ディオスの説得
男の家は歩いてすぐの所にあった。中央住宅街のひときは多くの住人が住む場所に男の家はあったのだ。
「ここ、ですか?」
「ああ」
ディオスとファズマはその家を前にして立っていた。
ここに訪れるまでにディオスとファズマは打ち合わせをした。男を預かっている葬儀屋であることがバレないように、短い時間でどれだけ聞き出せるか。縛りはあるがそれでディオスが納得する事情を得られなければならない。
「いくぞ」
ファズマはディオスに一声かけると男の家をノックした。
最初の段階はファズマが請け負うことにした。理由は簡単。頭に納得する理由を知りたがっているディオスがいきなり葬儀屋と名乗る可能性があったからだ。
しばらくしてドアが開き一人の若い女性が出てきた。
「はい。どちらですか?」
見覚えのない二人に不審がる女性。
「始めまして。失礼ですが亭主はいますか?」
ファズマは恐らくこの女性は年齢からして男の娘であると考え亭主と尋ねた。
その言葉に女性、男の娘の態度が変わった。
「いません。帰ってください」
「待ってください!」
扉を閉めようとする男の娘にディオスが叫んだ。
(早えぇよバカ!)
ディオスの行動にファズマは心の中で毒づいた。
本来ならファズマが男の家から出てきた相手に理由を言わせるまでが役割であったのだが早々にディオスが首を突っ込んだ。
「おと……亭主と何かあったんですか?」
「その前にあなた達は誰ですか?父の知り合いにしては若いように見えますが」
男の娘の言葉に答えようとするディオスに感ずいてファズマが慌てて遮る様に言った。
「紹介が遅れてすみません。俺達は昨晩に亭主と同じ店で飲んでいた客なんですが、亭主からこの時間帯に来るように言われたんです」
「……そうですか」
聞かれるだろうと前もって決めていた台詞を言うファズマ。これで接点があると思われただろう。
「生憎父は死にました」
「死んだ、とは?」
「言葉通りです。今日、警官から無銭飲食をした上に飲みすぎで亡くなったと聞かされました」
それは知っている。警察から直に聞いているのだから。
「それは初耳です」
「そうですか。もういいでしょうか?」
「ま、待ってください!」
早々に二人に帰ってほしいと言う表情を浮かべる男の娘にディオスが慌てて尋ねた。
「思い過ごしかもしれませんが、もしかして亭主と何かありましたか?」
(単刀直入だ!)
ディオスの直球過ぎる尋ね方にファズマが内心で悲鳴を上げた。
そもそも予定ではここからがディオスの担当だが、単刀直入過ぎる尋ね方をファズマは予想していなかった。
「あったと言うよりも、私は父が嫌いなんです」
そんな言葉に違和感を感じることがなかったのか男の娘は顔を歪めて素直に話し始めた。
「父はとんでもない人です。母が入院して費用を稼がないといけないのに仕事は長続きしない、寝るわ遊ぶは飲むわ……会いたくないくらいです!」
男の娘から語られる事情に二人は納得してしまった。これでは会いたくないと言われても仕方がないと。
「ですが、今はどうなんですか?」
だが、ディオスは納得してしまった理由に食いついた。
「いなくなってよかったと思っています。せいせいしているくらいです。父は何を言ってもやらなかった人なので」
もはや全く知らない相手というのも忘れてに今までためてきていた思いが男の娘から出てくる。
「それでも、本当に会えなくなるって考えたことはありますか?」
男の娘の気持ちに驚いたディオスたがディオスもずっと考えていたことを話始めた。
「あなたが言った通り亭主はよくない人かもしれません。だけど、あなたが父と言うなら会うべきだと思います」
「勝手なことを!私は父が嫌いなんです!」
「分かっています。話を聞いてそれは分かっています。けれど、それならあなたは亭主を父とは呼ばないはず」
ディオスの言葉に男の娘の目が一瞬揺れた。
(へぇ~)
途切れることなく言うディオスの言葉にファズマは感心と意外性を感じていた。
最初は気づかなかったがディオスは観察眼が鋭いのではと思っていた。ほんの短いやり取りの中でファズマが気づかなかった男の娘との会話に無意識に使っている「父」と言う言葉を聞いてそれを上手く突いている。男の娘としては分かりやすい様にと言っているのだろうが本当に嫌いならそれ意外の単語を使えばいいはずなのに使っていない。
それに、ディオスは決めたことは何とかやろうとする意気込みがある。もしかしたら本当に説得に成功するのではないかという思いさえしている。今にしてみればファズマとも言い争いになっているがディオスの暴走を不安視したファズマが折れて手助けをしている。結果はどうあれ今のディオスは相手をその通りにさせてしまう気迫が出ているようにも見える。
「まだあなたが父と呼ぶなら、弔われる前に一度会うべきです」
そして、ディオスはここに来た目的を口にするのだった。




