づく由もなかったが、リーピはあの市長邸宅内に自動人形への不信こそあれ、道理は確かに通っている様を見出していた。
依頼を引き受けるたび、他者を出し抜き、騙そうとする人間たちの思惑に触れずにいられない仕事。信頼を得られないからこそ潔白を見出す手段を周到に用意すべきであると、リーピは常に観察を怠らなかったのだ。
一方で、ケイリーは既に残っていない体温を惜しみつつも、自分に全幅の信頼を置いて抱き着いてきた少女のことが頭から離れなかった。
「プルスは……あの市長の孫娘は、初対面の我々を全く不信がることなどなかったな。」
「意外でしたね。あの屋敷の様子を見るに、普段から自動人形を目にする機会はほぼ無いでしょうに。先入観が無いゆえ、でしょうか。」
「他の人間を見れば警戒する癖を、親や祖父から受け継いでしまったためかもしれないな。しかし人間ではない、人形に対しては、印象も別ということか。」
身近に居る同業者はほぼ敵であり、親交を深めようと近づいて来る相手を真っ先に疑う。そんな政治家の最たる特徴を家族が有しているとなれば、幼児の鋭敏な感性は知らず内に人間への根源的な不信感を醸成し得るだろう。
一方で、決して嘘をつかず、指示に従って行動するのが自動人形である。
どれだけ横柄な態度をぶつけても、機嫌を損ねたり関係が崩れたりすることもない人形相手に、人付き合いの煩わしさが排除された道を見出すことは、この社会の人間たちにとって一種の必然でもあった。




