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ウィタミーキスについて

 独特な固有名詞なので、作中世界観とあわせてちょっと解説です。もちろん架空の存在です。

 ウィタミーキスとは、人間に姿かたちを似せて作られた、自律行動する自動人形の総称である。


 彼らの体内は、単なる機械的構造ではない。


 人形としての外殻の内側は、複雑に絡み合う菌糸が埋め尽くしていた。


 時には神経細胞のごとく情報伝達し、時には筋繊維のごとく伸縮し、まるで一つの生命体を作り出すかのように分化する菌類によって、人形の行動は制御されている。


 望む振る舞いを可能にする外殻さえ用意すれば、あとはこの菌類を培養することで自律行動する人形を作り出す事ができた。


 この菌類がいかなる存在であるのか、どのような生態によって、こうも作り手に都合の良い振る舞いをするのかは解明されていなかった。原理解明よりも活用手段の発達が先んじることは、利便性を追及する人類が避けがたい道であった。


 ただ、利益に直結しない探求を続ける奇特な学者たちからは、この菌類が間違いなく進化を続けていることだけは報告されていた。


 単なる行動の模倣から、思考や感情の理解、そして意思の保有。この菌類は、生命を保っているだけに留まらず、まさに人間同様の“生活”を可能にするまでに至っている。


 「ウィタ」(生活)「ミーキス」(菌類)という呼称は、この真相に近付いた学者たちによって名付けられた。


 ……が、社会を構成している巨大な経済システムからは、儲けにならない研究が顧みられることなどなく、世間一般からは変わらず「自動人形」と分かりやすい呼称が使われ続けていた。


―――――


 元は人間にとって危険な現場、健康被害が引き起こされる環境で行動させるため、作業用の自動人形たちが作られていた。


 製造技術が研鑽されるにつれ、より高度かつ精細な作業が可能な自動人形が作られ始める。人間との受け答えも単なる情報伝達に留まらず、本来は知り得ないはずの感情まで理解しているかのように振舞う個体が作り出されるようになった。


 作業用であれば無機質な印象のままで構わなかった外見も、専門の造形師によって顧客の好み通りに作られるようになり、そうして製造され出したのが愛玩用の自動人形である。


 愛玩用、という呼称は子供たちの遊び相手という意味合いももちろん含まれている。


 が、製造コストを鑑みれば相当な高額となる自動人形を買い求めるのは大人であり、大抵自らの個人的欲求を満たす道具としての使い道を見出していた。


 自動人形の外見を実在の人物に似せて製造することは禁じられていたし、製造元が想定していない使用方法に合わせた構造物は備えられていなかったが、顧客のニーズが高まれば非合法に人形用パーツを販売する業者も現れる。


 一時は、自動人形をただ連れ歩くだけでも、公序良俗を乱す振る舞いとして白眼視されるに至った。


 むろん自動人形の製造元メーカーとしては、自社の商品からマイナスイメージを払拭することが最優先課題となる。彼らは政府へと直接働きかけ、自動人形の扱いを厳格化、非合法パーツ販売の厳罰化を実現させた。


 作業用自動人形は既にこの世界の産業を支える重大な基幹となっており、自動人形メーカーの発言力は絶大であった。


 ついでに、高額な愛玩用自動人形の愛用者は富裕層に集中しているため……メーカーの“お世話になっている”政治家たちも多かったのである。


 表向きは環境が良化したと見える状況であったものの、当の愛玩用自動人形たち自身の置かれた立場は芳しいものではなかった。


 本来の製造目的から外れる振る舞いや、自動人形自身が拒否する扱いを強要すること自体が法律をもって禁じられた結果、購入者の欲求を満たすことを拒否した人形はそのまま厄介払いされることとなった。


 もちろん、自動人形メーカーは専用の処理業者に引き渡し、正式なプロセスで廃棄処分することを推奨している。が、自動人形を保護する方針を打ち立てた街の市長は、廃棄処分すること自体を禁じた。


 まるで成長しきった我が子の門出であるかのように、家から出して独立して生活させる……との表向きの処置がとられるのだ。


 とはいえ、いくら思考力を有していても、人間のような意思は持ち得ない人形たち。


 彼らは購入者の屋敷から追い出された後、あてどなく放浪し、そのうち姿を消す。


 明確な行動目的を有さずにフラフラしている自動人形は、雇い主が居ないことを自ら喧伝しているも同然である。容姿端麗に作られてもいる彼らは、裏社会における人形売買ビジネスの格好の餌食であった。


 非合法パーツの販売は禁じられていたが、人形本体そのものの売買は黙認されていた。


 言わずもがな、持て余した人形の処理先は政治家たちも求めていたし、自動人形メーカーが莫大な利益を独占している状況を気に入らぬ者も少なくなかったためだ。


―――――


 リーピとケイリーもまた、同じく本来の主人からの要求を拒み、追い出された愛玩用自動人形である。


 ただ他のケースと違ったのは、リーピの思考力は並の人間を凌駕する水準にあったことだ。この長所は、彼が持て余され疎まれた理由そのものでもあった。


 購入元を追い出された人形の末路を調べて知っていたリーピは、先んじて自分たちが為すべきことを計画していた。


 表向きの口実を整えるためだけに与えられた“市民権”が、そのごく僅かな期限で失効してしまう前にケイリーを連れて役場へ向かい、住所登録および業務登録、開業手続きを行った。人間とは違い、人形用の市民権は住所不定のままだと数日で失効する処理が、非常に煩雑な法律および条令の組み合わせの中に埋もれ組み込まれていたのだ。


 斯くして難を逃れ、リーピとケイリーは「探命事務所」を設立し、第二の人生ならぬ人形生を歩み出した。


 「探命事務所」とは、顧客から私的な用件を引き受け、警察沙汰になっては都合の悪い状況、秘密裏に収拾をつけてもらいたい事態に対処する仕事である。


 漠然とした定義ではあるが、それだけ顧客の抱える事情次第で多岐にわたる依頼を引き受けることとなる。個人的な情報を決して漏らさないとの信用が無ければ、務まらない職でもある。


 地価の安い地域の事務所ひとつとはいえ、餞別として購入資金を出資する程度には良心のある主人に恵まれた幸運も手伝っての開業であった。ケイリーが女護衛としての役回りを与えられて製造された人形であるおかげで、リーピから今後の安全保障手段として見いだされたことも巡り合わせではあったろう。


 雇い主から追放された後の自動人形が、実際に職業に就いて独立して生活できている実例が出来たことは、政治家たちにとっても好都合であった。業務内容が顧客次第で変わる「探命事務所」なる業種が、ごく短期間で認可され営業開始するに至った裏側には、現行制度にポジティブなイメージを与えたい権力者の意向による後押しがあった。


 人間たちの欲求に合わせて作り出され、人間たちの意向次第で在り方を翻弄される、自動人形。その本質が生命の一種たる菌類であるにせよ、人工物としての前提が根強く残される存在。


 自分がそんな立場にあることを、リーピは甚く理解していた。


 何のためにここまでして知恵を巡らせ生き続けたいのか、との自問は常に彼の中心にあった。


 探命事務所という仕事は、人間を知り、この社会を知ると同時に、自分自身を知るための道でもあった。

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