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ウィタミーキスの探命日誌  作者: MasauOkubo
まだ破られない安寧
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依頼2:大通りの花屋さんから

 一仕事終えた翌日、リーピとケイリーは約束通り連れ立って買い物へと出かけた。


 自動人形であるリーピとケイリーが買い物に訪れても、通行人や店員たちから奇異の目を向けられることはない。そもそも主からお遣いを命じられた人形が往来していること自体珍しいものではない。


 人間とほぼ変わらぬ容姿で作られた自動人形が、遠目には人間と見分けがつかないおかげでもあっただろう。リーピの首元、襟の内側にくっきりと刻まれた頸部関節の溝に、すれ違いざま通行人がチラと視線を向けることだけは偶にあった。


 昨日言っていた通り、真っ先に花屋へと向かったリーピは店頭を指して喋る。


「ほら、ケイリー。今朝のダリアは満開です。あぁ、けれど、キモノケイトウもホワイトガーベラも綺麗に咲いていますね。うちの事務所に似合うのはどれでしょう。」


「選ぶなら店員に相談しろ。私は興味ない。」


 人形は、基本的に嘘をつかない。人間から振舞い方を命じられた時を除いては。


 ケイリーの率直すぎる返答は店主の耳にも入っていたのだろう、リーピが呼ぶまでもなく店の奥から花屋の主人が苦笑いと共に現れた。


「いらっしゃいませ、これはリーピさん、ごひいきにどうも。またお偉いさんのところに持っていく花束をご所望で?」


「いえ、今回はうちの事務所に飾る花瓶の花を探しにきたんです。人形が営んでいるからと、無機質な印象を持たれるわけにもいきません。」


 花屋の主人は、筋骨隆々たる男である。腕に筋肉の盛り上がった、ついでに毛深い大男の姿は花屋のイメージからかけ離れていたが、実際のところ仕事内容にはうってつけの体型である。


 大きな鉢植えや、水やり用のタンクの運搬、そして長時間の立ち仕事を強いられる花屋は、その華やかなイメージとは裏腹に相当な肉体労働でもあるのだ。時には冷水に手を浸しながら、棘のある草花を切り整える必要もある。


 その点でも、この大柄な店主のゴツゴツした手、硬い皮膚で覆われた指先は役立った。かつて工場での労働に従事していた頃の名残が、現在の職に生きているのである。


 立派な胸筋の前で窮屈そうに太腕を組み、店主も思案しながらリーピの要望に沿う花を選び始めた。


「ご自宅ではなく、お仕事される事務所に飾るとなれば、あまり派手過ぎたり遊び過ぎたりしない方が良いでしょうな。小綺麗なのを三輪ほど……ダリアがお好きで?」


 店主は、リーピの視線が止まりがちな花を目聡く察して尋ねた。


 人工物であるはずの人形が、個々に好みの傾向を有していることについて疑念を抱く店主ではなかった。


「はい、昨日ここを通りがかった時に、つい目を惹かれてしまいまして。けれど、お客さんも目にする場に飾るものを、自分の好み優先で決めてしまって良いものかと。」


「そりゃあまり奇抜すぎるのは考えものですがね、ご自身が好きな花であればこそ丁寧に活けられるものだとは思いますよ。」


「なるほど……それは確かに。では、ここのダリアのなかから選ばせてもらいましょうか。」


 じっと顔を近づけ、ゆっくり時間をかけて花を選び始めるリーピ。


 傍らでは店主も、その大柄な身体をちぢこめてリーピの小柄な背丈に合わせ、長持ちしそうな花を一本一本より分け始める。


 場所によっては人形に長居されることを歓迎しない店舗もある中で、ここの店主が嫌な顔一つせず親身に応対する理由は、かつてリーピとケイリーに助けられた経緯があったおかげだ。


―――――


 花屋の店主の名前はアントン。そも彼が花屋で働き始めたのは、工場での働き口を失ったがためである。


 少しでも不注意や規則不遵守があれば、大怪我に繋がりかねない製造業。人間の労働者を自動人形へと置き換えていく流れは、働き手の安全を守るためという口実の裏、労働災害によって多額の補償金を支払うリスクを減らしたいという経営陣の本音を籠めた形で一気に進められた。


 多分に漏れず工場から追い出された男は、その筋肉量を持て余さず働ける道を模索した。頑健な身体のおかげで途切れなかった律儀な働きぶり、ついでに経営側から言われるがままに職場を去ったおかげで得られた退職金も加えれば、貯蓄はそれなりにあった。


 そして、知り合いのつてで市場からの仕入れルートを確保し、花屋にするつもりで店舗を建てたのだ。


 が……折悪しく道路拡張工事による店舗立ち退きの話が降りかかった。


 当時の、役場での自分のあしらわれ方を思い出すたび、男の胸中には今でも暗い口惜しさが湧き出てくる。


「えーと、花屋を開業される……アントンさん、ですね。単に立ち退きというだけですから、ご安心を。市は代替地を用意いたしますので、そちらで営業を再開されれば良いのです。」


「その代替地が問題だって言ってるんですよ、せっかく大通りに面した場所に土地を買って、店を建てたのに……代替地とやらは、新しくできる道から、かなり離れた場所じゃないですか。」


「かなり離れた、ってことないでしょ?せいぜい大通りから路地に入って、歩いて数分じゃないですか。他の店舗の方々も了承しているのですから、あなただけワガママを通すわけにもいかないんです。」


 役所で応対に出てきた公務員の口調は丁重であったが、要望を聞き入れる気など毛頭無く、門前払いしなかったとの事実を作るためだけに適当にあしらうつもりで窓口に顔を出しているのは明白であった。


 男の筋骨隆々たる体つきも、ここでは不利に働いた。


 高く角ばった鼻梁に、狭い額、濃い体毛に覆われた剛腕は、逞しさの象徴のごとき容姿ではあったが、同時にいかにも頭脳労働からは縁遠そうな外見に見えてしまうのである。


「だいいち、大通りに面した土地の割に、ずいぶん安く買えたとは思わなかったんです?道路拡張の計画は土地を持ってる人間には早めに通達されていますし、不動産業者に詳細を確認しなかったのも悪いでしょ。情報収集を怠った、アントンさんの不手際です。」


「そんなこと言われたって……その、まぁ、はい……。」


 だんだん応対が面倒になってきたのか、役場の担当者の口調がぞんざいになってきた辺りで、男は頭を垂れ、すごすごと引き下がった。


 確かに、店舗用の土地を購入する際、この程度の値段で買えるものか?との疑念が浮かばなかったわけでもないが、当の不動産業者に向かって今からクレームを入れに行くことは更に為し難かった。


 襟の内側の喉元に刺青が覗き、濃い色のグラスで目を隠し、いかにも裏社会に通じていそうな地割り屋のドスの利いた声を思い出すだけで、内心が縮み上がるのだ。


 長年の労働で肉体は鍛え上げられても、男の心は善良な一市民に過ぎなかった。


 そんな折、彼が知ることとなったのはリーピとケイリーが開いた「探命事務所」の噂であった。仕事の質ゆえ大々的な広告や看板を掲げていない彼らの話は、酒場で男が泣き寝入りしかけていたところに店主が持ってきたのである。


「なんで人形に助けを求めなきゃならないんだ。俺がこんな苦労を味わわされているのは、元を辿れば人形どもに仕事を奪われたせいなんだぞ。」


「そりゃ知ってるが、人間の方がよほど信頼できないことは、お前も身に染みて分かってるだろ。探命事務所さんのほうには俺の方から軽く事情を伝えて紹介しておくから、行くだけ行ってみろ。」


 酒場の主人の言葉に、アントンはこれまた頭を垂れて頷いた。土地の購入だけでなく、そこに建っていた空き家の解体に、店舗の建設も済ませ、既に貯蓄は尽き果てている。何もせずにいて状況の好転を期待することは出来ない。


 他言無用との注意と共に渡されたメモに従って、翌日、彼は街はずれの小さな事務所の扉を敲く。


 探命事務所の主は、少年の姿をした自動人形であった。


 彼はリーピと名乗り、前もっての連絡内容を元に進めた調査内容を語り始めた。


「道路拡張工事の計画で、せっかく開こうとしたお店が強制立ち退き、という話でしたね。結論から申し上げますと、そんな工事計画は存在しません。」


「えっ?だが、確かに、間違いなく市役所から封筒が来たんだぞ。これだ。」


「市役所からの通達としては本物です、しかし計画自体は架空のものです。市議会議員の方から直接確認しております。」


 リーピの姿を見た時は頼りなく感じた男であったが、この自動人形が妙に得難い情報網を有していることは確かであった。


 まだ男は調査を正式に依頼してもおらず、報酬を払ってもいなかったのだが、既に本件の真相の端を知らされた今、更なる解明を望まずにいられなかった。ある意味、仕事上手な自動人形の掌の上に乗せられた形には違いない。


 見目麗しく作られた少年の顔立ちをもってして、権力者といかなる関わりを有しているのかは想像に任せるしかなかったが……ともあれ、今は一縷の望みをこの事務所に託すばかりである。


「じゃ、じゃあ、俺は予定通りに、店を開くことが出来るのか?」


「はい、道理が通れば。そのために、少し根回しをする必要があります。……ところでアントンさん、開店に備えて、商品は既に入荷済みですか?」


 リーピからの問いかけに、男は項垂れたまま首を横に振って応えた。


 現状を把握したうえでこの問いが出てくることに対する違和感に気づくほどには、精神面に余裕はなかった。


「いや、まだ……花卉の類は鮮度が命なものだから。それに、すぐ店舗の立ち退きをさせられるんだ、仕入れる意味が無い。」


「本来の開店予定日は、立ち退き命令の執行日の前日ですね。でしたら、商品を入荷し、予定通りに店を開けてください。市からの命令に対する違反にはなりません。」


「それはそうだろうが、すぐ次の日に立ち退きなんだぞ……?」


「決して無駄にはなりませんから、ご安心を。僕もお客を連れて行きます。」


 半信半疑、というよりも九割がた不安に占められつつも、アントンは事務所を去った。


 不安を抱えてはいたものの、言われた通り商品を仕入れる男。工場で働いてきた頃と変わらぬ、この男の率直さは他者の思惑に嵌められやすい気質ではあるものの、確かに美徳であった。


 そして本来の開店予定日、すなわち立ち退き前日に花屋はオープンすることとなる。


 大通りに面した一画に華やいだ空間が生まれたおかげで、近隣の住民からの評判は初日から上々であった。市からの立ち退き命令さえなければ、アントンにとっても新たな人生の出発点として最良の日となっただろう。


 次々と訪れる客たちの中に、リーピの姿があった。


 客を連れて行くとの約束通り、少年用の小綺麗な礼服に身を包んだリーピは、ある老婦人の手を取ってエスコートしてきたのであった。


「こちらです、奥様。」


「まぁ、この大通り、こんなに明るかったかしらと思っていたら……新しくできたのね、お花屋さんが。金融屋だの不動産屋だのばかりが並んでいて、辛気臭い街並みだと思ってたところなのよ。」


 老婦人の姿が現れた途端、人混みが引いて道を空け、ついで店の周囲に護衛と思しき黒服たちが並び始める。気品ある佇まいに、どこか老獪さを感じさせる色を眼差しの奥に潜ませている老婦人。


 リーピが連れてきたのが並みの人物ではないことを男は察しつつも、店内を巡り始めたこの老婦人の応対を始めた。


「綺麗なミモザね、けれど満開になるのは明日ごろかしら。店主さん、こちらの花、明日まで取っておいてくださる?」


「その……申し訳ございませんお客様、当店は明日づけで、市から立ち退きを命じられているのです。」


「えぇ、どうしてかしら?」


「大通りの道路拡張工事のためです。」


「あら、そんな話、初めて聞いたわ。帰ったらウチの人に確認しないと……ともかく、明日また来させてもらうから、先ほどのお花は置いといてちょうだいね。」


 店としては困る約束を一方的に言い付けられる形となったアントンであったが、老婦人をエスコートしてきたリーピが無言のままに頷いて見せている様は、算段が首尾よく完了したことの証ではあった。


 その老婦人が市長夫人であることを、彼は後になって知ることとなる。


 ひとりの議員秘書が更迭されたのは、早くも翌日のことである。親族が出店する土地を確保させるため、不動産業者に金を渡して融通を利かせた経緯が、市長直々の命による調査で明らかとなったのだ。


 男が花屋を開こうとして購入した土地は、街の大通りに面した謂わば一等地。


 その上で空き家となっていた建物の解体、建築基礎の構築、そして店舗として使える建屋の建設。これらへの出資が全て完了した後に、議員秘書の親族が横取りする形で店を開くとの計画が秘密裏に進んでいたのである。


 土地の購入届け出、店舗の建設許可、そして道路拡張という名目での立ち退き命令……そのうえで、そもそもが架空であった道路拡張計画の中止決定。すべてが市の認可の元に進んだとなれば、もはや一市民には泣き寝入りの他に道はない。


 不動産業者も、一方的に持ち掛けられた話ゆえ、余計な問題に巻き込まれる前に自分の関わりを示す証拠を全て破棄している。市の権力者との繋がりを有する立場を有していなければ、覆せない状況だった。


 後日、探命事務所に赴き、礼を述べると共に成功報酬を支払ったアントンは、純粋な好奇心からリーピに尋ねた。


「答えられないことなら、聞き流してくれていいんだが……道路拡張工事が架空の計画だってことを、世間に知らせるだけじゃダメだったのか?」


「であれば、警察に通報することが最良の手段ですが、期日が定められた中では彼らも満足に動けません。そも役場内でも、架空の工事計画が通されていることは既に他の職員の知る所となっていたはず。単に証拠を集めて突き出したところで、これまで通りに見て見ぬふりが続けられるばかりです。」


「そう、だよな……本当に、助かった。にしても、市長の奥さんを店まで連れてくるだなんて、どうやったんだ?」


「僕の外見と振る舞いを、奥様にはいたく気に入っていただけましたので。」


 リーピは人形らしからぬ言葉の濁し方で返答を済ませた。


 実際のところ、既婚者、それも政治家の妻という立場で楽しみを持つには、孫ほども年の離れた容姿の美少年は連れ歩くに都合の良い存在ではあったのだ。


 計画に横やりが入らなければ知らぬ存ぜぬで通すつもりだったのだろうが、秘書を解雇した議員が遺憾の意を示す会見をただちに開き、それにて今回の件は落着することとなった。


 店舗を横取りされることなく翌日以降も花屋を営み続けることが可能となったアントンは、その日以来たびたび花を買いにやってくるリーピを歓迎している。


 恩義があるためだけではない。


 人間らしい心を持たないはずの自動人形が花に美を見出すきっかけを、まさに自分が作ったとの確信も得ていたためだ。


―――――


 花瓶に生けるための花束を包み終え、アントンはリーピから代金を受け取りつつ手渡す。


 定期的に買い物に来るリーピからの収入は、花屋を開く時の騒動で探命事務所にまで支払った報酬分にそろそろ達しようとしていた。自動人形に対して敬語を使うことなど以前は考えもしなかった男であったが、今は一番の乗客に対する口調も自然と丁寧になっている。


「そういや、警邏隊長さんの定期巡回、そろそろですよ。ちょうど、この目の前の大通りを、警邏隊を引き連れて行進するはずです。」


「えぇ、通行人の方々も通りの脇に退いて待ちわびていますね。ウチのケイリーも、楽しみな様子です。」


 リーピが視線を向ける先、既にケイリーが沿道を縁取る人混みの中に並んでいる。


 まもなく、規則正しく響く数十の靴音、そして観衆による歓声やどよめきが波のうねりのように近づいてきた。


 “警邏隊長の定期巡回”は、本来はその呼称が示す以上の意味など持たない。


 自動人形が大半を占める警邏隊の中で、数少ない人間である部隊長みずから、街の治安が保たれていることを現地で目視するための任務である。引き連れられた警邏部隊も整然と列を為しているわけではなく、不測の事態があればすぐに動けるよう、各々の間合いを保って行動している。


 が、この街は幸いなことに、現時点ではそこまで剣呑な治安とはなっていない。大声を上げているのは、暴徒ではなくファンたちである。


「隊長さん!わっ、アァー!こっち見てェ!!」


「いつもありがとー!あっ、目ぇ合った!私のこと見た!」


「いやいやいや、えぇ……!?すっご、ウソみたいに顔が良すぎるんですけど!」


 沿道から巻き起こる黄色い歓声が示す通り、人の身で警邏隊を率いる部隊長に崇敬の念を込めた声々を呼びかけ、ついでにその美貌を拝む、単なるイベントとなっていた。数十日に一度の頻度でしか行われないため、殊にこの街の婦人たちは観覧の機会を逃すまいと必死である。


 たしかに、今代の警邏隊長は、美男子と呼ぶほかにない外見であった。隊長の座についているとはいえ、年齢はまだ若く、その整った顔立ちもあってますます美青年と呼ぶにふさわしい風貌である。


 自動人形であれば、製造時に好ましい外見を作ることは出来る。が、人間の場合はそうもいかない。


 生まれながらの容姿を選べるわけではないし、整形手術を受ければ不自然さが残る。その点からしても、この警邏隊長の美貌は、まさに神が人間の完成形を目指して作り出した奇跡とも思われるほどであった。


 彼がもてはやされるのは、整った顔立ちばかりではなかった。これまで幾度と巡回を繰り返してきたため歓声を浴びせられることには多少慣れているものの、それでもなお花形扱いされることにぎこちなさを示す彼の含羞もまた、見る者の心を掴んだのである。


 花屋の主人であるアントンも、熱狂する人垣の後ろから警邏隊長の姿をにこやかに見つめていた。


 人垣の間からチラと視線が合ったのだろう、彼は“よっ”と軽い挨拶を交わすがごとく片手を上げる。警邏隊長の方も、一般の観衆から気づかれぬ程度に小さく目礼を返した。


「以前、お伝えしましたかね。アイツとは同郷の幼馴染なんですよ。同い年で田舎から出てきたってのに、俺が工場で働いたり花屋を開いたりしてるうちにアイツ、ずいぶんと偉くなったもんだ。」


「えぇ、その話を聞かされるのは五度目です。随分とご自慢のご友人なんですね。」


「そりゃあ、俺みたいな大男が知り合いだなんて、ついでに同い年だなんて、誰も信じてくれないもんですから。アイツの話題が出るたびに口癖みたいになっちまいまして。」


 自身の背丈の低さゆえに直接見ることを諦めたリーピが、花屋の主人と歓談しているのをよそに、ケイリーはじっと警邏隊長の容姿を見つめていた。いや、見惚れていた。


 自動人形であるはずのケイリーの内面にも、製造時には想定されていない情動は確かに抱かれていた。具体的な物品の取得や、身体状態の明確な改善以外にも、充足感を得る過程を確かに認識していたのだ。


「顔が……いい……隊長さん。」


 普段は表情に乏しいケイリーであったが、それはメンテナンスコストを抑えるために表情パターンの少ない顔面パーツを装備しているためでもあった。


 仮に表現の余地が大きくあれば、今の彼女は頬をほころばせていただろう。


 既に目の前を通り過ぎて行った美貌の背を名残惜しく見つめるケイリーの背後では、アントンがリーピと喋り続けていた。


「だいたいアイツ、街の警邏隊に入ろうとする前からずっと、頭は丸坊主だったんですぜ。今となっちゃ、あんなオシャレな髪型にセットするだなんて、偉くなったついでに専用の美容師でもついてんですかね。」


「その可能性は高いですね、街としても警邏隊長の存在を市民から好意的に見られることを大きなメリットと捉えているでしょうし。」


「アイツは子供のころから正義感の強い奴でしてね、下手に髪を伸ばしてたら悪ガキ共とケンカする時に掴まれるからって、いっつも自分で髪を刈り上げてたのに……ま、お偉いさんの意向にゃ逆らえない、ってことですな。」


 それは確かに、幼いころからの姿を知る者でなければ辿り着き得ない視座ではあった。


 実用的な意味はなく、あくまで外見を整えるためだけにセットされた髪型。さらに警邏隊長の存在を示すため、マントのように長い裾の特注制服を羽織らされ、窮屈に前ボタンを全て留めている。


 街の人々から熱狂的な歓声を浴びせられつつも、警邏隊長という座に祀り上げられた彼が脱ぐことを許されぬ拘束衣のごとくであった。

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