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ひとのきもち

ニメリアの工房に老兵ガロッドが訪れたのは、雨季の始まりだった。彼の右腕は肩から先がなく、雨合羽の袖はからっぽで垂れ下がっていた。


「エルフの義体技師に会いたいのだが」


彼の声は低く、威厳に満ちていた。その姿勢からは、長年の軍務で培われた規律が感じられた。


「私です」


ニメリアが答えると、彼は少し驚いた様子を見せた。おそらく、もっと年配の職人を想像していたのだろう。


「腕を……作ってもらいたい」


彼は言葉少なに説明した。昔、国境紛争で右腕を失い、今は孫たちと暮らしている。退役金は十分ではないが、何とか工面したという。


「お金の話は後で大丈夫です。どうぞ」


この行いの目的は単なる生計を立てることだけではなかった。ニメリアは心のどこかで存在意義がほしかったのだ。

ニメリアは彼を招き入れ、お茶を出した。


「義体は単なる道具ではありません。あなたの一部になるものです。まずはあなたのことを聞かせてください」


ガロッドは最初、自分の話をするのを躊躇っていた。しかし、ニメリアの機械の部分を見て、少しずつ心を開いていった。彼が語り始めたのは、戦場の記憶、失った仲間たち。


そして、今、義手を望む理由。


「…………孫が、生まれたんだ」


ガロッドの表情がふっと和らいだ。


「孫を抱きたい。この手で」


その切なる願いに、ニメリアは決意した。彼のための、最高の義体を作ろうと。



三週間、ニメリアは彼の動きを観察し、かつての武術の型も再現してもらった。彼の体の記憶は、失われた腕の動きさえも覚えていた。

毎晩、工房に戻るとすぐ大きな紙を広げ、設計と向き合った。


ニメリアの右目の機械瞳は完全に開き、鋭い集中力を示すように中心から強い光線が前方に向かう。耳朶の薄い膜に葉脈のような線が青く浮かび上がっている。

のめり込むくらい夢中になって、設計図を練り続けるこの時間が、ニメリアは嫌いじゃなかった。


そして荷車の工房で魔法の儀式を行いながら、彼女はふと考える。

機械化されたことで失ったものもあるが、得たものもある。それで何か人に与えることができるなら――それは、森の教えを実践しているのではないだろうか。

そう思うと、ニメリアは自身を“エルフ”なのだと嬉しく思った。


「これが設計図です」


ニメリアが見せた図面には、シンプルで力強い鋼鉄の骨格に、彼が所属していた連隊の紋章が刻まれた義体があった。


「関節は武術に適した可動域を持ち、手首には戦歴を示す刻印を入れたいと思います。見た目は金属的ですが、触れる感覚は失われないよう、特殊なセンサーを組み込みます」


ガロッドの目が潤んだ。


***


完成した義体を取り付ける日、彼の家族も立ち会った。孫たちは好奇心いっぱいの目で見守っている。


「少し、痛むかもしれません」


接続部を合わせると、神経と義体が同期する光が走った。ガロッドは歯を食いしばった。


「動かせますか?」


彼はゆっくりと指を動かし始めた。そして、手のひらを開いた。ふわりと、繊細な動きだった。


「おじいちゃん、手がある!」


孫娘のチルが駆け寄ると、ガロッドは彼女に、やさしくそっと触れた。

そし見上げるチルを、迷わずぐっと抱き上げる。


片方の金属の腕と、人間の腕で。

小さな体を優しく大切に包み込んでいた。


「あぁ、抱ける……。本当に、抱けるんだ。これからたくさん抱っこしてやるからな。そんなにすぐ大きくなるなよ」


彼の目からは涙がこぼれ落ちた。


その瞬間、ニメリアの胸の装置が琥珀色に温かく光った。

胸の半透明の水晶装置内では、歯車が少し早く回転し始めている。彼女の長い髪の先端が、喜びの感情とともに、星屑のように淡く輝き始めていた。



グツでの数ヶ月は、ニメリアの考え方を少しずつ変えていった。「機械と自然は対立するものじゃない。ドワーフは皆それを知っている」とアビゲイルは言った。

「我々ドワーフは山を掘るが、山を敬う。お前さんの技術も同じじゃないか」

彼の言葉はニメリアの中で反響した。

胸の装置が青白く輝く。自信の色だ。


ニメリアの中で、エルフとしてのアイデンティティと義体職人としての誇り、使命感が、少しずつバランスを取り始めていた。



ある日ニメリアが荷車を引いて小さな村を移動していると、村人たちが不思議そうな目で彼女を見つめた。特に、鍛冶屋の親方が心配そうに近づいてきた。


「お嬢さん、重そうだな。手伝おうか?」


親方の後ろには若い弟子たちも集まり、エルフの少女が大きく重そうな荷車を引いている様子を不思議そうに見ていた。


ニメリアは微笑んだ。「ありがとう。でも大丈夫」


「いやいや、こんなに華奢なのに。エルフは森の中を軽やかに走り回るものだと聞くが」


ニメリアの胸の装置が青く輝いた。

彼女は荷車の取っ手を離し、その代わりに荷車の側面に手を当てた。


「エルフはね、見た目よりずっと力持ちなの」


そう言うと、ニメリアは荷車全体を軽々と持ち上げた。荷車に積まれた道具や材料が少し揺れたが、彼女はしっかりとバランスを取っていた。村人たちからどよめきが上がる。


「エルフは人間の10倍以上の力を持っているのよ」ニメリアは荷車を元に戻しながら説明した。

鍛冶屋の親方は目を丸くした。


ニメリアは少し照れながら頷いた。「それに機械化されているから、通常のエルフよりさらに重いものを持ち上げられるの」


若い弟子の一人が興味深そうに前に出てきた。「すごい! 鉄も曲げられる?」


ニメリアは笑いながら、近くにあった鉄の棒を手に取り、簡単に曲げてみせた。村人たちから歓声が上がる。


「力だけじゃなくてね、繊細な作業もできるのよ」と言って、彼女は曲げた鉄の棒を器用に小さな花の形に整えた。


出発の日、多くのドワーフ職人が見送りに来てくれた。

「いつでもまた来てくれ。機械エルフの義体技師さん」


この町でニメリアは特殊合金の作り方を学び、また自分の技術を分かち合うことができた。

ニメリアは「よいせ」と荷車の取っ手を掴み、この町を後にした。



町から町へと移動する際は、自分で荷車を引いた。

義体エルフの特徴的な姿は時に警戒されたが、その評判が広まるにつれ、「エルフの義体技師」として迎え入れられるようになっていくのを感じていた。


夜になると、ニメリアの機械の目は淡く光り、周囲の動植物を観察した。彼女の義体に組み込まれたエルフの魔法は、自然の声を聞く能力を失わせなかった。


時に立ち止まっては、大きな木に手を当て、その生命力を感じ取り、落ち着くことができるのだった。

「森を出ても、森は私の中にある」


途中、小さな町について、ニメリアは市場の喧騒の中を歩きながら、周囲の人間たちが自身に向ける視線を意識していた。

確かに好奇の目はあるものの、彼女が想像していたような大騒ぎにはなっていない。


ニメリアは市場の果物屋で林檎を手に取った。店主は彼女の尖った耳に一瞥をくれただけで、普通に値段を告げる。


「エルフさんかい? 珍しいねぇ。でも最近は学校にもエルフの学生がいるって話だし、時代は変わったもんだよ」


店主の言葉に、ニメリアは少し安心した。この国では、異種族との交流が思ったより普通のことなのかもしれない。


「エルフが一人、人間の国に来ても、全然騒ぎにはならないものなのね」

彼女は小さく呟いた。


森にいた頃、人間の子供が一人迷い込んだだけで、緊急会議が行われ、警備が強化され、大騒ぎになったことを思い出す。あのとき人間の少女は、好奇心いっぱいの目で森の全てを見ていた。


「――“あの時”とは違うのね……」


彼女は買った林檎を手に、次の目的地へと足を進めた。



ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

いかがでしたか?

少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。


彼女の物語はまだまだ続き、構想も考えてはいるのですが

短編としては一旦こちらでおしまいになります。


(評価や感想をいただけますと次作の励みとなります...!)

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