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だっく  作者: 君島極
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9/9

第9話:最後のボタン

「……ぐわ?」


小さな声に、石崎が顔を上げる。


だっくは操作卓の奥を見つめていた。


警報画面で隠れていた操作卓の奥には、透明な安全カバーに覆われた大きな赤いボタンがある。


そのボタンには、説明書きがなかった。


ただ、押されることを想定して作られたように、赤く、重く、そこにあった。


「あ……」


石崎の顔から血の気が引いた。


「だっくちゃん。それだけはダメ」


「ぐわ?」


だっくは石崎を見上げる。


「触っちゃダメだから」


「ぐわっ」


小さく頷く。


石崎はほっと息を吐いた。


「そう、そのまま――」


カパッ。


安全カバーが開く。


「……え?」


石崎の笑顔が凍りつく。


だっくは羽を振った。


「ぐわっ♪」


今まで見た中で、一番大きな赤いボタン。


興味を持つには十分だった。


「待って!」


石崎がガラスを叩く。


「それは押しちゃダメ!」


「ぐわっ!」


勢いよく頷く。


そして。


足を上げた。


「だっくちゃぁぁぁん!!」


カチッ。


カチッ。


カチカチカチカチ。


何度も赤いボタンを踏み続ける。


「ぐわっ♪」


《SELF DESTRUCT》


静かな女性の音声が、施設中に流れた。


一瞬だけ、誰も声を出さない。


石崎も。


施設長たちも。


実験区画の子どもたちも。


全員が固まった。


モニターには白い文字だけが表示されている。


《SELF DESTRUCT》


その文字を見つめたまま、石崎がゆっくり口を開いた。


「……え」


次の瞬間。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」


施設中に悲鳴が響いた。


轟音がすべてを飲み込む。


ドォォォォォォォォォォォン――――ッ!!


白い閃光が走り、世界が爆発音だけに塗りつぶされた。



どれくらい時間が経ったのか分からない。


石崎はゆっくりと目を開けた。


視界に広がったのは、煙の流れる空だった。


身体を起こす。


辺り一面は焼け野原。


施設は跡形もなく崩れ落ち、瓦礫と黒煙だけが残っていた。


「……生きてる」


思わず呟く。


その時、小さな足音が近付いてきた。


てくてく。


振り返る。


「ぐわっ」


だっくだった。


いつもと変わらない顔で石崎の前まで歩いてくる。


石崎は力なく笑った。


「……無事だったか」


だっくは一度だけ鳴くと、くるりと向きを変え、てくてくと森の方に歩いていく。


石崎はその後ろ姿を見送りながら、小さく声をかける。


「……もうボタン押すなよ」


「ぐわっ!」


元気な返事だけが返ってくる。


だっくはそのまま森の中へ消えていった。


しばらくして。


森の奥から、カチッ。


小さな音が聞こえた。


石崎の表情が固まった。


「…………」


次の瞬間。


ドォォォォォォォォォォン!!


森の奥から巨大な爆炎が上がった。


鳥の群れが一斉に飛び立ち、遅れて爆風が吹き抜けた。


石崎は焼け野原の真ん中で立ち上がり、森に向かって声の限り叫ぶ。


「何押したぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


遠くの森から、楽しそうな鳴き声だけが返ってくる。


「ぐわっ♪」


「返事じゃなくて戻ってこいぃぃぃ!!」


石崎は煙を上げる森へ向かって駆け出した。


施設を出ても、どうやら彼の日常は変わらないらしい。


ただ、その頭上にはもう、彼らを閉じ込める天井はなかった。

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