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赤と黒、そして始まる英雄譚~人が紡ぐ絶対神話~  作者: 紫閃
episode Ⅲ その闇は蒼く深く
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4─1 激突

『到着はまだか? 急げ。立ち入り禁止区域を抜けられれば民も巻き込んでしまう』


 制服の校章から聞こえるのは現神王ウルズ・エルド=レイヴンの声。王らしく落ち着いた声ではあるが、状況は決して楽観視出来るものではない。


 答えるのは路地裏をすさまじい速度で走る赤髪の少女。


「これでも限界まで急いでます! 仕方ないじゃない、宿が遠いんだから!」


 短めのシャワーを浴びまだ少し濡れた髪を結わえながら必死で隠れ家へと向かうのはアリア。もちろんアルスもそれに並走している。


 二人はほんの一分前に神王から「若い男二人が隠れ家を出た」という連絡を受けた。丸一日の警戒が続いていたとしても二人は神器使いだ。ちょうどシャワーを浴び終えたアリアと既に浴び終わっていたアルスは迅速に対応し、すぐに手配されていた宿を出たのだが。


『あの辺りは近くにまともな潜伏先がなかったのだ。だが、部屋は決して悪くはなかったであろう』

「確かに良かったですけど! おかげで疲労もないですけど! 何か納得いかない!」


 全力で抗議ととれなくもない無礼な発言をしつつ髪を結わえ終わり、アリアはアルスに一瞬の目配せをする。

 意図を読み取りアルスが頷いた次の瞬間に二人の速度は一気に上がる。道こそ細いが、幸いにも目的地までに大きな曲がり角はない。全速力であっという間に路地裏を駆け抜けていく。


『よし、次の十字路で追いつく。ここからは貴様らの勝負だ。負けるなよ』

「「はい!」」


 ウルズの激励に大きく返事をして、二人は十字路に飛び出た。


「待ちなさい!」

「…………あ?」


 何とか止まって右を向くと、そこにいたのはかつて見た兄弟の姿。アリアの声に、兄弟は立ち止まり背中越しに振り向いた。


「はぁ、はぁ……間に合った……!」


 アリアは少し息を切らしながらも兄弟を睨み付ける。隠すことのない敵意は横に立つアルスにもびんびんと伝わってきた。

 ちりちりと何かが燃え始めるような。今にも爆発しそうなほどの膨大な熱量が場の緊張を高める。


「ははっ、やっぱり来たか」


 一方、突然のアリアたちの登場に兄弟はさして驚く様子もなく笑った。


「何でこんなとこに……って聞くのは野暮ってもんだよな。何となく思ってたぜ、お前らが来るって。な? イム」

「まさか本当に来るとはな。よほどの大物か、よほどの馬鹿か……まあ、後者だろうが」


 それぞれ種類の違う笑みを顔に浮かべているが、動揺しているようには思えない。こうやってアリアたちが妨害してくることも可能性の一つとして考えていたのだろう。当然背には鞘を吊っている。


 特異体質”同一化モノトーン“を持つ、間違いなく高位に位置する存在の悪魔たち。共に上位級ハイであることは疑いようもない。或いはそれですら甘い評価か。


「こうやって目の前に来たのならば仕方がない。面倒だが排除する。俺たちを邪魔するな」


 イムが鞘から剣を抜く。相変わらず無骨で特に業物には見えない剣はしかし、”同一化“によって体に取り込まれた時、その危険度を飛躍的に高めることをアリアは知っている。

 アムもまた同様に剣を抜いた。かつて真っ二つに砕いたはずの剣だ。


「俺らにも譲れねえもんがあるんだ。悪く思うなよ。今度こそ……お前らを殺す」


 ぎらりと刃が光る。アムが浮かべた凶暴な笑みはまさしく獲物を見つけた獣のそれだ。歓喜と自信をごちゃまぜにした、強者のみが浮かべられる笑み。


 それに対してアリアは。そしてアルスは。


「それは、こっちのセリフだね」

「ええ。今度こそ……あんたたちを倒す」


 共に握った、自らの神器。


「燃え盛る灼熱の焔を体現せし神器よ。汝の力を我が手に与えよ。汝の力をこの場に示し、抗うことの出来ぬその焔で、あらゆるしがらみを滅せ。神臨――神器〈ヘスティア〉」

「神の調べを奏でし神器よ。汝の力を我が手に宿せ。気高き旋律と理想の音色で、あらゆる邪を浄化せよ。神臨――神器〈アポロン〉」


 鞘鍵ロックが外れた本体。鞘走りの音を立てながら、二人は勢いよく自らの得物を抜いた。

 姿を現した神器はまさしく神の武器。


 一人は焔のごとく燃え盛る赤い剣を。一人は美しく輝く流麗な細剣を。


 圧倒的な覇気を辺りに振りまいて、神器は兄弟に向けられた。

 臨戦態勢へと入った二人の顔にもまた、静かでいて激しい笑みが浮かんでいた。


「さあ――始めましょう」


 冗長な口上など不要。アリアの一言を合図に、全員が同時に地を蹴った。


 二人の神器使いと二体の悪魔が、今再び激突した。


  ***


「お嬢ちゃん、村まではまだもう少しかかるけど大丈夫かい? 悪いね、こんなボロい馬車で」

「大丈夫。いつものことだから慣れてる」

「そうかい? ならいいんだ。……俺はずっとこの道の馬車をやってるんだが、やっぱりあの廃れた村にもそれなりに行く人はいるもんでなぁ。この前も、一人で乗ったくせに二人でいるように喋る妙な男もいたもんだ。お嬢ちゃんは何のためにあの村へ?」

「…………」

「……? お嬢ちゃん?」

「……お墓参り。あの辺りには村の人のお墓があるから」

「ああ、なるほど。そりゃあいいことだ。わざわざ足を運んでくれるなら、誰だってきっと喜んでくれるさ」

「……うん。そうだと、いいな…………」


  ***


「神王、状況はどうだ?」


 アリア、アルスが悪魔たちと激突としてから五分。いまだ宿に待機しているレインは個人回線で神王にそう聞いた。


『さして変化はない。互いに大きな傷もないし、力量はほぼ同等だ。拮抗しているな』


 神王から返ってきたのはそんな答え。ひとまず戦闘は想定内の範疇にあるらしい。

 昨日の内に、隠れ家を中心としたかなりの範囲が立ち入り禁止区域となっている。区域の外側には“王属騎士団”の一部が待機しており、万が一アリアたちが討伐に失敗した場合に、足止めや討伐を請け負うよう指示されているようだ。


 もちろん、アリアたちが簡単に負けるとは思っていない。それでも深く息を吐いて、レインは恐らく戦闘が起きているのであろう方角の窓を見た。


『それにしても、あの少女もなかなか腕が立つ。以前に翼獣魔種ガーゴイルと対峙した頃はあれほどではなかったと記憶しているが』


 感嘆する神王の声にレインは一人頷く。アリアのことだろう。


「ああ、すごい奴だよ、あいつは。そう遠くない内に俺よりも強くなるかもしれない」

『ほう。今はまだ自分の方が強いと?』

「いや、まあ……そうでありたいと思ってるけど。ってか、何だよその思わせぶりな言い方は。何か知ってるのか?」


 らしくない問いかけに違和感を覚えてレインは切り返す。対する神王は言った。


「我が師が言っていた。『彼女なら声を聞けるかもしれない』と」

「声……だと? それって――」

「もしかしたら今日目覚めるかもしれんぞ。我が師が可能性を感じた者であればなおさらだ。アルスにも劣らぬ真価を少女は持っているのかもしれん」

「……なるほどな」


 呟いて、レインは少しだけ、窓に体を近付けた。


  ***


 派手な爆発音が轟く。辺りの家屋が倒壊する轟音が響く。美しい旋律が流れる。鈍い金属音がわめき散らす。


 四人が入り乱れる戦場は、まさに混沌を極めていた。


「〈宙焔バース〉!」

「〈超共鳴メガレゾナンス〉!」


 アムへと一直線に宙を翔ける焔。ほぼ零距離でイムの腹めがけて放たれる鋭い突き。防ぐどころか普通は威力を殺すことすら簡単には出来ない攻撃を二体は。


「〈即席の楯インスタントシールド〉ォ!」

「〈瞬間移防クイックブロック〉ッ!」


 アムは近くに落ちていた手頃な瓦礫に触れる。その途端に瓦礫と腕との境界線は消え、完全に同化したそれを以て〈宙焔〉を受け止めた。

 一方イムは突きを認識した瞬間に右手の剣が消え、今まさに貫かれようとしていた腹から異物のようにそれが生え出た。寸分違わぬ制御で突きに同調させ、迎撃する。


 瞬間、爆発音と金属音が同時に響き渡った。


 アムの腕と一体化した瓦礫は爆ぜ、イムの剣は大きく弾かれ体ごと吹き飛ぶ。しかし表情に焦りはなく、どちらも本体にはほとんどダメージはない。

 このまま力で押すことは出来ないと判断したアリアとアルスは追撃することなく様子を見た。


「……硬いわね」

「うん。やっぱり、一体化すると耐久性は桁違いになるみたいだ。普通の剣なら今ので砕けてるはずなのに」

「あの瓦礫もよ。あの程度で”神之焔ブレイズ“を防げるはずがないわ」


 見ればアムの腕は元通りに、イムの剣も先程同様に右腕から伸びている。魔素再生オートリバイヴの影響も多少はあるのだろうが、決定的な一打を与えるのは骨が折れそうだ。

 それに、いまだ姿を見せない親玉のこともある。あまり時間はかけたくない。


「……まあ、確かに硬いけど、勝てない訳じゃない。だよね?」

「そうね。そろそろ慣れてきたわ」


 意味深げに言葉を交わしてアリアとアルスは微かに微笑む。

 兄弟がその表情を見て訝しげに構えた途端に、二人は同時に地を蹴った。


「はあっ!」


 凄まじい速さでアリアはアムへと迫る。もちろんアムも反応し、迎え撃つために剣を振り上げた。その体勢から放たれるとすれば間違いなく上段からの斬り下ろし――。


「――じゃねえんだよなあッ!」


 アリアが剣へと視線を上げたタイミングを見計らってアムは近くの瓦礫を蹴り上げるように触れた。発動した”同一化“により足と瓦礫が一体化し、アリアの顎を狙った簡易な鎚の振り上げ攻撃となる。

 当然アリアは視覚の外であり気付けない――。


「――ええ、知ってるわよ?」

「……は?」


 ――はずのアリアが、左手でその鎚を受け止めた。


「……なあっ!? 何で……!」


 いや、違う。いくら神器使いでもそれまでの腕力と耐久力はない。不可解な現象に思わず叫び、アリアの左手を見てアムはその原因を理解する。


「〈魔障壁デウォール〉か……っ!」


 左手と鎚との接触面に張られていたのは半透明の障壁。それが鎚の衝撃を殺していたのだ。


「あんたの動き方は大体理解したわ。後は、とりあえず――」

「ぐ……っ?」


 アムが足に感じたのは反発。一切動かしていないはずのアリアの左手が鎚を押し返しているのだ。自分に力で勝っているとは思えないアリアがこんなことを出来るはずがない。


 その刹那の思考がアムの判断を鈍らせた。


「――爆ぜてもらうわ・・・・・・・。〈手榴焔グレネード〉」


 ちりっ、と障壁が瞬き。


「な―――」


 ――直後、障壁を中心に、凄まじい爆発が起こった。


「がああああああっ!!」


 まさしく零距離で爆発に巻き込まれたアムが吹き飛ぶ。あまりの衝撃に下半身を失い、体勢を整えることも出来ず地面に叩きつけられた。


「がはっ……。い、今、何が…………?」


 全身に酷い火傷を負い、魔素再生が瞬時に行われない。大きすぎるダメージに再生が追いつかないのだ。


 ほぼ致命的ともいえる傷を負いながらも知らず口に出た純粋な疑問に答えるのは少女の声。


「障壁の中に”神之焔“を閉じ込めて限界まで膨張させただけよ。最後に障壁を消せば、膨れ上がったエネルギーが一気に放出されるだけ」


 爆煙の中から歩み出るのは無傷のアリア。”神之焔“による炎熱操作を可能にするアリアは、例え至近距離で炎を浴びようと、それが熱である以上傷を負うことはない。


 地に這いつくばる自分と無傷で見下ろすアリア。ここで初めてアムは、少女が自分一人の手に負える存在ではないことに気付いた。


「ちっ……。参ったな…………」


 諦めか、困惑か、焦燥か。

 

 少なくとも絶望ではない表情を浮かべ、アムは一人呟いた。




 「しッ!」


 本来貫くことを目的としていない普通の刀剣を、まるで細剣と見紛うほど滑らかに操るイムの突きが、アルスの首のすぐ横を高速で通り過ぎる。一撃で仕留められる急所を狙ったのは、早く決着をつけたいからではなく。


「……しああっ!」


 突きをかわすために体勢が乱れたアルス。その腹めがけて本命の突きが襲い来る。


 人体において大きな体積を占め、かつ瞬時に大きく動かすことが出来ない――すなわち攻撃を避けづらいのが胴体だ。加えて内部には臓器があるため、首や頭ほどではないとはいえ、まともにダメージを受ければ致命傷となりやすい。

 よって戦闘時は可能なかぎり上体を安定させ、捻ることによって胴への攻撃を避けるようにするのが定石だ。当然アルスもそれを意識していないはずはなかったが、首への一撃により頭が動き、上体が傾いた。人体構造上、首を傾げた状態で胴を捻ることはほぼ不可能であり、無理に捻れば決定的にバランスを崩すことになる。


 だからこそ今、アルスは胴への突きを避けられない。


 そのための首への突き。布石としての一撃。

 狡猾で理性的なイムの真骨頂とも言える連撃だった。


 しかし。


「――だと思ったよ」


 ガキン、と。半透明の障壁がイムの突きをピンポイントで防いだ。


「……っ!?」


 予想していなかった状況にイムが目を見開く。アルスが詠唱をしていない以上、魔法の介入の可能性を除外していたからだ。


「僕だって無詠唱魔法ぐらい使えるよ。……彼ほどじゃないけどさ」


 アルスは一人言のように呟いた。


 イムの論理に裏付けられた戦闘スタイルはまさしく彼そのもの。定石に撤し、可能性を取捨選択し、何重もの罠と策を練る。どこまでも基本に忠実でありそれ故に簡単には崩せない、剣士の手本とも言えるスタイル。

 だが少なくとも、完成度の点においてイムは彼には遠く及ばない。何度も剣を交えたアルスには分かる。論理的思考と、経験に裏付けられた直感とを融合させた彼の剣にはとても及ばない。


 逆に言えば、彼の思考を思い浮かべればイムの思考を読むことはさして難しくないということ。そして読めさえすれば、例え守備範囲は広くないアルスの無詠唱〈魔障壁〉でも防ぐことが出来る。


「……甘いね」

「……! くあ……っ!」


 イムの動揺を突くのは簡単だった。危機に対する反射能力もまた、彼には敵わない。

 

 〈アポロン〉が突きつけられのはイムの右腹。躊躇することなく、”鳴奏シンフォニー“が発動し。


「〈超共鳴メガレゾナンス〉」


 振動を経た圧倒的な破砕力で、イムの半身を吹き飛ばした。


「く……そ、が……!」


 衝撃の余波を受けてよろめき倒れたイム。


 その瞳には、怒りとおぞましい決意の色が見えていた。

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