5―2 目醒める
「信じてるから」
レインにそれだけを告げて、アリアは氷板から飛び降りた。
一般家屋の三階ほどの高さにまで上昇していた氷板だが、神器使いにとってはこの程度の高さから飛び降りることなど造作もない。より高い神壁から飛び降りたこともあるアリアからすれば尚更だ。安定した体勢で舞台の上に着地する。
アルス、シャルレスも同様に着地し、準備は整った。
〈焔の障壁〉は今なお勢いよく燃え盛っている。あの奥には〈顕神〉を行使するヘルビアが立っているはずだ。“破滅”を用いて“神之焔”を破壊することもできたはずだが、そうしなかったのは障壁の奥に標的がいないと察していたからだろうか。
「……関係ないわね」
いずれにしろ、もう障壁は不要だ。アリアがすべきは消極的な護衛ではない。積極的にヘルビアの前に身を晒し、レインのために時間を稼ぐこと。
「時間を稼ぐ」と口にすれば簡単だが、それが一体どれだけ難しいかは分かっているつもりだ。クラス戦で完璧な敗北を喫したことを考えても、現段階でアリアとヘルビアの間には絶対的な実力差がある。お互いが〈顕神〉を行使した今でさえ、その差は広がることはあっても狭まることはないだろう。
それでも、アリアはやらなければいけない。いや、アリアではなく、アリアたちは。
「せっかくレイン君に頼まれたんだからね。僕たちもできるんだってとこを見せておかないと」
「背負いすぎは禁物。空回りする」
アリアが思っていることを見透かしたようにアルスとシャルレスが言う。
全くもってその通りだ。やっとレインは認めてくれた。アリアたちに頼ることを決めてくれた。ならばその信頼に応えることこそが、レインを肯定する一番の方法。
正直に言えば、アリアだけでは絶対にヘルビアには勝てない。こればかりは認めざるを得ない現実だ。どんなに取り繕おうとしても隠せない厳然たる事実として、確かにアリアの前にはその命題が立ちはだかる。
しかし、一人ではないのだから。アリアの無茶を手伝ってくれる頼もしい仲間がいるのだから。
そして――守るべき人がいるのだから。
「負けないわ。絶対に」
自分に言い聞かせるように呟いて、アリアは〈焔の障壁〉を解いた。
散り散りになり、闇に霧散した焔の奥から現れたのは、神々しい純白の鎧を纏うヘルビア。
まさしく圧倒的。明確に視界に捉えただけで、感じる重圧が数倍に膨れ上がった。先程から放たれていた殺気がより濃密に場を支配する。
これが“王属騎士団”副団長。レインでさえ圧倒する強者。
「……奴は来ないのか? あの氷の上で何をしている」
今も宙に留まる氷板を見上げながらヘルビアは言った。
やはり、ヘルビアはレインの存在に勘づいている。すぐに向かわないのは、一応はアリアたちのことを警戒しているだろうか。ひとまずは足止めできそうだ。
「レインには指一本触れさせないわ。私たちがあんたを止める」
「止める」という言葉にヘルビアはぴくりと反応した。
「……何故、俺を止める? 俺の判断が間違っているとでも?」
声は穏やかでも、放たれる殺気がヘルビアの心情を雄弁に物語っていた。〈飢憶の印〉による偽りの記憶と攻撃性の助長により、今のヘルビアはまともな思考回路を持ち合わせていない。レインを殺すことにのみ、全ての思考が集約されている。
もはや無駄な問答は不要だ。アリアは神器〈ヘスティア〉を構えた。
「間違ってることにも気付けないなら気付かせてあげるわ。過去を向いて歩くほど馬鹿なことはないってね!」
〈ヘスティア〉から焔が吹き荒れる。赤熱する膨大な熱量が、夜の闇を鮮やかに切り裂いた。横に立つアルスでさえ熱を感じるほどの勢いだ。
しかしヘルビアは動じず。
「……邪魔をするなら、お前らごと破壊する」
その純白の神器を携えて、表情を変えることなくそう言い放った。
刹那。ヘルビアの姿が消える。
「―――ッ!!」
途端、アリアの〈孤狼の勘〉が危機を察知した。喚き立てられる危機の数はおよそ十。試合のときと同じ、アリア一人では避けられない致死の攻撃の嵐。
「シャルレス!」
「〈氷零牢獄〉」
しかし次の瞬間、危機は瞬く間に過ぎ去った。
シャルレスが神能“蒼淵”によってアリアを囲い、氷の防護壁を展開したのだ。完璧なタイミングでの防御である。
「…………ほう」
わずかに突撃を躊躇ったヘルビアは“破滅”にて氷を砕き割った。キラキラと輝く氷の破片が闇に飛び散る。
ヘルビアの躊躇で生まれた隙にアリアは距離を取った。
「なるほど、他の神器使いは支援に徹するという訳か」
ヘルビアが見回すと、既に辺りにアルスやシャルレスの姿はなかった。アリアだけがヘルビアに対峙している状態だ。三人で一斉に向かってくると読んでいるだろうヘルビアの裏をかく作戦である。
同時に三人で臨んだところで、ヘルビアの攻撃をまともに受け切れることができる者はいない。唯一可能性があるのは〈孤狼の勘〉で危険察知ができるアリアだけだ。一瞬の隙を突かれれば、アルスやシャルレスでは太刀打ちできず斬られてしまう。
そこで、ヘルビアと実際に斬り結ぶのをアリアだけにし、そのアリアをアルス、シャルレスが全力で支える作戦である。シャルレスの認識阻害でアルスとシャルレスは姿を隠し、ヘルビアから狙われないように位置取っている。
「〈全方同期〉は万全。ヘルビアだけに集中して」
シャルレスの異能“受心”の本来の力は他者の心を読み取ること。それによって常にアリアの心を読み取り、〈孤狼の勘〉が発動するタイミングを知ることで即時的な防御を可能にする。同時にアルスにもアリアの感覚を伝達することで、シャルレスを介して三人全員の感覚を同期させる〈全方同期〉が構築されていた。
他者の心を読み取ることは、偽りの情報を送ることで認識を阻害することよりも遥かに難しい。しかし、シャルレスとその他者の間に信頼が生まれていれば話は別だ。これまでは能力の半分しか生かされていなかったが、「仲間」ができた今、“受心”はその真価を発揮していた。
「!」
そのとき、シャルレスに〈孤狼の勘〉が走った。実際に相対し剣を振るうのならばまだしも、防御することだけを考えるのであれば、ヘルビアとも十分渡り合うことができる。シャルレスは即座に予想される攻撃を解析し、〈空中氷面〉にてアリアの移動を助けた。
「はっ!」
シャルレスの意図は〈全方同期〉によって明確にアリアに伝わる。本来ならばどう動いても不可避のヘルビアの剣を、アリアは宙へ逃げることで回避した。そこにあったのはシャルレスの〈空中氷面〉。
単純に飛べば、落下時を狙われるのは目に見えている。しかしアリアは空中に配置された氷の足場を利用してヘルビアの頭上を飛び越えた。
「――〈響き渡る空間〉」
「……む?」
瞬間、発動するアルスの神器〈アポロン〉の神能“鳴奏”。ヘルビアを含む、アリアの真下の空間の空気が振動する。
〈響き渡る空間〉はそれだけで生物を滅することができるほどの威力はないが、空気を振動させ励起させることで範囲内の空間のエネルギー伝達効率、特に熱伝達効率を底上げする。〈ヘスティア〉の神能“神之焔”と非常に相性がよく、ただでさえ規格外の破壊力をさらに引き上げることが可能だ。
「〈絶焔剣〉ッ!」
ヘルビアを飛び越えながらアリアが放つ一撃。焔が猛烈な勢いで剣から溢れだし、刀身を包み込んで完成した焔の剣をヘルビアへと叩き付ける。
その一撃がアルスの〈響き渡る空間〉に触れたと同時。
――ゴウッ! と極めて局地的な凄まじい大爆発が起きた。
舞台上を駆け巡る熱波と暴風。クラス戦など比にもならない衝撃が第一闘技場に轟いた。
焔をまともに浴びながらも平然とアリアは舞台に着地し距離をとる。これだけの爆発を間近で受けて平気な人間はいない。いかにヘルビアと言えど、巻き込まれれば大きなダメージを受けるはずだと三人は思った。
しかし。
「…………この程度か」
爆発の中心地、ヘルビアが立っていた地点に漂っていた黒煙の中から聞こえたのはそんな声。
やがてその黒煙の中から、ゆっくりとヘルビアは姿を現した。
純白の鎧には一切の汚れが存在しない。立ち姿からするに、少しもダメージを受けていないように思える。
失望したような響きが、アリアにクラス戦の結末を思い起こさせた。
「あれでも耐えるのか……!」
アルスが驚きを禁じ得ないでいるとき、アリアは自らの手に収まる〈ヘスティア〉の刀身を眺めた。先程まで勢いよく燃え盛っていたはずの焔が、神能を解除した訳でもないのに消え失せている。
「“破滅”……思っていたよりもずっと厄介そうね」
剣を叩き付けた瞬間に、アリアは確かに剣の反発を感じた。あの瞬間に〈ハデス〉で〈ヘスティア〉を受けたのだろう。そして発動した“破滅”が焔を消去し、近距離での致命的な爆発を避けた。派手な爆発も実際にはヘルビアには届いていなかったということだ。
少しして、再び焔が刀身を覆った。“破滅”の効果は永続する訳ではないらしく、一定時間が経てば神能も問題なく再使用可能だ。
これならば戦闘に支障はない。アリアがすべきなのはレインのために時間を稼ぐこと。ヘルビアに勝つ必要はないし、勝てるとも思っていない。少なくとも今は、だが。
「……やるわよ! アルス、シャルレス!」
「うん!」
「もちろん」
打てば響くような声に、アリアは獰猛に笑った。自分の意思はまだまだ折れていない。この仲間たちがいれば折れることはない。そう断言できた。
途端、〈孤狼の勘〉がまたしても騒ぎ立てる。先にもまして強烈な予感だが、既にアリアに退くという選択肢はなかった。
――負けない。絶対に。
「――はあっ!」
気勢と共に、アリアは全力で地を蹴った。
***
宙に浮く氷板。シャルレスが作った〈飛空氷板〉はシャルレスが意識せずとも自律的に飛行し続け、そこに乗せた人間を安全な状態に保っていた。
今、氷板の上にあるのは漆黒の球。
どこまでも黒くどこまでも深い底無しの闇が形作る球体。光さえも飲み込んで逃さない闇は、氷板からわずかに浮いている。闇に触れたが最後、あらゆる能力は消滅してしまうからだ。
真下の舞台からは死角となる氷板の上で、球はゆっくりと大きくなっていく。
闇はあくまで副産物だ。内に秘める主の変化の過程で生まれると共に、主を守り抜くための殻のようなもの。闇の大きさが主の変化の度合いを示している。
舞台に響き渡る轟音が闇にも届くが、闇の内部には音は響かない。闇は全てを消し去り、内部に干渉するものの一切を阻む。外界に影響されることなく、主が変化を、進化を遂げられるように。
舞台上とは裏腹に、ここでは恐ろしく静かに時が過ぎていた。
やがて、球は膨張を止めた。人ひとりを丸々飲み込めるほどの大きさになった闇はもう動かない。既に全ては終わったのだ。
そして、その時は来る。
突如闇の中から一条の光――いや、一条の闇が飛び出した。光線状の、しかし漆黒の闇が。
闇は次々に飛び出す。それはまるで、主の誕生を祝う祝砲のように。球の至るところから、闇が突き出る。
――やがて生まれるのは、漆黒を携えたモノ―――
***
「……〈氷零牢獄〉……ッ!」
発動する神能“蒼淵”。氷の壁が辛うじてアリアを覆い、ヘルビアの一撃を食い止めた。
何とかヘルビアから離れるアリアだが、その動きはわずかに、しかし確実に鈍くなっていた。荒い息遣いは体力の限界が迫りつつあることを示している。
ヘルビアと直接剣を交えていないアルスやシャルレスもそれは同じだ。一瞬も気を抜けない極限の状態下で支援を続けることによる精神的疲労は、想像を絶するほどの消耗を二人に与えていた。
ヘルビアの前では、瞬き一つにも満たないほどの遅れが致命的なミスになってしまう。牽制のための攻撃さえ、出せる力の全てを尽くした全力全開の一撃でなければかえって隙になりかねない。ヘルビアと対峙するアリア、防御面での支援を行うシャルレス、攻撃面での支援を行うアルスは既に限界に近かった。
「……頃合いか。限界が近いのだろう」
対してヘルビアは息一つ乱れていない。まるで疲労した様子はなく、むしろ力を抑えてアリアたちの疲弊を待っているようだった。
「想像以上……だね…………」
アルスが途切れ途切れに呟く。アリアも同感だ。勝てないと分かってはいたが、ここまで差があるとは思わなかった。
無理矢理息を吐いてアリアは呼吸を整えた。肺が悲鳴を上げるがそんなことを気にしている場合ではない。まだレインが来ないのならば、来るまで耐えるしかないのだから。
「あんたは……そこまで強いのに、どうして人を殺そうとするの…………」
集中が切れかかっているアリアは、意識せずそう呟いていた。
ぴくりとヘルビアが反応する。
「どうして……? 憎いからに決まっているだろう。俺に害をなすものは全て破壊するまで」
至極当然のことのようにヘルビアは言った。そこには、純粋に憎悪の感情しかないように思えた。人間らしさなど皆無な――いや、むしろ不自然なほどに人間らしいと言うべきか。
「嘘よ……。記憶があるのなら分かってるはず。レインはあんたの親を殺した人間じゃないって。本当の仇は他にいて、それでもあんたは自分が間違っていたと認めたくないだけ――」
「黙れ」
ヘルビアはアリアを遮った。
「俺は俺の記憶を信じる。俺の異能が記憶した全てを。……あの日、俺が見、た……のは……レ…………イン…………?」
「…………?」
ヘルビアの様子が明らかにおかしい。左手で頭を抑え、何かをぶつぶつと呟いている。苦痛を感じている訳ではなく、記憶の混乱に理解が揺らいだのだろうか。
一瞬攻撃に転じるかどうか逡巡したが、アリアは攻撃しないことを選んだ。もしもこれでヘルビアの動きが止まるのであればそれに越したことはない。下手に刺激してしまうとヘルビアの奥底の破壊衝動を呼び起こしてしまう可能性があるため、迂闊な攻撃は危険だと判断したのだ。
しばらくヘルビアは俯き何かを呟いていたが、やがてその呟きが止まった。
アリアは剣を握り直す。油断してはならない。ヘルビアを相手に気を抜けばあるのは死のみ。
かくして、ゆっくりと顔を上げたヘルビアの瞳には。
「……俺は…………一体、何を…………?」
そこにあったのは、理知的な輝き。濁った赤ではなく、深紅とも言うべき深い赤色の瞳があった。
「…………!」
三人は息を呑む。
レインは、今のヘルビアは偽りの記憶と真の記憶が混在している状態にあると推測した。それが事実ならば、偽りの記憶を排してあるべき場所に記憶を完全に収めることで、ある程度の破壊衝動も抑えることができるはずだ。そのためにレインは偽りの記憶を消去しようとしている。
ならば、自然に記憶が収まれば。何らかの要因で正しい記憶が嵌まれば、ヘルビアは理性を取り戻してもおかしくない。
「そうか……俺は、君たちを…………」
落ち着きを取り戻したヘルビアは再び俯いた。その肩は小さく震えている。凶暴化していたときには見せなかった感情をヘルビアはアリアたちに晒していた。
「ヘルビア…………」
「すまない……俺は、君たちを…………ォ」
感情が露見したヘルビアを見て、アリアはほっと息を吐いた。一体どれだけの間、この苦しい戦いを続けていたのだろうか。あまりにも激しい戦闘ゆえに、安堵の息が漏れでるのも仕方なかった。アルスやシャルレスも、多少の差はあれど緊張から解放された。
――それが命取りだった。
「君たちを……お前らを…………レインを殺す」
「え?」
眼前にはヘルビア。既に剣の間合いの内側。
反応などできるはずもない。予備動作すら捉えられず、アリアはヘルビアの接近を許していた。支援に徹していた二人もそれは同様で。
アリアは、ヘルビアの濁った瞳に映る自分を見た。
ヘルビアは記憶が混乱している。偶然真の記憶が嵌まると言うのならば、偶然偽りの記憶が嵌まることも十分に考えられるのだ。
そんな単純なことに気付けなかったのがアリアの敗因だ。
「ごめん、レイン…………」
最後の一言を口にして、アリアは目を閉じ―――
「何がだ?」
――る前に、その視界が闇に染まった。
ガギン! という鈍い金属音がアリアの意識を現実に引き戻す。〈ハデス〉がアリアに届くことはなかった。
「え…………?」
アリアの前に立っていたのは、黒に覆われた神器使い。
この背を見るのは一体何度目だろうか。苦しくなったとき、辛くなったとき、諦めかけたとき、この黒い背中がアリアを守ってくれた。
そして今日もまた。
「ようやく来たか――レイン」
――レインがヘルビアの前に立ちはだかっていた。
「レイン……!」
「下がってろ、アリア。ここまでありがとな。後は……俺が終わらせる」
顔だけをアリアに向けたレイン。その瞳はまるで夜空に煌めく星のような穏やかな輝きを放っていた。
――支えられたのだ。自分がレインを。長く想ってきた英雄を。
「……ん!」
笑顔でアリアは頷き、指示通り後退してアルスやシャルレスのところへ向かった。
それを確認したレインは意識をヘルビアへと戻す。
「随分と余裕だな。その姿で俺に勝てるとでも?」
鍔迫り合いの中、ヘルビアが言う。確かに今のレインは〈制限解除・祖〉の状態であり、アリアたちが来る前はこの状態でヘルビアに致命的な一撃を受けた。油断があったからとはいえ、少なくともこのままでレインがヘルビアに勝つことはないだろう。
だからこそ、レインはアリアたちに時間を稼いでもらったのだ。
「まさか。今見せてやるから待ってろよ」
言うや否や、レインはヘルビアを弾き返す。上体が揺らいだヘルビアはすぐさま後ろに飛び、レインから離れた。
「…………」
――先程までならば、レインがヘルビアを押し返せる膂力などなかった。力を温存していたのか、それとも。
そんなヘルビアの脳内の問いへの答えは次の瞬間に示される。
「目醒めろ〈タナトス〉」
途端、〈タナトス〉から溢れだした闇がレインを覆う。それだけを見れば〈制限解除・祖〉となんら変わりはないように思える。しかしそれは間違いだ。レインは既に先程までの次元を越えている。
少しして、ゆっくりと闇が消えた。
闇が晴れた先にいた存在を直視した瞬間。
「―――」
ドクン、とヘルビアの心臓が震えた。
纏うのは、端が千切れた粗雑な黒いコート。
放つのは、恐怖そのものを体現化したような圧倒的な怖気。
そして顔の右半分と口元を隠す仮面。本来の右目にあたる部分には虚のような漆黒の穴が開いていた。全てを吸い込むようなその穴から右目は見えない。
「――〈顕神〉」
〈タナトス〉の力を纏ったレインが、地を蹴った。




