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赤と黒、そして始まる英雄譚~人が紡ぐ絶対神話~ 作者:紫閃

episode Ⅲ その闇は蒼く深く

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3─4 全ては一人の少女のために

「アルス、そっち見つかったか?」

 机の上に山積みになった分厚い本。その内の一冊を広げてパラパラと内容を確認していくレインは、視線は本から離さずに、すぐ横に座って同じ作業を続けているアルスに聞いた。

「いや、こっちにもないみたい。時期的にはここら辺のはずだけど……さすがに国中の事件の中からたった一つを見つけるのは難しいね」

 レインとアルスが確認している本は、ゴルジオン国内で起こった大きな事件を全てまとめた公式の事件簿。神王直属の書記院が発行しているもので、数少ない貴重な資料だ。

 そんな大事な資料が保管されているのが、ここ、ゴルズ城大書庫。蔵書数はけして多くないが、それら一つ一つは歴史的に価値を持つ書物ばかりであり、一般の立ち入りは当然禁止されている。

「子供が九人もいなくなるような事件なら、さすがに王都の憲兵まで連絡が伝わったはずなんだけどな……。正直、まさかこれほど量があるとは思ってなかった」
「第二街区以外の事件も全部載ってるからね。盗みとかの些細な事件は書かれてないとしても、これだけ国土が広いと毎日何かしら起こってるんだよ」

 そう、二人はかつて起こったコノコ村での事件を詳しく調べようとしているのだ。
 辺境の村とはいえ、子供九人が失踪したとなれば村の人たちも近くの大きな街の憲兵に捜索を依頼したに違いない。であれば王都にも報告が届いたことは間違いないだろう。もしかすれば王都から直接応援が送られた可能性だってある。

「はい、これ。とりあえず八年前ぐらいのは大体全部持ってきたわよ」

 一冊でも決して軽くはない本を計十冊ほど一気に持ってきたアリアが、それらをドサッと机に置いた。まだ全体の五分の一も調べられていない机上の本の量にレインは「うげ」と思わず声を漏らす。

「まだこんなあんのか……」
「弱音吐いてる場合じゃないでしょ。私も手伝うからさっさと見つけるわよ。時間がどれだけ残されてるのかも分からないんだから」

 言うなり一冊を手にとって椅子に座りアリアは本を開く。揺るがない視線で一頁ずつ確認していくその姿を見て、レインも椅子に座り直した。

「……だな。よし、もう少し頑張るか……」

 と、気合いを入れ直したレインがまた新たな一冊に手を伸ばした時、ちょうど書庫の入口の扉が開いた。

 振り返ると、そこに立っていたのはガトーレン。アルスの傍付き騎士であり自身もまた凄腕の剣士である初老の男は、右手にティーセットを乗せた銀盆を持っていた。

「調べものでお疲れでしょう。お茶をご用意致しました、しばし休憩なさってはいかがですか?」
「あ……ありがとうございます、気を使って頂いて」
「いえいえ、お気になさらず」

 にこやかに微笑むとガトーレンはレインたちの机に盆を置き、手際よく準備を進めていく。淀みない所作によってあっという間に茶の準備が終えられ、しばらくすると紅茶の良い香りが漂ってきた。
 コポポポ……と紅茶をティーカップに注ぎ、レインたちそれぞれの前に。四つの純白のティーカップの中の紅茶は何とも言えない澄んだ色をしていた。

「菓子も用意出来ればよかったのですが、本来ここは飲食禁止なのです。今日は紅茶だけでお許しください」
「い、いえいえ、これだけでも十分すぎるくらいですよ。じゃあ……頂きます」

 何となく畏れ多くて一言断りを入れてからレインはその紅茶を一口含んだ。

「おぉ…………。うま……あ、いや、美味しい……」

 口に入れた途端に感じる芳醇な香り。苦味や雑味の類いはほとんどなく、純粋な紅茶の甘味が口の中に広がる。さして紅茶には詳しくないレインにでも、茶葉の高級さと淹れた人の腕前の高さが分かる。
 思わず口から感想がこぼれてしまったことを誤魔化すように隣を見ると、アリアやアルスもまた幸福の微笑みを顔に浮かべていた。

「満足して頂けたようで何よりです。紅茶は私の数少ない特技の一つでして」
「うむ、やはりうまいな。神王に剣を教えていた頃もガトーレン氏の淹れるこの紅茶を楽しみにしていたものだ」
「へえ、そうなんですか。ミコトさんも紅茶好きなんですね……ミコトさん!?」

 知らぬ間にレインの横に座っていたのは学園から姿を消していたミコト。気配どころか、音も風もその他どんな違和感さえもレインには感じられなかった。

 ミコトは小さい両手でティーカップを持って紅茶を静かに飲みながら、ちらりとレインの手元のメモを見た。

「あまり騒ぐな。一応私がここにいるのは内密になっているのだ」
「いや、一体いつから……」
「ガトーレン氏がこの書庫に入った時だ。まあそんなことはどうでもよい。君が私に会うためにここに来たこと、シャルレスのことを全て知ったことだけが今重要なことだろう」

 メモの内容でレインの意図を察したミコトはまた静かに紅茶を飲む。大人の風格というよりは可愛らしさが際立ってしまっているが、机に向けられた眼差しだけはいつもの全てを見通す色をしていた。

「え? レイン君、ここに学園長がいるって知ってたの?」
「……ああ、まあ、多分ここだろうとは思ってたけどな。姿を隠そうとするなら、ベルの件で警備が厳重になってるここ以上に優れた場所は俺が知る限りない。神王の”千里眼ルノウ“があれば情報も集められる」

 正直に言って今レインが頼れる情報源はほとんどなかった。八年前の事件を探っていたのはあくまで運任せの行動であり、有益な情報を得られれば幸運程度の認識だったのだ。
 それよりはシャルレスと直接関わりのあるミコトを探した方が断然効率がよいと判断し、こうしてレインはゴルズ城へとやってきたのである。

「ミコトさんが迂闊に傷を負うことはないだろうし、シャルレスの件を考えれば一度どこかに隠れたと考えるのが妥当だ。けどミコトさんは自分が自由に動けない分、誰かの助けが必要になる。だから誰も知らない秘密の隠れ家なんかは都合が悪い。そこまで絞れれば、後はほとんど消去法でここしかないと思っただけだ」
「うん、概ねその通りだ。ついでに君なら恐らくその程度は察してくれるだろうと思ってな。ここに来られたのならばひとまず及第点だろう」

 淡々とミコトはレインの推測を肯定した。そこに特に安堵や喜びといった表情はなく、レインがここに来ることを確信していたことが窺える。

「それで、ミコトさんはどうしてここへ? 隠れる必要があったからここへ来たんですよね」
「ああ。元々は抜き打ちで北の神壁へ向かい、国境騎士団の様子を視察してくる……という予定だった。が、まあ色々とあってな。シャルレスに殺されたんだ。という訳でここにいる」
「へえ、シャルレスに…………は、殺された?」
「出会い頭に左脇腹をぐさりと綺麗に刺されたよ。やはり神器は想像以上に鋭い。もう少し抵抗出来るかと思ったが、すんなり内臓まで抉られてしまった。ほら」

 ミコトは片手で学園の教官服をめくり上げ、腹を露出させた。そこにはぐるぐると厳重そうに包帯が巻かれており、少女がその外見には似つかわしくない重傷を負ったことを物語っている。
 つまりミコトの言葉を信じるならば、ミコトは内臓まで到達するほどの深い傷を負い、しかもそれからまだほとんど時間が経っていない状態だということになる。そんな状態で普通に歩き、いつも通り行動しているのだ。

「だ、大丈夫なんですか!? というかベッドで安静にしてなきゃ……!」
「あー、騒ぐな傷に響く。心配するな、自分の体のことは自分がよく知っている。明日の夜には治るようにしたから問題はない」
「治るようにしたって、そんなおもちゃみたいなこと……」
「私のことはどうでもいい。それより問題なのは、これからシャルレスがとる行動の方だ」

 ミコトはコトリとティーカップをソーサーに置き、改めてレインの方を見た。

「シャルレスが、かつて人を殺める暗殺者であったことは知っているな?」
「……は、はい。本人から聞きました」
「それを知ってなお、シャルレスを助けたいと心から思えるか?」
「…………」

 レインは、いや、レインだけでなくアリアやアルスも押し黙った。ミコトの問いは単純だが、それ故に答えを偽ることは出来ない。それぞれが納得出来る理由を、それも本心からの答えを口にしなければならない。

 しばしの沈黙が場を包んだ。

 ――しかし、やがてその沈黙は断たれる。

「……関係ない」

 答えたのはアリアだった。

「……そんなの関係ない。人を殺めたからとか、悪魔だからなんて関係ない。シャルレスは今苦しんでる。だったら……私はシャルレスを助けたい」
「…………」

 アリアの答えは、奇しくもかつてレインやアルスが信じたものと同じだった。
 「悪魔だから」など理由にはならない。以前の話などどうでもよい。大事なのは、今どうするべきなのかを見定めること。

 具体的に言葉にはせずとも、選んだ結論は三人とも同じだった。

「ふぅ……。そうか…………」

 深く息を吐いたミコトの顔には、何かすっきりした微笑みがあった。

「ありがとう、三人とも。かつて私は君たちと全く同じ判断をした。ずっと、これで良かったのかと迷っていたが……君たちが選んだ答えだ、きっと正しいのだろう。その正しさを証明してくれて私は救われた」

 こうして面と向かって見せることはほとんどなかったミコトの心からの笑みにレインは少し驚いた。ただ、その笑みにはきっとそれだけの意味と価値がある。あのミコトが抱えてきたものだ、つまらないものであるはずがない。
 守らなければならない。それはまた、レインがミコトに出来る数少ない恩返しにもなるのだから。

 ミコトはこほんと小さく咳払いをして表情を引き締めた。

「シャルレスは自ら人を傷つけるような人間ではない。だが今回私を刺したということは、私に黙っていろと暗に伝えたことに等しい。しかも自ら隠していた生い立ちを他人に話したのだ、シャルレスがしそうなことには予想がつく。それが……」
「自分の身を犠牲にしてまでも、何かを成し遂げようとする……ですか」
「ああ。アリアやアルスが奴らの隠れ家を見つけてからも時間が経っている。悪魔たちが何かをしようとしている可能性は十分にあるだろう。恐らくシャルレスはそれを止めるために動くはずだ」
「しかし学園長、そうは言っても、何をするつもりなのかが分からなければどうしようも……」

 アルスが珍しく困った声を上げる。レインもそれに頷いた。
 一番の問題はまさしくそこだ。あまりにも悪魔側の動きが不透明すぎて、手の打ちようがない。素性はほとんど知れない上に、目的が人間の虐殺というだけではとりえる行動などいくらでも可能性がある。

 しかしミコトは動じなかった。

「慌てる必要はない。その問題を解決するためにここに来たのだ」
「え? あ……そうか、”千里眼“……!」

 現神王ウルズ・エルド=レイヴンの異能、”千里眼“。自身を中心に王国全体の四分の一ほどの広さの範囲で起こった出来事を把握出来るすさまじい能力だ。

「あいつの鳥の目で悪魔たちの隠れ家付近を探らせた。隠れ家自体は強力な隠蔽魔法が邪魔してほとんど情報を得られなかったが、分かったことは一つ。あの隠れ家内部の一点を中心に、大規模な転移魔法用の陣が比較的最近に設置されている。転移させる範囲は大体〈フローライト〉の学園長室ほどか」
「大規模な転移魔法って……私たちが依頼時に悪魔討伐に向かう時の魔法ですよね」
「概ねその認識でよい。しかし妙なのはその転移先が見当たらないことだ。転移先にも陣が必要になるが、それが少なくとも鳥の目の範囲には映らない」
「映らない……? じゃあ、かなり離れたところに転移先が?」
「ああ。それか或いは――まだ陣を構築していないか」
「え?」

 ミコトの推測にアルスが呆けた声を上げる。

「隠れ家を転移元にするのは構わないだろうが、転移先の陣を早く創ってしまえばそれが発覚する危険性も高まる。寸前まで構築しないでおけばバレないだろう」
「あ、なるほど……。でもそれじゃあ、いずれにしろ特定出来ないってことじゃないですか。そもそも、その転移魔法が今回使われるかも断定出来ないし」
「確かにそれは否めないな。だが、ならば逆に考えてみよう。人間の虐殺、それも出来るだけ大きく効果的な殺戮を行うとして、最も適したところはどこだ?」

 ミコトの問いに三人は考える。悪魔側の思考に立った時、より容易に大量の人間を殺せる場所はどこか。
 ただ単に人を殺すのであれば迷う必要もないが、虐殺となると選択肢は絞られてくる。

王都ここはどうですか? 人は断然多いし、混乱はかなり大きいですよ」
「なら、神壁そのものを壊せばいいじゃない。外から悪魔を呼び寄せられれば更に被害は大きくなるわ」
「アルス、アリアとも一理ある。しかしいずれもゴルジオンの重要な場所だ。警戒され迂闊に何か出来る状況ではないだろう」
「けど……隠れ家が、わざわざ人目の多い〈フローライト〉にあることからも、そこまで離れた場所で事を為すとは考えにくいですよね。第二街区外を狙うんだったらそこに拠点を置くべきでしょうし」

 アルスの指摘にミコトは頷いた。考え方は二人とも間違っていない。ただ、それには決して小さくない不都合――警戒され護られているという大きな懸念がある。

 しかし、ならばこの第二街区において、大量の人間を殺せる……或いはその足がかりと出来る場所などあるだろうか。警戒が薄れ、守備が甘くなっているところ……と考えて、レインは気付いた。

「そうか……〈フローライト〉だ」
「え……〈フローライト〉って街全体のこと? 確かに人は多いけど、それなりに広いから王都に比べれば人口密度はかなり小さく……」
「違う。神騎士学園ディバインスクールの〈フローライト〉だ。あそこなら、今は一番守備が甘い」
「あ……!」

 アルスはレインの言わんとすることを察したらしい。アリアもまた苦い顔をする。

 悪魔にとって最も厄介なのは聖具、神器を持った神騎士たちだ。そしてそれらの大半が、神壁、王都、神騎士学園に集中している。その中で第二街区の神騎士学園〈フローライト〉は、防衛時の最後の要となる学園長が不在という絶好の好機。

 つまり、シャルレスがミコトを襲ったのは。

「もしかしてシャルレスは――」
「襲ってきたのは、私を学園から一時的に追い出すためだろうな。長く学園に戻ってこない用事があることは伝えていたから、それに乗じて殺したように見せかけたんだろう。狙う先が学園だとすれば転移先の陣を寸前まで構築しないでおく理由も説明がつく」
「そうか……あれだけ生徒が行き来していれば、どこに隠しても安心出来ないですからね。そもそも迂闊に侵入出来ないし」
「ああ。そしてそれは今も同じだ。私がいないとはいえ、正面から陣を構築しに行くことはないだろう。つまり――」

 たどり着いたのは一つの推測。

「――シャルレスに、その役目が任される」

 ミコトの言葉はやけに騒がしく書庫に響いた。

「シャルレスならば学園に侵入しても怪しまれない……いや、それ以前に気付かれないだろう。当然悪魔側はシャルレスにそれを頼むはずだ」
「けどシャルレスは、多分そうしない。どうにかして回避しようとするはず」
「つまりシャルレスを追えばいいってことね。ならさっさと隠れ家を監視しないと……」

 しかしミコトは、気が逸るアリアを「待て」と制止した。

「忘れるな、相手はシャルレスを除いて三人いる。正直に言って、十年以上かけて慎重に事を進める用意周到な彼らが一度手元を離れたシャルレスを信用するとは思えない。シャルレスはダミー程度にしか使われないだろう。我らは三人全員をマークする必要がある」
「となると……僕たちは隠れ家付近で待機しているのがベストですかね。敵に動きがあればそれぞれが対応する形で」
「そうだな、それが最適だろう。念のため隠れ家付近には人が寄らないように、一般人の立ち入りを禁じさせるよう神王に伝えておく。あの辺りの家は全て空家だ、万が一戦闘になった場合は多少破壊してしまっても構わないらしい」
「じゃあ、私とアルスはあの兄弟を担当するわ。前回は敵わなかったけど……今度こそ勝ってみせる」

 アルスも考えていたことは同じようで、気を引き締めた様子でアリアに頷く。何しろ前回勝てなかった相手だ。神器使いとしてのプライドもあって、思いは強いのだろう。
 万が一勝てなくとも機を見て逃げることは出来るはず。神王からの支援を出せる状態を作っておけば問題ないはずだ。レインも頷き了解の意を示す。

 そして、アリア、アルスが兄弟を担当するということはつまり。

「俺が親玉の担当か。……分かった、何とかやってみる」

 ――敵首魁、全ての元凶であろう悪魔の討伐。兄弟と違い強さの目安も分からないのが現状だがやるしかない。レインとて、この件に関する思いには並々ならぬものがあるのだ。
 後はそれをぶつけるのみ。

「よし、では決まりだな。敵に動きがあれば神王が校章を通して君たちに情報を送るから、その都度君たちが最善だと思うように動け。私は君たちの判断を疑わない。そして……身勝手な頼みだが、シャルレスを救ってくれ」

 ミコトの切実な一言は書庫に深く響いた。生まれたわずかな静寂で、三人が抱えた思いは恐らく一つ。

「――はい、必ず」

 ――身勝手なんかじゃない。自分たちも同じ気持ちだと。

 そんな思いは、代表したレインの声と、残る二人の表情に十分表れていた。

「……うん、ありがとう」

 返されたミコトの声には、ほんの少しの湿り気と、いつも通りの凛々しさが混ざっていた。

「――さあ、敵はいつ動くか分からない。諸々の手筈はこちらで整えておく。君たちは君たちの準備をして、行ってきたまえ」
「「はい!」」

 勇ましい返事をして、三人は書庫を出ていった。

  ***

『…………師よ』

 三人が書庫を出てしばらくした後、ミコトの校章から男の声が聞こえた。
 現神王にしてミコトの弟子、ウルズ・エルド=レイヴンだ。

「どうした?」

 椅子に腰掛け、ガトーレンが淹れた紅茶を飲みながらミコトは用件を聞く。そこに神王に対する萎縮は微塵もない。

 ウルズは少し黙った後、静かにミコトに問うた。

『今回こうして動くのは師の身内のためだと聞いた。ならば師は出んのか? 恐らく誰よりも強い思いを秘めているだろうに』
「…………」

 ミコトは何も言わぬまま紅茶をまた一口飲む。その無言の間は、迷いや葛藤というよりも、ただ答えるのが億劫だというようなものに思えた。

 紅茶を飲み終え、はぁと一息ついてからミコトは言った。

「私が出るまでもなく彼らはシャルレスを救ってくれる。その点に関しては一切疑っていない。しかし……こちらはどうも、私が行かなければいけないらしい」
『こちら?』
「お前が気にすることではない。それよりも、彼らのサポートを頼む。今の我々に優位をとれる可能性が残されているのは、お前の異能があるためなのだから」
『…………。分かった、最善を尽くそう』

 それだけを言って、通信は途切れた。

「…………」

 どこか虚空を見ながら紅茶を飲もうとしたミコト。しかしそのカップには既に紅茶が残されていないことに気付き、ため息を吐きながらカップを机に置く。

「明後日……か」

 左脇腹の包帯を触りながら、ミコトはたった一言呟いた。
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