頼み
翌日。
「さて、どうするか……」
ファズマは一つ呟きながらキッチンに立っていた。
「とりあえずリゾットと牛肉の煮込み、それとスープとサラダでいいか」
今日の朝食のメニューか決まると手際よく下ごしらえに入った。
「そういや、コメなんて久々に使うな。それに、朝飯もかなり軽いし」
思い出しながらまた一言呟く。
モルテのこだわりから朝からボリュームが多くどう見ても朝から食べるような食事でない料理を作り食べるのは現在のファズマにはなんら抵抗はない。そのファズマが朝食が軽いというのはかなり珍しいことなのである。
朝食が軽いのにはファズマなりの理由があった。
「まあ、リゾットかスープくらいは食うだろう」
それは、昨夜の出来事でかなり気分が落ち込んでいるディオスの様子を考えてのことだった。
昨夜はディオスを部屋に押し入れて、モルテの帰りを少しだけ待っていたのだが結局帰って来る気配がなかった為に寝ようと部屋に入ったらディオスはまだ寝てはいないことに気がついた。
横になって身動き一つしていなかったがディオスが寝ていないことをファズマは一目見て分かっていた。
ディオスに声をかけるつもりもないし明日もあるからと無視して寝たが、恐らく殆ど寝てはいないと考える。
そして、いつも通りの時間に起きていつも通りキッチンに立ったファズマはふと、そんなディオスに朝からボリュームの多い食事をとらせるのはどうかと考え、急きょ一部の朝食メニューを変えて下ごしらえから始めたというわけである。
ちなみに、モルテは結局店には帰って来なかった。
あとはリゾットと煮込みが出来るのを待つだけとリビングの椅子に座ろうとした時、店のドアベルが鳴った。
ファズマはそのドアベルの音に誰が入って来たのかすぐに思い浮かんだ。
そお相手はすぐにリビングへと現れた。
「お帰りなさい店長」
「うむ」
モルテの帰還にファズマは椅子から立ち迎えた。
ファズマはモルテからコートを受けとると帰りが遅くなった理由を尋ねた。
「随分と遅かったようですが何かあったのですか?」
「いや、何もない」
「それにしては遅いです」
「何もないと言っている」
ファズマの質問にモルテは無表情のまま椅子に座ると店に入る前にとってきた新聞を広げて記事を読み始めた。
遅くなった理由はモルテからしてみれば特に問題ないことであった。
例の家で発見した変死体を気にくわなかったが正規の方法で警察に丸投げした後、トライアー葬儀店でガイウスとレオナルドと共にしばらくの行動について軽く話してから今回の事件の予想を立てて解散となった。
ガイウスが屋上で今すぐにゴルフをやりたいと言ってモルテに蹴飛ばされ、レオナルドに鳩尾を食らわれたを除けばであるが。
朝食のメニューが置かれるのを目のはしで見ていたモルテはふと読んでいた新聞から目を話した。
「今日は随分と軽いな」
「はい」
モルテも軽いと言う程の朝食メニュー。
ファズマは決意を固めてモルテに言った。
「店長、死神ではなく葬儀屋フネーラの店長として頼みがあります」
ファズマの突然の頼みにモルテは僅かに驚いた表情を浮かべた。
「珍しいな。ファズマが頼み事とは」
最後に頼み事と聞いたのはいつかと思い出すモルテとは別にファズマは真剣な表情で言った。
「ディオスを励ましてほしいんです」
ファズマの言葉にモルテは腕を組んだ。
「何故だ?」
「どうやら昨夜の生霊にそうとうまいっているようで」
「確かに、初めて見る者に生霊はそうとう堪える。加え、生霊が人間を殺したとなると人間の法では裁けん。それ以前に認知されていないからどうすることもできない」
「はい」
「それで、何故私に頼んだ?自分でやろうとは思わなかったのか?」
「俺だとディオスに死神の存在を早くに悟られると思ったからです」
ファズマの言葉にモルテはファズマの目を見てどうゆうことかと尋ねた。
「ディオスはかなり頭がキレます。それに観察眼も。ですが、危なく、脆いです」
「脆い……か」
「はい。生霊のことは知られましたが今のディオスに死神の存在を知られるのはまだ早いと思っています。だから……」
「私に頼む、か」
ファズマの理由を聞いたモルテはおもしろいと言いたそうな笑みを浮かべた。
「さすがは私の弟子だ。脆いか。まさしくその通りだ。ディオスは脆い。危ないくらいにな」
だが、とモルテは続けた。
「私は嘘が苦手なのを忘れてはいないか?」
「店長は嘘が苦手でも冗談や隠し事は出来るはずです」
「何故そう言い切れる?」
「長年ここに住み込んで働いている従業員と弟子としての経験からです」
「勘とは言わんのだな」
「勘ではなく確信です」
ファズマの自信ある言葉にモルテは肩を落とした。
「分かった。食後にディオスと話そう」
その言葉にディオスは心の中でガッツポーズをした。これで懸念していたことが一つ減った。あとはディオスが朝食をしっかり食べてくれることである。
「それにしても、随分とディオスに肩入れをしているようだな」
「危なすぎるんですよ。よそ見していると自分から危険に足を踏み入れそうで」
「確かに。私はてっきりディオスをここで働く同僚ではなく弟か友のようなものかと思っていたのだがな」
「弟はともかく友にはなりたいですね」
モルテの言葉にファズマは素直な気持ちを述べた。
ディオスがまだ自分達を信頼しきれていないの昨日の会話で理解している。それなら時間をかけて信頼を得ていけばいいだけのことであった。
かつて、モルテが自分にそうしてくれたようにと。
「さて」
モルテは新聞を改めて広げると記事を見た。
「もうそろそろ降りてくるはずだ」
「はい。今すぐ終わらせます」
モルテの言葉にファズマは残りの朝食メニューをテーブルに並べ始めた。
閑話にしようかと悩んだのはここだけの話し。
そして、書く時間がないからかどんどん話の内容が延びる……あれ?本来は逆じゃ?




