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めかえるふ、もりをでる

エルフコンにて佳作をいただきました作品を少し手直ししたものになります。

初めての異世界ファンタジー作品です。

短編ですが、ぎゅっとこだわりを詰め込みました。

エルフ好き、メカ好きさん、ほのぼの好きさんに楽しんでいただけますように!

鏡に映る自分の姿を、じっと見つめる。


「これが……私」


体の一部が機械となったニメリアはもはや、エルフではないようだった。


事故から三ヶ月。

森の奥深くで古代遺跡を調査していた時、突然の崩落に巻き込まれたニメリアは、死の淵から這い上がるため、一部体の機械化を受け入れるしかなかった。


ニメリア・クロンクヴィストは、小柄なエルフだった。

左目は深い湖を思わせる碧色で、右目は木の年輪を模した精巧な機械眼が青く光っている。左腕は透明な生体樹脂で覆われ、その内部には森の力を宿した緑の液体が小さな歯車と共に流れている。


胸には半透明の装置が埋め込まれていた。ニメリアは首から葉の形をした水晶素材のペンダントを下げているが、これは胸の装置を活かすものだ。細い銀がペンダントの周りを蔦のように優雅に縁取っている。中央には小さな宝石が埋め込まれ、胸の装置が光ると共鳴して同じ色に輝くのだった。

それから最後に――彼女の長く豊かな緑色の髪は、時折星屑のように輝いた。髪の一部はニメリアの感情――悲しみや戸惑い、もちろん喜びにも――に反応して、微かに青や紫に色を変える仕組みとなっていた。


「ニメリア、長老様が呼んでいるわ」


母ヴァニヤの声に振り返る。その目に浮かぶ悲しみと不安が痛いほど伝わってきた。


***


「我々の掟は明確だ。森の番人は自然と一体であるべきであり、森を壊す機械の力を借りるなど言語道断」


長老の声は冷たく、広間に響き渡った。周囲に集まった同胞たちの視線は、まるでニメリアが汚れた存在であるかのようだった。


「しかし、ニメリアは生まれながら森の番人です。彼女の能力は――」


父ウィローの弁護も長老に遮られた。

「能力など関係ない。彼女はもはや、エルフではない。機械と融合した姿は……異物だ」


その言葉に胸が締め付けられた。瞬時に右目のセンサーが反応し、周囲のエルフたちの表情を分析する。

恐怖、嫌悪、同情……様々な感情が読み取れるが、ニメリアのことを受け容れる感情は、そのどこにもなかった。


***


「ニメリア……大丈夫?」


帰り道、友人タリアがニメリアに近づいてきた。

彼女は優しい子だったが、その目はどうしてもニメリアの機械の部分から目を逸らすようだった。


「大丈夫と言ったら嘘になる。でも、生きているだけでも感謝しなくちゃね」

そう自分に言いきかせるように答えた。生きた心地なんてしなかった。

それを聞いてタリアは微笑もうとしてくれた。

が、そのときニメリアの胸の装置がキュイィンと光った。彼女は思わず後ずさる。


「ご、ごめん……! まだ慣れてないだけ」

そう言いながらも、彼女の目にはたしかな恐れが浮かんでいた。

――その瞬間、ニメリアは決意した。

“ここにはもう、私の居場所はないのだ“と。


最後の夜、ニメリアは森の中心にある大樹――イクイヌン・ヴァロ(永遠の光)と呼ばれる――の下に座った。

幼い頃からこの場所で瞑想し、森の声を聴いてきた。


「これで全部かな」

ニメリアは自分の機械の腕を見つめた。月明かりに照らされ、金属部分がきらりと輝いた。


「本当に行くのね」

母の声は少し震えていた。父も重く口を開く。

「長老たちも、いずれは理解してくれるかもしれない。その姿にしてしまって……すまない」


父は深いため息をついた。娘が森の掟によって排除されることを防げなかった自分を責めているようだった。


しかし、ニメリアは静かに首を横に振った。

「お父さんがこの体を作ってくれたこと、感謝してる」

ニメリアは父の手を取った。

父が作ったこの腕があり、目があり、心臓がある。そのおかげでニメリアは命が繋ぎ止められた。

「本当よ。気に入っているの」


父がくれたのは、それだけじゃない。


クロンクヴィスト家は森の番人としての役割だけでなく、代々エルフの治療師としての技術を継いできた。特に父親は義体装具の製作に長けており、森で怪我をした動物や時には人間のために、木や特殊な樹脂を使った義体を作ることがあった。


そしてニメリア自身、幼い頃から父の仕事を手伝い、解剖学や工学の基礎を学んできた。――つまりそれは、父から教わった”義体作り”の技術。


それに、父から譲り受けるのは、改造されたこの荷車もある。これはすなわち、“義体作り“の為の移動式工房だ。

「新しい車軸に、替えておいた」


前を向く娘を見て、無理やり明るく振る舞おうとする父に、ニメリアは微笑みかける。


「ありがとう。もう道具も全部積んだよ」


小柄なニメリアに比べると大きく見えるその荷車は、義体作りに必要な道具や材料を全て積むのに十分な大きさだった。そして、この移動式工房にはエルフの義体作りに大切な“ある床”も備えられている。


「…………長老たちがあなたを拒絶した時、どれだけ悔しかったか」

母ヴァニヤの声は静かだが、強い感情が込められていた。


***


夜が明け始め、出発の時間が近づいていた。

「森の外の世界は厳しいかもしれない」

母ヴァニヤが、ニメリアの頬に触れた。

ニメリアは、硬い機械の腕で、めいっぱい両親を抱きしめた。

両親の腕は、やわらかいエルフの肌だった。


朝日が昇り始め、ニメリアは荷車の取っ手を握った。

「行ってくるね」

「あなたが、つらくなくいられる場所で過ごすのよ。無理はしないで」

母の言葉に、胸が熱くなった。

右目の機械の目からは、涙――雨粒のような小さな青い光の粒子――がこぼれ落ちた。

「ありがとう…………。お母さん」


***


生まれ育った森が朝もやに包まれている。

巨大な古木が連なる森の輪郭が朝日に照らされていた。


シュニダウの森という名のこの森は、人間たちからは「リゴ大陸の最後の楽園」「大陸の緑の心臓」などと呼ばれることがある。北のヴェステリエ王国、東のウルリ連邦、南のメデチタ帝国、西のグツ連合の間に広がる緩衝地帯だ。四つの国の力が均衡を保つ限り、エルフたちの森は守られている。


今から、森の外に出るのだ。


不安と期待が入り混じる。機械の腕が微かに青く光を灯っている。ニメリアは深呼吸した。胸の装置内の歯車の動きが遅くなり、内部の光は弱まって。暗い紫色へと変わった。


「さようなら、私たちの森」


一人呟き、ニメリアは荷車の取っ手を握り直した。父から譲り受けたこの荷車と、まずは西のグツ連合を目指そう。ドワーフたちは機械技術に理解があると聞く。

ここにいても明るい未来はない。そうわかっていたから、ニメリアは一歩を踏み出した。


荷車を引きながら森を抜けるのには、既存の獣道を選んだ。森を出る境界線で、ニメリアは一度振り返った。大樹イクイヌン・ヴァロの枝葉が、朝もやの中にうっすらと金色に輝いて見えた。


――エルフだけど、私の体には、機械がある。


これがニメリア・クロンクヴィスト――義体エルフの旅の始まりだった。


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