第9節
熱いスープが恋しくなる寒い朝。
孤児院の子供達は土まみれになりながらも畑で働いていた。
草を抜き、水を引く水路を掘る。
そして大人であるフィル、ルイーズ、院長も……
「なかなか汗をかきますね」
外は肌寒いにも拘わらず既にフィルの肌着は汗でしっかりと濡れ黒茶色の髪は汗で固まってしまっている。
「風邪をひかないようにね。旅人さん」
隣で働く院長だが、彼女に関してはすごいの一言だ。
汗一つかかずに皺だらけの手で作業をしている。
「それでフィルさん。いつまでこちらに?」
そうフィルに尋ねるのはルイーズ。
院長とフィルの間に彼女の姿があった。
明るい茶髪を揺らしながら土にまみれるその姿はとても貴族とは思えないが。
「具体的には何も決まってはいません。気の向くまま、自由に」
「いいですね……私もそんな風に生きてみたかった」
「今からでもそうされればよいではありませんか。ルイーズ様、貴女であればそれが叶うのでは?」
「私のような人間には立場というものがあります。そうやすやすと自由になることなど出来ませんよ」
(お転婆かとおもったが、意外と立場は弁えているんだな、それか線引きがしっかりしているか……)
ルイーズの瞳の青が、少し曇った気がした。
†
「子供の熱が下がらないんだ!」
「こっちは傷口が膿んでる!」
「鎌で足を切ってしまって、助けてください!」
朝の畑仕事が終わった後から、ルイーズが村から怪我人や病人をフィルの前に連れてきていた。
10数人程度の数だろうか大人、子供、老人まで様々。
フィルは休憩もろくに取れないことをぼやきながらも粗末な木の机を診察台代わりに使い目の前の患者を治療することに専念する、やれば終わる、やらなければ終わらない。
「腕が良いのですね。フィルさん」
包帯を巻いていると横から興味深そうに瞳を輝かせるルイーズが話しかけてきた。
「なかなかのものでしょう?」
「ええ、どこで知識を?」
「十年前……怪我した子供を助けたくて貸本屋の本を読み漁って身につけたものです」
「そうなのですか……」
最後の患者はあどけなさの残る少年だ。
フィルが不思議に思ったのはどこも怪我していないし顔色も良いところ。
なんの病気だろうか?
「やぁ、君は何処が悪いんだい?」
「……胸が痛いの」
「そうか、どんな風に痛むんだい?」
「普通にしてたら痛くないんだ。けど……」
「うん」
「あの子を見てたら……何故か」
少年が視線を向ける先に目を向ける。
患者の老婆の手を引いて歩く同い年程の少女がいた。
その事をルイーズも確認したのだろう、フィルは互いに顔を合わせてくすりと笑った。
「なんで笑うの?」
笑われるのが気にくわなかったのだろう、少年が頬を膨らませて抗議してきた。
「ごめんね。ただそうだな……君のそれは別に病気じゃない」
「え?だったらなんなの?」
「それは……『恋』かな。残念だけど僕は君にそれを教えることはできないけどね。詳しくはルイーズ様に聞いてね。僕より経験豊富だろうから」
「え?」
隣で少し頬を赤らめるルイーズ。
大量の患者を押し付けられたフィルからのお返しだ。
「さて、君はもう行きなさい。そうだな……あの子を手伝ったりするといいかもね」
「え?」
「女の子には優しくしておくものだよ、君」